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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第4章
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74「シラーフェ VS カナト」

 魔龍剣アルスハイルムリフを抜く。細やかな意匠が施された鞘から漆黒の剣身が姿を現した。


 カザード王アルベに打ってもらった剣をアンフェルディアで抜くのは初めてだ。

 それが兄に向けて、己の思いを示すための手合わせになるとは思っていなかった。


「止めて収まるものでもなさそうだな。イグニ、悪いが場を整えてやってくれ」


 弟の対立に息を吐きつつも、フィルは長兄の顔でイグニに指示を出す。

 幸い、ここは特別演練場だ。本気で手合わせしても、周りに被害を出さないための設備が整っている。

 イグニはすぐに鍛錬中の騎士たちに声をかけ、シラーフェとカナトのために空間が作られる。


「この際だ。思う存分やるといい。怪我はしないように」


 フィルはそれだけ言って二人から離れ、シラーフェとカナトは中央で構える。

 光を呑み込む漆黒の剣身と、紫を淡く纏う剣身が向かい合う。

 思えば、カナトとこうして真正面から向かい合うのは初めてかもしれない。


「俺とお前じゃ実力が違いすぎる。魔法を使うことくらい許してやる」


 それは幼い頃、カナトとライが手合わせしていたときに設けられた条件であった。

 ライは魔法の腕が優れている反面、剣の腕は並。アンフェルディア国内でも、屈指の実力を持っているカナトの相手にはならない。代わりに魔法を使うことで、二人は互角に渡り合っていた。


