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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第3章
47/88

47「肯定者」

 水精の女王シャトリーネに助力を乞う見返りとして示されたのは、最近活性化しているという魔獣の調査だ。

 ここ最近、魔物化した魔獣と遭遇することの多いシラーフェには流すことのできない事態でもある。


 魔物化しているという話までは出ていないが、油断はできない。などと考えながら、最初に案内された部屋で待機していたシラーフェの視界に白い影が飛び込んでくる。

 敵意は感じられないので受け入れるシラーフェに勢いよく飛び込む白イルカ、ロキンがその鼻を擦り付ける。人懐っこい白イルカを、幼子相手のすると同じ心持ちでその頭を撫でる。


「ほんっと懐っこいな、ロキン。俺、イルカとここまで触れ合ったの初めてだぜ」


 共に待機していたサクマはロキンの勢いに驚きつつも、その体を撫でている。未知に触れた感動がその瞳に宿っている。


「案内役が来るという話だったが、お前のことか?」


「んなわけないでしょー。あれはおまけよ、お、ま、け。本命は私だってば」


 問いかけた先、ロキンとは別の方向から返答がある。女性の声に振り向いても、その先に人影はない。


「ちょっとどこ見てんのよ。こっちよ、こっち!」


 声の主がいないことを訝しむシラーフェに向けて苛立ちの声が投げられる。

 それでも分からないシラーフェの様子にじれたように、青い燐光を散らす少女が急に目の前に現れる。

 掌に収まるほど小さな少女だ。小さいながらも、腰に手を当てて宙を浮く姿は気迫がある。


「気付かぬ非礼を謝罪いたします。私はシランと申します。どうぞお見知りおきを」


「へえ、礼儀はわかってるじゃない。いいわ、許したげる」


「美しいレディの寛大な対応に感謝いたします」


 もっとも女性の扱いに長けた兄の姿を思い浮かべ、なぞる意識で言葉選びに心を向けた。

 メイーナも、ティフルも、不機嫌にさせてしまうことの多いシラーフェは女性の扱いに自信がない。

 身近に頼りになる兄がいてくれたお陰で、なんとか少女の機嫌を取ることができたようだ。


「意外……シランってそういうのもできんだな」


「そういうの、が何か分からないが、今の振舞いは兄を真似ただけだ」


「ああ、あの角なしね。悪くはないけれど、ちょっと軽すぎるのが難点な子よねぇ」


 歯に衣着せぬ物言いの少女の言葉に胸を突かれる。

 予想外の方向から、油断していたときへの一言だっただけに痛痒を訴える胸が、表情を顰めさせた。刹那の表情変化に気付く者はここにはいない。


「角なしって?」


「……本来二本あるはずの角を持たぬ者のことだ。兄は幼い頃に……事故で片角を失っている」


「わりっ、なんか聞いちゃダメなヤツだった?」


「いや……気にするな」


 何気なく口にした精霊の少女にも、こちらの世のことをまだ知らないサクマにも悪意がないことは分かる。シラーフェが勝手に傷ついているだけだ。


「ちょっと! 辛気臭い雰囲気を出さないでよね」


 暗く落ちた雰囲気を吹き飛ばす勢いの甲高い声。

 二対の瞳を全身に受ける小さな少女はくるりと回ってから美しく一礼する。


「あたしはラピス。我らが女王様のお願いされて、貴方たちの案内役を務めるわ」


 恭しく名乗りあげるラピスは高貴さを感じさせる佇まいをすぐに打ち消し、宙を蹴った。

 小さな体からは想像できない力で、勢いよく宙を泳ぎ進む。


「早くついてこないと置いていくわよ!」


 あまりにも勢いよく進んでいくので、本当に置いていかれてしまいそうだ。

 すぐに見失ってしまいそうな小さな体を、シラーフェとサクマの二人は慌てて追いかける。

