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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第3章
50/88

50「落花枝に返らず、破鏡再び照らさず」

 先に踏み込んだサクマの剣が甲高い音を鳴らす。肉を斬る音とは程遠く、刃を重ねたもととも違う音だ。


 弾かれた重力を生かして純白の刃を切っ先から放つサクマ。その体が一度相手から距離を取るのに合わせて、シラーフェは風魔法と不可視の刃を同時に叩き込む。

 三種の刃が起こす衝撃が先の道へ波及し、硬いものが一斉に倒れる音が響き渡った。


「あーと、あーゆーのって何て言うんだっけ? ゲームとかでよく見るヤツだよな?」


「げーむというのは分からないが、ゴーレムだな。鉄壁の守護者と呼ばれている」


「守護者ってーと、この先に何かあるってことか? んじゃ、さっきの魔術陣は侵入者を排除するためのもんだったのかもな」


 先の攻撃でひっくり返ったままのゴーレムから視線を外さず首肯する。


 落下したにしろ、転移させられたにしろ、正規な手順とは言えない方法で、この地に足を踏み入れたシラーフェたちが侵入者と認識されていても不思議はない。

 誤って作動した防御機能を破壊することへの罪悪感はあるが、甘いことを言っていられる状況ではない。


「ゴーレムを倒すには核を破壊する必要がある」


「核ってあの赤い石のことか?」


「恐らくな」


 本で身に着けた知識以上のものをシラーフェは持たない。

 この地に来るきっかけとものなった赤い石と同じ輝きを持つ石がゴーレムの胸の辺りに収まっている。


 周辺のマナを掻き乱す石は核ではないにしても、破壊するに足る代物である。

 乱されたマナは一箇所に集めることを困難とし、魔法や魔術の行使する難易度をあげる。


「つってもあんな小さいの狙えるか……? 同じ硬さならきついぜ」


 起き上がろうとしているゴーレムへ、一足で距離を詰めるサクマが純白の剣を振るう。

 先程の甲高い音を鳴らして、サクマの剣が石の体に弾かれる。

 素人に毛が生えた程度の剣技とはいえ、エーテルアニス神の加護を受ける勇者の一撃すら、ゴーレムの体は通さない。


 物理攻撃は硬い体で弾き、魔撃はマナを掻き乱すことで行使を阻害する。

 守護者の名に相応しい厄介さを備えた敵が全部で四体。


「石の硬さは先程のものとそう変わりはないだろう。俺とお前で本気の一撃を打てば、破壊できるはずだ」


「簡単なことみたいに言ってっけど、本気の一撃なんてぽんぽん出せるもんじゃねぇだろ」


 至極真面目に考えた答えの難点を、サクマが苦笑交じりに指摘する。

 戦闘中とは思えない気楽な空気を纏いながら、二人はそれぞれに剣撃を放つ。


 ゴーレムの動きは遅い。とはいえ、まともに受ければ、骨を砕かれるであろう打撃が四方から飛んでくる状況はかなり厄介であった。

 一体ならともかく、四体を同時に相手するのは難しい。


 シラーフェとサクマは激しく立ち位置を入れ替えながら、迫り来る拳を避け、剣撃を浴びせる。シラーフェはそこに魔法も加える形だ。


 魔撃の行使を阻害するために乱されたマナも、魔族が相手ではほとんど意味をなさない。

 魔族は体内にある魔臓に蓄えたマナを使って魔法を行使する。そのため、わざわざ体外のマナを一箇所に集める必要がないのだ。


「セリディアイル」


 サクマに向けて拳を振り上げるゴーレムの足元が凍り付く。

 大きく空振る腕の中に潜り込むサクマが連撃を叩き込む。刃は通らず、しかしゴーレムの体勢を崩すことに成功する。


「っらぁ⁉」


 傾く体、サクマは蹴りを入れてトドメを刺す。

ついに倒れたゴーレムの体の上に立つサクマは赤く輝く石に剣を突き立てる。光を纏う剣身が石を一部欠けさせる。


「ウェンアイル」


