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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第4章

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85「イフアン奪還作戦」

 緊張を全身に映し出した少年が、処刑台を一歩一歩上っていく。


 腕には枷が嵌められ、足には鉄球のついた鎖がつけられている。囚人もかくやの様相の少年の名はイフアン・ラァーク。

 単独でライを襲い、返り討ちにされた影人であった。謀反を企てるイゾルテ・ラァークの仲間として、彼女を誘き出すための餌として使われている。


 と言っても、イゾルテが現れなければ、処刑される運命にある。

 忠誠を誓うイゾルテの足手纏いになるか、切り捨てられてこのまま処刑されるか。


 どちらにしても地獄。その実が緊張に包まれ、微かに震えていても責められまい。

 アンフェルディアの処刑方法は魔法を使ったものが多い中、今回は原始的な処刑方法が選ばれた。


「膝をつけ」


 冷たく言い放つのはフニートだ。


 処刑対象が影人ということで、影を使っての逃走を防止するために傍で監視の任についている。フニートほどの実力者となれば、他者の影に干渉することで、影に潜む力の行使を妨害することもできる。

 決して簡単なことではないそれを行ってなお、フニートは涼しい顔をしている。


 優秀な兄に劣等感を刺激されながら、ユニスは離れた位置で身を隠し、見守っている。

 イゾルテや他の影人の気配を感じればすぐに魔法で知らせる手筈だ。


 ユニスの信号を受けて、控えている騎士たちが動き侵入者を捕らえる。責任重大な立場だ。

 緊張はある。けれど、その緊張は責任の重さによるものではない。


 イフアンは膝をついた形で足を固定される。処刑人がイフアンの頭を正面に置かれた台に抑えつける。これも首に金属を嵌めることで固定される。

 処刑台に固定されたイフアンの頭上では、二つの刃が鋭利な輝きを発している。


 二つの刃が狙うのは角だ。この処刑台は角を絶つ、魔族専用のものだ。

 角を根元から断たれれば、マナを取り込むことができなくなり、魔族は衰弱死する。そうでなくとも激しい痛みを伴う衝撃で命を落とす者も少なくない。


「これよりイフアン・ラァークの処刑を行います」


 フニートの宣言により、処刑人は刃に繋がる紐に手をかける。

 処刑台の突起に引っ掛けられた紐は、外すことで刃が勢いよく落ちて角を切り落とす仕組みとなっている。


 まずは一本目。処刑人が突起から紐を外した。

 勢いよく落ちる刃。鋭利な輝きがイフアンの角を切断する直前、飛来した何かが刃を弾いた。甲高い音が響く。


「敵襲。全体、警戒を!」


 控える騎士の方から号令が飛ぶ。

 ほとんど同時にフニートがユニスに視線をくれる。わずかに息を詰め、強まる緊張を表には出さないよう努めて口を開く。


「ソンルシュ」


 魔法で空砲を二度鳴らす。

 空砲は影を潜む敵を見つけた際の合図、回数で方角を表す。そして――一拍おいての空砲はイゾルテの襲来を知らせる。


「ソンルシュ」


 再度空砲を放ってイゾルテが来ていることを知らせる。

 場の警戒がユニスの示した方角に向けられているのを感じる。

 騎士団長イグニを中心に陣形が組み直され、イゾルテを迎え入れる状況を整える。


「あらあら、そんなに歓迎されるなんて嬉しいことね。少し照れてしまうわ」


「そんな可愛らしいことを思う性質とは思えないな、イゾルテ・ラァーク」


 間もなく、姿を現したイゾルテにイグニが鋭く言い放つ。

 相も変わらず得体のしれない笑みを浮かべるばかりのイゾルテはユニスにも、イフアンにも目をくれず、影なのかドレスなのか分からない黒を揺らしながらゆっくり歩む。


「怖い顔ね。そんな顔ばかりしていると息子に怖がられるのではなくて? 生まれたばかりなのでしょう?」


「こちらの事情はすべて把握していると脅しているつもりか?」


「そんなつもりはないわ。ただの雑談よ。仲良くしたいの。お話ししましょう?」


「生憎、謀反人と仲良くするつもりはない!」


 吠えるイグニが飛び出す。


 血染めと呼ばれる赤い角が吸い上げたマナによって強化された体は超人的な速度でイゾルテに迫る。一気に距離を詰め、間もなく剣を振るった。

 微笑みのまま迎えるイゾルテの影が蠢き、イグニの剣を弾く。


「影の硬化か」


 影を硬くし、武器にも盾にも使う。影の硬化は影人の一部が使える技だ。

