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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第4章
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81「噂をすれば影が差す」

「意外な反応をするものだな、ユニス。お前のそんな顔は初めて見たぞ」


 自分でも意外だと思う在り方に驚きを見せるメリベル。穏和な主とは対照的に凛とした隙のない雰囲気を持つ彼女は驚きを露わにした表情でユニスを見ている。

 同じ影人、王族に仕える身であるが、メリベルやティリオとはほとんど関わりがない。


 王同士が関わることの多い故、顔を合わせることの多いソフィヤやリーカス、血縁関係にあるフニート、あちらからやたらと絡んでいるレナードとは違う。

 顔を合わせる機会も少なく、互いに積極的に言葉を交わすこともしてこなかった。


「己の在り方を見つめ直す機会がありまして」


「悪くない表情だ。立場上、全面協力するとは言えないが、必要となれば力を貸そう。無論、それがリリィ様のためになるならば、と枕詞はつけさせてもらうがな」


 ここまで友好的に笑みを向けられることは初めてで呆気に取られる。

 己の立場を思い、むしろ「ツェル」の者たちには疎ましがられていると思っていただけに、メリベルのこの反応は意外なものである。


「心強いです」


 何故だか妙に心が温かくなる。その伏せた目に割り込むよう、覗き込む赤目があった。


 よく知る主のものとも、穏和なリリィのものとも、凛としたメリベルのものとも違う。感情を読ませない無機質ともいえる赤い瞳。

 該当する人物という意味でも、この場に残っている人物という意味でも一人ではない。


「ティリオ、ですか……怪我は大丈夫なんですか?」


「問題ない」


 ユニスを覗き込んでいたのはティリオであった。ベッドから下りたティリオは怪我を感じさせない佇まいでユニスを見つめている。表情だけではなく、その行動すらも意図を読ませない。