「気遣いは不要です」


「はっ、生意気な口を利く。後悔しても知らないぞ」


 カナトの相手になるほどの実力が自分にあるとは思っていない。

 しかし、ハンデを設けられた状態で勝ったとして、真にカナトに認められたとは言えない。対等の条件で勝ってこそ、シラーフェは己の夢の価値を証明できる。


 シラーフェの決意を鼻で笑うカナトは剣の構え、纏う気配の質を変化させる。

 急激な変化についていけないシラーフェを嘲笑するよう、一瞬で距離を詰められる。


「っ……」


 咄嗟に受けた剣を通して伝わる衝撃が腕に響く。

 一撃が重い。アルベ王のように体格に恵まれているわけでもないのに、カナトの一撃は匹敵するほどの重さを持っていた。


「ふん、これくらいは受けるか」


 鼻を鳴らし、嘲笑を混ぜた声にはまだまだ余裕がある。

 まだこれより上があるのか、と力の差を突きつけられながらも、柄を握る手に力を込める。


 変わらず侮蔑を注ぐ赤目がわずかに見開かれる。意外なものを見るような瞬き、その口元が仄かな弧を描いた。


 笑った。シラーフェもまた意外なものを見る目でカナトを見る。

 カナトにこんな風な笑みを向けられたのは久方振りだ。幼い頃、それこそお茶会で顔合わせていた頃以来である。


「呆けた顔していられる余裕がお前にあるのか?」


 懐かしさを胸に魅入られたシラーフェへ、鋭く斬り込まれる。これまた咄嗟に魔龍剣で受け止める。

 腕に響く重みに今は戦闘中だと気を引き締める。せっかく引き出せた笑みが侮蔑に染まるのは避けたい。


「失礼いたしました」


 戦闘中に気が逸れてしまったことを謝罪しながら魔龍剣を振るう。

 初めての攻めは易々とカナトに受けられる。


 素早く斬り返し、二手目を振るう。カナトはシラーフェの動きを読んでいたかのように剣を合わせてくる。


 それは何度剣を振っても同じであった。図ったように金属同士がぶつかる甲高い音が響く。

 呼吸すらも読まれている感覚に歯噛みする。やりにくさが剣の動きを鈍らせる。


「なんだ、この程度か? お前の大層な夢も所詮その程度ということだ」


「……っ…まだ、です。まだ……っ終わりではありません」


 攻め手はことごとく封じられ、重い一撃を容赦なく斬り込まれる。

 シラーフェの剣筋を読み切ったカナトはその動きを邪魔するために剣を振るう。


 相手のやりやすい戦い方をさせない。調子を崩されてしまえば、動きは鈍り、体が重くなった感覚を与える。四肢に鎖を巻き付けられている気分だ。


「口だけは達者だな。落ちこぼれの恥知らず」


「……ぐっ」


 侮蔑とともに斬り込まれる剣を今は受けるだけで精一杯だ。

 カナトの一撃を受けて、魔龍剣が軋んだ音を立てる。漆黒の剣身が震えている。


「せっかくの剣が泣いているぞ。わざわざカザードにまで行って打ってもらった剣がお前の無様さに震えている。宝の持ち腐れだってな」


 何度も何度も容赦なく剣が叩き込まれた。速く重い一撃をシラーフェは捌くしかできないでいる。

 これでもまだカナトは本気ではないのだ。


「アルベ王がわざわざ剣を打った甲斐もない。フィル兄上の計らいも、馬鹿のお人好しもすべてのお前の愚かさがすべて無駄にするんだ」


 燃え盛る苛立ちを声に乗せ、カナトは感情的に剣を振るう。攻撃性が増している。


「っ、く」


 ただえさえ、ギリギリの状態であったシラーフェからはさらに余裕が失われる。

 少しの緩みもカナトは容赦なく突き、その切っ先がわずかに掠める。


 避けるのが間に合わなかった剣撃をわずかに裂いた。

 シラーフェは一度距離を取って、呼吸を整える。カナトが追いかけてくる気配はない。


 呼吸を整える時間くらいはくれてやるということか。

 兄の恩情に甘えて深い呼吸で落ち着きを取り戻し、シラーフェは魔龍剣を構え直した。


「カナト兄上が本当に怒っているのは……何ですか?」


 少しだけ考える余裕のできた頭が先程のカナトの言葉を咀嚼する。

 先程からカナトはシラーフェが王位継承者に選ばれたことよりも、シラーフェの在り方に怒っているような気がする。「あの馬鹿」は誰を示す言葉なのか。


「今更それを聞いて何の意味がある⁉」


「意味ならありますっ!」


 迫る剣と受けながら、シラーフェは吠える。声を張り上げて剣を振るうカナトに負けじと普段なら絶対に出さない大声をあげた。


「俺はカナト兄上のことを理解したいと思っています」


 カナトの動きに乗ってシラーフェもまた感情的に剣を振るった。

 初めてカナトの瞳が驚きに見開かれ、乱された動きでシラーフェの剣を弾いた。


「お前が……お前ごときが俺を理解しようなどと、虫唾が走るっ」


 拒絶を拒絶するためにシラーフェは一歩踏み込んで剣撃を叩き込む。

 動揺が走り、乱れた剣筋にはシラーフェが入り込む余地が残っている。

 形勢がシラーフェ側に傾く。この機会を無駄にしまいと攻め手を重ねる。


「…っ……カナト兄上はっ」


 顔を合わせるたびに侮蔑の言葉を注がれ、苛立ちを向けられてきた。

 シラーフェにはカナトが苛立つ理由が分からず、なるべく刺激しないように努めてきた。それもいつも失敗して、怒りに満ちた目でばかり見られていたが。


 嫌われているのだろう、と己を納得させても、分かり切れないものがあったのも事実だ。


「カナト、兄上は……ライ兄上のことで俺に怒っているのですか?」


 音にするだけ痛みを発する事実をカナトへ投げかけた。思えば、カナトがシラーフェにきつく当たるようになったのはライの角が折れた時期と重なる。


 それより前は不器用な優しさを注いでくれていた。

 少しずつカナトとの距離が開いていくことを惜しく思いながらも、きっかけが分からないと戸惑いのまま、身を任せていた。


「カナト兄上は……っ」


