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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第4章

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95「かけがえのないもの」

 雑貨店で購入したものを胸に抱えるマレイネは、花咲く笑顔でウォルカの町を歩く。

 龍族の少女はアンフェルディアを気に入ってくれたようで嬉しく思う。


 マレイネは一人先を歩き、踊るようにこちらを振り返る。彼女の動きに合わせて銀髪が揺れ、その隙間を縫うように精霊が傍を通った。青の瞳がすぐ傍を舞う精霊を追う。


「この国は本当に精霊が多いですよね。シラーフェ様の演説のときも、見たことないくらいたっくさんの精霊がいてびっくりしました」


「アンフェルディアはマナが豊富な土地だからな。魔族のマナ呼吸もあって精霊が集いやすい」


「ん! シラーフェ様の気はとくべつなジャムだから」


 以前、ライから受けた説明を以てエマリが捕捉する。かなり抽象的な物言いをマレイネは理解しているのか、いないのか、「すごいです」と目を輝かせる。


「確かにあれはすごかったな。いくらアンフェルディアっつったって、あんだけの精霊を見られることはそうそうないんじゃねえの。町中の精霊がが集ってただろ」


「皆、シラーフェを祝福しているようだった。愛されているのだな」


 無数の精霊が舞い踊る光景は誰の目にも壮観に映ったようで、リトやミグフレッドも口々に褒める。

 すべてがシラーフェの功績ではないとはいえ、妙な気恥ずかしさがこみ上げる。


「よいことだ。精霊に愛される長はよい長になると龍族では言い伝えられている」


「精霊は心を見ると言いますからね。きっとシラーフェ様の優しさが伝わっているんですね」


 精霊とより近くで暮らしている龍族ならではの褒め言葉は真っ直ぐでむず痒い。

 気を紛らわすために傍を飛ぶ精霊を目で追う。


 演説しているとき、シラーフェがマナを排出する前から精霊が多く集っていた。マレイネの言う通り、シラーフェの心根に惹かれて集ったのだろうか。

 目指す道を肯定された気分で、複雑な感情が沸き立つ。嬉しいとも、照れ臭いとも違うむず痒さが落ち着きなくシラーフェの内側を揺さぶった。


「それにしても、これだけ精霊がいて植物が育ちにくいとは不思議なものだ。精霊が多く集うほどにマナが豊富な土地は多くの生物に恩恵がある。植物もまた例外ではないはずだ」


 マナは声明を活性化させる力がある。植物を育てるのにも、マナが多い土地が推奨されており、より質の高いマナに満ちているアンフェルディアはそういう意味では植物栽培に適していると言える。


