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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第4章

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87「迷頭認影」

 聞こえた足音にイゾルテは目を瞬かせる。


 今、イゾルテが声をかけた影人の子たちは皆、出払っている。大事な役目を与えているから、こんなに早く帰ってくることはないはずだ。


 となると騎士辺りにでも場所が感付かれたのだろうか。


 今、他の子たちはいないので、それ自体は問題ない。

 謀反の計画はイゾルテの頭の中にだけあり、この拠点はいつでも放棄できる場所だ。来訪者が姿を現す前にイゾルテが逃げればいいだけの話。


 気になるのはどうしてこの場所がばれたのか。それを把握しておかなければ、拠点を移しても不安は残る。


 近付く足音を耳にしながら思索を巡らせるイゾルテは結局残ることにした。

 たとえ誰が来ようとも、逃げることは難しくない。来訪者と話をしてから場を去っても遅くないと判断したのだ。


「あら? 貴方だったのね」


 足音の主を待つイゾルテは現れた人物に再度目を瞬かせる。

 立っていたのは意外な人物であり、イゾルテのよく知る人物であった。


「ユニス」


 現れたのはイゾルテの甥である青年だ。

 長の家に生まれたのにも拘わらず、影人として必要な才のほとんどを持たない可哀そうな子。


 だから仲間に引き込んだ。頑なで、引き込むに手古摺りはしたが、彼の弱いところはよく知っている。

 いや、イゾルテが弱いところを知っているのは、ユニスに限った話ではない。ユニスの持つ弱点は影人の多くに共通するものだ。


「どうしたの? この時間はマーモア様の傍にいるのではなかったの」


「シラーフェ様はルシフィア様とご一緒におられます。私は手が空いたのでこちらに」


「そうなのね。でもあまり感心できないわね。先の一件で第一王子は貴方のことを警戒しているはずよ。拠点に足を向けるのも、私に接触をするのも、軽率にするべきではないわ」


 イフアン奪還作戦の際、ユニスにはコセットの存在を黙っているよう指示した。

 囮としてイゾルテが赴いたことで多くの意識は、こちらに向けられていた。ユニスもまたイゾルテに気を取られたことになっている。


 しかし、そう簡単に騙されてはくれないものもいる。


 その筆頭が第一王子とその影だ。

 あの場に第一王子はいなかったが、その影はイフアンのすぐ傍にいた。


 ユニスの動きに不審さを覚え、その動向を注視していても不思議はない。

 ユニスが裏切っている可能性を当然のように考えていることだろう。こうしてイゾルテの許に訪れていることも相手に知られているかもしれない。


「すみません、軽率でした」


「ふふ、構わないわ。貴方の気持ちもよく分かるもの。心配なのでしょう?」


「はい……。みなさん、無事でしょうか」


 ユニスの顔には分かりやすく不安が滲んでいる。


 現在、イゾルテの協力者たちは皆、それぞれ王族のもとを訪れている。王族たちを殺すために。

 守るべき王族を殺し、影の一族に無力感を味わわせる。それがイゾルテの立てた謀反の計画だ。


 影が離れている時間、王族が無防備になる瞬間をユニスが調査し、与えられた情報をもとにイゾルテが作戦の詳細を考えた。

 情報を持ってきた責任を感じて。ユニスはその表情を暗くさせているのだろう。


 昔から真面目で責任感の強い子だった。

 もしかすると暗くなった表情の中には裏切った王族への罪悪感も含んでいるのかもしれない。

 優しい子だと口元で描く弧を深める。


「大丈夫よ。あの子たちは上手くやってくれるわ」


「そう、ですね」


 まだ硬い表情を解すため、地合いを込めた視線を注ぐ。

 大丈夫。失敗しても問題はない。また新たに計画を考えればいいだけだ。

 冷たく考える心を、優しい赤目はどれだけ見えているだろうか。


「……叔母様、一つ質問してもよろしいですか?」


「ええ。一つと言わず、いくらでも」


「何故、ルシフィア様を標的から除外したのですか?」


 意外な質問で驚いた。今日の作戦において、標的となっている王族は四人。

 第一王子リリアーナ、第二王子スキラーニュアナ、第三王子カナトイアータム、第二王女ネリーレイスの四人。


 第五王子を除外のしたのはユニスとの約束があるから。

 ユニスがイゾルテの協力者となったのは、彼の主である第五王子シラーフェンヴァルトを標的から除外するためだ。こちら側につくのなら、大事なものには手を出さない。そういう約束だ。