「何を……」


「私はベルとは違う。協力するとは言わない」


 距離を詰め、ティリオはそう宣言する。協力してもらえるとは思っていないが、距離の近さに戸惑いを隠せないでいる。


「私はユニとは違う。影だから。キラ様を守ること以上のことはしない」


 感情を読ませないから、ティリオの発言には心を乱す隙はない。

 淡々と無機質に紡がれる言葉の真意を探る心の方が働く。困惑ばかりを映し出すユニスの顔をじっと見つめたまま、ティリオはそっと距離を取った。


「その範囲に入るならね」


 端的にそれだけ言って離れていくティリオを、ユニスはやはり真意が読めないまま困惑するのみ。

 悪い意味ではないのだろうが、戸惑いばかりが勝ってそれ以上のことは考えられない。


「ティリオがそのようなことを言うのは珍しいな」


「別に普通」


 どうやらメリベルにはティリオの言葉の意味が伝わっているらしい。

 二人の表情は心なしか柔らかなものに変わっている。


 ユニスは少し二人のことを誤解していた。いや、二人だけではなく「ツェル」の者たちのことを誤解していたのかもしれない。


 思えば、ここ数日、「ツェル」の者たちと言葉を交わす機会が多かった。

 兄の助言もありユニス自身の心境の変化もあって一人一人と正面から向き合ったことで気付けた。

 彼らはユニスに対して悪感情だけを持っているだけではないと。


「おや、シフィも来ていたんだね。心配をかけてしまったようですまないね」


 話している間にキラとフィルが戻ってきたらしい。

 弟の来訪に驚き、すぐに目尻を下げるのは第二王子スキラーニュアナ・サタニア・アンフェルディアである。リリィに負けず劣らずの穏和な雰囲気の好青年だ。


 共に戻ってきたフィルと鋭く冷たい雰囲気を程良く相殺している。

 この二人が現在の国政を支えている事実を佇まいだけで語る風格がある。


「キラ兄上、ご無事で何よりです。怪我の方は……」


「ティリオが庇ってくれたからね。せいぜいかすり傷程度だよ」


 服に襲撃の跡を残しながらも、キラには目立った怪我はない。この目で無事を確認し、シラーフェは息を吐く。


「ティリオ、もう起き上がって大丈夫なのかい?」


「問題ありません。ご心配をおかけました」


「あまり無理はしないでくれよ」


 キラの言葉にティリオは一礼で応える。すでによく知る無表情に戻っており、主に向けるものにしては無感情すぎる態度である。

 距離を感じさせながらも信頼し合っていることが分かる不思議な主従だ。


「姉上、ティリオの治癒をしていただき、ありがとうございます」


「礼には及ばないわ。私はできることをしただけよ。お兄様たちの話は終わったの?」


「概ねな。今回の襲撃はイゾルテが手を引いていると見ていいだろう」


 フィルとキラの方でも、今回の襲撃はイゾルテによるものだと考えているようだ。

 状況が状況だけにむしろそれ以外の可能性は考えにくい。


「こちらで問題になったのはその狙いの方だね」


「王族に害をなして、影人の誇りを傷付けることではなくて?」


「はい。それはそうなんでしょうけど、今回の襲撃はまるで練習のようだと俺には感じられました」


 実際、襲撃に遭った者の感覚は無碍にはできない。とはいえ、ティリオが軽くない怪我を負っている状況で、襲撃が単なる練習だとは思いづらい部分もある。


 可能性を口にしたキラはお穏やかに口元を緩めた表情のままで、その真意は読ませない。

 表情こそ違うが、そういうところがティリオによく似ている。


 穏やかで人の良さそうな雰囲気の方ではあるが、国を支える者として揺るぎない芯を持っている。


「練習、というのは?」


「襲撃の規模は小さなものだった。少なくとも本気で傷を殺そうとしていたわけではないと感じたよ。そうだね……せいぜい脅かす程度のものだと」


 突然の襲撃で動揺もあっただろうに、激しく揺れる馬車の中で状況を冷静に分析する姿は流石の一言である。

 短い時間、それも冷静にものを考えるに適さない環境でも、キラは襲撃相手とその狙いを探ることに力を注いでいたようだ。


「誰かへの言伝のように思えたね」


「誰へ何を伝えようとしているかが問題と言うことですか」


 理解を示すシラーフェにキラは「そういうことだね」と頷く。

 そしてその場にいる全員の目がこちらを向いた。この場にいるユニス以外の七人の視線がこちらを向いている。一斉に全員から注目され、反射的に身を固くする。


 言いたいことは何となしに分かるが、ここまで注目を浴びる機会は今まで経験がないものだけに驚きと緊張の方が先立った。


「ユニスは何か気付いたことはあったかい?」


「いえ。直接現場を見たわけではありませんので、お答えできるものは特には……」


 質問を投げかけるキラの後ろからフィルとフニートが厳しい目を注いでいる。

 値踏みの視線だ。今回の件で、ユニスとイゾルテの繋がりを探っているのだろう。

 疑う気持ちは分かる。特に疚しい者はないので、堂々と振る舞うことを意識する。


「今後、イゾルテが接触してくるかもしれない。気を付けるように」


「はい、肝に銘じます」


 間違いなく、イゾルテはユニスに接触してくるだろう。そんな予感があった。

 あの闇そのもののような女性を相対したとき、揺らがない自分であること。それを胸に刻む。


「できることなら、計画の詳細を聞き出してくれるとありがたいけれど無理はしないように」


 行方を晦ましているイゾルテと接触するには彼女から来てもらうしかない。隠れることに長けた影人に本気で潜まれたら探す術はない。


 今はイゾルテからユニスに接触してくれることが数少ない手掛かりを得る術なのだ。

 気遣わしげなキラの視線を受ける中で、己の立ち位置の重要性を刻み込む。


 ●●●


 地上を照らす光が姿を消し、世界が闇の呑まれた時間。時刻は到に深夜を回り、ユニスの主も含め、城内で暮らす人々の多くが眠りについている。