「うるさい。何故……何故、俺があの角なしのことで怒らなければならない」


 カナトの反応は激的だった。

 絶えず燃え盛っていた怒りを爆発させたカナトは出鱈目な剣筋で迫る。


 今までのカナトらしくない動きに意表を突かれ、受けるシラーフェの体勢も乱れる。

 無理な体勢で受けたシラーフェに向けて、カナトはさらに乱暴な攻撃を重ねる。


「あんなっ……落ちこぼれの、無能のことなど、どうでもいい!」


 本当にどうでもいいと思っているとは思えない剣筋が魔龍剣を殴る。

 もはや斬るとは言えない太刀筋が漆黒の剣筋を震わせる。


「カナト兄上は、ライ兄上のことがお好きなのですね」


「お花畑がっ! 何を聞いたらそうなる!」


 甲高い音を響かせて漆黒の剣が弾かれる。晒される隙に剣呑さを持って、紫を纏う切っ先が迫る。

 死を奏でる剣撃を、寸止めする気のないカナトの剣をシラーフェは見開いた赤目で見つめる。


「っ……!」


 鮮血が散る。弾かれた剣の軌道を変え、なんとか滑り込ませるも、剣先がわずかに掠めた。

 痛みの余韻に浸る暇もなく、次の攻撃がすぐ来ている。


 シラーフェは焦りを持って地を蹴る。すぐさま斬り返す。

 空を切ったカナトの隙を突いた剣撃は容易く受けられる。構わず二手目を斬り込む。


「俺の……せいでっ、ライ兄上の」


「くだらないっ!」


 幼い頃、カナトとライは仲が良かった。会うたびに言い合いをしてはいたが、仲は良かったのである。

 お茶会でリリィが言っていたようによく手合わせをしていた。


 剣の天才と魔法の天才の手合わせだ。あるとき魔法の天才が角を失ったことでなくなった。

 シラーフェとカナトの距離が少しずつ開いていったのと同じように、ライトカナトの距離も開いていった。


「何度言われても同じだ。俺はお前らのような脳内お花畑とは違う」


 見つけた答えを斬り裂くようにカナトは剣を振るう。

 今までにないほど燃える怒りの炎に萎む自信をシラーフェは剣を振って斬り裂く。


「俺はそう思いません!」


 兄に対してここまで強く主張したのは初めてだった。

 カナトと分かり合える機会があるのなら、見逃したくはなかった。


 どんなにきつい態度を取られても、カナトが愛しい家族であることは変わりない。

 また昔のように、笑い合える関係性に戻りたいのだ。


「カナト兄上はお優しい方です」


「うるさいと言っている!」


「俺はそれを知っています‼」


 金属がぶつかり合う音を不規則に鳴らしながら、二人は言葉をぶつける。

 カナトは苛立ちのままに拒絶を示し、シラーフェは引くことを知らないと距離を詰める。

 傍から見るとまるで子供の喧嘩だ。


「まともに言葉を交わしたことのない奴が何を知っていると言うんだ」


「言葉ならば、今交わしています」


「そういうことを言っているんじゃない」


 感情の乱れを示すようにカナトの剣筋に雑さが混じる。

 本気のカナト相手では届かないシラーフェの剣も、乱れた剣相手なら届く余地がある。


 今のカナトにはシラーフェの剣を抑える余裕はない。それを良いことにシラーフェは攻撃を重ねる。

 ひょっとしたらひょっとするかもしれない。抱く期待は自信としてシラーフェの剣の質を変える。


 一歩踏み込む。もっと踏み込めると心のままに距離を詰め――


「ああっ‼ 腹が立つ! いつもいつもお前を見るだけで苛立って仕方がないっ」


 ぞくりと肌が粟立つのを感じた。反射的にカナトから距離を取った。


「あに……っ!」


 剥き身の刃を思わせる赤目に息を呑んだ間に、カナトの剣が眼前に迫る。

 シラーフェの目では捉えきれなかった。まさか、まだ実力を隠していたとは。


「これでもまだお前は俺が優しいなどとくだらないことを言えるのか⁉」


 驚くシラーフェに殺意を纏った剣撃を放つカナト。

 これまた迫る気配だけを頼りに回避する。意識すれば避けられないことはない。


 カナトは本気でシラーフェを殺す気だ。今まではお遊びだったと語る剣は的確に急所を狙ってくる。


「っまえさえ……お前さえ、いなければっ」


 憎悪に満ちた目に思わず息を呑む。

 シラーフェの中に植え付けられた種が触発されたように疼きを増した。


 浅い呼吸の合間を縫って、強い拍動がシラーフェを揺する。

 カナトの苛立ちと共鳴し、主張を強める先祖の憎悪に気に取られ、迫る攻撃への対処が一拍遅れる。


「――っ、は」


 致命的に迫る刃に本能的に剣を振るった。

 シラーフェ自身、防げるとは思っておらず、二対の見開いた目が交差する。


 一拍。互いに動きを止める間があって、互いに地を強く蹴った。


「まぐれか?」


「どうでしょう?」


 シラーフェ自身にも分からないが故の返答だ。カナトは挑発として受け取ったようで舌打ちを返された。

 変わらず殺意を持った剣撃を高速で放つカナト。先程まで目に捉えることすらできなかった攻撃がはっきりと目が映った。


 剣の動きを読み、適切な位置に己の剣を置いた。

 重い一撃を軽いものとして受け取る腕に力を込める。魔管を通るマナが力を与え、胸の奥で疼くものが力を与える。


 その感覚は龍の谷ミズオルムの地下で、ルヴァンシュから力を借りたときに似ている。


 今回は力を乞うた覚えはない。アンフェルディア王族と手合わせしたことで何らかの影響があったのか。

 それとも、カナトの感情が〈復讐(フリュズ)の種〉と共鳴したのか。

 存外、カナトは〈復讐(フリュズ)の種〉と相性が良いのかもしれないと自嘲気味に考える。


 今更、譲れもしなければ、譲る気もないが、と柄を強く握る。シラーフェの意思に応え、剣身は光を纏う。

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