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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第4章
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79「陰晴」

 広い庭園は美しい光で溢れている。

 庭木は淡く光を纏って空間を美しく着飾る。様々な光が縦横無尽に宙を舞っている。息を呑むほど美しい光景だ。


「これは……マーモア様かな。朴念仁のようでいて、乙女心を掴むことをしれっとやっちゃうから厄介なんだよねえ。こうゆうのは僕も好きだけど」


 言って、リーカスは数歩距離を取ってくるりと一回転する。

 スカートがふわりと広がり、高い位置で二つに括られた髪が軌跡を描いて揺れる。

 美しい光景の中、踊るように景色を楽しむ美少女――風の少年の姿は実に絵になる。


「光と僕の共演。どう?」


「大変可愛らしい光景だと思います」


「さっすが、ユニス。僕の欲しがってる言葉がよく分かっている」


 美しい光景と可愛い自信を存分に堪能したリーカスは満足げな表情で戻ってくる。

 かなり動いていたように見えたが、服にも髪にも少しの乱れがないあたり、流石リーカスと言ったところだろう。

 そんなところにも彼の美へのこだわりがよく現れている。


 リーカスは舞台上を思わせる所作で、ユニスに手を差し出す。ユニスは彼ほど大仰ではないにしろ、合わせる意識を持ってその手を取った。そのままリーカスの手を取って、光に彩られた庭を歩く。


「エマリは苦労しそうだよね。いろんな意味で」


 こちらを見ないままで、リーカスはそう言った。その口元は言葉に反してどこか楽しげである。

 リーカスが込めた意味を分からないユニスではなく、彼が好みそうな話題と息を吐く。

 ユニスは苦手な部類は話題だ。興味がないという方が適当か。


「ユニス的にはエマリは有りなの?」


「彼女がシラーフェ様を思う心は本物ですので」


「不純な動機でも?」


「エマリの心根を不純だとは思っていません。本当に不純なだけであれば、あそこまでの覚悟はできないでしょう」


 確かにエマリの動機はシラーフェへの恋心。見方によっては不純と言うべきものだろう。

 従者という立場を持っていればいるほど、エマリの動機は受け入れがたい。


 ユニスが不純とみていないのは彼女がまだ幼い故であり、シラーフェのためを想うエマリの心が単なる恋慕だけではないことを見てきた故である。

 己を満たすためだけにシラーフェの傍にいるのなら、ユニスの考えも違っていただろうが、エマリはそうではない。


「リカはエマリのことをよく思っていないのですか?」


「そんなわけないじゃん。僕は可愛い子の味方だもん。恋する乙女はとびっきり可愛いからね。僕はエマリのこと応援はしてるよ。叶わぬ恋だろうね」


 王族と従者が結ばれるなんてことは限りなく低い可能性だ。

 ましてや、シラーフェは王位を継ぐ立場にある。いづれ、相応しい身分の女性と婚約することになる。

 アンフェルディアでは多重婚が認められているし、従者が妃として召し抱えられることもないとは言えない。


「マーモア様は完全に妹か、娘かって感じで見てるもんね。あれを覆すのはきついでしょ」


 仮に覆せたとしても、身分が低い者が妃として召し抱えられることを快く思わない者の方が多い。

 想いと寄せる人と結ばれたとて、そこに幸せがあるとは限らない。


 エマリがシラーフェを憎む未来があるかもしれない。それが分かっていて、あの心優しき主がエマリを選ぶことはないだろう。


「でも、ほら。ユニスはどっちかっていうと情より理性で動く方じゃん? 恋心を持って仕えるのはダメだったりするのか、気になったわけで。ほら、僕は可愛い子の味方だから」