 機能停止には至っていないゴーレムの腕がサクマへ迫るのを冷風で阻害する。

 鈍くなる動きに目もくれず、サクマは再度聖剣を突き立て、赤い石の完全に砕く。

 やはり赤い石が核だったようで、ゴーレムは完全に希望を停止する。


「はー、まずは一体目」


 疲労が籠ったサクマの声で、一体目の機能停止を認識しつつ、シラーフェは目の前の敵に集中する。

 先程サクマを守るために放った魔法の余波を受けて、その身に霜を纏うゴーレム。


「ウェンアイル」


 すでに霜を纏うゴーレムに向けて同じ魔法を重ねる。

 吹き付ける冷たい風は先程よりも威力を強めた。吹雪と遜色ない勢いで吹き付ける風はゴーレムの体を凍り付かせる。

 拳を振るう抵抗も吹雪の猛攻に少しずつ鈍くなる。


「シンフラメ」


 唱えた言葉に応じてゴーレムの胸の辺りが燃え上がる。

 微かな音を頼りにシラーフェは地を蹴る。散々冷やされたのちに高熱を与えられ、皹が入った核へ向けて、剣撃を叩き込む。


「二体目、だっ」


 砕け散る赤い石。残りは二体。

 すぐに意識を切り替えた頭上に迫る影。魔龍剣を振り上げ、迫る拳とで甲高い音を鳴らす。

 重い拳を押し返すようにして剣を滑らせるシラーフェへ、もう片方の腕が迫る。


「ウェンアイル」


 力任せに振るわれる腕の関節部分に冷風を浴びせる。

 動きを止めるには至らず、しかし鈍くなった動きで充分だと息を吐く。


 シラーフェの手とは別のものが甲高い音を鳴らす。その音を合図に魔龍剣を薙いだ。

 同時に両腕を押し返され、ゴーレムは体勢を崩す。ゴーレムの体は大きく、わずかな重心のずれすらも致命的、とはいえ意思ある存在容易く倒れてはくれない。


「せぇ、のっ」


 サクマの掛け声に合わせ、ゴーレムの体に蹴りを与える。一体目を倒したときと同じ手法だ。

 効果は文字通り二倍。二人分の蹴りを受けるゴーレムは後ろにいた仲間をも巻き込んで倒れた。

 轟音をあげて倒れる二体のゴーレムを、シラーフェとサクマは共に息を整えながら見送った。


「上のヤツは任せたぜ」


「ああ」


 短く返すシラーフェは再度剣を構える。

 掌を通してマナを吸い上げる魔龍剣はその身を虹色に輝かせる。

 一撃で終わらせるためにマナを注ぎ、地を踏みしめる。強さを増す純白の輝きを横目に、シラーフェは不可視の刃を放つ。核を狙って放った一撃は赤い欠片を散らす。


 ほとんど同時にサクマの剣撃が、下に潰される形となったゴーレムの核を破壊する。

 これで四体すべてのゴーレムを打ち倒した。機能を停止し、石塊と化したゴーレムが再度動き出さないか確認し、その身を弛緩させる。納剣し、深く息を吐き出す。


 呼吸を落ち着け、顔を上げたその先でサクマと目が合う。サクマも同じように納剣し、呼吸を落ち着けたところだったようで、わずかに見開いた黒瞳が緩む。


「ふふっ、はー、つっかれた。硬いし、でけぇし、魔獣を散々倒した後だってのによー」


「……そうだな。疲れた」


 愚痴を零すサクマに同調し、シラーフェもまた頬をわずかに緩めて頷く。

 サクマはもう一度「疲れたー」と零し、ゴーレムの残骸に腰を下ろした。そのまま、ゴーレムの胸にあたる石の部分――平たい石の上に寝転がる。


 すっかり休息を取る気らしいサクマに苦笑し、シラーフェも倣ってゴーレムの体だった石に腰を下ろす。悪くない座り心地だ。


「こいつらって何か守ってたんだろ? 壊しちまってよかったのか?」


「不可抗力だから仕方がないと言いたいところだが、そうだな……」


 襲われたから倒れたという理屈が必ずしも通じるとは言えない。

 シラーフェたちは現状、不法侵入者である。ゴーレムが守護していたものによって、再起動させる必要も出て来る。と言っても、シラーフェはゴーレムを起動する術を持たない。


「戻れたら、シャトリーネ様に助力を願おう」


 シャトリーネならば、ゴーレムを起動させる術式を知っているはずだ。

