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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第3章
51/86

51「五分咲き」

 魔王族と勇者が友人関係を築くことなど許されない

 心臓とは異なる拍動が全身を震わせんばかりに訴えかける。胸が圧迫されている気分で、呼吸に乱れが混じる。


 己の身に生じる異変を悟らせまいとシラーフェは込み上げる痛苦を呑み込む。

 反芻ののちに黙するシラーフェにサクマはやはり不安を覗かせたまま、じっと見つめている。


「悪い、勝手に友達なんて言って、気分悪くしたなら謝る」


 先程の力強さとは打って変わって、不安に揺れる黒瞳。謝罪の言葉でようやく外に意識を向けたシラーフェは初めてサクマが映し出す不安に気付く。


「……不快に思ったわけではない。少し、考え事をしていただけだ」


 押し殺す痛苦を悟らせないように気を配って言葉を紡ぐ。妙な間があることをサクマは思案にくれていたと認識したようで、特に不審に思っている様子はない。


「やっぱ勇者と魔族がって問題あるよな」


「そうだな」


 気の利いたことなど言えないシラーフェは事実は事実として肯定するしかない。

 ライという実例があると言っても、魔族とルーケサの者が友人関係を築くのは難しい。それが勇者とアンフェルディア王族ともなれば尚のこと。


 シラーフェが未だ自らの身分を秘匿したままであることがその証と言えよう。

 その上、シラーフェが結末として抱いているものを思えば、下手に友人になどならない方がいい。ただ、


「問題は山と積んであろう。だが、理屈は感情とは別のところにある」


 あらゆるものが友人にならぬ方がいいと告げている。理性はどこまでも否定的だ。

 しかし、しかしだ。積み上がった問題とは別に、先導たる種が叫ぶとは別に、シラーフェ自身の感情が訴えるものがある。


 感情に従うことは愚かだと謳う者も少なくない。実際、自分の決断が愚かだったと思う日がくるかもしれない。

 決断した自分を恨み、他者から憎しみを向けられる未来もあるだろう。そこまで理解していてなお、シラーフェは思う。


「俺を友人と呼んだ、お前の言葉を好ましく思っている」


 理性でのみ判断することが正解だと言うのなら、感情は何のためにあるのか。

 感情が正しきに導くこともあるとシラーフェは信じている。でなければ、魔族と人族が分かり合える世界を夢見、先祖の妄執が潰えるために己が命を懸けることなどできまい。


「同年代の友ができたのは初めてだ」


 先のことを考えても仕様がない。今は初めての人族の初めての同年代の友人ができたことを喜ぶことを優先する。

 メイーナは年下であったし、リトやミグフレッドにしてもシラーフェとりもかなり年上である。

 リトは長兄フィルよりも年上という話だし、ミグフレッドに至ってはあれで数百年生きている。


「同年代って……シランで今何歳?」


「今年で十八になる」


「なんだよ、一個上かよ。もっと年上だと思ってたぜ」


「……そんなに老けて見えるか?」


「や、見た目的に同い年っぽいけど、ほら、この世界って見た目と年齢が噛み合わないことあるだろ」


 先程例にあげたばかりのリトとミグフレッドを思い浮かべ、サクマと共通の知人であるシャトリーネを思い浮かべて頷く。


「魔族だし、落ち着いてるし、見た目のわりに年言ってると思ってたわ」


「魔族は人族よりやや寿命が長い程度の種族だ。数ある種族の中では短命な方であろう」


 人族の寿命は平均で六十年程度なのに対して、魔族の寿命は二十年多い八十年だ。百年を超える種族が多い中で短い方と言えよう。


「よく考えたら、俺もこの世界で友達できたのはシランが初めてかも」


「仲間がいるのではないのか?」


「んー、仲間は仲間って感じだからな。友達とはちょっと違うかも」


 冒険者になった経験のないシラーフェにはよく分からない感覚だ。ユニスやエマリに抱いているものと近い者だろうか。

 友人と呼べるものではなく、強いて言うなら家族に近いがそれも厳密には違う感覚だ。

 友人でも、家族でもないが、等しく大切な存在である。


「千歳のことを話したのもシランが初めてだしな」


 弱いところを見られたくない故に黙する気持ちはシラーフェにも理解できる。

 そして、その弱さをシラーフェに吐露できた理由も。


 深い関係性の者よりも、行きずりの相手の方が口を滑らせやすくない。シラーフェ自身、リトに問われて初めて長年の後悔を口にした。

 あれが兄姉やユニスからの問いであれば、強がって答えなかったであろう。

 シラーフェにとってのリトが、サクマにとってシラーフェなのだ。


 弱さを吐露して生まれる友情というのは抱く感慨も少し異なっているように思える。