 ユニスも少しだけなら使えるが、イゾルテほど器用にはいかない。


 筋骨隆々とした体つきらしい重い一撃を、イゾルテは硬化させた陰で巧みに捌いている。

 硬化させたと言っても、イグニの攻撃を完全に受けられる程ではない。イグニは休みない猛攻を受けると同時にその衝撃を流しているのだ。

 激しい戦闘の中で行われる繊細な作業は、出来損ない呼ばれる人間のものとは思えない。


「エンフラメ」


 地を描く影が、イグニの攻撃を捌く影が炎を纏う。

 イグニに加勢しようと隊列を組む騎士たちの妨害をする形だ。


「女性一人を寄ってたかって騎士の誇りはないのかしら」


「国に仇なす者を討つことこそ騎士の誇りなのでな」


 挑発を受けても、イグニの攻めは緩まない。太い腕はイゾルテを殺すための間隙を重ねる。

 お互い表情に映し出すのは余裕。内心を読み取らせることなく、相手を挑発するための表情は保つ。

 それは強者の戦闘だった、見かけの上では。


「いつまでも余裕を映してはいられまい。そろそろ限界も近いのではないか?」


「あら、先程の仕返しかしら」


 影を巧みに操り、国有数の剣の使い手と渡り合える実力者。それが落ちこぼれと一族から蔑まれている理由は一つ。


 彼女は長時間影に干渉することができない。影人の影に干渉する術は陰魔法の一種だ。つまりマナを消費する。

 イゾルテは魔臓が平均より小さく、保有できるマナの総量が極端に少ない。それは影人としてだけではなく、魔族としても致命的な欠陥だ。


「これだけマナを使っているんだ。お前の魔臓は空っ欠だろう?」


「大気中のマナを使うという手もあるのよ。杓子定規な考えはお勧めしないわ」


「甘言に流されるよりはマシだな」


 イグニには表情通りの余裕がある。体格も、魔器官も、生まれつき与えられる才能に恵まれたイグニと、イゾルテの間にはどうしようもない差があった。

 残酷な差を示しながら、イグニは最初から変わらずの重い剣撃を振るう。


「高度な魔法は消費するマナも多い。大気中のマナだけで賄えるものではあるまい」


「角が優れていれば問題ないわ」


「強がっても無駄だ。お前の情報はすべてにこちらにある」


「残念。もっと会話に付き合ってくれてもいいのに、お喋りな身内がいるのも困りものね」


 息を吐くイゾルテはそっと口角をあげる。イグニの剣撃を受け続いていた影が一斉に止まる。

 同時に硬化されていた影は溶けるように元の場所へ戻っていく。


「観念した、というわけではなさそうだな」


「流石、騎士団長になるだけあるわね。慧眼よ」


 言って、イゾルテは大きく後方に飛ぶ。周囲の警戒を楽しんで着地する。

 その瞬間を狙ってイグニに突っ込むが、その剣が空振る。イゾルテの体が影の中に沈んだからだ。

 影の中に潜んだイゾルテの所在を突き止めるのはユニスの役割。しかし、イゾルテはユニスが探るまでもなく、すぐに姿を現す。


「やはり、こちらが狙いですか。今までは時間稼ぎと?」


 イゾルテが姿を現したのはフニートの前。対するフニートは同様なく剣を抜くとともに足元の影を持ち上げる。

 甲高い音を響かせて、硬化した影と硬化した影がぶつかり合う。


「本当、お兄様にそっくり。何から何まで妬ましい程に」


「くだらない嫉妬に周囲を巻き込むのはやめていただきたいですね。兄姉喧嘩ならば、もっと慎ましやかに行ってください」


「喧嘩できる程、弟に感心のないお坊ちゃんに分からないでしょう」


 憎悪の滲む声は離れた位置に立つユニスの産毛すらも擽る迫力がある。

 それを真正面から受けるフニートもまた僅かに表情を曇らせる。


「恵まれている貴方たちには分からないでしょう」


「くだらない」


 重ねられる憎悪を、フニートは一蹴する。圧倒されてから、回復までは早い。

 すでに冷静さを取り戻しているフニートは周囲の影を巧みに操ってイゾルテの逃げ場を失くし、選択肢を奪った状態で剣を振るう。


「恵まれているか判断するのは自分自身。自分から放棄していては恵まれていなくても当然です」


 注がれる憎悪を一蹴するフニートの剣は空を切る。イグニのときと同じ理由だ。

 イゾルテの体が影に沈んだ。大きく波打つ影がイゾルテを呑み込んだだと言った方が適当か。


「まだまだ甘いわね、お坊ちゃん。私にばかりかまけていては駄目よ」


 影の奥から投げかけられるイゾルテの声に、フニートは振り向く。

 戦いの場であることを捨て置いて、赤目を向けた先にあるのは処刑台に繋がれたイフアンだ。

 今回、イゾルテが訪れた理由そのものである少年もまた波打つ影に呑まれようとしている。


