EPISODE27、決意
荷馬車に揺られ、石を乗り越えた衝撃が体を揺さぶり、レヴィンは意識を取り戻した。
視界がぼやけ、周囲の状況を把握するのに少し時間がかかった。
心の中で渦巻くのは、不安と焦燥感であった。
「あいつは…!?」
急いで体を起こし、混乱した声をあげた。
ネックの姿が思い浮かび、行く末が気がかりでならなかった。
「逃げられました」
静かに、落ち着いた声でファルが答えた。
彼女の表情には、冷静さが漂っていたが、その奥に秘められた感情が見え隠れしていた。
レヴィンはその言葉を聞き、安堵と同時に失望感に包まれる。
彼女に対する自分の無力感が交錯した。
ファル達が居なければ勝つことはなかった。
また、自分は助けられたのだと。
「そうか…。これからどうする?追うか?」
レヴィンは肩を落としながらも何とか冷静さを取り戻し、選択肢を考えなくてはならない。
ファルは一瞬の間をおいて、
「追う必要はありません。あの人は多分大丈夫です」
と、はっきりと答えた。
周囲の風景が流れ去る中、不安が残る。
ネックが仲間を引き連れ現れないとも限らない。
レヴィンは警戒心を解くに解けなかった。
今、こうしてる間にも敵が襲って来る可能性を捨て切れない。
続く沈黙をティルゼが破ってくれた。
「万が一、襲って来たらどうするー?」
「大丈夫ですよ。その時はその時です」
ファルが微笑む。
可能性を少しでも潰しておきたいレヴィンだったがその言葉に甘えさせてもらうことにした。
自身に重たくのし掛る不安が勝っていた。
1人で出た旅を甘く見ていた。
強くなったことに変わりはないのだが、偶然にもファル達と巡り会った。
この出来事がなければ、きっと命を落としていたのは間違いない。
ネックとの戦闘は1人で太刀打ち出来ないものだった。
もし、リルアとラクネアと行動を共にしていたのならネックを圧倒しただろう。
それは強者の物差しで測ればの話。
自分と比べれば開き過ぎた実力差だ。
ファルやティルゼが強かったのは運がいい。
2人が居なければと思えばとゾッとする。
強くなりたいという気持ちが次第に枷になりつつあった。
レヴィンは体を伸ばそうとすると、重大な事に気付いてしまう。
「な、なぁ…ファル」
「どうしました?」
「回復…魔法…使えたりしない…か」
突如、レヴィンの体が痙攣を始め、血を吐き出していた。
血の気がどんどん引いていき、目から。
鼻から。
耳から。
と赤い液体が滴り落ちる。
周囲を赤く染める勢いで血が吹き出していた。
遠のく意識の中で乱れた呼吸のまま、ファルに容態を診てもらう。
見るからに重傷だ。
ティルゼは、レヴィンの服をナイフで裂き、上裸にすると2人は渋い顔を浮かべた。
皮膚のほとんどの面積が黒ずんでいたのだ。
明らかに異常を来たしている。
ファルは冷静に、手をかざそうとすると、寸前で手首をわし掴む人物がいた。
「そのままでは、彼を殺しかねません」
白面を付け、メイド服に身を包む少女。
ーーラクネアだった。
「あ、貴女は…?」
ファルが驚き言葉を詰まらせ、ティルゼはナイフを突き付けていた。
音も気配もなく現れた存在に当然の反応だ。
「彼の知人です。敵意はありません」
ラクネアは手を離すとファルが言葉を続けた。
「私は回復させようとしました…。何がいけないのですか?」
ファルの問いにラクネアが答える。
「魔力によって負わされた攻撃は、回復魔法だけでは完治しません。むしろ、悪化させます」
ラクネアが説明すると、ファルは明らかに動揺をみせた。
相手を癒すための魔法が悪化させるとは思いもしなかったのだ。
「そう。回復魔法は、あくまでも【癒す】だけなのですよ」
心を見透かされ、ファルは更に驚かされる。
表情から考えを読み取るラクネアにとっては造作もないことだ。
「そして、彼の体には魔力がない。手順を間違えれば死を招く可能性もあります」
ラクネアがレヴィンの口へと親指を入れた。
指先から伸びたのは、臓器を傷付けない程に細い魔力糸だ。
あっという間に全身へと行き渡る。
静寂が続く中、ファルとティルゼは成り行きを見守るしかない。
糸から伝わる情報を口にする。