 その横をロキンが楽しげに抜ける。何か勘違いにしているのか、先を行くラピスに絡んでいる。


「ちょっと邪魔しないでちょうだい。遊びじゃないのよ」


 構わず、じゃれつくロキン。その姿はラピスを好いていることが伝わってくる。

 ラピスの方も言葉にしているほど、ロキンを疎ましく思っているわけではないようだ。

 二人のじゃれ合いは傍から見ていた実に愛らしい。


「今回の件、あんたたちはどこまで女王様から聞いてるの?」


「最近、魔獣が活性化している原因の調査としか」


「そうなのね」


 ロキンがじゃれついて足止めしてくれたお陰で、シラーフェとサクマも無事にラピスに追いつくことができた。

 抵抗することを諦めたらしいラピスは理知的な表情を見せる。

 この短時間でも、様々な一面を見せる不思議な人だ。ころころ表情が変わるとも違う独特の切り替えだ。


「……魔物化しているわけではないのだな」


「ああ、ドワーフの国だとかで問題になってるヤツね。こっちでは今んとこ、確認されてないわよ」


 魔物化した魔獣の話はアルベ王を通じて諸外国に伝えられる。

 シャトリーネにも当然伝えられており、ラピスが知っていてもおかしくはない。


 纏うマナから察するにラピスはかなり格の高い精霊だ。シラーフェとサクマ、他国の貴人の案内役を任されているくらいだから、シャトリーネからの信頼も厚いのだろう。


 信頼できるラピスの返答にシラーフェは神妙な面持ちで頷く。

 まだカザード付近でしか確認されていないのかもしれない。そういえばシラーフェがここに来るに至った原因となったものは魔物化した魔獣だったのだろうか。


「なあ、魔物と魔獣って同じもんじゃねえのか? 違うのか?」


 シラーフェとラピスの会話を、眉根を寄せて聞いていたサクマが問いかける。

 問われた二人の反応は同じ色でありながら対照的だ。シラーフェはわずかに目を見開き、ラピスは甲高い声をあげる。


「これぐらい常識よ! 勇者なら知って然るべきでしょうに」


「そう言われたって……同じもんってのがルチーナの話で…」


「選ばれなかった方の聖女ね。そう、つまりはそういうこと。ルーケサらしいわね」


 ラピスの呟きはシラーフェの理解の外だ。ライのことを知っていたのもそうだが、彼女は海の外のことも幅広く把握しているようだ。

 ルーケサの聖女は、聖王の血を引く女性の中から相応しき者をエーテルアニス神が選ぶという話だ。


 今代の聖女はリナリア・マルティーナ。リラックの花畑で、シラーフェが出会った少女である。


 サクマがたびたび口にするルチーナという人物も聖王の血族だったとは、知らなかった。

 リナリアが聖女となったが故に選ばれなかった方の聖女という単純な話ではないのだろう。ラピスの呼称には妙な含みがあった。


「魔獣と魔物は似て非なるものよ。シラン、説明してあげなさい」


 考え込んでいたシラーフェは突然水を向けられ、瞬きをする。ふんぞり返るラピスに頷き、口を開く。


「……魔獣はマナを含んだ生物が変異したものだ。マナが豊富な場所に多く生息する。扱いはそこらの獣とそう変わらない。魔法が使える分、警戒する必要ある程度なものだ」


 変異体というだけで魔獣の生態は元になった獣とそう変わらない。

 一部例外はあるものの、こちらが干渉しない限り、人を襲うことは稀だ。魔獣と共生している地域も少なく飼育する者もいるくらいだ。


「魔物は生物を人為的に変異させたものだ。無理に変異させたせいか、凶暴性が増し、人を襲うこともある。故に討伐対象とされていることが多い」


 ギルドにおいて、討伐依頼が出されているのは魔物がほとんどである。

 対して魔獣は素材最終の延長線上での討伐依頼が多い。この辺りの違いは話に聞くだけのシラーフェよりも、実際に冒険者として活動しているサクマの方が実感として知っているだろう。


