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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第4章
69/88

67「続・お茶会」

 目の前に置かれた菓子を一つ一つ、味わうように口に運ぶネリスの表情は綻ぶ。

 食事をしているとき、ネリスは本当に幸せそうな表情をする。見ているシラーフェの方も幸せな気分になる。


「はあ~、おいしいですわ。特にこのケーキが絶品です。果物がたくさん入っていて最高ですわぁ」


「少し前の行商で、いろんな干し果実が手に入ったそうよ」


 もしかすると以前、メイーナと訪れた干し果実屋が来ていたのだろうか。

 痛痒を抱かせる記憶を思い出しながら、ネリスが褒めちぎるケーキを口に入れる。


 細かく刻まれた干し果実が何種類も入っており、それぞれの甘さが複雑に絡み合う。生地自体は甘さ控えめで、それ故に果実の甘さが引き立っている。

 贅沢に入れられた干し果実のお陰で食感も楽しい。


 アンフェルディアの菓子は生の果実を使ったものは少なく、干し果実や砂糖漬けにされた果実、後は木の実を使ったものが多い。

 干し果実を入れたケーキは定番のものではあるが、これは一味違う至福を届ける。


「遠慮せず、貴方も食べなさいな。おいしいですわよ」


「ん、ありがとうございます」


 シラーフェたちがネリスにそうしたように、ネリスはエマリの前に菓子をいくつか置いた。

 緊張した面持ちで座っていたエマリは躊躇いがちに干し果実のケーキを口に入れた。


「ん、おいしい」


「やっぱりかわいいですわぁ」


 ネリスは随分エマリを気に入っているようで、うっとりと呟く。


「そういえば、まだ名前を聞いていませんでしたわね。わたくしに教えてくださいますか」


「ん。エマリ……エマリ・フォシルス」


「エマリ、ですわね。よろしくお願いしますわ」


 こくりと頷くエマリの愛らしさに打ちのめされ、身を震わせるネリス。

 食事しているときとはまた別の幸福感を映し出し、別の菓子をエマリの前に置いている。


 末の姫ということもあり、兄姉から世話を焼かれてばかりいるので、年下の少女の存在が嬉しいのだろう。

 シラーフェもネリスが生まれたときは同じことを思ったものだ。


 兄姉たちはさんざんこちらを甘やかす癖に、こちらが恩を返すのを望まない。与えられてばかりの身でもどかしい思いを抱えていた。

 ネリスが生まれ、兄姉から背負ったものを返す相手ができてからそのもどかしさを感じることも少なくなった。


「ネリスちゃんはカザード近くの村で暮らしていたのよね」


 リリィはすでにエマリの素性を把握しているらしい。

 エマリのことは、カザードにいる間に対話石を通じてフィルに報告していた。大方、フィルからおおよその事を聞いていたのであろう。


「大変なことがあったのは聞いているわ。ここを第二の家だと思ってちょうだいね。私のことも、エマリちゃんのお姉ちゃんと思ってくれていいのよ」


「ずるいですわ! エマリ、わたくしのことも姉と思ってくださいまし」


 対照的に姉を立候補する二人に、エマリは少し困惑を見せつつも頷く。勢いに押されたような形である。


 一応、エマリはシラーフェの従者になる予定なので、リリィとネリスが姉になると立場がややこしいことになるわけだが、勢いで言っているネリスはともかく、リリィは誰に対してもこんな感じなので今更であろう。