 植物も、生物も、マナに満ちた土地であるほど、健康的に生きやすい。受ける恩恵の差はあれど、それはすべての生きとし生けるものに共通するものであった。


「あちらの方には大きな森もありますもんね。明確な境があるものなんですか?」


「ん。言われてみればふしぎかも……。なんでですか?」


 アンフェルディアは枯れた土地ばかりが残された植物が育ちにくい土地。にも拘らず、ヒューテック領――ルーケサとの国境付近には壁の先にも続く広大な森がある。

 初恋の少女と出会ったり、ライの角が折れたりと、シラーフェにとって様々な印遠ンを持つ森ではある。


 枯れた土地という触れ込みにはあの豊かな森はそぐわない。何より森のすぐ傍にある土地で植物がまるで育たないなど、不思議に思われても仕方がない話だ。


 今まで当たり前と受け入れていたエマリも、改めて言われると不思議のようで疑問符を浮かべてこちらを見ている。

 市井にまで広く知れ渡っている話というわけではないので、エマリが知らなくとも無理はない。


「……アンフェルディア、特にこのウォルカの土地は汚染されているのだ」


 歴史の授業で聞かされたアンフェルディアの興りを思い出しながら滔々と語る。


「神話の時代、人族と魔族の間に大きな諍いがあったという話は知っているか?」


「あー、最期にアポスビュート神が殺されて終わるヤツだろ」


「ん、それは知ってます。お母さんが聞かせてくれたお話のなかにありました」


 神話時代の話は様々な形で多くの国に言い伝えられている。リトはもちろんのこと、エマリも寝物語として聞かされる童話として知っているようだ。


「以前、ティフル君が話してくれたものですよね? エーテルアニス神がアポスビュート神を打ち倒したっていう……」


 閉じられた世界の中で生きる龍族二人は、龍族の船に乗った際にティフルが語った話を心当たりとして語る。

 シラーフェはそれぞれの言葉に頷き、続きを語る。


「その始まりは様々に語られているが、その一つに人族の手によって魔族の土が穢されたというものがある。人族は魔族を苦しめるため、彼らの属する土地に永劫の呪いをかけたと」