「魔物は体のどこかに魔石が嵌め込まれている。一番分かりやすい違いだな」


「ちょっと! 一番肝心な部分を説明し忘れてるわよ。そーゆーの、優しさじゃなくて甘さって言うの!」


 魔物について説明するにあたって、シラーフェはあえて除外した情報がある。

 人為的に変異させた存在についての情報だ。魔物を生み出しているのはサクマが、今身を置いているルーケサ聖王国である。


 それを知らぬのであれば、わざわざ不審を煽ることはしたくない。

 そんなシラーフェの考えを見抜くラピスが鋭い言葉を浴びせる。


「魔物を作ってるのはルーケサよ。当然、似非聖女もそのことを知っていて、あえて同じだと言ったの」


 ルチーナという人物の嘘すらも指摘するラピスに、シラーフェは赤目に険を乗せて見た。

 その真意が分からない状況で、不和を生み出すことを必要はあるのか、と。

 非難する視線を受けても、ラピスは気にも留めず、言葉を重ねる。


「そのことをきちんと考えなさい。傀儡になるにしても、自ら選んでなりなさい」


「いや、傀儡になるのはまずいだろ……」


「別に自ら選んでそうなってんなら、本人の自由でしょ。外野がとやかく言うことじゃないわ」


 表情を曇らせながらも、冗談めいた返しをするサクマに対して、ラピスは独特の感性で返す。


「正直、上がどうなろうとも興味はないわ。私には関係のないことだもの。でも、言わないでおくのも性に合わないの。いいこと、よく覚えておきなさい!」


 ラピスはサクマの真正面に立ち、鋭く指をさした距離が近すぎるがゆえにラピスの指先はサクマの鼻に触れている。


「ルーケサは恐ろしい国よ。見えているものが真実と思わないようになさい」


「分かった。……ちゃんと覚えとく」


 ラピスの勢いに気圧されつつも、サクマが頷く。

 その返事に満足したらしいラピスはすぐに身を翻し、先に急ぐ。


 話で落ちた速度に取り戻さんと速くなる泳ぎに、シラーフェたちは慌てて追いかける。

 その間、シラーフェは横目でサクマの様子を窺う。理知的な光を瞳を宿し、考え込んでいる風情である。

 何か声をかけるべきかと逡巡しつつも、適切な言葉が思いつかない。


「わりぃ、シラン。ちょっと一人で考えさせてくれ」


 静かな声に首肯して泳ぐ速度をあげる。


「サクマのことを任せる」


 役割が与えられたのが嬉しいのか、二つ返事に引き受けてサクマの傍に泳ぎ行く。

 考え事の邪魔をしてしまわないかと一瞬不安が過ぎる。流石のロキンも、大人しくすべき場は分かっているようで、つかず離れずの距離でサクマのことを見守っている。


 言葉通りにサクマのことはロキンに任せるにして、シラーフェは先を進むラピスの背を追う。

 速度をあげて、ラピスの隣に立つ。ラピスは一瞥を寄越しただけで、変わらず進む。


「言っとくけど、さっきのこと訂正する気はないわよ。間違ったこと言ったつもりはないもの」


「ルーケサが警戒すべき国であることは俺も理解している。ただ、仲間内で不和が生じる言い方は……」


「あんたねえ、言ったでしょ。甘さは優しさは違うって。下手に隠して膿んでみなさいよ、不和がどうのなんて言ってられなくなるわよ」


 遠慮のなさには自儘というより、多くを知る故の厳しさを感じられた。

 狭い世界しか知らないシラーフェは反論する言葉を持たない。シラーフェの優しさは甘さであると自覚できる部分もあった。


 小さな体ながら、ラピスはシラーフェよりも遥かに長い時間を生きている。

 見てきたものも、重ねた経験もシラーフェは遠く及ばない。


「大体あんたにとっても、勇者が傀儡になっちゃあ、都合が悪いでしょ」


「それはどういう……」


「あんたの目的のためにも、ルーケサと勇者が別じゃなきゃ困るって話!」


 図星を突かれた気分でシラーフェは息を呑んだ。無意識にその胸に触れた。


「何よ、その顔。気付かれないとでも思ってたの? そこまで鈍くはないわよ」


 精霊は肉体ではなく、魂で他者を認識する。


 ラピスほど格の高い精霊であれば、シラーフェの身の内に潜む〈復讐(フリュズ)の種〉だけではなく、二つを繋ぐ縛魂の魔法まで見えていてもおかしくない。

 そこまで見抜かれてしまっていえは、シラーフェの目的まで推測されても不思議じゃなかった。


「あんたって意外と顔に出やすいわね」


 あまり言われることのない評価に目を丸くする。

 表情が読みにくいとはよく言われるが、その逆は初めてかもしれない。

 感情を表に出すことが苦手な自覚はあり、シラーフェの微かな表情変化も読み解けるのはユニスやライ、近しい間柄の者であった。


「そんな心配そうな顔をしなくても、止める気はないわよ」


 目を丸くしたままで、シラーフェはラピスを見る。ラピスの方はこちらを見ることはなく、真っ直ぐ前を見据えている。


「その目的はあんたが自分で考えて、自分で決めたものでしょ。だったら他人がとやかく言うことじゃないってあたしは思うわ。あんたの人生の舵取りをするものはあんたであるべきでしょ」


 サクマへの助言もそうだが、それがラピスの基本理念なのだろう。

 他者が介入し、無理に選択を捻じ曲げることを良しとしない。


「まあ、あんたの場合、心配はいらないでしょうけど」


「どういう意味だ?」


「あんたは他人に流されて意見をころころ変えないってこと。一度決めたら絶対に自分を曲げない頑固者ってこと」


 自覚はあるので何も言えなかった。

 シラーフェは自分の目的を果たした先で、親しい者たちを悲しませてしまうことを理解していた。

 ライからも遠回しに考えを改めるよう言われている。けれど、シラーフェの中に目的を諦めるという選択肢が現れることはなかった。


 この先、何が起ころうとも、誰に何を言われたとしても、シラーフェは目的を果たすと決めている。


 〈復讐(フリュズ)の種〉をこの世から消滅させて、その先で魔族と人族が分かり合う世界を。

 今はシラーフェが死ぬことでしか実現させられない願いを必ず叶えると。


「肯定してあげる、あんたの願いを。あんた自身で選び続けている限り」


「それは……心強い話だな」


 ラピスは味方してくれるわけではないのだろう。ただ肯定してくれる存在がいてくれる事実に救われている心もある。


「ととっ、話はここまで。そろそろ目的の場所についたわよ」


 そう言ってラピスは立ち止まる。その先では妙なマナの鼓動が蠢いていた。

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