「エマリちゃんはシフィの従者になるのよね。これからたくさんお勉強することになるのかしら?」


「ん、そう言われた。シラーフェ様のそばにいるためだから、がんばる」


 表情が乏しいながらも、気合を示すエマリを見て、リリィはわずかに目を丸くする。


 すぐに口元を緩めて、頬に手をあてた。いつもの笑みとはまた違う印象を抱かせるリリィの赤目が意味深げにシラーフェを見る。

 意図の分からず、見つめ返すシラーフェにリリィはさらに笑みを深めた。


「エマリちゃんはシフィが大好きなのねえ」


「ん、だいすきです……っ」


 エマリにしては珍しい勢いづいた調子で好意を告げられ、気恥ずかしい気分になる。

 誰かから真正面に好意を向けられることは、大人になればなるほど少なくなる。

 幼子から向けられる親愛の情をシラーフェは他にはない宝物として受け取った。


「やくそくしたから。シラーフェ様のそばにいる。いっしょ」


「あらぁ、シフィちゃんってば、こんな幼い子に……隅に置けないわねえ」


「僕もびっくりです。マーモア様、そんな澄ました顔してるのに、やることやってるんですね。意外すぎる」


 リリィだけではなく、リーカスまでもが意味ありげな視線を寄越している。


 あのときはエマリを励ますため、誠心誠意冠g萎え尽くした果ての行動だったのだが、そんなにもおかしなことを言っただろうか。

 振り返っても、二人から視線を向けられる理由に心当たりがない。


「リリィ姉様も、リカも、冗談はほどほどにしてくださいまし。シフィ兄様に限って、そんな浮ついた考えがあるわけではありませんわ。ライ兄様じゃありませんのよ」


「いやあ、いくらオレでも子供相手に下心は出さねえっての」


「そう言いながら、成長したらなんて甘い言葉を囁くに決まっていますの」


「ネリスちゃんってば、オレのことよく分かってるねえ。十年以上、言おうとやってるだけはあるぜ」


 自分の行動から生まれた流れだというのに、シラーフェは理解の外に置かれままである。


「それに、だ。シフィは案外隅に置けないやつだぜ」


 どうやらこの話題はまだ続くらしい。


 口元をにやつかせるライの言葉に、ネリスは疑念半分、興味半部といった視線を注いでいる。

 当事者であるはずのシラーフェはまるで心当たりがなく、眉根を寄せるばかりだ。


「なにせ、シフィは龍の谷から女の子を連れ帰ってんだからな」


「ライ兄様が、の間違いではありませんの?」


「残念ながら、オレは龍の谷までは同行してねぇんだな、これが。オレも驚いたぜ。まさか、シフィがあんないたいけな子を連れて帰ってくんだもんなー」


 わざと大袈裟な手振り動作をもって語るライに耳を傾け、その内容を改める。


 龍の谷ミズオルムからシラーフェが“連れ帰った”女性は二人いる。

 シラーフェ自身に連れ帰ったという自覚はないが、同行者の中にいたということに間違いない。


「……マレイネはミグフレッドに同行する形でしたし、ティフルは事件の関係者として連行しただけのことでしたが」


 ライの言葉と己の記憶を照らし合わせながら言葉を紡ぐ。


 二人のうちに一人は龍族の女性であるマレイネだ。彼女は恋仲にあるミグフレッドに付き添う形で同行していた。

 もう一人のティフルは龍の谷で起こった事件の下手人として、カザートに連行した。

 あくまでティフルは命令を遂行しただけの立場なので、今叔母では関係者として称した。


 粛々と食材の道を歩むティフルの妨げになる情報を容易く口にはしたくない。


「やっぱりライ兄様の虚言ではありませんの。シフィ兄様がそのように軽薄なことをするわけがありませんわ」


「虚言なんて言ってくれるじゃねぇの。オレが信用されてないんだか、シフィが信用されてんだか」


 厳しいネリスの言葉を受けても、ライは軽薄に笑ってばかりいる。


「どちらもですわ」


 意気揚々に宣言するネリスを見る赤目は優しい。遠慮のない言葉をどれだけ浴びせられても、可愛い妹との交流としてライは楽しんでいるようであった。


「経緯はどうあれ、シフィが龍の谷で女の子を誑かしたのは事実だけどな」


「あらまあ。シフィは人誑しで罪作りな子だものねえ」


 ネリスが口を挟むよりも先に、リリィがおっとりと肯定を紡ぐ。

 勢いを削がれた形のネリスは言いかけた言葉の代わりに細く息を吐き出す。


 一度息を吐いて冷静さを取り戻したらしいネリスは「確かに」と初めてライに肯定を示す。


「シフィ兄様は人を誑かす癖のある方……というのは否定できませんわね」


「マーモア様は無自覚人誑しですからね~」


「ん、シラーフェ様はすごくこまった人」


 ネリスに続いてリーカスとエマリもしみじみとした頷きを重ねる。

 自分が話題の中心だと言うのにシラーフェは何一つ、理解が追いつくものがない。


 人誑しなどと称されることをした自覚が欠片もなく、困惑を浮かべるばかり。

 助けを求める思いを含んだ目を、後ろに控えるユニスへ向けるが、彼は彼で数度頷いて肯定を密かに示していた。


 最も信頼する従者にも裏切られた気分に息を吐く。そんなに人を誑かすようなことをしただろうか、と。


「ソフィヤ、ライ兄様が仰っていることはどこまで本当なんですの?」


「じ、自分ですか⁉ ええと、その……マーモア様が龍の谷から女の子を連れ帰ったのは事実ですけど……ライ様が言うようなことは……すみません。自分はそういうことに疎いもので」


