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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第4章

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88「陰に託して影を求む①」

 まずは何をして遊ぼうか。第二王女にナイフを突きつけながらメリアは嗜虐的に考える。


 影である少女風の少年には半身たるアリアが馬乗りになり、王女はメリアに拘束され、それぞれ身動きが取れない。状況はアリアとメリアの優位に進んでいる。


 イゾルテからは影の目の前で王女を殺すよう言いつけられている。

 要は優秀で、選ばれし「ツェル」の者に無力感を与えればいい。それなら単に王女を殺すだけでは物足りない。


 もっとじっくり時間をかけて王女を痛ぶり、苦しめ、一部始終を影に見せてやればいい。

 もっとも大切な者は虐げられ、痛苦に喘ぐ姿を見せられてこそメリアが抱いてきたこれまでの苦しみに並ぶ。そうでなくてはメリアの復讐には届かない。


 そう、これは復讐だ。メリアの大切で愛おしいアリアを苦しめ、見て見ぬふりをし続けた一族への復讐。

 アリアが傷を負った分だけ、いや、それ以上の苦しみを相手に与えたい。


「王女様ぁ、分かってると思うけど、魔法なんて使ったらぁ、貴方の影が酷ぉい目に遭うからね」


 第二王女に魔法の才があることは知っている。才のある王族に魔法なんて使われてしまったら、形勢逆転を許すことになる。それを防ぐためにも、王女と影を同時に拘束したのだ。