「そのことに魔族が怒り、戦が始まったというわけか。その呪いが今も残っているんだな」


「そういうことだ。神話の時代から残る呪いが植物の成長を阻害している、と俺は聞かされている」


 シラーフェの言い回しにミグフレッドが眉根を寄せた。引っ掛かりのある言い方をした自覚はある。

 土地が汚染されていることがアンフェルディアで植物の成長を阻んでいるのは事実だ。汚染は広範囲に及ぶもので、アンフェルディアの大半が対象である。


 汚染を免れた土地のほとんどが四〇〇年前の惨劇でルーケサに奪われた。

 枯れた土地で暮らすことを余儀なくされているのはルーケサのせい、というのがアンフェルディアの歴史だ。


 しかし、シラーフェは懐疑的に思っている。語られる伝承がすべて真実を示すものだとは言えない。

 そこには誰かの思惑が絡まり、歪められた結果だってあるだろう。シラーフェは盲目ではいたくない。


「長年かけ、汚染を浄化する術を探ってはいるが、未だ見つかっていない」


「そんだけかけてもどうにもなんねぇなら、案外もっと強大な存在が関わってんのかもな」


「それは……この汚染は神の意思によるものということか?」


「ない話じゃねぇだろ。神話時代の話だ。ぽんぽん神が介入してるかもしんねぇぜ」


 アンフェルディアの研究者たちは決して無能ではない。千年以上もの時間をかけてもなお、解明できないことを考えれば、リトの説も否定できないものがある。


「難しいお話ですね。私たちにお手伝いできることがあればいいんですけど」


「その思いだけで充分だ」


 気持ちという意味ではもう充分に助けられている。

 こうして共に町を散策しているだけで、シラーフェは救われた気分になる。


 課せられたものの重さを忘れて笑っていられる時間を、これから先、荷を軽くして幾度笑えるか分からない。

 長兄フィルの計らいで与えられたこの時間はとても貴重な安らぎを齎した。


「マーモア様」


 必死さを宿した声が耳に届いた。シラーフェをそう呼ぶのは、この場では同行している騎士たちか、周囲で人だかりを作る民たちだけだ。


 王族――もっと言えば、現王を一目見られる機会に集った民たちからは幾度と名を呼ばれてはいる。

 散々町歩きをしてきた身なので、今更物珍しさもないはずだが、王という立場になるとまた違うのかもしれない。


 ともあれ、シラーフェを一目見たくて集った者たちの中から、少々毛色の違う声が投げかけられた。含まれた感情がやけに耳に残り、釣られてそちらに目を向けた。

 シラーフェの視線を受けて、歓声があがる。熱狂的な反応を見せる民の中から声の主を見つけようと努めるが、それらしい姿は見当たらない。


「シラーフェ様、どうかなさいましたか?」


「呼ばれた気がしたのだが……」


 シラーフェの様子に気付いたらしいユニスに答えながら、声が聞こえた方へ歩み寄る。

 聞き覚えのある声であった。親しくしていた民の誰かだろうかとそれらしい姿を探す。

 が、人が多すぎて一人を探し出すのは困難だ。仕方ないと民に歩み寄り、直接探そうと近付いたところで護衛の騎士に割り込まれる。


「マーモア様、これ以上は危険です。どうかお離れください」


 これも騎士の仕事だ。人混みの中に紛れ、護衛の役目を果たせなくなることを危惧している。

 好き勝手できる立場にないことを自戒して、引き下がるもやはり気になる。


「…っ……マーモア様!」


 また聞こえた、と後ろ髪引かれる思いもあって、再度そちらで目を向ける。


「私が探してまいります」


 主の望みを察することに長けたユニスが代わりに人混みの中へ入っていく。

 シラーフェは離れた位置でそれを見届けるに徹する。間もなく、人混みが割れて、ユニスが二人の男女を連れて戻ってきた。

 連れられた二人組を見て、シラーフェは目を見開いた。


「マーモア様……っ。お会いできて光栄です」


 声を、赤目を震わせてそう言ったのは男性の方。間違いなく、シラーフェに必死に呼びかけていた声である。

 しかし、今のシラーフェにはその事実を確認していられる余裕はなかった。


「なんだあ? シラーフェの知り合いか?」


「そう、だな……知り合いだ。この町で薬草屋を営んでいるフリエ夫妻だ」


 声を震わせないように努めながら、ユニスが連れてきた二人について説明する。


 幼少期から幾度と顔を合わせている薬草屋の夫婦。店主の親の代から知っている顔ではあるが、シラーフェにとってはそれ以上の意味を持つ二人であった。

 二人はメイーナの両親である。


「お邪魔して申し訳ありません。マーモア様の御姿を見たら、居ても立っても居られず……」


「気にしていない。数ヵ月ぶりか、変わりないか?」


「はい。お陰様で……生活の方も大分落ち着いて以前の生活に戻ってきているところです」


 以前、と口にした店主べルートの声には複雑な色が滲んでいる。


 かけがえのないものが失われ、本当の意味で以前の生活に戻ることはできない。もうそんな日には訪れないのだと、どれだけ経っても消えない喪失感が痛苦を与える。

 当たり障りのない世間話のように言葉を交わしながら、瞳で抱える悲哀を交わす。


「マーモア様、この度は王位継承、おめでとうございます。我々もマーモア様の演説を拝聴させていただきました」


「花を、と。あの子の夢を、マーモア様に背負っていただけるなんて……っありがとうございます」


「思い上がりであることは承知の上ですが、どうしてもお礼が伝えたかったのです」


 感極まる妻、ヒルダを支えながら、べルートはシラーフェに深く頭を下げる。


