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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第4章

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幕間「地下、研究所にて」

 アンフェルディアの王都ウォルカ西部に広がる広大なその森は、多くの魔獣が生息する地域であり、民の立ち位置は制限されている。

 と言っても、監視の目があるわけでもなく、幼子が迷い込めるくらいには緩い制限だ。好奇心の強い子供が足を踏み入れられるくらいには。


 流石に森の北部――特に魔獣の数が多い一帯は騎士によって管理されているが、それも隙を見つけて入り込められる。

 事実、一人の人物が立ち入りを制限されているその土地に足を踏み入れている。


 ローブを纏った人物。フードを目深にかぶり、その素性を覆い隠している。

 背格好から男であることが辛うじて分かる程度だ。認識阻害の魔法が編み込まれたローブはその存在を朧げなものしている。


 険しい森の中を迷いなく進む男に魔獣の棲家に踏み込んだ恐れはない。奥へ奥へと突き進み、やがて崩れかけの洞窟の前で立ち止まる。


 出入口がほとんど潰れており、人が立ち入れる場所ではない。そう思わせるためにわざと潰したのだ。

 辛うじて一人通れる隙間から洞窟の中へ進む。入口、光が届かなくなる直前で男は立ち止まり、己の足元へ視線を落とす。


「レナード」


 呼びかけに応えて男の影が蠢く。

 間もなく、男の影から使用人服の青年が姿を現す。灰髪と青い角、アンフェルディア王族に仕える影人の青年だ。


 傍らに立った青年、レナードを一瞥し、男はさらに洞窟の奥へと進む。

 他者に目撃されるのを嫌うように足早に最奥へ進み、地下へと続く階段を下る。


 二人分の足音を響かせ、長いか一段を下りていく。もうすでにルーケサとの国境は越えているだろうが、瑣末なことだ。

 最後の一段を下りた先には分厚い扉を待っている。


 一歩前に出たレナードが扉を開け、男が先に足を踏み入れる。レナードが後ろに続き、扉が閉まる音を聞いてようやく男はフードを取った。

 アンフェルディアにおいて、もっとも目立つその容姿は王族を示すものである。


 男の名は、カナトイアータム・レヴィニア・アンフェルディア。アンフェルディア王国の第三王子である。


「ここに来るのはあれを運んで以来か」


「ここのところ忙しくしておりましたからね」


 先日、アンフェルディアでは王位継承の儀が執り行われた。

 王位を継いだのは頭に花を咲かせた弟であった。集う民の前で語るのも、荒唐無稽な夢物語であった。

 作り出された幻想的な光景に酔い、歓喜で震える民ほど、カナトは単純ではない。兄姉のようにあの弟に甘くあるつもりもない。


「思い出すだけでも腹が立つ。何故、兄様たちはあのお花畑を評価するのか。理解に苦しむ」


 カナトの二人目の弟は周囲から愛されることに長けている。民も、精霊も、兄姉も、あいつも、そう決まっているようにあの弟を愛する。

 それは神も同じで、重ねた努力を嘲笑するように王位継承者に選ばれたのはあの弟だった。


 ただ無垢なだけのあの弟を、多くが評価する理由がカナトには分からない。

 何せ、カナトは彼が嫌いだ。王位継承者に選ばれるよりも前から嫌いだった。

 その姿を目にするだけで苛立ちが募る。愛する気など置きもしない。


『俺はカナト兄上のことを理解したいと思っています』


『カナト兄上は、ライ兄上のことがお好きなのですね』


『カナト兄上はお優しい方です』


 何度も何度も脳を揺らす声がある。カナトの心根を理解していると嘯く声が。

 現実が見えていない赤目がこちらを見据え、カナトですらお花畑の枠に収める姿に苛立つ。


 どれだけ剣を重ね、どれだけ言葉を重ねたところで分かり合えるわけがない。

 綺麗で、お優しい世界の中だけで生きるあの弟にカナトの苛立ちが理解できるものか。


「くそっ」


 大嫌いな弟の心底苛立たしい言葉を思い出し、沸き立つ感情のままに壁を殴る。

