EPISODE10、強くなるために
俺はラクネアから渡された自分の装備を確認する。黒のガントレットに短剣。
革の胸当てにハーネスと黒のブーツ。
そして工具箱だ。
工具箱には、道具を作成するために必要な物が全て揃っている。
何一つ欠けているものはない。
「そろそろ移動するよー!」
リルアの声で、俺の決意は固まった。
あれから3日が過ぎ、体を動かせるくらいには回復している。
俺たち3人は、森の中を進むと崖に到達した。
次の拠点は崖上にあるという。
「ありゃ、階段が壊れてるね」
崖上に登る為の階段は見事に砕け散っている。
「遠回りになるかな?」
リルアがラクネアに尋ねる。
俺はラクネアに見せてもらった地図だと、崖上までは階段を使うと1時間。
遠回りだと3時間は掛かる。
階段が折れているのは200メートル先だ。
「登った方が早いんじゃないか?ラクネア、確か糸が武器だよな?」
「はい」
「糸を分けてくれないか?」
「分かりました」
ラクネアは腰に手を回して、糸が巻かれたロールを取り出す。
手の平に収まるサイズの割にずっしりと重みがあった。
俺はワイヤーを確認すると目を疑った。
「これって…」
俺がラクネアに目を向ける。
「何か?」
「いや…何でもない」
ラクネアが扱っているワイヤーは、市場じゃ絶対手に入らない代物だった。
鋼鉄を切り裂き、目に見えない程にきめ細かい。
さらに、 ダイヤモンドと地獄蜘蛛という糸の二種類が織り混ぜられている。
ダイヤモンドは金持ちなら簡単に手に入るだろうが、地獄蜘蛛は、そうはいかない。
5段階ある討伐難易度の中でも最高難易度に分類されているだけでなく、蜘蛛系魔物の頂点に君臨し、魔物の上位種の1つ。
最強ギルドと名高い白銀王の精鋭が苦戦するレベルだ。
この2人がそれすらも凌駕する強さだっていう事なのか?
だとしたら、名前くらい有名になっていてもおかしくないはずだけどな…。
俺はワイヤーを縄と一緒に編み込み、先端にカムと呼ばれる円盤状の部品を3つ付ける。
「これで良し」
「それで何するの?」
「岩の隙間に入れるんだよ。そうすれば体重を支えてくれるから崖も登れる」
俺が岩の隙間に入れて強度を確かめる。
問題ないな。
「俺が先に行って階段の所からロープを吊るすから待っててくれ」
俺はベルトに付けたリールをワイヤーに巻き崖を登る。
装備もほぼ新品だから心配はないな。
すると、下から気配を感じ振り向くと固まってしまう。
恐怖ではなく驚きだった。
「先に行ってるねー」
2人は宙に浮いて俺を追い越して行く。
浮遊魔法仕えるなら先に言えよ…!
俺が道具を作ってる時、どんな気持ちで見てたんだよ。
そんな2人に心の中で文句を言いながら、俺は体を固定する杭を隙間に挟みながら登り終えた。
息を切らしていると、2人は優雅にコーヒーを啜っている。
「一杯どう?」
リルアがコーヒーカップを差し出す。
水をがぶ飲みしたい気分だが言葉に甘えて一気に飲み干す。
苦い。
逆に喉が乾いてしまいそうだ。
コーヒーを飲むなら角砂糖1つを入れたいな。
すると、ラクネアが俺に差し出してきたものは、角砂糖1つを追加したコーヒーだった。
「情報収集に長けてると好みまで把握してるのか」
冗談混じりに言ってコーヒーを受け取る。
「いいえ。貴方は顔に出るので分かりやすいだけですよ」
その一言でコーヒーを飲むを止めた。
「ほら眉間に皺が寄ってますよ」
俺は直ぐに無表情になった。
感情的になるのは自分でも分かっているが、ふとした仕草から察したにしても、心臓を鷲掴みされている気分になる。
「表情って大切なんだな」
実際のところ、相手の表情をマジマジと観察する事はなく、判断するのは行き当たりばったりな所がある。
「そうですね。焦り、不安、恐怖。顔に出るようでは相手の力量は、たかが知れています。観察力を磨くということは優位に物事を進めるのに役立ちますからね」
観察力…か。
あまり意識した事はないけど、力量を測る上で重要な事だよな。
それと見た目にも騙されないようにしないとか。
この2人だってそうだ。
ブラセを圧倒出来る力を持ってるとは思いもしなかった。
「魔力を扱うのが主流になれば流れとかで分かったりするけどね〜」
元も子もないことを言う…。
魔力関係の話になると一気に自信を無くす。
「でもレヴィンから魔力感じないから、それはそれで脅威だよね」
リルアの言葉に俺は恐る恐る聞いてみる。
「魔力を感じないって?」
「うん!」
俺の夢が1つ崩れ去った。
「後から覚醒する場合だってあるだろ!?」
生まれながらにして人は体内に魔力を宿す。
魔力量は努力次第で増えるとされていて、強力な魔法を扱えるようになる。
「あ〜後天性の魔力覚醒ね。レヴィン何歳だっけ?」
「16…」
「じゃあ時期は過ぎてるよ」
顔が引き攣る。
「この世に生まれた時点で魔力は身に宿すものだし後天性って言っても5歳から10歳」
薄々は感じていたが、やはり俺には魔力がないらしい。
俺の憧れの夢、相手を圧倒し強力な魔法を駆使して戦う事は出来ないという事だ。
「でもさ?魔力無しって希少だよね〜」
「希少でもな…」
白銀王に居たから分かることではあるのだが、強者と渡り合うなら魔力は必須。
防御力を高めたり攻撃力を高める事ができたりと用途は様々だ。
「人によって強さはそれぞれだし、一騎当千の人も居れば仲間と連携して足りない部分を補ったりしてる人もいるからね」
リルアの言う通りだが、やっぱりすんなり諦めがつくものではなかった。
一騎当千の実力者は、俺の憧れる夢であって目標でもある。
受け入れるしかない。
出来ることと出来ないことは、誰にだってあるはずだ。
縋るだけでは成長はない。
「魔力がない事が脅威ってどういう意味だ?」
魔力や魔法による戦いが主流なら、戦闘は不利でしかない。
「魔力自体は意図的に消せたりはするんだけど感知能力に特化している相手だと感知に引っかかったりするんだよね。でもレヴィンの場合、魔力が無いと感知すら出来ないから厄介なのさ」
「確かに…」
「それに魔力感知に頼ってる戦い方が多いから、目を離せないしね」
確かにそうだ…。
ブラセ達に気付いたのは、2人が魔力を探知したからだ。
魔力を探知されなければ、不意打ちや相手を翻弄できる…!
戦いの幅が広がる。
「まずは魔力や魔法を理解するところから始めないとね」
「おう!」