 ゴーレムは土に属する存在なので、水の精霊たるシャトリーネが行使できるかは分からないが、術式さえ分かれば、発動自体はシラーフェでもできるだろう。


 シラーフェの言葉にサクマは頷き、二人の間に沈黙が落ちる。

 妙に居心地がいい静けさが数秒、不意にサクマがシラーフェの名を呼んだ。

 落ち着いた空気に浸っていたシラーフェは視線だけをサクマに向ける。


「さっきのことだけどさ、シランが俺のダチ・・・・・友人だったヤツと重なって、ついかっとなっちまった。悪い」


 寝転がり、天井を見つめたまま、サクマは静かな声で紡ぐ。

 友人とやらのことを思い出しているのか、サクマの瞳は心なしか潤んでいるように見える。

 シラーフェは妙な静けさを纏うサクマの横顔をただ見つめる。


「……その友人は優しかったのか?」


「ああ、優しかった。……優しくて、強ぇヤツだった」


 上がる口角、弧を描くように黒瞳が細められる。泣き笑いのような表情であった。


「俺にはもう、ダチを名乗る資格はないけどな」


 らしくなく自虐するサクマをわずかに見開いた赤目で見つめ、すぐに微かな息を吐いた。らしくないと評せるほど、シラーフェはサクマのことを知らない。

 自戒を吐息に込めるシラーフェはサクマの横に寝転んだ。驚く気配は気にせず、口を開く。


「話してみろ」


 短い言葉への返答はすぐにはない。シラーフェの言葉を咀嚼している気配はあって、サクマの迷いに寄り添うに天井を見つめる。短くも長くもない時間ののち、サクマは訥々と語り出す。


「あいつは……千歳は俺のせいで死んだんだ」


 絞り出すような声が映し出す苦しみにシラーフェは黙って耳を傾ける。口を挟まず、シラーフェが聞くことを集中する中で、サクマの独立は続く。


「千歳はさ、正義感の強い奴で、曲がったことが大嫌いで……まさにヒーロー、物語に出て来る英雄とか……それこそ勇者みたいなヤツだったんだ」


 焦がれる瞳で語るサクマの姿は夢見る幼子のようであり、自分には届かぬものとして達観しているようでもあった。

 簡単には届かぬほど、遠い存在に焦がれる感覚はシラーフェにも覚えがある。

 シラーフェにとっての長兄フィルが、サクマにとってチトセなのだろう。


「困ったヤツがいるとほっとけないヤツでさ、千歳の人助けに付き合わされることもよくあって、お陰で学校に遅刻しそうになったりして……それもまあ悪くねえかなって思ってて。人助けして、感謝されて、こそばゆいけど嬉しくはあって。千歳と肩を並べられてる気分になれたんだ」


 努めて明るい声を出す姿が逆に痛々しく思える。サクマは真っ直ぐに天井を見つめ、シラーフェに形掛けながらも、別の場所に浸る瞳は驚くほど澄んでいる。

 その瞳にはきっと胸を満たす光景が映し出されているのだろう。


「でも結局、俺は、俺なんかが千歳の隣に立てるわけがなかった」


 震えた声を誤魔化すためか、一度言葉を切ったサクマが大きく息を吸う。

 呼吸の中にも滲む震えには気付かないふりでシラーフェは慶弔の姿勢を貫く。

 あえてサクマから視線を外し、天井を見つめるに倣う。


「高校……俺の通ってた学校で、あ、学校ってこっちにもあるんだっけ?」


「話に聞くくらいの知識はある。続けろ」


 この世界全体ではもとより、アンフェルディアにも学校はある。王族であるが故、専属の教師を招いていたので、シラーフェ学校に行った経験はない。

 社交場で話すような上流階級の者には学校に通っている者も多く、幾度か話には聞いている。


 もっともシラーフェの知るそれは裕福な者が通う場で、サクマの言う学校とは異なる部分を多いようだが、話を聞くには問題ない。


「……学校でいじめがあったんだ。無視から始まって聞こえる声で悪口言ったり、わざとぶつかったり、まあそんな感じ。見てて、いい気分はしないけど、自分も標的になったらって、みんな、見て見ぬふりをしてた」


