EPISODE15、誤解
俺は温泉に浸かりながらラクネアに言われた事を思い出していた。
「私はお嬢様に仕えるメイドの一人ですが、その中でも最弱です」ラクネアの言葉が信じられなかった。
俺の目に映るラクネアは、紛れもない強者と呼ぶに相応しい存在で、リルアも俺の憧れる強さを持っている。
そんな2人を凌ぐ強者って想像も出来ない。
白銀王の連中よりもこの2人が強いのかは正直分からない。
まだ世界には俺の知らない事が多い。
多過ぎるって事か…。
いやいや、そんな事よりもラクネアに言われた事をどうするかが問題だ。
「新たな鍛錬は、これからはいつでもいいので攻撃を仕掛けて来て下さい」
ラクネアが言うには、鍛錬以外でも襲撃して来いという事だ。
休憩中でも就寝中でも…。
正直、気が引ける。
俺は睡眠だけでなく、意識を失っているのもあって休息は取れているが、ラクネアの場合は手分けしているとはいえ家事に炊事を殆どやっているし、リルアの世話だってしている。
休まる時間を削るのは申し訳がない。
逆に、俺程度だったら警戒の内に入らないって事なのか?
実際のところ、一撃も与えられていないからな。
それはそれで腹が立つことだが、弱い俺が言える訳がない。
やるしかないな。
覚悟を決めて準備に取り掛かった。
俺の後にリルアとラクネアが入浴する。
襲撃するなら隙を見せた時だな。
俺は茂みに身を潜め、機会を窺った。
湯気が立ち込めるが2人の存在は認識出来る。
「いやっほう!」
リルアが全裸のまま湯船に飛び込むと水飛沫が飛び散り、茂みに潜めている俺にも掛かる。
風呂くらいゆっくり入れよな…。
いくら広いからって泳ぐな!
ツッコミどころは沢山あるのを押し殺して機会を待つ。
ラクネアは…。
風呂の時も仮面しているのか。
「お嬢様、背中流しますよ」
「はーい」
これは絶好の機会だ。
身を潜めている茂みは、完全に2人の死角。
ラクネアはリルアの頭を泡立てながら洗っている。
仮面を付けているのに加えてこの湯気だ。
視界はいつもより悪いはず。
この機を逃す理由はない。
…待てよ。
俺は冷静になった。
今この状況で襲撃していいのか?
考えてみれば、2人は布一枚で体を隠しているとはいえ、覗きじゃないか!
あ、これ覗きだ。
茂みに潜んで、2人の裸体を楽しむ変態だ。
断じて変態ではないが…。
駄目だ…。
これで成功しても嘲笑されるに決まっている。
だが…!
これは鍛錬だ、覗きじゃない!
そう言い聞かせながら行動に移す。
短剣を手に背後から襲撃した。
「ふんっ!!」
「あぶぇッ!?」
返って来たのは拳。
ラクネアではなくリルアだった。
炸裂した拳を顔面に受け、木製の仕切りを突き破り地面に転がる。
「あが…っ」
すると、リルアに胸ぐらを掴まれ持ち上げられる。
「とうとう覗き!?いくら娯楽が無いからって覗きなんてしたら変態だよ!!」
「そういうつもり…じゃ」
散々な言われようだ。
あ、あれ?
ラクネアが伝えているんじゃないのか!?
「まさか…!ラクネアに勝てないからって覗きしたって事!?」
「んなわけ…あるか…!」
「じゃあその鼻血は何!?」
俺から鼻血が流れ落ちていた。
どっかの馬鹿が顔面を殴ったせいで鼻が折れてしまっていた。
「覗きするなんて!…男として最低…」
リルアの視線が下がる。
俺も視線を追うと布がはだけて落ちそうになる。
あと少しでリルアの裸体が顕になる。
「見るなッ変態ッ!!」
俺はそのまま地面に叩き付けられてしまった。
今まで感じた事のない痛みと何かが崩れ落ちる気がした。
これが尊厳というやつなのだろう。
理不尽だ…。
薄れゆく意識の中で、ラクネアはというと、散らばった木片を黙々と片付けていた。