「全身複雑骨折、各臓器裂傷、魔力滞留…」
生きているのが不思議なくらいだ。
魔力攻撃を防ぐ術を持たないレヴィンにとっては死に直結する。
ネックの自爆にも近い魔力放出は、まさに死の衝撃波だった。
「骨折と裂傷は回復魔法で完治しますが加減を誤らないように。魔力滞留…これが回復魔法を阻害する一番の要因です」
ファルの頭の片隅にあった知識が蘇る。
魔力衝突という技術は、互いの魔力を衝突させ、ダメージを負わせたり相殺できる。
しかし、魔力を流し込むことは、放出させなければ体内に滞留することを意味する。
レヴィンにはそれを処理する力がなく、魔力が体内に滞留したままだった。
攻撃性の高い魔力が体内に残っているということは、異物を残しているのと同じこと。
異物が体内にある限り、回復は妨げられる。
このままでは、致命的な結果を招く可能性が非常に高い。
「どうすれば良いのでしょうか…?」
ファルが固唾を呑み込みながら尋ねると、返って来たのは、
「魔力滞留を相殺します」
という言葉だった。
その言葉が意味するところは、加減を1つでも間違えればレヴィンは命を落とすということ。
「なら…私にやらせてください」
ラクネアがファルの提案に仮面の下で怪訝な表情を浮かべた。
「貴女が?」
「こうなってしまったのは、私を庇ったからです…。だから…」
ファルは俯いた後に、油断しなければこうならなかったと後悔していた。
防げた出来事だったのだ。
「だったら…ゴホッ…俺の命…お前に…託す…」
レヴィンが血を吐き出し、息を荒らげながらファルを虚ろな目で見つめた。
「死んだら…化けて…出てやるよ…」
精一杯の強がりで、レヴィンはニヤリと笑う。
「絶対に…助けます!」
ラクネアは決意に満ちた眼差しを確認し、ファルのサポートに回る。
「私が魔力滞留を収束させます。貴女自身の魔力で相殺してください」
「はい!」
ラクネアはレヴィンの体内に滞留する魔力を魔力糸で1箇所へ収束させる。
呼吸を整えながら、ファルは右手に魔力を宿らせた。
相殺する為に慎重に、手を収束させた箇所へと翳そうとする。
すると、ファルが悲痛な声を上げた。
「痛…っ!」
予想外の出来事にラクネアも驚いていた。
「大丈夫?ファルちゃん」
ティルゼが体を寄せると、翳した手が焼け爛れたように腫れ上がり、爪が割れ出血していたのだ。
「…何…これ?」
自身の魔力を近付けた瞬間だった。
ーー触れるな。
という拒否反応だ。
ファルは今まで回復させて来た経験がある。
その経験が覆るほどの出来事が起きていた。
それは、ラクネアも同じだった。
だが、ラクネアなら対応出来る。
彼女の知識と経験は桁が違う。
ファルでは対処できない容態だ。
それでも焼け爛れた手を握り、その手をレヴィンへ押し当てる。
痛みが走るたびに顔を歪め、汗が額を伝い、唇を噛み締めながらも滞留する魔力を探し続けた。
激痛が鋭く突き刺しながらも、意識が霞みそうになるのを必死で堪えながらも、向ける瞳は一切の迷いを見せなかった。
突き動かすのはただ一つの強い思いだけ。
「どうしても助けたい」という、絶対的な願いだった。
レヴィンを自分が憧れ、尊敬していた人と重ねてしまったからだ。
「もう私は…何も失いたくない…!!」
ファルの絶叫は悲痛さと決意が入り混じったもので声は震え、喉が絞まるように鳴り響いている。
この覚悟を前に、ラクネアの立ち入る隙さえなかった。
補助することさえも、彼女の邪魔になりかねないと判断したラクネアは傍を離れるしかない。
ーーその瞬間、ファルの手はまるで天界から差し込む奇跡の光のように、黄金の輝きを放ち始めた。
まばゆいばかりの光は一瞬だけ彼女の周囲を包み込み、まるで彼女の決意に呼応して震えるかのようだった。
その輝きとともに、彼女の内なる魔力が一気に解き放たれ、空気が震える音を立て流れ出した。
魔力の奔流はまるで流星のように奔放に迸り、荒々しくも神聖なものとして、すべてを包み込んだ。
霧散した光のあとには静寂が訪れたが、その静けさは何とも言えず重厚で、彼女の胸の中にある複雑な感情を映し出していた。
安堵とともに、ファルも意識を失っていた。