 仲が良いと有名な主従はお互いを思うが、故に何もできない。なんと美しく素晴らしい絆だろう。


「分かっておりますわ。抵抗する気はありません。……けれど、一つ聞かせていただいてもよろしいですか?」


「なぁに。聞いてあげる。聞くだけね」


 拘束されてもなお、ナイフを突きつけられてなお、気丈に振る舞う姿は美しい。


 この美しさが穢されたとき、可愛らしい影はどれだけ乱れてくれるのか。

 想像するだけでメリアの内側が撫でられるように疼く。波立つ熱情に支配される感覚があった。


「貴方は謀反を起こした影人のお仲間なのでしょう。どうしてこのようなことを? どうして……きゃ」


 込み上げる苛立ちのままに王女を蹴り飛ばす。

 マナ強化した身体能力は小さな王女の体など、簡単に吹き飛ばせる。

 影の中に潜むものなど何も知らない、光の中だけに生きる少女のことなど簡単に殺せる。


「どう、して……」


「まだ懲りないの⁉」


 性懲りもなく、同じ問いを重ねる王女のもとへ一蹴りで詰め寄る。

 美しい漆黒の角を掴んで、握り潰さんばかりに強く掴んで、小さな体を持ち上げる。


「やめて! 姫様に、何もしないで・・・・・っお願い。僕がっ、僕が変わるから」


「それ、逆効果だって分かんないのぉ? あたしたちが何のためにここにいると思ってるの」


 心地良い影の訴えにアリアが嘲笑を零す。小気味いい気分で耳を傾けながら、王女の体を引っ張り、影のすぐに傍に放り捨てた。


「姫様! 姫様…ぁ……」


「きゃはは、良い声で鳴くもんだね。まだまだ終わりじゃないから、もっともっとアタシたちに聞かせてよぉ、リーカちゃんっ」


 ぱっちり大きな瞳に涙を溜めて、嗚咽混じりに主を呼ぶ声に堪らない快感が押し寄せる。

 口の端から笑声を零し、次はどうしてやろうかと期待に胸を高鳴らせる。


「そう。それが貴方の理由なのですね」


 熱に浮かされるメリアに、静かな声が水を浴びせた。楽しい気分に水を差された不快感に顔を顰め、声の主の角を再度掴む。

 もういっそこの角を折ってしまおうかと別種の熱がメリアの内から込み上げる。


「スィクラ」


 美麗な声が詠唱を唱えたと認識したとともにメリアの頭上に水が降り注ぐ。

 今度は物理に水を浴びせられたメリアは煮え立つ怒りのままに王女を睨みつける。


「あのさ、立場に分かって――」


「これで少しは頭が冷えましたか?」


 メリアの怒りなど意に介さず、冷えた王女の声が投げかけられた。

 崩れない王女の態度に先程まであれだけ高揚していた気分が一気に落ちる。不愉快さばかりが勝って、角を掴む手に力を込める。


「っ……馬鹿力だけが取り柄なの?」


 口調が一変する。王女のものとは違う喋り方にメリアは咄嗟に手を離して距離を取る。


「へえ、賢明な判断じゃん。でも、片割れは失敗したみたいだね」


 言われて、メリアは大切な半身の方に目を向ける。

 影、リーカス・ツェル・ラァークを拘束していたはずのアリアは立場が逆転、彼女の方が拘束されていた。


 目を離していた間に一体何があったというのか。


「アリア……っ」


「動かないでください。自分もあまり傷つけたくはありませんので」


「ちょっとソフィヤ! 僕の姿でそんな情けない表情しないでよね」


「す、すみません」


 声をあげるメリアの目に、アリアの首筋に突きつけられたナイフが映し出される。

 それをしているのは申し訳なさそうに目を伏せたリーカス。いや、リーカスではないのだろう。


 交わされる二人の会話から察するにメリアたちがリーカスだと思っていたのは、同じく王族の影を務めるソフィヤ・ツェル・ラァーク。そして第二王女だと思っていたのは――。


「もうこの姿でいる必要もないか。ソフィヤ」


「っ……はい」


 二人の姿が解ける。纏っていた影が剥がれ、本来の姿が現れる。


 リーカスだった方は灰髪を一つに括った長身の女性。

 第二王女ネリスだった方は灰髪を側頭部で二つに括った少女風の少年。


「罠、だったのね」


「ユニスはアタシたちを裏切ってたってこと」


「そゆこと。まあ、この場合、裏切ったって言われると微妙なとこだけどね。潜入の方が正確じゃないかな」


 ユニスが齎された情報は嘘だった。

 王女とその影が城下を散策する。そこがねらい目だと教えられた情報はこの状況を生み出すための罠だったのだ。


「アクバインド×2(かけるに)


