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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第4章
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82「忍び寄る影」

 アンフェルディア王国の王都ウォルカ。酒場が並ぶ一角は夜になっても明るく賑やかだ。

 店内を照らす魔石灯の光が外にも漏れ出し、影を作り出している。


 その影の中、一人の少年が潜んでいた。彼の標的は酒場の中にいる。

 光り輝く世界の中で、闇を知らない笑い声が少年の耳を擽る。女性に囲まれ、しまりのない表情を見せている者こそ、少年の目標であった。


 アンフェルディア王国第四王子ライディアリオ・ベルフィア・アンフェルディア。この国でもっとも東特、光の象徴とも言うべき血筋の人間である。

 貴人という立場にいながら、護衛もつけず、庶民の中に紛れて笑っている。


「落ちこぼれのくせに……っ」


 抑えきれない苛立ちが口から零れた。


 アンフェルディア王族の特徴である白髪の隙間から生える二本の角。同じく王族の特徴である黒い角は片方が半ばから折れ、白く変色していた。


 魔族において二本ある角が不足している者は角なしと呼ばれ、蔑まれる。

 にも拘わらず、標的は好意的な視線を注がれてばかりいる。蔑視はひとつも存在しない。


 同じ落ちこぼれと呼ばれる立場にありながら、周囲から愛され、光の中心にいる男に嫉妬の炎を燃やす。


「まだ……まだだっ」


 襲うには人目が多すぎる。目撃者を作ってはこうして影に潜んでいる意味がなくなる。


 逸る心を宥めて、ただ燻る感情に嫉妬をくべて待つ。

 燃え盛る炎があの妬ましい男を燃やし尽くすときを、今か今かと待ち続ける。


 そして、その機会は存外早く訪れた。


「ええー、リオン様、もう行っちゃうの?」


 甲高い女の声が席を立つ男へ投げかけられる。甘えるように惜しむ女の声がひどく耳障りだ。

 一人、二人どころではなく、周囲をかこっていた女たちは口々に場を去ろうとする男を惜しむ。


「ごめんな。今日は早く帰るって妹と約束してるからさ。また今度な」


「こないだもそう言ってたじゃない。私たちと妹、どっちが大事なのよ」


「そりゃ妹だな」


「ひっどぉーい。もうちょっと悩みなさいよお。リオン様のバカ!」


 酔っ払っているのか、しつこく迫る女を面白がって男は笑声をあげる。

 酒が回り、赤くなった頬を膨らませる女の頭を男は軽く叩く。そしてすぐにその体を抱き寄せた。


「今度、埋め合わせすっからっさ」


「んもぉ、仕方ないわね」


 その程度で機嫌を直す女の軽いこと。軽薄な男にはほいほいついていくような女はやはり軽い女なのだ。

 そんな安い女に何人囲まれようが、価値の証明にはならない。


 へらへらと笑う男は金貨を多めに支払って店を出た。この男はああして多めに払う癖がある。

 結局のところ、彼の周りに人が集まるのは金とその美貌が理由か。

 実力以外に価値を見る世界ならば、落ちこぼれも愛される。そこにあるのは実に安い世界だが。


 ある程度男が離れたところで少年、イフアン・ラァークは影から出た。


 影に潜むことはできても、影の中を移動することはできない。それが少年の欠陥であった。

 己の体が移動している状態だと影の制御が上手くできなくなるのだ。


 それ故、一族からは落ちこぼれとして蔑まれて生きてきた。血の繋がった家族の中にさえ、イフアンに好意的に視線を向ける者はいない。気にかけてくれたのはたった一人だけ。


「ここで成果をあげたら、きっとイゾルテ様は褒めてくる」


 誰も気にかけない、死んだって心を乱す者なんていないイフアンに、手を差し伸べてくれた彼女の助けになりたい。その一心で、少年は独断で第四王子の背中を追いかける。