 びくともしない壁が与える痛みの方が余程快い気持ちを与える。


「シラーフェ……お前の描くものがどれだけ無謀なことなのか、俺が教えてやろう」


 口元に乗る笑みには暗いものが宿っている。二人目の弟の姿を思い浮かべながら、カナトは嗤った。

「俺は優しい兄らしいからな」


 無謀な願いを抱く弟に現実を教えてあげるのも兄の務めだ。

 カナトを優しいと言うなら、優しく教えてやろうではないか。ここはそのための場所だ。


 いつ、どういう経緯で見つけたかははっきり覚えていない。まあ、重要なことではないのでそこはいい。


 ここは研究施設だ。実験場と言っても差し支えはない。

 元は誰かが使っていた場所のようで、設備も、ここで行われていたと思われる研究記録もそのまま残されている。カナトが訪れたとき、道半ばで放棄された有り様であった。

 使われなくなって久しい姿で、ちょうどいいと残った研究を利用させてもらうことにした。


「実験体、すべて問題ないようです」


 先んじて確認作業を行っていたレナードから報告がある。

 以前訪れてから数週間ほど、レナードが育てた実験は問題なく機能しているようだ。


「数ヵ月前に少し使いすぎたからな。無事、補充できたようで何よりだ」


 ここで行われていた研究――それは魔物を作るものであった。その中でも特に力を入れている研究が二つあった。


 一つは、魔獣を魔物化させる研究だ。こちらはほとんど形になっていたので、資料を読めば、その手の知識に疎いかなあとでもある程度理解できるものだった。


 時間をかけて資料を読み解き、研究を再開させた。軌道に乗り、形になったのは半年ほど前。

 この研究所周辺に生息する魔物で実験を重ねてようやく魔獣の魔物化に成功した。


 それからしばらくは魔物を増やすことに集中した。カナトは騎士について遠征に赴くことが多く、魔獣の仕入れ先には困らない。


 レナードの影人としての力を使えば、遠方の魔獣を運ぶことも可能だ。

 レナードは影の中に広い空間を作り出すことができる。魔獣を十数匹に捕まえることも容易であった。

 研究城内で魔獣の繁殖も行い、カナトは自由に使える強力な兵隊を手に入れた。


 それも先の出来事でそれなりの数を失った。

 もっとも多くを失ったのは小さな村を一つ襲わせる実験のときだ。生み出した魔物化した魔獣の戦力を確かめるための実験だった。


 想定を上回る成果により、魔物化した魔獣の存在がフィルに知られることになってしまったが問題ない。

 魔物化はルーケサが持つ技術だ。多くがルーケサの方を警戒する。カナトの手によるものだなんて夢にも思わないだろう。

 ばれてしまったことを開き直り、カナトはたびたび魔物化した魔獣をけしかけた。


 あの忌まわしい弟を消し去るために。しかしながら、どれも失敗に終わった。

 魔物化しているとはいえ、魔獣に後れを取るほど恥知らずではないらしい。


「あの実力かは分からないがな」


 嘲笑を混ぜた声で呟く。

 膿んで疼く感情は手合わせであの弟に負けた屈辱だ。確かにカナトはあの落ちこぼれを圧倒していた。


 幼い頃より一心に剣の腕を磨き続けたカナトが、役目も果たさず遊び歩くばかりの弟に負けるはずがない。

 あれに負けたのは何か卑怯な手を使った違いない。


「魔獣では足りないと言うのであれば、それ以上のものを用意するまでだ」


 残されていた研究のもう一つ――それは魔族を魔物化させるものであった。

 こちらは完成系に至る資料は残されておらず、自力で研究を進めることを余儀なくされた。


 近場に人攫いの拠点があるとい立地を活用し、実験体は仕入れた。人攫いという奴は実に分かりやすく、金さえ出せば、いくらでも商品を差し出してくれる。

 王族ゆえに資金は豊富で、実験体の仕入れには困ったことはない。


 魔族に限らず、様々な種族の、様々な年齢の者を買っては研究に使った。

 魔物化させるためには特殊な加工をした魔石を埋め込み、専用の魔術陣を発動させる必要がある。


 この魔石を埋め込むという過程が難関だ。加工された魔石は研究所に山ほど残されており、惜しむことなく実験体に埋め込むことはできたが、数十のうち史枝講師得たのは片手で数えられるほどだった。