 突然話を触れられたことに声をひっくり返しながらもソフィヤは答える。

 ネリスが求めるものを答えられなかったことを悔いて、表情を暗くする。


「おいおい、うちのソフィヤちゃんをあんまいじめんなよー」


「そんなつもりはありませんわ。確認したかっただけですのよ」


 答えるネリスは焼き菓子を一つ取って、席を立つ。そのままソフィヤの横に立った。


「ソフィヤを責めるつもりはありませんの。気分を害したのならごめんなさい」


「そんなっ、ベルゼビア様が謝られる必要はありませんよ。自分の方こそ、お役に立てず申し訳ありません。お菓子、ありがとうございます」


 謝罪とともに差し出された焼き菓子をソフィヤは恐縮した様子で受け取る。


 一度ネリスへ頭を下げてから、ソフィヤは焼き菓子を口にする。菓子類に従者が滅多に口にできるものではなく、ソフィヤは口の中に広がる美味に歓喜を零す。

 至福の味を表情で表現するソフィヤに満足したらしいネリスは上機嫌で席に戻った。


「それで、シフィ兄様、龍の谷はどのような場所でしたの?」


 興味の先を話ののぼった龍の谷に切り替えてネリスが問いかける。

 当事者ながら理解の外に置かれていた先程の話題と違い、これならシラーフェにも話せる内容だ。

 むしろ、シラーフェにしか話せない内容である。


「龍の谷は私も行ったことないわねえ。お姉ちゃんも気になるわ」


 外交の一環として様々な土地に赴いているリリィも行ったことのない場所と思うと語る口に気合が入る。

 龍の谷ミズオルムで見た景色、得たい経験をどのように語るべきか、口下手の自覚のある身ながらも、龍の谷のすばらしさを伝えるため、その声に熱を乗せる。


「龍の谷は風のマナに溢れた土地でした。龍族の者たちは岩を切り出して暮らしていました」


「本当に岩に囲まれた場所で暮らしているのですわね」


 物語上では多く語られ、しかし実際に目にする機会は稀な龍族の話をネリスは興味深く聞いている。

 龍族がい泡で生活していることは物語の中でも、多く語られていることであった。


「龍族は警戒心が強く、話を聞く機会は得られなかったが、二人……友人ができました」


「あら、素敵な話ねえ。シフィにお友達ができて、お姉ちゃん、とってもうれしいわ。それも龍族だなんて羨ましいわあ」


 シラーフェには今まで友人らしい友人がいなかった。

 友人はいるかと聞かれて思い浮かべるのはメイーナくらいのものだろう。


 社交場でも、特別誰かと親しくすることのないシラーフェのことをリリィは気にかけてくれていた。

 そのことを思えば、こうして友人ができたと語れるのは一つの恩返しなのかもしれない。


「是非、会ってみたいですわ!」


 龍族への興味と、兄の友人への興味が綯い交ぜとなった瞳が強く輝いている。

 ネリスの勢いに微笑ましい思いで苦笑しながら口を開く。


「落ち着いたらアンフェルディアに招く約束をしている。いづれ会う機会もあろう」


 しばらくは王位継承の儀の準備で忙しいため、龍族二人を案内する時間は取れない。


 王位を継承した後、王としての業務に成れ、ある程度の余裕が生まれた頃になるだろうか。

 どれほどの時間を要するかはシラーフェ自身にも見えていないが、妹の期待に応えるためにもあまり時間をかけないで実現したいものだ。


「それなら王位継承の儀に招待すればいいじゃない」


「さっすが、リリィ姉! 名案だぜ。ミギーは長の一族だし、カザード王家は元々招待するんだろ? ついでに招けばいけるんじゃね?」


 思ってもみなかった提案に目を丸くする。

 国の長が変わる大きな儀式となれば、友好国から重鎮が招待されることは珍しくない。


 ライの言う通り、カザード国にも声はかけてあるはずで、その伝手を使って龍の谷ミズオルムの長の一族を招待することも可能であろう。

 自身が王位継承の儀を全うすることばかりに心を傾けていたこともあって、招待客に関して気にしてもいなかった。


「しかし……急に招待客を増やしても問題ないものなのでしょうか」


 シラーフェの友人、とはいっても、相手は他種族の重鎮だ。一組増えれば、警部の練り直しが必要となり、騎士たちの仕事を増やすことになる。

 それを考えると、私的な理由で動くには憚られる。


「龍族の集落の長が来ることはシフィにとっても、アンフェルディアにとっても有益なことよ」


 遠慮するシラーフェを説得するのとは違う音を持って、リリィは理知的に笑う。


「シフィも言っていたでしょう? 龍族は警戒心が強いの。友好関係を築ける国は少ないわ。そんな中、集落長が新王の祝いのために来訪したら他の国はどう考えるかしら。はい、ネリスちゃん」


「えっ、えーと……希少な種族と友好関係を結べる新王はそれだけで警戒対象になる、でしょうね。つまり、アンフェルディアの力を示すことに繋がる、ということですか?」


「正解よ! ネリスちゃん、すごいわ。天才!」


 拍手を交えて称賛するリリィは菓子を一つ、ネリスの前に置いた。正解の褒美ということだろう。


「龍族を呼ぶことは国にとって益のあることよ。お兄様も了承してくださるわ」


 私的に動くことを躊躇うシラーフェを剥げますリリィは、いつもそうしているように慈愛に満ちた視線を注ぐ。

 その視線を受けるだけで、温かなものに包まれる安心感がシラーフェの仲を満たす。


「シフィがお友達を呼びたいのなら我慢する必要はないわ」


「そう、ですね。一度、手紙を出してみようと思います」


 王位を継ぐからといってすべてを諦める必要はない、と告げる姉に背中を押された気分で呟いた。

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