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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第3章
49/88

49「地下戦闘」

 落下する感覚はここ最近妙に馴染み深いものであった。

 そこで思い出す。魔術陣に混ざっていた奇怪な紋様は龍の谷ミズオルムで見たのだと。


 落下する感覚もまた似ており、脳裏にあの地下の光景を映し出す。

 水中での落下にも拘わらず、落水したときではなく、龍の谷の出来事の方が近いというのも不思議なものだ。その理由はすぐに判明する。


「まだ下があったんだな。つか、戻れんのか」


 共に落ちたサクマが上を見上げながら呟く。ラピスはいないようだ。

 シラーフェもまたサクマに倣って上を見上げる。赤い目が映し出すのは先の見えない闇ばかり。

 どれほどの距離を落ちたのか感覚的も分からず、上るのは無理だと判断する。


「水の気配が遠い。転移させられた可能性もある。気をつけろ」


 落水の感覚と違ったのは、この落とされた空間にそもそも水がない故だ。

 水の気配、より正確に言うのならば、水に含まれるマナの気配が遠い。具体的な距離感が分からないとはいえ、転移された可能性はないこともない。


 転移は、魔法には類似するものはなく、魔術を由来とする現象だ。

 受けた経験もないシラーフェには落下と転移の感覚の違いが分からない。


 その辺りは界に跨ぐ転移を経験したサクマの方が詳しいはずだ。と、期待を込めた赤目には思い当たるもののないサクマの様子を映し出している。

 単なる距離の移動と界を跨ぐ移動では感覚も違うのだろう。納得を落とし、一先ず状況の理解に努める。


「遺跡みてぇ……あ、シラン、先に道があるぜ」


「待て、罠があるかもしれぬ」


「でも、ずっとここにいるわけにもいかねえだろ。案外出口があるかもよ」


 恐れ知らずの様子で、サクマは先に続く道へ顔を覗かせる。剣を構えている辺り、無警戒というわけではないとうだが、見ていて冷や冷やするほど躊躇がない。

 念の為、角で先のマナの状況を探る。道の先、生物の持つマナの気配を複数感じ取る。


「魔獣の類が複数いる。気をつけろ」


「分かった」


 頷くサクマは全身に警戒を纏い、先程よりも慎重さを持って先へ進む。

 数が多い。シラーフェはラピスが施した身体強化に、魔管にマナを流す魔族特有の身体強化を重ねがける準備だけをしておく。


「見たとこ、小物ばっかだな。シランは俺に任せてしばらく休んでろ」


「大丈夫なのか?」


「これでも冒険者やってっからな」


 豪語するサクマに不安を纏う視線を向けながらも、ここは任せることを選ぶ。

 不安はあるが、同じくらい信頼もある。この先の展開が読めない以上、体力の温存をしたいのが本音であり、一先ず魔法での援護に徹するとして頷く。


「おっしゃ、任せろ!」


 言って、サクマに聖剣を手に魔獣の群れの中に突っ込む。

 相変わらず、素人同然の動きで不安をいっそうに掻き立てるものであった。しかし――。


「とおっりゃ!」


 隙だらけ、力任せの具置きながらサクマは周囲の魔獣を斬り伏せる。

 不安を掻き立てるものでありながら、危なげない印象もまた抱く。

 シラーフェは息を整えつつ、角が与えるマナの情報へ意識を向ける。


「ウィラー」


 マナの流れから魔獣の動きを大まかに読み取り、サクマを援護する形で魔法を行使する。

 サクマの素人剣舞の合間を縫って、風の刃が走る。舞い踊るサクマはそちらに意識を向けることなく、魔獣を狩る。そこにあるのはシラーフェへの信頼であった。

 人族の、勇者からの信頼。それを悪くないと思ってしまう自分がいる。


〈本人が申し出たのだ。このまま魔獣に食わせてやればよい〉


 内から訴える声を無視して、風魔法でサクマを援護する。

 ルヴァンシュがどれほど訴えかけようとも、シラーフェはサクマを死なせるつもりはない。