 エマリに課していた今日の分の宿題を確認し終え、ユニスも眠りにつくべく魔石灯へ手を伸ばす。

 部屋の中にある唯一の光源。手元を照らすだけの小さな灯りが不自然に揺れた。


 否、不自然に揺れているのは灯りではなく、影の方だ。灯りを消すために伸ばした手を狙って、鋭利な刃が飛び出した。咄嗟に手を引くとともに距離を取る。

 消し損ねた灯りが生み出す影が蠢き、何かが這い出てくる。


 不安定に揺れるばかりいた影が明確な形を作り出す。小さな影から生み出される女性の姿。

 影と同化するような黒いドレスに身を包んだ怪しさと妖しさを纏う人。


 イゾルテ・ラァーク。影人への謀反を表明したその人は、幼い頃からよく知る笑みを変わらず注いでいる。


「数日振りね、ユニス。元気にしていたかしら?」


「何をしにこちらへ?」


 いづれ来るとは思っていたが、こんな夜更けにましてやユニスの自室に現れるとは思っていなかった。

 もっとも大きな光源が沈むこの時刻は、影すらも闇の呑まれてしまうため、影人にとって不利な時間帯だ。


 逃げるにも不便なこの時間にイゾルテが接触してくるとは予想外だ。

 ユニスはさり気なく、魔石灯の位置を確認する。刃から逃げるために距離を取ってしまった。


 今はイゾルテの方が近い。この場にある光源はあの魔石灯だけ。

 あの灯りを消してしまえば、この部屋から影は失われる。イゾルテは逃げ道を失う。


「灯りを消して、逃げ道を塞ぐつもりかしら」


 図星を突かれたことを悟られないよう、努めて無表情を貫く。

 呼吸音すら意識して抑える。それでもイゾルテは内心を見抜いて口角をあげた。


「構わないわよ。対策をせずに現れる程、私も愚かではないわ」


 魔石灯を消しても意味はないと告げる言葉は真実か、はったりか。

 今までにない緊張感を持って相対する。何せ、イゾルテの手の届く範囲に主がいるのだ。


 ユニスの私室はシラーフェの私室の一角にある。影で移動されてしまえば、ユニスが追いかけるよりも早く主のもとに辿り着かれてしまう。

 眠りにつき、無防備な姿を晒す主のもとにイゾルテを行かせるわけにはいかない。

 わずかな動きすらも見逃さないとイゾルテの一挙手一投足を注意する。


「あらあら、そんなに見つめちゃって照れてしまうわね。心配しなくても、貴方の大事な人に手を出すつもりはないわよ。ユニスが良い子にしていたらね」


 イゾルテの言葉には何一つ安心できるものがない。

 彼女が口を開くたび、選択肢が奪われる感覚になる。揺らぐ影に少しずつ心が侵食され、思考を誘導されていく。


 心の指標になるものがなければ、簡単に流されてしまっていたかもしれない。

 もっとも大切な者が近くにいる感覚がぐらつく足元を支える。


「……っ…用件は?」


 刺激してしまわないよう、慎重さを持って問いかける。

 計画の詳細を聞き出すことを頼まれはしたが、今の状況は難しい。何よりも主の安全が最優先だ。


「サタニア様は御無事かしら。ああ、ティリオが庇ったのだったわね」


「やはり貴方が手引きしていたのですね」


「ええ、そうよ」


 今度は曖昧に暈すことなく、肯定を示す。イゾルテにとって隠す必要のないことということか。 

 何の為に。何が目的か。問いを投げかけられるよりも早く、イゾルテは口を開く。


「あれはユニス、貴方への伝言よ。意味は分かるかしら?」


 幼い頃、イゾルテにはいろんなことを教えてもらった。欠陥品のユニスを気にかける者は一族の中にも血の繋がった家族にもいない。


 役立たずと捨て置かれたユニスに勉強や魔法を教えてくれたのはイゾルテだった。

 笑みを作り、柔らかな口調で問う姿はあの頃とまるで変わらない。


「……脅迫ですか?」


「正確には勧誘の続きよ。及第点って所かしらね」


 間違いを訂正するその姿もまた昔と同じ。内容もまた同じならば、この心が搔き乱されることもなかった、と立場の違いへの痛痒へ愚痴を零す。


「サタニア様を襲撃したのは、マーモア様も同じ目に遭わせると脅迫するためでは?」


「そこまで分かっているのね。なら、もう返事は決まっているの?」


 首肯するユニスは期待を注ぐ暗い赤目に正面から相対する。


「何度言われても変わりません。私は叔母様につくつもりはありません」


「貴方の大切な大切な主が危険に晒されるとしても? 今すぐにでも、命を奪うことだってできるのよ」


「同じ言葉を繰り返すつもりはありませんし、シラーフェ様のもとに行かせるつもりはありません」


 言いながら、いつでも魔法を行使できるよう、臨戦態勢を取る。

 イゾルテが少しでも不審な動きを見せたら、すぐにでも魔法を撃ち込むと威嚇のために周囲のマナを揺らす。


「あら、怖いわね。叔母をそう威嚇するものではないわ」


「ならば、謀反を止めたらいかがです?」


「それは無理な相談ね」


 あまり踊らない視線を交わし、平行線の状況を見つめる。


「まあ、いいわ。今日はその返事で納得してあげるわ」


 前回と同じく、イゾルテはまた拍子抜けするほど、あっさり引き下がる。

 安堵よりも不振が募る態度にユニスはより警戒を強める。相手の油断を誘って、目的を果たす手合いだ。

 注ぐ警戒をただイゾルテは面白がるように口角をあげる。


「そう遠くないうちに大きな明かりを灯すわ。私たちの影がより濃くなるように」


 甘く囁く声が鼓膜を震わせて、産毛が立つ怖気が全身を駆け巡る。

 離れた位置に立っているはずなのにすぐ傍、耳元で囁かれたような気分になる。

 心臓が早鐘を打ち、平静さは奪われる。


「気が変わったらいつでも言って頂戴ね」


 優位を得ながらも、それ以上、何かするわけでもなく、イゾルテはそのまま影に溶けて消えた。

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