 己の弱い部分を隠さずに済む存在は貴重である。

 異なる世界に召されて秘めた不安も多かろうサクマの心を軽くさせる一助になるのならば、それも悪くはない。

 聖国の勇者と魔族の王族という離れた位置で、どこまで届くものかは分からないが。


 心中でそう呟き、シラーフェもまた体を起こし、「よろしく頼む」と生真面目な口調で言った。

 およそ友人に向けるものとは思えない硬い表情にサクマは破顔する。


「さて、と休憩もできたとこだし、そろそろ先に進もうぜ」


「そうだな」


 魔獣やゴーレムとの戦闘で消耗した体力やマナも、話をしている間にだいぶ回復した。

 この先、何が待ち受けているか分からない以上、回復に努める時間を設けられたのは重畳であった。

 二人は並び立ち、ゴーレム残骸の先を抜け、続く狭い通路を進む。


「この先にゴーレムが守ってたものがあるかもなんだよな」


「そうだな」


 鉄壁の守護者と謳われるゴーレムは自然に発生するものではなく、術者が守り手として配置するものだ。

 シラーフェとサクマに討たれ、残骸と化しているゴーレムたちも、誰かが意図して生み出したもののはずだ。未だ分からないその意図も先へ進めば分かるだろう。


「あるいは俺たちがここへ案内された理由が待ち受けているかもしれぬ」


 この地に来るきっかけとなった赤い石と同じものがゴーレムに嵌め込まれていた。

 ゴーレムを生み出した術者と、海中のマナを掻き乱す原因となる赤い石を配置した者が同一人物、とは限らないにせよ、何の関連もないと考えるほど楽観的にはなれない。

 状況が掴めない得体の知れなさを抱くシラーフェは警戒を胸に進む。


 そう時間はかからず、二人は古めかしい扉の前に立った。石造りの扉には赤い石の周辺に展開されていた魔術陣に似た紋様が意匠として施されている。

 長い間、開けられていないらしい扉は重く、男二人がかりで押し開けた。耳に障る音を鳴らし、誇りを撒き散らしながら、扉は開かれる。


「ここは……」


「遺跡っぽいな」


 広い空間だった。どこからか光が射し込み、舞い上がる埃すら美しい装飾のように飾り立てる。

 石の柱が何本か立ち、そのすべてに細やかな意匠が施されている。奥には遠目に像が立っているのが見える。


 美しく荘厳な空間ではあるが、十数年は誰も訪れていないことを証明するように埃が積もっている。

 神殿を思わせる風情で、長年放置されている姿はサクマの言う通り遺跡を思わせる。


「罠があるかもしれない。気をつけろ」


 扉の先に敵にはおらず、拍子抜けで緩む気を引き締める思いでサクマへの忠告を口にする。

 頷くサクマは剣の柄に握り直し、周囲を注意深く見回す。


 ゴーレムが守っていたのがこの部屋ならば、厄介な仕掛けが隠されていてもおかしくない。

 角に意識を向け、周辺のマナの状況を探る。間的な仕掛けがあるのなら周辺のマナを読み取ればすぐにでも分かる。思いのほか、広い空間に意識を集中させたシラーフェは眉根を寄せた。


「マナの流れが読めない。何かに阻害されているようだ」


 どんなに集中しても、靄がかかっているように何も感じられない。暗闇の中に放り出されたような感覚だ。

 視覚ならともかく角では感じたことのない感覚に戸惑いながら、周辺のマナの探知を中断する。


「そういう魔法がかけられてるってことか?」


「この空間そのものが魔術的役割を持っているのかもしれぬ」


 視線を巡らせてみれば、床、壁、天井、至る所に見覚えのある紋様が描かれている。

 それら一つ一つが術式としての役割を持っているというのは想像に難くない。


 肌を撫でる空気は妙に澄んでおり、自然に生み出されるものではないと魔的な仕掛けを疑わせる。

 マナが読み取れないとなると、それすらも判断できず、なんとも心許ない気分で視線を巡らせる。

 同じく、サクマも緊張を纏った視線を空間内に走らせている。


「あ、あそこから光が来てんのか」


 天井を見上げるサクマがふと呟く。つられて見上げるシラーフェの目が幻想的に射し込む光を捉えた。

 陽の光を思わせる温かさを持った光は、天井の一角から射し込んでいるらしい。


 水中にいる間は久しく感じていなかった光は、現在地の不明さを助長させる。やはりどこかに転移させられたのか、と考えながら、シラーフェは慎重に進む。角の感覚を頼れない以上、いっそうの慎重さである。


 足音を殺さんばかりの歩みのシラーフェにサクマも続く。

 光源は射し込む一筋だけにも拘わらず、この一室は充分なほど明るい。


「これは……」


 奥まで進み、並ぶ二体の像を前に立つ。精巧に作られた像は寄り添う男女のものである。


 男はねじれた角を生やし、鋭い眼光で遠くを見つめている。女は肩甲骨が辺りから翼を生やし、憂いに落ちた様子で足元を見つめている。二人は身を寄せ合いながらも、視線は合わせない。