 片角を失った落ちこぼれ。護衛もつけずに遊び回る相手ならば、排するに容易い。


 男は後をつけるイフアンのことにまるで気付かず、帰路に着いている。

 賑やかな場所から離れて、暗く人気のない方へ歩を進める。


 ここ数日、イフアンの男の動向を監視してきた。王城と町を繋げる道は複数あるが、男は人目につかない道ばかりを好んで使っている。狙ってくれと言わんばかりに。


 お陰でイフアンは燻る感情の行き場を得られたのだから感謝している。

 暗がりの中、男が慣れた足取りで進む。慣れた道という油断がその命を危うくする。

 口元に笑みを乗せ、イフアンは魔力に変換したマナに命令を下す。


「……っと、危ねぇ」


 仕掛けていた魔法が発動し、複数の淡い光が一斉に灯る。


 闇の呑まれていた世界に光と影が生み出される。生まれたばかりの影から刃が飛び出し、男を襲った。

 不意をついた完璧な奇襲だったが、紙一重で避けられる。空を切った刃が地に落ちると同時にイフアンは腰のナイフを抜いて襲い掛かる。


「おっと」


 軽い調子で避ける男――ライと正面から向かい合う。

 命を狙われた状況だと言うのに変わらずのしまりのない顔でこちらを見ている。


「自分から姿を現してくれるとはね。わざわざ影を作ったくらいだし、中から奇襲してくんのかと思ってたぜ」


「っバカにしてんじゃねぇ。んなこと、できるならやってる⁉」


 影の中を移動し、相手を翻弄する先方は影人が得意とするものだ。

 相手の攻撃を影に潜ることで避け、こちらは影の中から予測不可能な攻撃を仕掛ける。常に優位性を確保できる戦い方だ。できるのならばやっている。


 馬鹿にされたと直情的に怒りを燃え立たせるイフアンを前にライは笑声を零す。

 怒りに燃料をくべる所業に睥睨で応える。


「いや、わりぃわりぃ。思ってたより素直に教えてくれるもんだから」


 睨まれている事実を気にも留めず、ライは笑声混じりにそう言った。


「――やっぱイゾルテのお仲間さんか」


「……っ…」


 図星を突かれて息を呑む。

 灰色の髪と青い角で影人であることは一目瞭然。おまけに影を使った攻撃と、イフアン自身が叫んだ己の欠陥。答えを得るのは充分すぎる。

 一度息を吐く。これだけの情報があって気付かない方がおかしいくらいだ。


 言い当てられたことに動揺している時間はない。


「オレを嵌めたのか? 女を良い気にさせて散々誑かしているだけはある」


「誑かす元々はまあ否定しねえよ。オレはモテるかんな」


 へらへらと笑ってばかりいるライは、イフアンと敵だと認定しないと言っているようだ。

 こちらをまるで見ていない態度は胸に落ちる。別に元々期待していたわけでもない。


 ああ、こいつもか。落胆が胸に落ちる。別に元々期待していたわけでもない。

 相手は王族だ。もっとも眩い世界にいる者が影の奥深くまで見るわけがないのだから。


「ただまあ、今回は誑かす前にお前さんが話してくれたんだけどさ」


 一見、距離が近く親しみを持って言葉を投げかけているが、実際はどうだろう。

 出来損ない影人に、王族が心から親しみを向けているわけがない。

 偽物の、見てくれだけの親愛。形だけ整えたものなど苛立ちを募らせるだけだ。


 イフアンがずっと欲しかった愛はもうすでに貰っている。同じ傷を持つ美しい人から。


「もっと教えてくれていいんだぜ? 今回の狙いはオレってことでいいんだろうが、イゾルテの指示か?」


「…っ……そっ」


 勢いに任せて零れそうになった言葉を咄嗟に呑み込んだ。

 また乗せられるままに喋ってしまうところだった。嫌らしい笑みを睨みつけ、己を律する。


 つい感情的になってしまうのが自分の悪い癖だ。こうして下手に頭を回そうとするからそうなるのだと思考を放棄する。無駄に考えず、無駄に言葉を交わさず、目的を果たしさえすればいい。