 心情的にも、シラーフェの目的としても必要な人材だからだ。シラーフェはサクマが寄せる信頼が応えたいと思ってしまっている。


「サクマっ!」


 不審なマナの流れを感じ取り、地を強く蹴った。見開いてこちらを見る瞳に説明する余裕はなく、行動に移すことを選ぶ、

 周辺にいる魔獣をすべてを打ち倒し、息を吐くサクマの体を強く押した。


 突然の衝撃に驚くサクマのその後を確認しないまま、シラーフェは空に向けて剣を振るう。

 何もいないはずの場所から鮮血が散り、細長い体が現れる。すでに事切れているそれをサクマは呆然と見つめる。


「まだ隠れてたのか……」


「実に巧妙に擬態していた。気付かずとも無理はない」


 シラーフェが気付けたのは、マナの流れを読み解くことに長けているが故だ。

 マナに敏感な魔族であっても、気付けぬものが多いほど、上手く隠せていた。


「ってシラン、怪我してんじゃねえか。俺のせいだよな、悪い」


 先程サクマを押した際に件の魔獣に噛みつかれたのだ。傷自体が浅い者の、毒を持っていたようで、傷口が熱を持っているのを感じる。

 サクマの不安を煽ることはないよう、苦痛を表情には出さないように努める。


「問題ない。ラピスの治癒魔法が効いている」


 言いながら、魔獣に噛まれた箇所をサクマに見せる。傷口には青い光が集い、治癒を施す。

 毒消しの効果も付与してあるようで、熱を持った苦痛が少しずつ和らいでいく。平気なふりをしている時間はそう長く続かない。


「他に潜んでいる魔獣がいるかもしれない。索敵する」


「ああ……。なんか、だっせぇな。任せろなんて息巻いて、結局シランに庇われちまった」


 明るい口調ながら、サクマの表情は優れない。シラーフェに怪我をさせたことをかなり気にしているらしい。

 戦闘中に怪我するのはよくあることなので、大事にすることでもないはずだが。


 そこまで考えて、脳裏に浮かんだ光景に口を噤む。

 失態を犯した自分の代わりに誰かが傷を負う姿に悔いを覚えないわけがないのだ。

 事実、シラーフェは十年近く経った今でもあの日のことを悔いている。


「もう魔獣はいないようだな、サクマのお陰だ。感謝する」


「や、俺は……」


「俺が倒したのは精々数匹程度。ここのいた魔獣はほぼすべてお前が倒したものだ。お陰で俺は力を温存することができた」


 淡々とわざとらしくならないよう、意識して言葉を紡ぐ。

 演技の類は苦手だが、本心ではあるので不審を煽ることにはならないはずだ。

 シラーフェの言葉がどこまでサクマにどれだけ響くかは分からないが、今伝えるべきことだと思ったのだ。


「俺の方こそありがとな。なんつーか、ありがとな」


 中身のない感謝の言葉でも、サクマの思いは十二分に伝わってきた。

 サクマは気持ちのいい性格をしている。一緒にいると心が軽くなり、胸が温かくなる。


 他者を引き付ける魅力に満ちた人物である。このまま友人関係を築けたらとすら思い、〈復讐(フリュズ)の種〉がシラーフェはサクマに殺さなければならない。ならば、下手に親愛を育むべきではないのだ。


 共に行動している今の状況は飽くまでサクマの人為を見極めるためにあるものだと己に言い聞かせる。

 勇者は最終的に未来を託す存在だ。魔族と人族が分かり合える世界を作るには、人族の中で発言力の高い勇者の思考を誘導することは必要不可欠だ。


 サクマの人為を知り、サクマに魔族が悪ではないと教え、先の未来を託す。

 それが今のシラーフェが目指すべき道筋だ。己の役割を改めて刻み付け、今は目の前のことに集中する。

 まずはこの地下から脱出することが先決であると考え、


「すまなかった」


 疼く感情に突き動かされるままに謝罪を口にする。

 驚いてこちらを見るサクマの気配を感じながらも視線は向けず、地へ落としたままで言葉を続ける。


「この地に落ちることとなったのは俺の誤りだ。魔術陣の発動を見て、功を急いでしまった。罠である可能性を考慮しなかった過ちである。責めを受けても仕方のないことをした」