「……思い上がりなどではない。あの言葉はメイーナと共にした時間があったから生まれたものだ。この胸にメイーナはまだ生きている」


 言いながら、胸元で揺れるステライトの花に触れる。

 メイーナの想いがこの石の中に宿っている、なんて言うのは流石に夢見がち過ぎるか。


「っ……ありがとう……ありがとうございます!」


「マーモア様にそう言っていただけるだけで……あの子もきっと喜んでくれているはずです」


 べルートの瞳にも涙が浮かんでおり、二人はそろって幾度も感謝を告げる。

 繰り返される感謝のたび、シラーフェの脳裏にはメイーナの最期が映し出される。


 救えなかった罪悪感が疼き、〈復讐(フリュズ)の種〉が快哉を叫ぶ。

 甘く囁く拍動を無視して、シラーフェは涙ながら感謝を訴える夫婦に向き直る。


「そうだな。メイーナに届いてくれたらいい」


 傍らで、透けたメイーナが笑っている。

 あれはシラーフェが作り出した都合のいい幻想だ。それを理解してなお、シラーフェはやはりメイーナは笑ってくれている気がする。


 怒らせてしまうことも多かったが、メイーナはよく笑う子だったから。

 最後の記憶ばかりが重く残っているけれど、そのときだってメイーナは笑っていた。


 フリエ夫妻は何度も頭を下げながら、ユニスの案内で人混みの中に戻っていった。

 見届けるシラーフェは袖を引かれる感覚に視線を落とす。こちらを見上げるエマリの赤目と目が合った。


「メイーナってえんぜつで話してた子ですか?」


「そうだ。仲良くしていた娘だな。俺の、王としての指針の一つを与えてくれた人物だ」


「ん、なんとなくわかりました」


 エマリの返答に何か違和感があった。

 それを確かめる間もなく、エマリはすぐにシラーフェから離れていく。

 マレイネと何やら話しているところを邪魔するほどのことでもないと視線を外す。外しながら、何気なく集う民たちへ目を向ける。


 見知った顔もあれば、知らぬ顔もある。アンフェルディアの民がほとんどではあるが、ちらほら冒険者と思われる姿も見て取れた。


 シラーフェたちを一目見ようと集まった者たちもいれば、たまたま立ち寄った者もいる。こちらを気にもせずに通り過ぎる者もいて、その一人一人をシラーフェは見ていた。

 心持ちはバルコニーから、王位継承の儀に集った民を見たときと似ている。


「遠くから見下さずとも、一人一人を見ることはできるものだな」


 それもバルコニーから見るよりもずっと近くで。


 元よりシラーフェは民の営みを見るのが好きで、よく城下に赴いていた。傍で民の笑顔で見るのが好きだった。

 離れたときを経て実感する。外側から見えたものは内側でも目にすることはできる。


 ならば、内側から見ていたものを外側から見ることは可能だろうか。

 傍で見ることが難しくなる笑顔をこれから先も見られたらいいのにと願う。せめて見ようとする心だけは忘れずにいたいと願う。


「良い国だな。民が皆、良い顔をしている」


 隣立つミグフレッドもまた青い瞳を集う民へと向けている。

 同胞を想うあまり、他種族を恨んでいたミグフレッドは柔らかな色でアンフェルディアの民を見ていた。

 初めて会ったときとはまるで違う雰囲気に思わず笑みが零れる。


「初めて訪れる国がアンフェルディアでよかった。招待してくれたこと、感謝する」


「……少しは他種族を信じられるようになったか?」


「……今でも無垢に信じる気はない。俺には同胞を守る役割がある」


 以前と同じ言葉は違う声色を持って紡がれた。

 悪循環は含まれていない。その表情はミズオルムの地下で見たものとはまるで違う。

 周囲を拒絶する棘が抜け、幾分が和らいだ姿を快い気持ちで見つめる。


「だが、確かめることなく拒絶することはやめた。この目で見なければ、答えは得られぬと教えられたからな」


「マレイネか」


「何を言っているんだ?」


 呆れを混ぜた言葉を投げかけられる。

 目元は和らいだまま、呆れ笑いといった風情で青目が注がれていた。


「シラーフェ、お前だ。閉じた世界を開いたのはお前だ。信じさせてくれたのはお前だろう。でなければ、アンフェルディアを訪れようとは思わなかった」


 自覚のない称賛に困惑が勝つ。

 地下でミグフレッドの信用が得られるよう力を尽くしたのは事実だ。その結果、ミグフレッドと友人になれたとも思っている。


 以来、態度が軟化し、表情が和らいだことに多少の力添えはあったかもしれない。

 けれど、ミグフレッドを変化させたのは隣で笑う女性であるというのがシラーフェの認識だった。


「アンフェルディアを良い国と思ったことも、お前の影響が大きい。……やはり分からないという顔だな」


「すまない」


「謝る必要はない。ないが、お前はもう少し自分が与える影響を自覚した方がいいな」


 己の行動の責任を負う覚悟はしている。王族という立場にある以上、与える影響が大きい自覚もある。

 しかしどうやら、ミグフレッドの言うそれは微妙に異なるもののようだ。眉根を寄せて考え込むシラーフェにミグフレッドは笑声を零す。


「シラーフェ、お前はそのままでいてくれ」


「……どっちなんだ」


 より困惑するシラーフェをミグフレッドは面白がって目を細める。

 シラーフェは小さく息を吐いて、そっと胸に手を当てる。心臓とは違う拍動を確かめる手が微かに震える。


 そのままで、このままで、変わらずにいたいとはシラーフェも思っている。

 今もなお、シラーフェを染めあげんとするそれは、どれだけの時間をシラーフェに許してくれるだろうか。

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