表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第4章
67/91

65「帰還」

「まさか、シフィが聖国の勇者と一緒にいるとはな。ユニスから聞いて驚いたぜ」


 リントスからアンフェルディアから戻る道中の車内で、ライは苦笑を滲ませてそう言った。


 馬を休めるため、リントスに二日程滞在したのちにアンフェルディアに向けて出発した。

 二日の間、シラーフェはエマリと共にリントス観光に赴いており、ライはゆっくり話す時間はなかった。

 夜にはユニスを連れてどこかに行っていたので、そのときにサクマたちの話を聞いたのだろう。


「会えるかもなんて言ってはいたが、現実になるとはなー。言霊ってヤツ?」


 アンフェルディア王族という立場ながら、敵国の要人と友人関係を築いたことへの後ろめたさをライの軽口が吹き飛ばす。

 口を重たくしていたものが解ける感覚を味わいながら、シラーフェは口を開く。


「落水した先で偶然遭遇したのです。サクマ、聖国の勇者は想定よりも親しみやすい人柄で……」


「いんじゃねーの。シフィに友達ができんのも、シフィの世界が広がんのもオレは大歓迎だぜ?」


「相手が敵国の人間でも、ですか?」


「そんなこと、オレが気にすると思うか?」


 気にしないだろう。ライの広い関係の中には様々な種族がいる。

 人族も、ルーケサの者といるという話はほかならぬライ本人から聞いた話である。相手の肩書きなどにも興味はなく、強いて言うなら面倒と思っているというくらいであろう。


「オレはいつだってシフィの味方だ。言い訳なんかしなくていいぜ。仲良くしたいならしたいでいいんじゃねぇか。まあ……ちっとばかし面倒な相手だが、オレはいくらでも協力するぜ?」


「兄上にそう言っていただけると心強いです」


 これから先、サクマとの関係をどうするべきか、シラーフェの中にはっきりとした答えは出ていない。


 友人でありたいという願い。それを否定する、内に潜む種。

 シラーフェ自身が描く未来を考える。いまだ見えない道筋はシラーフェの迷いの表れだ。


 覚悟は決まっている。シラーフェ自身が歩むべき道筋は明瞭なものとして続いている反面、他者が交わればそこに迷いが生じる。それでもいつかはきちんと答えを出さなければならない。