 男女の間に生まれたズレを視線のみで表す趣深さを感じられる。


「こっちの、女の方はエーテルアニス神っぽいな。聖王宮にあるのに似てるぜ。男の方は……」


「アポスビュート神だろうな」


 幾度と見たことのあるアポスビュート神に象った像を思い浮かべながら呟く。

 数見てきた中で、目の前に像に抱く妙な既視感。その正体を内に探り、シュタイン城の地下で見た者に酷似しているのだと気付く。


 アポスビュート神の像と言っても、作り手によって細かい部分は異なるものだ。

 絵にも多く残っているアポスビュート神ではあるが、大まかな特徴が残っているのみで、実際の姿を知るものは限られており、ほとんどが想像の産物だ。故に、同じ題材を用いていても、酷似したものに出会うことは稀である。


 同じ製作者が作ったものなのだろうか。一瞥程度に残るシュタイン城の地下の像と照らし合わせるものの、答えは得られない。


「エーテルアニス神とアポスビュート神って仲悪いんじゃなかったけ? これなんか、めちゃくちゃ中良さそうに見えるけど」


 寄り添う二神の姿は恋仲を思わせる近さを奏でている。

 多くの話で伝えられている険悪な関係性がまるで感じられない。ましてや、いづれ殺し合うことになるとはまるで想像できない姿だ。


「二神は恋仲であったという説もある。それをもとに作られたものやもしれぬな」


 エーテルアニス神とアポスビュート神の関係性は様々な説がある。その中の一つに恋人同士であるというものがある。

 ただこの説は現在信仰している者にとっては不都合な面もあり、古い書物の中に隠れるように書かれているのみだ。多くに広まるものではなく、シラーフェもたまたま書物で目にして知っている程度である。


「へえ、ルーケサでは聞いたことねえな」


「そうだろうな。恋仲であった者同士が殺し合うなど有り得ぬと信憑性の低いものとして伝わっている」


「それをこんな風に残した人がいるっつうことか」


 数ある像の中でも群を抜いて精巧に作られたそれはともすれば、現実の出来事を映し出しているように見える。

 寄り添いながらも、別のところを見る姿が妙に生々しく胸を掻き乱す。


「てかさ、実際どうだったかなんて話、シャトリーネ様に聞きゃあいいんじゃねえの?」


 神話の時代の生き証人であるところのシャトリーネ。多くの歴史学者が頭を悩ませていることもシャトリーネならば、雄弁に事実を語ることができる。

 しかし、シャトリーネは語らず、数ある歴史上の謎は明かされないままなのが現実だ。


「事実、尋ねた者もいるという話だが、いづれもシャトリーネ様は黙したままだ」


 中にはしつこく、何度も青籃宮を訪れて迫る者もいたそうだが、シャトリーネは慈愛の笑みで一蹴するのみであったと。


「話せぬ制約でもあるのかもしれぬ」


 女王という立場上、そして長い時間を生きているが故の柵をシャトリーネは多く抱えていることだろう。

 そうではなくとも神話の時代は、シャトリーネにとって実際に生きた現実味のある過去なのだ。


 何も知らぬ者が不躾に過去語りを求めることを不愉快に思うこともあるだろう。

 千年以上も前である神話の時代は、シラーフェたち今を生きる者にとって物語上の出来事に等しい。


「あー、女王様、てか神? になるとそういう面倒事がついて回るのか」


 その手の柵に苦手意識でもあるのか、サクマは分かりやすく表情を顰めている。

 面倒と思う気持ちは、王族という柵の中にいる身としてよく分かる。

 勇者である以上、サクマにもいづれ嫌というほど、面倒な柵が課せられることになるだろう。その柵を打ち破る人であってほしいとシラーフェは自分勝手にも考えてしまう。


「てか結局、ゴーレムが守ってたもんについては分かんねえままだな。他に部屋もなさそうだし」


 目ぼしいものを探すようにサクマは忙しなく、空間の中を見回している。


「強いて言うなら、この像か?」


 結局、目に留まるようなものはなく、サクマの視線は寄り添うことに神の像へと戻ってくる。

 他にそれらしいものがないというのはシラーフェも同意見だ。

 壁や床に走る紋様に込められた魔的な仕掛けの中心となっているのがこの像だ。仕掛けを発動する鍵の役割を持っているのかもしれない。角で確かめられないので、赤目を凝らす。


 無意識にシラーフェは一歩、像の方へ踏み出した。ちょうどサクマも一歩踏み出したところのようで、


「なんだ……⁉」


 突如、像が光り出す。白と黒、エーテルアニス神とアポスビュート神を表す二色の光が像を中心に空間内に描かれる紋様を光らせる。

 床、壁、天井、至る所が二色の光を帯び、射し込む光と合わせて美しく空間内を照らす。


 思わず、感嘆を零すほどの光景に二人して魅入られる。

 自然には生まれない光に目を奪われる二人は自らを包み込まんとする光に気付くのが遅れた。

 反射で剣を構えるも、実体のない光相手では意味がないと逡巡している間にシラーフェの意識は刈り取られる。


 体が傾き、地面に倒れ込む。固い地面に倒れ込む感触も、すぐ傍で同じように倒れる人の存在も、失った意識の中では知る由もない。

 場を満たしていた光は来訪者二人の意識を奪ってすぐにどんどんと弱まっていき、やがて完全に消えた。

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