「これ以上、無駄に言葉を交わすつもりはねえ!」


「そっか、そっか。りょーかい」


 舐めた態度は無視して地を蹴る。相手は丸腰、勝てない理由がない。

 一気に距離を詰めて、ナイフを振りかぶる。ふとナイフを握る手に違和感を覚え、軌道が逸れる。


 構わず、踏み込んだ足にまた違和感を覚えた。

 訝しんで動きが止まったことを狙って、長い足が叩き込まれる。気付くと同時に身を引いて直撃を避ける。その勢いのままに距離を取った。


「今、何をした」


「言葉を交わすのはやめたんじゃねぇの?」


「うるさい、答えろ!」


「別に大したことはしてねぇよ。ちょっと電撃走らせて、動きを鈍らせただけ」


 説明されてもよく分からない。要は魔法を使って妨害したということだろう。

 それだけ分かれば充分だと結論付けるとともにナイフを構え直す。嘲笑を乗せて振るう。


 また違和感を覚えたが、構わず攻めを貫く。向かい合う赤目が見開かれるのを小気味のよい気分で斬り込んだ。

 鈍らされた動きのせいで、紙一重で避けられてしまった。


「あっぶねぇ」


「こんなちんけな力で俺の動きは止めらんねぇ! 俺を止めたければ、もっと強力な魔法を使うことだな」


 角なしにはできないだろうと嘲りの色を強めて言う。

 片角を失ってはマナを吸収するのにも、排出するにも制限がかかる。多くのマナを消費するっ魔法は使えないし、そもそもマナを使いすぎれば衰弱状態となる。


 武器すら持たない角なしにはしょぼい魔法で、攻撃を妨害することしかできない。それを無視してしまえば、こちらが負ける義理はない。


「いやあ、痛いところ突かれちまった」


 角なしの癖に。王族でありながら、魔族として落第者だと言うのに、どうしてそんな風に笑っていられるのか。


 蔑みの視線を注がれる世界の中で笑える意味が分からない。それともこの男は片角を失くしてもなお、蔑みの中で生きていないとでも言うのか。むかつく。腹が立つ。

 もう終わらせてしまおうと今度こそ仕留めるためにナイフの柄を強く握る。


「死ね」


 相手にならないことはもう分かった。長引かせても良いことはない。

 痺れを感じる腕を無視して突っ込む。今度は驚きもしないライの様子に構わず、突き出したナイフは避けられる。

 予想通りだと口元をにやつかせる。


「ヴアヘデラ」


 唱えた言葉に応えて、影の中から魔法の蔦が出現する。攻撃を避けたライの足元にイフアンが事前に生み出した光源に照らされて揺れる影から躍り出た。これは流石に予想できなかったのだろう。


 無防備に晒される体は瞬く間に蔦を絡みつかれる。大量の魔力を注ぎ込んだ蔦は低級魔法ながら太く強固なものとなっている。簡単には振りほどけない。

 完全に動きを封じられたライを狙い、今度は避けられない一撃を振るう。


「シュヴィトルス」


 淡い光に照らされた空間に紫電が走る。先程より強い痺れに思わずナイフを手放してしまいそうになる。歯を食いしばり、気合で堪える。


 ナイフの軌道は乱されてしまったが、むしろ好都合と照らす光が描き出すライの影に目掛けてナイフを振り下ろす。


「これも堪えちまうか。ちょっと甘く見てたかもな」


 影を狙って下げた頭に変わらず余裕を湛えた声が降ってくる。


「――つぅことで任せたぜ、ソフィヤちゃん」


 異変に気付いたときにはもう遅かった。

 イフアンの腕が掴まれる。今まさにナイフを突き立てようとした影から現れた手によって。


「……っ…」


 咄嗟に腕を引くがどれだけ馬鹿なのか、びくともしない。

 そのまま腕を引かれ、体勢を崩したところに影から現れた足に蹴り飛ばされない。

 まともに食らったイフアンの体は容易く吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


「っかは」


 衝撃に息が詰まり、全身が痛みを訴える。

 状況を理解する余裕のない視界の横で誰かが降り立った気配がした。


「おま、えは……」


「突然蹴り飛ばしてしまってすみません。状況的に仕方なかったもので……」


 優位を確保しながらも、おどおどと頭を下げる女。

 女性にしては高い身長も、自信なく丸まった背のせいで迫力を与えるに至らない。

 イフアンと同じ灰色の髪と青い角を持った気弱な女。出てくる名前はひとつしかない。


「けほっ、ソフィヤ……ソフィヤ・ツェル・ラァーク。いつからそこにいた?」


「ぇ、ええと……最初から、って言っても分かりませんよね。すみません。ライ様がお出掛けになる前からです」


 第四王子の影は律義に答える。席程の攻撃とは比べようもなく、精彩を欠いた様子に苛立ちが募る。


 それだけ力があって、「ツェル」の名を与えられてどうしてそんなに自信なく振る舞えるのか。

 力を誇らないのであれば、その力を譲ってほしい。痛苦に堪えながらソフィヤを睨む。


「すみません。貴方を捕えさせてもらいます。大人しくしてもらえるとあまり痛くはないかと……」


「ふざ、けるな」


「あ、ああっ。すごく痛くしたので、あまり動かない方が……」


 自信があるのか、ないのか分からない態度に苛々する。強者ならば、強者らしくしてくれないと弱者がいっそう惨めになるだけだ。イフアンの一番嫌いな人種だ。


「うる、さい。お前が……お前なんかにオレは止めらんねぇ!」


 強かに打ち付けた背中が痛い。目の前に女に蹴られた腹部が痛い。

 だが、そんなのは些末なことだ。歯を食いしばり、腕に力を入れて、震える膝を立たせる。


「あのっ、無理はしない方がいいと思います」


「うるせえ! お前みたいなヤツにオレは負けな――」


 最後まで言い終わらないうちに内にイフアンは意識を奪われる。一息で距離を詰めたソフィヤの手によって。

 あまり痛くならないように気遣った末の行動ながら、ソフィヤは申し訳なさそうに背を丸めている。


「ソフィヤちゃんは優しいね」


「ライ様! ご無事ですか? お怪我は……っ」


「へーき、へーき。ちとマナを使いすぎちまったけど、許容範囲ではあるかな」


 イフアンが生み出した蔦に絡まれ、身動きの取れない状況のライであったが、ライが対処している間に自力で脱出した。

 魔法を使えば、この程度の拘束から逃れることなど容易い。


「さてと良い土産も手に入ったとこだし、城に帰るとすっか」

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