 エマリのことを心配しているということか。考えて、すぐに否定する。

 リーカスの声音には言葉ほど、情が宿っていない。心配しているのは事実であっても、ここで話題に出すほどのものではないだろう。


 ユニスを理性で動くと言うが、リーカスも情と理性で比べたら理性を取る部類だ。影人はみな、幼い頃からそういう教育を受けている。

 ユニスより情が占める割合が多いのと、判断基準が独特であることくらいの違いだ。


「……私はエマリをどうこう言える立場ではありませんので」


「そう? ユニスは僕より余っ程優秀じゃん。もうちょっと隙があってもいいくらい」


 嫌味で言っていないことがユニスの胸に痛痒を与える。

 同じ賛美でもソフィヤのものとは違う。己を卑下するが故に他者を高く見積もるソフィヤの誉め言葉は純粋なものだ。


 対して、リーカスは自分に自信を持っている。ソフィヤとは真逆の人間。

 口にされた賛美に嘘はないが、そこには一つの前提がある。リーカスがユニスを影としてではなく、一介の従者として見ているという前提が。


 影はないと自覚しているくせに、他者か指摘されると傷付くなど矛盾にも程がある。


「まだまだですよ、私は」


「理想高すぎ。それだけマーモア様のことが大好きってことは伝わってくるけどね」


 リーカスの言い回しだとやや軽すぎる気もするが、間違ってはいない。

 ユニスの高い理想は、いつまでも自分を許せないでいるのは、主への深い想いがあってこそ。


「僕もネリス様のことが大好きだから、妥協したくない気持ちは分かるし」


 言いながら、リーカスは風に揺れるスカートを整える。

 ユニスは従者としての技能面で、リーカスは可愛らしさという点で、妥協できないものがあるというのは同じだ。


 彼が好意的に振る舞うのは従者としての在り方に重なる部分が多いからだろう。

 その目が飽くまでユニスをシラーフェの従者としてだけ見ている。


『お前が退けば、有望な影人が力を発揮する機会を得られるんだ』


 先日、レナードに言われた言葉が蘇る。影人の多くはユニスのことを快く思っていないという事実を思い出す。

 男にしては大きく、可愛らしい印象に整えられたリーカスの目にはユニスがどう映っているのだろう。


「……っ…リカは私のことをどう思っていますか?」


 気付けば、抱いた疑問がそのまま口をついた。向けられる目は驚きで彩られる。


「なになに、急に⁉ まさか告白とかする気じゃないよね? 僕には心に決めた姫様がいるからそうゆうのはお断りだよ」


「いえ、そういう意味ではありません」


 このまま先程の質問を撤回してしまおうか。そんな迷いが生まれ、揺れる情けない心を叱咤して口を開く。


「影人としての力を満足に使えない身で、シラーフェ様の影の座に収まっている私をどう思っているのかと……少し気になりまして」


 すぐに冷静さを取り戻したリーカスは「ああ、そうゆうこと」と納得を示す。


「もしかしてレナードか、メリベルになんか言われた? それかティリオ……はまだ帰ってないか」


「そんなところです」


 曖昧に返しはしたが、図星であった。

 末の影は存外、この手の察しが良いのである。『ツェル』の役割とは別に人のことをよく見ている。

 メイドを中心に使用人とも親しく、城内の人間関係にも詳しい。


「ふーん。まあ、なんでもいいけどさ」


 まるで興味がないと言わんばかりの表情だ。

 退屈は話題を振られたと愛らしい顔が物語っている。

 何気なく飛び交う精霊を目で追う顔を見ながら、ユニスは答えを待つ。もう質問を撤回する気はなかった。


「どうでもいいってのが僕の本音だよ。誰が誰の影になろうと別にいーよ。レナードみたいな性根が曲がったヤツじゃないならね」


「ですが、私は影人として欠陥品で……」


「そりゃ、僕もユニスを影だと思ってはないっけどさ、そんな卑屈になることないんじゃない? ユニスはマーモア様に、一番選んでほしい人に選ばれたんでしょ。それでいいじゃん。それがすべてじゃんか」