「王子様がた、間もなくシュタイン城に到着致します」


 沈黙し、考え込んでいる間にそこまで来ていたのか、と少し息を吐く。


 リントスを出てからは魔物や魔獣に襲われることもなく、順調な旅路を歩んでいる。

 予定よりも早い到着である。水精の使者の計らいでリントスまでの移動を短縮できたこともあって、封鎖された道を使うよりずっと早い到着となった。


「エマリ、そろそろ起きろ。城に着く」


 ユニスにもたれかかるようにして眠るエマリに声をかける。

 元々、シラーフェにももたれかかっていたところをユニスがそっと引き寄せた形だ。

 シラーフェは特に気にしていなかったが、ユニスには思うところがあったのだろう。


「いやあ、予定よりも早いとはいえ、長かったな」


 アンフェルディアを発ってから二カ月足らず。

 長いとも短いとも思える時間を経て、シラーフェはアンフェルディアに帰ってきた。


「到着致しました」


 馬車がゆっくり止まったのちに声をかけられる。そうしてシラーフェはおよそ二カ月ぶりに自国の地を踏んだ。

 アンフェルディアを離れた経験がないではないが、形容しがたい感情が湧き立つ。

 肺を満たす空気、角で吸い上げるマナにさえも、懐かしさを感じる。


 離れていたのは二カ月弱だが、あまりにも様々なことが起こったせいでもっと長い期間離れていたような気がする。

 久方振りに見上げる城の姿を前に今回の旅を振り返り、本当にいろんなことがあったと息を吐く。


「ん。ここがお城、シラーフェ様のおうち?」


「そうだな。まずはフィル兄上に帰還の報告をしなければ……お前のことも話さないとな」


 まだ眠そうな顔をしているエマリの頭を撫でる。


 現在、国の中枢を担っている兄と、エマリの処遇についてきちんと話さなければならない。

 シラーフェの傍にいたいというエマリの願いはできるだけ叶えてやりたい。が、許可を得られるかまでは確証を持てない。


「んじゃ、フィル兄への報告はシフィとソフィヤちゃんに任せたぜ」


「ライ兄上はどうなさるおつもりで……?」


「もち、城下で女の子たちと遊ぶんだよ。二カ月ぶりだからなー、みんな寂しがってるだろうな」


 ライらしい返答に苦笑を零す。

 ライはシラーフェのカザード行きに便乗する形での旅であったので、報告義務があるわけではない。

 魔物化した魔獣の件も、カザートで粗方報告し終わってはいるので、シラーフェ一人で事足りるだろう。


 問題があるとすれば、役割を丸投げしたソフィヤの方だろう。抗議するソフィヤをあしらうライの構図はいつものもので、シラーフェは苦笑を浮かべるばかり。

 結局上手く丸め込まれてソフィヤが折れる流れで、ライとは別れた。


 シラーフェは二人の従者とエマリを連れる形で、長兄、フィルクリービア・ルシフィア・アンフェルディアの執務室を訪れた。


 ノックをすれば、フィルの影であるフニートが扉を開けた。

 生真面目を絵に描いた様相の彼は無駄のない動きで中継ぎをする。


「帰ったか」


「シラーフェンヴァルト、ただいまカザードより戻りました」


 書類仕事をしていたらしいフィルは手を止めて、シラーフェを見た。

 威圧。アルベほどではないにしろ、鋭さを持った眼光には圧倒される。

 フィルにその意図はないだろうが、真っ向から相対すると知らず緊張してしまう。


「ライはどうした?」


「兄上へは城下の方へ……」


「じ、自分がライの代わりに……と。不相応なのは承知の上ですが……申し訳ありません」


 言葉を濁しながら答えるシラーフェと、重い役割に声を震わせるソフィヤ。

 二人の言葉を聞くフィルは疲労を滲ませた息を吐き出す。そこに宿るのは、相も変わらず自由なライへの呆れか。


「あいつらしい……。まあ、いいだろう」


 ライへの苦言をここで零しても仕方がない、と言葉を呑み込むフィルは改めてシラーフェへ向き直る。

 必要性の低い仕事を、ライがソフィヤに押し付けるのはいつものことだ。

 シラーフェ以上にそれを知っているであろうフィルの反応にはより複雑なものが宿っている。


「報告は受けている。いろいろと面倒なことが起こったようだな」


「はい。………数度、魔物化した魔獣に襲撃されました。その後、何かルーケサの方で動きは?」


「報告にあったもの以外に目立った動きはない。影に探らせているが、聖国の詐称能力は筋金入りだ。容易に掴ませてはくれまい」


 むしろ、容易に得られた情報は信用に欠ける。それらしい情報を掴ませて、攪乱させるくらいのことは平気でする。

 四〇〇年前の惨劇、アルミダの手管を見せられたシラーフェにはルーケサの悪辣さを確かなものとして認識している。


 ルーケサの者としてアルミダと別に浮かぶのは、サクマとリナリアの顔だ。

 今代の勇者と聖女。惨劇を生み出したアッシュとアルミダと同じ肩書きを持つ二人を、しかしシラーフェは信用に足る者として認識している。

 リントスで過ごした短い時間にあったものが偽物だったとは思えない。重いたくない。


 ふと〈復讐(フリュズ)の種〉に意識を向ける。

 ルーケサの話出るたび、サクマとリナリアのことを思い出すたびに疼きを齎すものへ。


「顔つきが変わったな」


「ぇ……?」


 長兄らしくない微かな声に思わず聞き返す。


 フィルは目尻を下げた表情でこちらを見ている。鋭く厳しい表情ばかり見せるフィルの珍しい姿に呆気に取られているうちに長兄はいつもの厳しさを取り戻す。

 先程の呟きは結局シラーフェには届かないままで眉根を寄せる。


「そこにいるのが襲撃を受けた村の生き残りか?」


 すでに政を担う者としての表情を映し出す兄の変化に戸惑いつつも、シラーフェは首肯で応える。

 緊張した面持ちで静か㊞話を聞いていたエマリは、自分が話の中心に置かれた事実に身を固くする。


 誰に対しても変わらず向けられるフィルの眼光。気圧されるようにエマリは半歩下がりはしたものの、シラーフェの後ろに隠れることはせず、赤目で真っ直ぐに見返している。


「孤児院をいくつか紹介しよう、好きなものを選ぶといい」


「わた、しは……」


 事務仕事めいた口振りの冷たさにエマリは言葉を詰まらせる。

 フィルに悪意はなく、素っ気なく聞こえる声の中には確かにエマリに対する情が含まれている。


 それは身内であるが故に気付ける類のもので、エマリに理解しろというのは難しいことだ。

 緊張の中に恐れに近いものを混ぜながらも、エマリは覚悟の決まった目でフィルを見る。


「私は、シラーフェ様と一緒にいたいです。シラーフェ様の、従者になりたい、ですっ」


「俺の方からもお願いします。俺は、傍にいるとエマリと約束しました。彼女の心の整理がつくまでの間だけでも共にいることは許されませんか?」


 シラーフェの今の立場は王位継承者である。

 肩書きだけで言えば、フィルよりも上。本来であれば、エマリを従者にすることをフィルに許可を取る必要はない。


 こうして懇願しているのは、シラーフェが王位を継承することはまだ秘された事実であることが一つ。


 王位を継承するのはシラーフェとはいえ、今まで父王に代わって政を率いていたのはフィルだ。

 後から出てきたようなシラーフェが出しゃばることは臣下から顰蹙を買いかねないことが一つ。

 シラーフェだけに向けられるのならばいいが、エマリにまでその目が向けられるのは避けたい思惑がある。


「王城での仕事は生半可な覚悟でできるものではない。幼子が絶えられる程、優しいものばかりではないぞ。シフィ付きの使用人であれば、尚の事だ」


「ん。それでもシラーフェ様の傍にいたいです!」


 鋭利な刃を思わせるフィルの目は幼子には恐ろしいものだろう。

 実際、エマリは相対してすぐはフィルに脅えている素振りを見せていた。しかし、今のエマリは負けず、強い光を宿してフィルを見ている。


 鋭い赤目は値踏みするようにエマリを見つめ、小さく息を吐いた。


「……二月(ふたつき)