 小首を傾げ、指を二本立てたリーカスにより、生成された水の縄がアリアとメリアの二人を捕らえる。

 練度が高く、マナ強化した状態でも破ることはできない。同じ姿勢で並んで転がされ、二人揃って二人の「ツェル」の者を睨む。


「謀反なんて起こすくらいだから大層な理由があると思ったけど」


 言いながら、リーカスはこちらに歩み寄り、膝を折る。赤目がこちらを覗き込む。


「ただ欲を満たすだけとか全然可愛くない。そうなって当然だよ」


「あんたたちに私の何が分かって……」


「アタシたちのっ、この苦しみの何が分かるのよ」


「苦しみとかは知らないけどさ、分かってないのはそっちの方じゃない?」


 アリアとメリアの事情を欠片も知らない不遜な物言いに苛立ちを募らせる。

 その苛立ちを発散する方法は今のメリアたちにはなく、睨むことしかできない無力感を突きつけられたまま、一方的に話を聞くしかない。


「虐げられたーって、蔑まれたーって、被害者なのを免罪符に加害者になりたいってのが本音でしょ。さっきのやりとりで分かったよ。僕を痛ぶって心底楽しいって顔をしてた」


「っ……そんなことは」


 ないとは言い切れなかった。

 聞くしかない状況に冷静になった頭が心当たりを訴える。王女を痛ぶっているとき、メリアは何を考えていたか。


「もし、あんたたちが優秀な影人だったとしても、そんな危険因子が『ツェル』や『スクト』に選ばれるわけないじゃん。王族に近付けらんないよ」


「それは……あんたたちがアタシたちをっ」


 そうだ、順番が違う。蔑まれてきた日々があったからメリアたちはこうなったのだ。


「っあの! あの、自分はお二人のマナ強化は素晴らしいと思います。きっと騎士団で重宝されていたかと」


「今更な話だけどね。自分たちで無駄にしたんだ。ほんと、勿体ない」


 他責の言葉を、今更過ぎる誉め言葉と今更過ぎる機会が遮った。

 震える息が零れ、言葉を続けられない。


「言っとくけど、僕もソフィヤもずっと褒められて、称えられて、みんなに認められて生きてきたわけじゃないからね。むしろ逆だよ」


「そうですね……。自分はいつも怒られてばかりでしたし」


「それでもがんばって、すっごくがんばって、それを認めてくれる人に選ばれたの」


 言って、リーカスは寝転がる二人に指を突きつける。


「僕らの迷いはそれだけ。二人にだって可能性はあったのにね。ほら、ユニスみたいにさ」


 もっとも才を持たない影人の名前を出して笑うリーカスの姿に、不覚にも可愛いと思ってしまった。むかつくことに。


 ●●●


 影に潜むロレンは第一王女の姿を捕捉する。


 華やかな社交場から離れ、傾いた日に照らされる庭園の中、佇む姿は息を呑むほど美しい。魔国一と謳われる美貌に多くがそうであるように目を奪われたロレンは数拍置いて我に返った。