 元より王族すべてを殺すつもりはなく、王位継承者なら残す者として都合もいい。


 第四王子ライディアリオを除外した理由もまた明快。彼への襲撃は先走ったイフアンにより失敗している。その上、自由を愛する放蕩王子の隙を見つけられなかった。

 いつ、どこで、何をするか、第四王子の日々の予定はあまりにも不明瞭で、ユニスにも見つけられなかった。


「今、この国を支えているのは第一王子様だからよ」


「それはどういう……」


「言葉通りの意味よ。私が恨んでいるのは、影の一族であって王族や国ではない」


 イゾルテの目的は守るべき王族を殺して、憎き一族に絶望を味わわせること。

 手段として王族は殺すが、民を不幸にするつもりはない。


「私の謀反に民まで巻き込むつもりはないの。王族を何人殺したところで、第一王子さえ生きていれば、国が大きく傾くことはないわ」


 国政を担う第一王子と王位を継ぐ第五王子が残っていれば、アンフェルディアは変わらず回っていく。

 語るイゾルテを見るユニスの顔は無理解を騙っていた。

 言葉の意味が分からないというより、言葉の理由が分からないらしい。


 謀反を起こしたことと、国を思うことがユニスの中で結びつかないのだろう。

 言葉を尽くして語ったところで完全に理解はされまい。ならば、これで話は終わりと視線で示すイゾルテ。


 しかし、この場の話は終わらない。終わりにはさせてもらえなかった。


「なるほど。どうやら貴方は理性を捨てたわけではないようですね、叔母様」


 聞こえた声がイゾルテを引き留める。ユニスの者ではない声が。


 声の主はすぐに姿を現した。

 イゾルテの正面に立つユニスの影から一人の青年が現れる。

 灰髪に青い角。モノクルをつけた理知的な青年。イゾルテのもう一人の甥、フニート・ツェル・ラァークであった。


「お久しぶりです。ユニスに会うのならば、私にも声をかけてくださってもよろしかったのに」


「フニート……。貴方がそんなことを言うなんて意外ね。顔を見ないうちに、情でも芽生えたの?」


「社交辞令の類です。円滑に会話を行うにあたり、時として必要なものですので」


「素晴らしい答えね」


 言って、視線をユニスへ向ける。

 こちらに来てからずっとユニスの表情が硬い理由を知った。

 ユニスは作戦遂行中の仲間を心配していたわけではないらしい。心配していることがあるとすれば、自分が上手く役割を果たせるかどうかだろう。


「フニートが影に潜んでいたことをあなたが気付いていなかったわけがないわよね、ユニス」


 ユニスは影の中の気配を感知する能力に長けている。本気で気配を潜めた遺贈手にも気付ける彼が、自身の影に潜むフニートに気付かないわけがない。


 ユニスはフニートが影に潜んでいることを知っていて、より正確に言えば、フニートを影に潜ませた状態でこの場所を訪れたのだ。

 それは紛れもなくイゾルテに対する裏切り行為であった。


「裏切り……いいえ、違うわね。ユニス、あんたは最初から裏切っていなかったのね」


 イゾルテを裏切ったのではなく、ユニスは今もなお第五王子の忠臣ということだ。

 たとえ、大切な人物の命が懸けられた状況でも彼は、主を裏切らなかった。

 曇りない瞳が見るものはたった一つ。眩しいほど揺るぎなくただ一つを見つめていた。


「だとしたら、貴方がもたらした情報はすべて罠ということになるわね」


「動じないのですね。気付いていたんですか?」


 気付いてはいなかった。イゾルテは本気でユニスがこちら側についたと思っていた。

 だからと言って動じる理由にはならない。ユニスの心が変わらずある事実に納得があるだけだ。


「いいえ。ちゃんと信じていたわ。でもいいのよ。そちらを取ったのならば、それで構わないわ」


 信じていた、と正面から口にされたユニスは仄かに口を引き結ぶ。

 罪悪感を抱く表情に薄く開いた口で「気にしないで」と囁いた。ユニスは微かに体を震わせ、震えた赤目を向ける。


 無理解に怯えを混ぜた瞳を愛おしく見つめる。


「心配ではないのですか?」


「心配? 何を? 裏切られたところで、私の計画に支障はないわ」


「そうではなく……仲間のことが心配ではないのですか?」