 年老いた者や幼さすぎる者はそもそも魔石の力に体が耐えられない。実験体はある程度丈夫な体を持ち、マナに耐性のある者がというのが結論だ。


 魔族が対象に選ばれたのにはそれなりの理由があった。魔器官を備え、マナ呼吸を生命維持活動の一環として行っている魔族には種族的にマナ耐性が高い。


 ただマナを摂取するのとは違い、魔石を埋め込むには相性がある。所謂、魔法適性だ。

 魔石には属性があり、適性のない属性の魔石を埋め込むとマナ耐性のないものと同じ結果に至った。


 実験体の適性を調べて魔石を埋め込んでも、魔術陣と言う問題が立ちはだかる。

 魔術は人族を編み出した技術だ。忌むべき種族の猿真似など、意識を向ける必要はないと遠ざけていただけに、カナトには魔術陣に関する知識がない。


 未完成の魔術陣の足りない部分すら分からない有り様だった。

 とはいえ、カナトは王族だ。一流の教育を受け、上に立つ者に相応しい知力を有している。


 それなりの時間はかかったが、人族ごときの技術など理解するなど容易い。

 幾人かの実験体を犠牲にしながら、少しずつ魔術陣を完成させた。それからも少数の失敗を出し、二人の成功体を生み出した。


 魔獣とは違い、貴重な道具だ。そう簡単に使い潰すことはできず、今もなお研究所で買われている。


「さて、次はお前だ。影人なんてそう簡単に手に入れられるものではないからな。壊れないでくれよ」


「っな、なにを、するつもりだ⁉」


 上擦った声で応えるのは先日手に入れたばかりの貴重な実験体だ。

 イフアン・ラァーク。愚かにも謀反の企てに参加し、愚かにカナトに捕らえられる。


 影人の実験体なんて容易く得られるものではない。そういう意味では、イゾルテ・ラァークの謀反も悪くないものであった。


 どうせなら謀反人をすべて手に入れたいところだが、欲をかいてカナトの動きが気付かれてしまってはいけない。今はこの愚かしい影人だけで満たすことにした。


「レナード」


「こちらを」


 謀反を犯した影人ということで、その詳細は一通り頭に入っている。

 適性属性も抜かりなく、レナードが火の魔石をイフアンの前で散らつかせる。


「なん、なんだよっ」


「見て分からないか? 火の魔石だ」


「そういうことを聞いているんじゃない⁉ なにを……っ」


 吠えるイフアンに向けて銀閃が走る。冷えた目で見つめるカナトに反して、怒りの熱を乗せたレナードがナイフをイフアンに向けている。


 イフアンが纏っていた服を裂き、その肌に縦の赤線を描く。薄皮が切れた程度で、傷自体は大したことはない。

 しかしイフアンは相当恐ろしかったのか、嘲笑すら湧かない無様な表情を浮かべている。


「それでよく俺に刃を向けられたものだ」


 呟きながら、カナトは赤い線の描かれた胸に火の魔石を当てる。

 魔石にマナを少し流せば、赤い輝きを放ってイフアンの体と同化していく。


「あ゙っあああああ‼」


 耳障りな絶叫が研究室に響き渡る。地下という作り故に反響しては聞こえるので余計不愉快な気分になる。

 魔石との同化は激痛を伴うもののようで今のイフアンのように喚き、暴れる。

 イフアンは四肢を拘束されているので、やかましく鎖を鳴らす程度のもんどあ。


「ぐっ、あ、あ゙あああ、たす、たすけ……て」


「驚いた。これでまだ自我があるのか。曲がりなりにも影人なだけはある」


 これは期待できそうだと口角をあげる。隣に立つレナードに目で指示し、二つ目の魔石を準備させる。

 魔石を二個に埋め込む実験は未だ成功していない。


 魔石を埋め込んでなお、自我を保つ実験体はこれが初めてだ。今回はいけるかもしれない。

 そう思って、赤い魔石の下に二個目の魔石をあてる。二つ目は陰の魔石である。


 影人は種族的に陰属性に魔法適性がある。二種類の魔石を埋め込むことで、二属性が混じる強力な魔物を作り出すことが目的だ。

 同じようにマナを注ぎ、陰の魔石を同化させる。


「づぁあああああ‼」


 一際大きな絶叫をあげる。目は見開き、口は開きっ放し。それぞれ大量の涙と涎を垂れ流し、顔はぐしゃぐしゃに汚れている。

 獣を思わせる有り様を見せるイフアンに感慨もなく、カナトは二段階目、魔物化させる魔術陣を発動させる。


「ああっ」


 体を大きく跳ねさせたイフアンは緻密な術式の中で体を作り変えられていく。

 カナトはそれを笑みとともに見つめていた。

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