 みんなの中にはきっとサクマも含まれているのだろう。いじめ、というものをシラーフェはよく知らない。

 付き合いで参加した社交場で、そういった空気を感じることはあった。ただ接客的に他者と関わることのないシラーフェは時折姿を見せるだけの部外者であり、その中にまで入ることはなかった。

 王族という立場もあって周りは他所他所しく、シラーフェ自身も関わりを持つことをしなかった。


「でも、千歳だけは違ったんだ。あいつはいじめられてるヤツに普通に話しかけて、いじめてるヤツにそれは間違ってるって真正面から言って、周りからどんな目で見られても気にしねえでさ」


 まさに英雄を語る口調でサクマは千歳について語る。


「俺は一緒にはやれなかった。今までずっと千歳と一緒になって人助けしてきたのに、ずっと隣にいたのにあのときは踏み出せなかった。勇気が足りなかった」


 強い後悔がサクマの声に痛いほど滲んでいた。


「弱くてどうしようもない俺を、千歳は許してくれた。仕方ねえって、俺が被害を受けないならそれでいいって笑ってくれるんだ。俺は自分が情けなくて、でも結局踏み出せなくて」


 疼く感情を表すようにサクマは強く拳を握っている。そこに宿るのは強い怒りだ。


「そうこうしているうちに千歳も標的になって。大丈夫の言葉を信じて、何もしないでいるうちに死んじまった。屋上から飛び降りて、自殺だって話だ」


 もう届かない人への後悔を含むサクマの声に、シラーフェの内の傷が共鳴する。どんな思いを重ねても、死した人へ届くことはない。

 シラーフェの脳裏に描くのは「シラン」の名を与えてくれた少女のこと。

 今もなお、胸を占める後悔のやり場はなく、一生抱え続けるしかないものだ。


「千歳だって人間だった。俺が勝手に担ぎ上げて、自分と違う特別な存在だって思い込んでただけだった。親友だって思ってたのに、俺は千歳のことをちゃんと見てなかったんだ」


 涙は流さずとも、声は憂色を濃く映し出していた。震えた呼吸が零れる。


「大丈夫なんて信じるんじゃなかった。いや、違う。これも言い訳だ。逃げないで向き合えばよかった」


 洞窟で話したとき、サクマはもう後悔したくないと言っていた。

 内に暗いものを宿してはいたが、あのときのサクマは強い光を宿しているように見えた。

 夢を追いかけている者の強い輝きを秘めた瞳は逃げない者の証だ。悲哀を語る声にだって、シラーフェは秘めた強さを感じた。


「俺はもう逃げたくない。誰かに押し付けない人間でいたいんだ」


 ほら、とシラーフェは心中で呟く。サクマは後悔だけで終わる人間ではないと、この海中での付き合いでシラーフェは理解していた。

 黒瞳が天井へ向けられているのをいいことに口元を緩める。


「だから、シラン。一人で責任を負おうとするな。今回のことも俺とお前の責任だろ」


 勢いをつけてサクマは起き上がる。強い光を宿した黒瞳は、驚くシラーフェは真っ直ぐに見据える。


「俺ら、友達だろ。一人で抱え込むなんて水臭いじゃんか」


「とも……だち」


 胡乱げな呟きにあれだけ力強い表情を見せていたサクマが一変、不安を宿す。

 思いもよらぬ言葉を反芻し、理解に努めるシラーフェはそのことに気付かない。

 そんな余裕もないくらいに内に宿る存在が激しい警鐘を鳴らしている。表情に映さないことだけを意識するシラーフェの様子にサクマはさらに不安を募らせる。

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