 予想外に優しい問いかけに少し驚いて、すぐに目元を緩めた。

 少しでも関わりを持ったからか、敵であるはずの者たちにまで心を配るとは本当に優しい子だ。


「愚問を重ねるのは褒められた行為ではないな。その問いの答えなど、分かりきっている」


 対して、もう一人の甥は冷酷だ。兄によく似たぴくりとも動かさない表情でそう切り捨てた。


「答えは否だ。叔母様は仲間に情を抱いていない。それどころか、仲間とすら思っていない。そうでしょう?」


 長の一族らしさを体現するフニートは正しくイゾルテの心根を言い当てた。

 この場で理解していないのは、ただ優しいのはユニスだけだ。


「叔母様、これからあなたの身柄を確保させていただきます。拒否権はありません」


「素直に聞くと思って?」


「いいえ。抵抗するのなら、お好きにどうぞ」


 父親譲りの傲慢な物言いでフニートは剣を抜いた。その洗練された立ち姿も、腹立たしいほどよく似ている。

 笑みの裏で、疼く感情に委ねて唱える。


「エンフラメ」


 魔力が一帯に薄く広がるとともに炎が床を駆け巡った。フニートは地を蹴って避け、そのまま距離を詰める。


 甲高い音が鳴り響いた。

 フニートが振るった剣が硬化された影と打ち合う。構わず、振るわれる剣を硬化された影がことごとく打ち払う。

 太刀筋すらも兄によく似ているから読むことは難しくない。


「エンフラメ」


「ウィラー」


 薄く火を走らせる魔法の詠唱に別の声が重なる。

 走る風の刃に薄い炎の膜が切り裂かれる。その間を縫って、鋼の光が迫る。


 咄嗟に影の中に潜り、何を逃れる。すぐに別の影に移り、体勢を整えて姿を現す。

 数秒前にイゾルテが潜んだ影に剣を突き立てるユニスの姿がそこにはあった。


「身内相手に容赦がないわね。死んでしまっていたかもしれないわ」


「その言葉を聞くつもりはありません。私の進む先はもう決めています」


 優しいあの子は揺るぎない意思を持ってこちらを見ている。

 赤目に宿る優しい光はイゾルテではなく、別の誰かを見ていた。


「戦闘中に手を止めるなど、余裕ですね」


 感傷に浸る間もなく、フニートが剣撃を差し込む。思考を一度止めるとともに硬化させた陰で受け止める。

 その間にユニスがこちらに迫ってきている。


「落ち着きのない子は嫌いよ」


 懐から取り出した土の魔石をユニスの足元に叩きつける。瞬間、砂埃が立ち込め、ユニスの足を止める。

 イゾルテは影で作った足場を蹴って距離を取る。

 地を蹴ると同時に火の魔石でフニートを牽制することも忘れない。


 土の魔石が生み出した砂埃と、火の魔石が生み出した爆発による爆風が荒れ狂い、それぞれの視界を埋め尽くす。刹那の空白があれば、逃げる隙が得られる。


「逃がしませんよ」


「……っ…」


 駆け抜ける風が一瞬で視界を晴れさせた。

 二つに分かれた爆風の中からフニートが踊り出る。火の魔石の爆発を受けても攻める足を止めなかったらしいフニートは、髪に、服に、肌に爆発の影響を残している。


「珍しい姿ね」


 欠片の乱れもなく、使用人服を着こなすフニートが乱れた姿を晒すことはそうない。

 必死さを物語る姿をからかうイゾルテの声になど、耳を貸さずにフニートは剣を振るう。


 この距離では避けるのも、影で受けるのも間に合わない。一つ息を吐いて、イゾルテは懐のナイフを抜いた。

 正真正銘、金属同士がぶつかる音が響く。


「遅いわよ、ユニス」


 三手でフニートの剣を捌き、迫るユニスの剣を避ける。

 兄弟で剣を絡ませる様を横目に、イゾルテは場から離脱を図る。


「「ウィラー」」


 重なる詠唱。二方向から飛んでくる風の刃が逃げるイゾルテを邪魔する。

 一つをナイフで、もう一つを硬化させた影で受ける。その間にフニートとユニスが体勢を立て直し、こちらに迫る姿を横目で確認。

 余裕の笑みを消さないままにイゾルテはナイフのみで二人の剣撃を巧みに捌く。


「二人掛かりでこれだなんて先が思いやられるわね。本当に私を捕らえられると思って?」


 ナイフ捌きで二人を圧倒して、イゾルテは挑発する。

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