 息を吐くとともにフィルはそう呟いた。


「二カ月後、シフィの王位継承の儀を執り行う予定だ。それまでに従者として相応しい立ち振る舞いを身に付けろ。それが条件だ」


「ん。分かった、です」


「まずは敬語からだな。ユニス、指導はお前がしろ。二か月後、及第点をやれるほど仕上げてみせろ」

「寛大な配慮、感謝します」


 今はその言葉だけで充分だ。

 ただ甘やかすだけではエマリのためになりはしない。この先の、エマリの未来のためにも厳しくするときも必要である。


 幸いエマリはやる気のようで小さく拳を作り、「がんばります……っ」と息巻いている。

 シラーフェにはエマリのことよりも気にしなければならないことがある。


「シフィも、継承の儀までに必要な知識を身に着けてもらうことになる。これから先、ゆっくりする時間はないと思え」


 弟相手にも容赦のない視線を向けるフィル。


 今までのように役目を忘れた過ごし方はできないことは、カザードの旅路の中で覚悟していた。

 第五王子という立場に甘んじていたシラーフェには、これから先、学ばなければならないことがたくさんある。


「――と言いたいところだが、まだ旅の疲れが残っているだろう。数日はゆっくりするといい」


 厳しさの中に優しさを混ぜてフィルが言った。

 カナトが見れば、甘やかしすぎだと怒ることだろう。


 シラーフェにも甘やかされている自覚がある。今日一日だけならともかく、休養の時間を数日も設けられるとは思っていなかった。

 王位継承者という立場ながら、足りないばかりの身。休むことには罪悪感が湧く。


「よろしいのですか?」


「詰め込めば、身になると言うものでもない」


 それが甘さから零れた言葉なのか、フィルの本音なのかは分からない。

 激情も声音も変わらないままに紡がれる言葉を、シラーフェは助言の一つとして受け取る。


 過ぎる役割を与えられた身が気負いすぎることのないように。

 フィルの言葉はそう伝えるものだと解釈することにした。


「己の糧とするには時間がかかる。詰め込むことより、染み込ませることに重きを置く方が肝要だ。疲労が蓄積した状態では吸収効率も下がる」


 先達の助言は、それこそシラーフェの身に深く染み込むものであった。


 王位継承者という立場、〈復讐(フリュズ)の種〉の行く末と背負うものの大きさに急いていた心の存在に気付かされた。

 我に返った気分で、知らず息を吐き出す。無意識に体を弛緩させる。


「それに休養とはいえ、単に休むことはできないだろうさ」


 含みのある兄の声に眉根を寄せるシラーフェにフィルは口元を緩める。

 それは政を担う者ではなく、第一王子ではなく、年層の青年らしい表情であった。


「我が家のお姫様を接待することも大事な仕事だろう?」


「それは……」


「リリィとネリスが話したがっていたぞ。旅の話でもしてやれ」


 それは確かに重要な仕事だとシラーフェもまた口元を緩めた。

 話が得意な方ではない自覚があるシラーフェであるものの、今回の旅は波乱万丈なものだったので退屈させることはないだろう。龍の谷の話や青籃宮の話はそうそう聞けるものではない。


「それが新しい剣か」


 固い話は終わりだと示すようにフィルが問いかけた。

 首肯し、シラーフェは腰に佩いた剣を鞘ごと持ち上げる。


「銘を、魔龍剣アルスハイルムリフと」


「龍か。アルベも奮発したものだ。良い剣だな」


 ケイトほどではなにしろ、魔龍剣を見るフィルの瞳は心なしか光を纏っているように見える。

 目の肥えた者を惹きつけてやまない剣。その魅力は、シラーフェも自信を持って喧伝できるものであり、尊敬する兄の反応に誇らしい気持ちになる。


「手合わせしたいところだが、生憎今を立て込んでいてな。あまり手を止めていてはフニートが良い顔をしない」


「フィル様、弟君を困らせるような発言はお控えいただきたく存じます」


 珍しく冗談めいた口調で零すフィルに、彼の影であるフニートが隙なく返す。

 独特な信頼関係を見せる兄主従にシラーフェは困惑を返すばかりだ。その心中には固い印象のある二人が冗談を交わす姿への驚きが仄かに混ざる。


 今の言葉は冗談であるものの、シラーフェの来訪によってフィルの手を止めてしまっているのも事実。

 報告もすでに終わっているので、報告もそこそこにシラーフェたちは退室した。


「エマリ、これから先、学ぶことばかりだ。互いに精進しよう」


「ん、がんばる」


 足りない者同士、視線を交わし、学びの日々への意欲に心を燃やす。


 気合に満ちたエマリの頭を撫でる。二カ月で王位継承者として、王族の従者として及第点を目指す。

 互いに己のやることを改めて認識し、これから始まる日々に向けて己を奮い立たせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