 己の役割を思い出し、なけなしの勇気を振り絞って口を開く。


「フィユマ」


 ロレンは影に潜んだままで、王女はこちらに気付いていない。

 油断していたところに、鋭利さを備えた葉が宙を駆ける。


 風に揺れるのとは違う軌道で踊るその命を狙って第一王女に迫る。

 完全な死角から音もなく迫る攻撃に王女は気付かず、避ける術はない。


「あら、マナが乱れているわね」


 一言、王女は呟いた。


 図星を突かれ、心臓を鷲掴みにされた気分で、ロレンが分かりやすく動揺する。

 すでに制御から離れた魔法はロレンの精神の乱れとは別に役目を果たすはずだった。


「ウィラー」


 美麗な声が聞こえたかと思えば、ロレンが放った魔法が切り裂かれた。舞い踊る葉が無残に散る様に息を呑む。


「っフィユマ」


 何度も何度も脳内でが描いていた計画が初っ端で挫かれた。予想外の出来事が起こったことにより頭が真っ白になる。

 纏まらない頭で唱えた詠唱は不発に終わり、魔法になり損ねたマナが散らばる。


「なっ、なんで……フィユマ、フィユマ」


 失敗するたびに平静さは失われ、魔法はさらに失敗を重ねる。纏まらない思考の中では失敗の理由を特定するに至らず、ロレンは混乱の渦に巻き込まれる。


 そうしているうちに周囲の影が不安知恵に揺れ始める。いつもの流れだ。

 このままロレンは影の中から弾き飛ばされる。そうなれば王女にロレンの存在がばれてしまう。

 攻撃を仕掛けたのは間違いなく、ロレンは大罪人の扱いを受けることになる。


「でも……それでも、分かっててここにいるんだ。イゾルテ様」


 脳裏に描かれるのは出来損ないのロレンを救い上げてくれた人の顔だ。

 彼女の役に立つことさえできないのなら、ロレンが生きている理由はなくなる。


 唇を引き結び、じっと影の中から王女を見る。不安定に波打っていた影はロレンの精神状態を表すように落ち着きを取り戻している。


 もうすでに王女は刺客がいること――ロレンが潜んでいることに気付いている。時間をかければかけるほど、失敗の可能性が高まる。

 出し惜しみしている余裕はないと己を説得されるように口を開く。


「フィユマティーノ」


 魔臓に蓄えたマナの大半を使って高位の魔法を発動させる。

 先程と同じ鋭利さを持った葉が先程よりも広範囲に展開される。数を増した葉の一枚、二枚切り裂かれたところで痛くも痒くもない。


「好きなだけ切り裂いてください」


 珍しく強い意思を覗かせるロレンに応えて、魔力に構成された葉は一斉に王女を襲う。

 四方から迫る攻撃に今度こそ王女は為す術ないはずだ。


「あらあら、大盤振る舞いねえ。お姉さんも張り切っちゃおうかしらね」


 己が置かれている危機的状況など意に介さず、王女はおっとりと告げる。

 焦るどころから余裕を感じさせる姿にまたロレンの胸はまた乱れる。自信のなさが顔を出し、失敗の二文字脳内を占拠する。呆れるほど重ねた失敗の経験が心を支配する。


「でも残念ね。構成に乱れがある。付け入る隙を残しているんじゃあ、落第点ね」


 ロレンを支配する。二文字を証明するように美麗な声を紡ぐ。

 王女はダンスを踊るように一歩、二歩、迫る葉を華麗に避ける。しかし、避けきれるような量ではない。


 そのはずなのに王女は荒れ狂う葉の隙間を美しく踊る。

 敵であるロレンですら魅入られてしまうほど美しい舞であった。そうして魅了されている間にロレンの攻撃は結局失敗に終わった。

 上位魔法はことごとく避けられ、切り裂かれ、葉は無残に地に落ちる結果だけを残す。


「っま、また僕は……」


 失敗してしまったと肩を落とし、動揺の中で次の手を考える。脳裏には肩を落とすイゾルテの姿が映し出され、頭を振る。


「ぃ、イゾルテ様は……そ、そそんな目で僕を見ない」


 自分の妄想を自分で否定する。優しいあの人は、多くが向けたような目でロレンを見ない。

 すぐに乱れてしまう情けない心を宥めるロレンの背後、白い影が迫っていた。


「捕らえた」


 美麗な声は凛とロレンの鼓膜を震わせた。


 すぐ席で聞こえた声よりも、突然腕を掴まれたことへの衝撃がロレンの脳内を占める。

 人前に出ることも無理なロレンは当然触れられること苦手だった。


 思考は真っ白に染まり、身は硬くなり、ロレンのすべてが停止する。それを良いことに腕を掴んだその人はそのままロレンを影から引き摺りだした。

 気付いたときには変わっていた景色にロレンは困惑し、挙動不審に周囲を見る。


「な……な、なな」


「こんにちは、貴方が先程の魔法を放った人かしら」


「ぁ、あう……あの」


 美しすぎる顔に覗き込まれ、言葉にならない声ばかりを零す。輝く尽くし差はあまりにも眩しく、思わず目を細める。ロレンとは明らかに生きる世界が違う人種だ。


 王女なのだから当たり前だ。しかし、今のロレンにそんなことを考える余裕はない。ただ停止した思考の中で呆然と美貌を見つめる。


「まったく先程の魔法もだが、ここまでやって気付かないとは……」


 不意に王女の雰囲気が変わる。穏和で柔らかな空気が研ぎ澄まされ、垂れ目がちの赤めに鋭いものが宿る。

 その変化にロレンは困惑を重ねるばかり。言われた意味にすら理解が追い付かない。


「筋は悪くない。見込みはある。だからこそ惜しいな」


「あな、たは……ぉおお王女じゃ」


「気付くのが遅い。この鈍さは頭の巡りというより、心根の問題か」


 凛とした目で見つめられると何も言えなくなる。まるで自分が悪いことをしている気分になる。

 いや、今は悪いことをしているわけだが、ともかくこの目は苦手だ。そして思い出す。


 この真っ直ぐな目の持ち主のことをロレンは知っている。同い年でたびたび比べていたから、自然と意識するようになった人物。


「悔やむのなら、他者に委ねる生き方を改めるといい」


 ロレンにはない正しさと強さを持ったその人物の、纏う影が解けた姿を目に収めると同時にロレンの意識は奪われる。

 また失敗を重ねるロレンの脳裏で、何故かイゾルテは微笑んでくれなかった。

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