 一転、リーカスは表情を緩める。目元を緩め、口元は弧を描く。


 仄かに赤らんだ顔はこの世の幸せを詰め込んでほころぶ。

 可愛らしく整えられた顔を一際輝かせる表情の中で、リーカスは話を続ける。


「僕はネリス様の影でいられたらそれでじゅーぶん。他はどうでもいいよ。ユニスもそうしたらいいじゃん。他人の意見なんて気にしてどうすんのさ」


 長く伸ばし、側頭部で二つに括られた灰髪。細い体を包む改造されたメイド服。

 男にも拘わらず、少女のような恰好を好むリーカスは奇異の目で見られることも多い。

 それこそ、レナード辺りは恥知らずなどと憚らず口にする。


 望む自分であることを他者が受け入れないことを理解してもなお、リーカスは己の理想を貫くことをやめない。


「影かどうかはともかく、僕はユニスのことわりと好きだよ。僕のことをリカって呼んでくれるし、可愛いって言ってくれるしね」


 それ以上の必要か? 言外に問いかけるリーカスの言葉を聞き、ユニスは息を吐く。

 リーカスの考えは単純で分かりやすい。自分が求める数少ないものだけを見ている。あるいは影人は、いや、『ツェル』の者は総じてそうして揺るぎない軸を持っているのだと。


 選ばれたい人に選ばれた。選びたいと思っていた人から手を差し出され、ユニスはその手を取った。

 まだ幼かった主の小さな手を思い出す。躊躇いがちに手を取ったときの、その感触を。


 胸を満たしたのは多幸感。抱いたのは使命感。あのときの気持ちを今も忘れたことはない。


 イゾルテと話をし、レナードに嘲笑され、少し卑屈になっていた。リーカスの言う通りだ。

 視界の隅で影が揺れている。揺れる叔母の影を思い出し、差し出された手を瞼の裏に映した。


 一度、きちんと自分と向き合うべきなのかもしれない。暗い場所へいざなる手を再び向き合ったとき、揺らがない答えを示せるように。


「リカ、ありがとうございます」


「お礼を言われるようなことをした覚えはないけど、どういたしまして」


 リーカスはただ自分の意見を言っただけ。特別なものなど何もなく、彼は自分の中に当たり前を口にしたにすぎないと感謝に応える声は素っ気ない。

 裏表のない態度はときとして救いになることを知った。きっと本人は欠片も意識していないだろうが。


「そういや、今、影人周りで厄介なことが起こってるんだって? フニートから聞いたよ」


 イゾルテの謀反のことだ。フニートは影人たちへ調査を進めている。その一環でリーカスにも話があったのだろう。


 リーカスの美へのこだわりは女性陣に評判で、影人の中にも教授を願う者は少なくない。

 若い者が多いということもあり、名を与えられていない者もおり、その交友関係を求めて声をかけたのだろう。


「聞かれても僕に分かることはなかったけどねー。名前を貰ってないって言っても、僕と仲が良いのは将来有望な若い子ばっかだからね」


 出来損ないと呼ばれるような者が華やかな場に混じることなどできるはずがない。

 そんなことしようものなら軽蔑の視線を注がれ、侮蔑の言葉を投げかけられるだけ。


 リーカスの周りを飾る者は、いづれ称号を得る者か、一歩及ばない者くらいだ。謀反の中心になっていると考えられる層とは少しずれる。


「一応仲の良い子たちと繋ぐくらいはしたけど、あんま役に立てるとは思えないかな」


 今回の件に関してリーカスはそれほど重く捉えていないようだ。

 謀反を軽く見ているというより、自分の立ち位置を定めている故だろう。

 己が動く場面ではない判断しているっからこそ、その顔に重いものは宿さない。


「ユニスも大変だね。厄介なことを巻き込まれちゃってさ。イゾルテ様とも話したんでしょ」


 これまでと調子の変わらない態度は空気を重くしない力を持っている。

 気が重くなるはずの話題でも、ユニスの心は平静を保っていられる。


「僕は苦手なんだよね、あの人。ほら、ちょっと不気味でしょ?」


「私には優しい方でした……」


「だから今があるのかもね。布石ってヤツ?」


 否定はできなかった。影を揺らし、差し出された手を思い出す。

 イゾルテがいつから謀反の計画を立てていたのか分からないが、注がれてきた優しさはこのためだったのではないかと思う心は止められない。


 幼い頃、ユニスの心を支えてくれた叔母の優しさが偽物だったとしたら。

 考え、意外にも痛痒を覚えない自分に驚く。もう叔母の存在はユニスの心を揺らがすものに成り得ないのだと気付いた。


「まあ、僕もネリス様を守るついでくらいなら力を貸すよ」


「心強いですね」


 小さく笑って答える。そうこうしているうちにガゼボの傍まで来ていた。

 既にネリス希望のお茶会の準備は整えられていることだろう。


 王族の方々はすでに来ているだろうか、と別に庭を巡っていた二組を思い浮かべながら足を運ぶ。果てして、ガゼボの中には四人の影があった。


 王族の方々を待たすわけにはいかないと二人は歩調を速める。

 そうして足を踏み入れたガゼボ、お茶の香りが程よく鼻腔を擽る空間に漂う空気に揃って眉を顰める。


 お茶会の準備は万全であった。突然の話とは思えないほど、完璧にお茶も、軽食も準備されている。

 通常ならば、ユニスたちの到着など待たず、王族の方々たちによるお茶会が繰り広げられているはずだ。

 ユニスとリーカスは和やかな会話の邪魔をしないようにそっと合流するつもりであった。


「なに、この空気? 姫様、一体何が……」


 異様な緊張感に声をあげるリーカスはその先に映し出されたものを見て言葉を呑む。

 先にいた四人、シラーフェも、エマリも、ネリスも、ライもみな、そちらへ視線を注いでいる。黒装束に身を包んだ人物の方へ。

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