「処刑台ごと呑み込むつもりですか……っ」


 黒い物体が蠢き、処刑台ごとイフアンを呑み込む。

 処刑台は一部削り取られ、不安定に揺れる足場にフニートは体勢を崩す。


 それでもなお、その意識は波打つ影に注がれている。影の動きを掌握せんと注がれる意識を嘲笑うように影は元の位置に戻った。

 今まで大きな蠢きなどなかったように――。


「ユニス!」


 名を呼ばれ、ユニスは微かに体を震わせる。

 影の気配を探れ、という指示だ。言われた通りに気配を探り、イゾルテとイフアン、そして二人を呑み込ませた影人の動きを捉える。


 そのうえで、フニートに合流したユニスは口を開く。


「すみません、見失いました」


 仄かに緊張を纏いながら、嘘を吐いた。






 もっとも輝しき光が隠れ、影すらも闇に呑まれた時間帯、ユニスは約束の場所を訪れた。


 イゾルテのとの約束の場所だ。今日行われたイフアン奪還作戦の結果は踏まえて、ユニスの処遇を決めるという話である。

 へまはしていないとは思うが、やはり緊張を抱かずにはいられない。


「ユニス、来たわね」


 イゾルテの声が投げかけられると同時に複数の視線が向けられる。

 この場でユニスは初めてイゾルテの仲間と顔を合わせることになった。

 好奇の視線、警戒の視線、値踏みの視線。それぞれ感情が覗く視線を受けながら歩を進め、ユニスはイゾルテの前に立った。


「今日はありがとう。とても助かったわ」


「イゾルテ様ぁ、それが今日から仲間になるって人ぉ?」


「そうよ」


 短い肯定を受けて二つの影がユニスに歩み寄る。

 歩幅すらぴったり合わせて二人はそれぞれ左右から同時にユニスの顔を覗き込んだ。動作だけではなく、顔まで瓜二つだ。


 一瞬、片方が相手の影を纏っているのかと思ったが、どうやら違う。リカの好みの可愛らしい衣装を彩る装飾品が微妙に違う。


「初めましてぇ、あたしがアリア・ラァーク」


「それで、アタシがメリア・ラァーク。よろしくねぇ」


 どうやら双子らしい。魔族において双子は珍しい存在だ。

 魔器官が未発達となることが多く、無事に産まれることはできても長く生きられないことがほとんどである。

 それ故に、アリアとメリアと名乗った双子がイゾルテの仲間になった理由を悟る。


「ユニス・ラァークです。よろしくお願いします」


 深々と頭を下げるユニスの肩に誰かが手を回した。馴れ馴れしく肩を組んでくる感覚はライに通ずるものがあると視線を向ける。ライとは別種の快活な顔がそこにはあった。

 八重歯を覗かせて笑う女性は向けられる視線を喜ぶように目元を緩める。


「オレはコセット・ラァーク。あ、さっきは助かったぜ。オレのこと黙っててくれてありがとな」


「では、貴方が先程の……?」


「そ。処刑台ごとイフアンとイゾルテ様を呑み込んだのはオレだぜ。昔っから細けぇのが苦手でさ。ぱっとやった方が派手でいいだろ?」


 豪快に笑う姿はそれを気負っている風でもない。明るさのみを背負っているような女性だ。

 陽の落ちた空間の中でも陽の光の中に生きているようだ。影人らしい性格ではないのは間違いない。

 コセットは消えない快活さで傍にいた青年の腕を引っ張る。


「ほら、お前も挨拶しろよ」


「ぅ、あ……ぼくは…そのっ、ロレン、ららラァークです」


 言って先程のユニスよりも深く頭をさげる青年。ユニスと同じか、少し年くらいの年齢ながら、頼りないたたずまいのせいでずっと年下に見える。

 つまりコセットやロレンが排斥された理由はそこにあるのだろう。そして影人らしくない性格の者はもう一人。


「んでもって、オレがイフアン・ラァーク。助けてくれて一応ありがとうって言っておくぜ」


 粗暴さを前面に出した少年は、今回の作戦で救出された人物だ。その纏う雰囲気を見れば、先走ってライを襲撃して返り討ちにあったという事実も頷けてしまう。


「みなさん、当たり前に受け入れてくださるんですね……」


「オレらはみんな、食み出し者だ。居場所がなくて集ってきたヤツを受け入れなきゃ、オレらが絡んでる意味もなくなっちまうだろー?」


 片を組んだままの状態でコセットが告げる。


「ユニスのことはわりとユーメーだし、仲間になるのはジュウブンだろ?」


 この場にいるみな、同じ気持ちのようで異論をあげる者はいない。少し前の視線が嘘のように今は友好的な顔ばかり向けられる。胸が複雑に疼いた。


「ということで、これからよろしくね、ユニス」


 内の感情は秘めたままにユニスは頭を下げて応えた。

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