「なんで、そうなんだよ。シランは謝るようなことしてねぇだろ」


「あの場では冷静な判断をすべきであった」


「そうかもしんねぇけど、そうじゃないだろ!」


 シラーフェの前に立ったサクマが吠える。

 ここで初めて視線をあげたシラーフェの目に必死な、あまりにも必死なサクマの姿が映し出される。抱える自責の念が、呆気に取られる感覚に呑まれる。


「それ言ったら、俺に同じだろ。俺も壊した方がいいって思ったから剣を振ったんだ。責任は俺にだってあんだろうが!」


 何が琴線に触れるものがあったようで、サクマは強く声をぶつける。

 怒りを含んだ声音に反して、サクマの顔は今にも泣きそうな顔をしている。

 睨みつける瞳は震え、頼りを持たない子供を思わせる。


「なんで……なんで、お前らはそうなんだよ」


 表情に合わせて、声も力を失っていく。込み上げる感情を堪えた声はシラーフェではない別の誰かへ向けたもののように思えた。重い沈黙が落ち、シラーフェは言葉を迷う。

 表面張力で耐える感情を刺激せずに済む方法をシラーフェは持たず、沈黙を落とすことしたできないでいた。


「悪い。……一人で熱くなっちまった」


「謝る必要はない」


 互いに固い声を交わし、視線を逸らしたまま、歩みを再開させる。

 石の床を叩く音だけが通路に響く。ここにいるのがライであったなら、この重苦しい空気をすぐにでも打ち壊して、サクマの方得るものに声を届かせていたことだろう。


 道の先を真っ直ぐ見据えて歩くサクマ。複雑な感情を抱え込んだ横顔に、シラーフェはなんと声をかけるべきなのだろうか。


「……シランは優しいヤツだよな」


 不意の言葉に目を丸くする。サクマは前を見据えたまま、表情も変えず。

 黒瞳は独特の光を含んでいるようで、読めない真意にシラーフェが口を開きかけたとき、角が微細な変化を感じ取る。その正体を探るように視線を彷徨わせ、声を上げる。


「下だ!」


 ほとんど同時に後ろへ跳躍し、剣を構える。立っていた場所に奇怪な紋様が描かれ、淡く発光している。


「ウェンアイル」


 先程の反省を生かし、剣撃よりも魔法で応戦する。

 唱えた言葉に応えて、吹き付ける冷風が光る紋様を凍り付かせる。


 周辺のマナすら凍らせる魔法は目論見通りに紋様の動きを止めた。紋様の持つ陣としての機能を阻害したのである。

 効果があるかは賭けであったが、なんとか上手くいったようだ。


「この模様、上にあったヤツと似てんな。同じ魔術か……?」


「紋様だけでは判断できまいよ」


「まあ、そうか。知らねぇ模様ばっかだしな」


 赤い石の周辺に浮かんでいた魔術陣には見知った術式も含まれていた対して、こちらの陣には奇怪な紋様ばかりで構成されている。

 魔法に寄り一時的に術の発動を止めた魔術陣の分析を試みるも、似た紋様である以上の情報は得られない。同じ紋様があるのかすらも判別できない。


「古い時代に使われていた陣なのかもしれぬな」


 龍の谷の地下も含め、遺跡然とした空間にあることへの見解を口にする。魔術陣は次代を追うごとに少しずつ変化している。

 今ある魔術陣は簡略化を繰り返し、多くの者に使えるよう最適化されたものだというのは次兄に聞いたものだったか。


 古い時代を知る者として、ルヴァンシュに心当たりを問うてみるが返答はない。

 先祖は四〇〇年続く憎しみに薪をくべることに忙しいらしい。

 あまりに内に意識を向けと、シラーフェ自身が燃え上がる炎に呑まれてしまいそうなので、そっと意識を外側へ戻す。


「シラン、何か来てるっぽいぜ」


 〈復讐(フリュズ)の種〉に意識を向けていたせいで、気付くのが遅れた。

 奥の方から複数の足音が聞こえる。角で索敵するも引っ掛かるものはなく眉を寄せる。


「突っ込む。援護は任せた」


「マナの気配がない。くれぐれも気をつけろ」


 聖剣を構えるサクマは首肯とともに地を蹴る。

 神の加護を受ける常人離れした膂力で飛び出すサクマ純白の剣撃を振るう。対照的に黒の剣を握るシラーフェもまた迫り来る戦場に身を投じる。

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