EPISODE9、いっそ殺してくれ
少女は鼻歌を奏でながら木の棒を振り、森の中を軽やかな足取りで進んで行く。
月明かりしかないのに迷いがない。
俺はメイドの背中で揺られ、様々な感情が渦巻いていた。
強くなると飛び出し、ゴブリンにさえ勝てずに重傷。見ず知らずの少女に助けられ、盗賊ギルドからも命を救ってもらった。
行動のひとつひとつが全て空回り。
まるで上手くいかない。
無力差を痛感するばかりだ。
色々な考えを巡らせる中、いつの間にか眠りについていた。
次に目を覚ました時には洞窟の中だったが、呼吸も安定していて痛みも和らいでいた。
首を明かりの方に向けると、外は明るい。
「今度は長かったね!」
元気な声と共に少女が俺の顔を覗き込む。
「長かった…?」
声も普通に出せる。
「眠って5日くらい。随分、お休みだったね!」
「5日か…」
生死を彷徨っていたんだ。
下手をすれば二度と目覚めることは無かったのかもしれない。
…ん?5日?
「5日も眠ってたのか!?」
俺は勢いで体を起こしてしまっていた。
つい先程のように感じる出来事に驚きを隠せない。
もっと驚きなのは、5日間も看病してくれたって事だよな…。
まさか…奴隷とか…?
いやいや…可能性はあるのか…?
この世界には、奴隷制度というものがまだ完全に撤廃されていない。
制度が残っている国もある。
特に優良人種や獣人に魔族…。
借金のカタに売り飛ばされる事もある。
特に貴族は玩具にしたり戦場で弾除けにしたりするようだ。
俺も多額の治療費を請求されて奴隷にされる可能性がある。
「売り飛ばすなら…せめて良いところに売り飛ばしてくれ」
「何言ってんの…?」
少女に素で返されてしまった。
最悪な状況を想像して口走ってしまったが、恥ずかしい。
「売り飛ばしはしないけど、提案だけ」
「提案?」
「強くなりたいなら、一緒に来ない?」
強くなりたい。
俺はこの言葉に惹かれた。
凶悪なブラセ圧倒したこの2人に付いていけば、強くなれるかもしれないからだ。
だが、一人で強くなりたいという気持ちが邪魔をしている。
甘えは捨てろ。
一人で強くならなきゃ意味がねぇ。
俺が断ろうとしたが見透かしたように少女が言葉を遮った。
「一人でどうやって強くなるつもり?」
アテがない。
さらに、今ここが何処かも分からない。
分かったとしても、森の中だとすればゴブリンに負ける俺が生き残れる保証はない。
残された選択肢は、
ここで野垂れ死ぬか、
少女の手を取るか。
だが逆に、また強者の近くに居れるという事は、強くなれるチャンスがあるという事だ。
今度こそ、自分の糧にするために。
今までは強くなれるチャンスはいくらでもあったはずだ。
それを無下にして来たのは自分自身…。
なら、このチャンスはモノにしなきゃ意味がない。
「まだ恩は当分に返せそうにないが…また世話になってもいいか?」
俺は頭を下げる。
「決まりぃっ!よろしくね!えーと…」
少女が首を傾げる。
そういえば、まだ名乗っていなかったな。
「レヴィンだ」
「よろしくレヴィン!私はリルア!」
少女はリルアと名乗った。
「それで、こっちが…」
少女が視線を向けるとメイドが立っていた。
「ラクネアと申します」
メイドは名乗り深々と頭を下げた。
「ご丁寧にどうも…」
リルアと違って、このメイド…ラクネアは警戒してしまう。
強者で頼りになるのは間違いないが、感情の変化が殆どなく、淡々と話す。
さらに仮面を付けているせいで表情は読めないし、異様な情報収集能力。
「それと…我が主と行動を共にする以上、敬称は不要です。主と同様、貴方様も仕える対象と判断します」
「分かり…、分かった」
仕える…って。
何だか大袈裟だな…。
「もう少し体調が良くなったら街に戻りたい…」
俺も俺なりに準備しないといけない。
自宅にある装備も回収したいしな。
「不要です」
ラクネアが俺の提案をきっぱりと切る。
「自宅の装備を回収したいんだ」
「不要です。貴方の自宅は襲撃して来た盗賊ギルドに荒らされ、金目のモノは何も残っていません」
「なん…だって…」
ブラセの奴ら森に来る前に自宅を漁りやがったのか…!
それよりも…何で俺の自宅知ってんだよ…!
「ですが、お探しのモノはこちらで回収させて頂きました」
すると、ラクネアは手に持っていた袋を俺に手渡して来た。
「こ、これは…。俺の装備…」
「はい、良い隠し場所ですね」
装備だけはベッドの下の床板を外した木箱に入れてある。
その他諸々、目に付くと恥ずかしい物まで一緒に入れていた。
恥ずかしい物…?
「ちょっと待て…」
「大丈夫です。何も見てませんから」
ラクネアがキッパリと言う。
そういう回答は…大抵見てるんだよな…。
「いっそ…殺してくれ…」
俺はがっくりと肩を落とした。