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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第3章
43/86

43「異世界の勇者」

 意識が明確な形を成すとともに瞼を持ち上げ、まだ朧気な意識の中で傍らにいるはずの従者の姿を探す。

 目覚めたとき、必ず傍らにいる従者を探して、彷徨う瞳が岩壁を映し出し、我に返る。


 息を呑むとともに覚醒した意識に焦燥を乗せて、起き上がり周囲を見渡す。剣の柄に触れ、いつでも抜ける心づもりで警戒を巡らせた。その視界に精霊が主張するように舞う。


「お前たちが見張ってくれていたのか?」


 いつ魔獣は魔物がお襲われるともしれない場所で無用心にも眠りこけていたシラーフェの代わりに、精霊たちが見張りをしていてくれたらしい。感謝の代わりにマナを放出して応える。

 

 精霊たちがシラーフェの気を含んだマナを食む精霊を他所に眠る少年の方へ歩み寄る。

 怪我のこともあって、消耗が激しくまだ目覚める気配はない。


「傷は塞がったようだな」


 血止めのためにつけていたループタイを外すとともに傷の具合を確認する。

 治癒魔法のお陰で、傷は塞がり、傷跡が残るのみとなっている。


「顔色に戻ったか。目覚めるまで、そう時間はかからぬかもしれないな」


 驚くべき回復力だと感嘆する。勇者というだけあって、やはり何かしらの加護も受けているのだろう。

 この場所は安全だ。シラーフェが頼めば、数匹の精霊が護衛として残ってくれる。


 眠る少年を置いて、このまま立ち去るべきなのかもしれないとふと考える。

 もう命の危険はない。放置することに罪悪感があるなら、水精の女王に彼のことを進言すればいい。

 洞窟のことも含めて話せば、すぐに動いてくれるはずだ。


「勇者と長くいるべきではないことは理解している。だが……」


 アンフェルディア王族と勇者がともにいるべきではないことは重々承知している。

 人族との距離感に関して、ライからも忠告されている。王族としての正しい判断を理解していても、シラーフェの求めるものは別にある。


「話してみたいと思ってしまったんだ」


 許されない言い訳を零して、留まることを決断する。

 自身の胸に触れ、あれ以来静かすぎる〈復讐(フリュズ)の種〉の大人しくしてくれることを祈りながら。


「勇者などと言っても、こうして眠っている姿は普通の少年と変わりないな」


 規則正しい寝息を立てる姿は年相応で、勇者などという肩書きを思っているとは思えない。

 特別な存在には見えない素朴な姿がシラーフェに先程の決断を齎したのだろう。


 親近感があった。似ていると思ったのだ、自分と。

 突然、重いものを課せられた身で、劇的に変わった自分の立場にどう向き合っているのか。それを知りたい。


 そこまで考え、シラーフェは思考を切り替えるために視線を向けた先に少年が腰に佩く健が目に入る。

 一般冒険者と代わりない装備の中で、剣だけが異質な存在感も放っている。


「これが聖剣アスペンテリコスか」


 いづれ、シラーフェを討つことになる剣。

 惹かれるように手を伸ばした指先がその鞘に触れる。瞬間、微かな痛みが走った。


 刹那的な鋭い痛みは剣からの拒絶だろうか。

 勇者の使う聖剣は選ばれた者しか使えない、というのは本で得た知識だ。魔族の身が触れられるわけがないと自嘲気味に笑んで、手を引っ込める。


「……っ…ん」


 聖剣が与えた衝撃が少年の方にも伝わっていたようで、微かな声が漏れ聞こえた。

 指先が震え、瞼が震える。起こしてしまったらしいと咄嗟に距離を取る。


 自身に認識阻害の魔法だ。町歩きの際にいつもかけているものに、髪色と角の色が違って見える魔法を加える。魔族の王族の特徴である白い髪と黒い角を隠すためだ。

 勇者ともなれば、敵対している種族の長の特徴を教えられている種族の長の特徴を教えられているはずだ。


 流石に王族の姿を晒すのは問題があると、髪は薄い紫に、角は灰色に見えるように調整した。

 あまりに違う色に染めるのは無理が出やすいので、元の色から調整した語りだ。


「目覚めたか」


 飽くまで平静を装って声をかけた。

 距離を取った場所に腰を落ち着け、同じだけの心の距離を意識する。

 声に驚く少年は反射的に身を起こして、シラーフェの方を見た。


「……っ…あんたは?」


「傷は治したが、体力まで戻ったわけではない。今は寝ていろ」


「あんたが治してくれたのか?」


「俺が治したわけではない」


 怪訝な表情を見せる少年に、周りに見るように促す。

 気儘に浮遊していた水の精霊たちは二人の視線を受け、己の存在を主張するように明滅しながら美しく舞う。

 シラーフェにとっては見慣れたものでも、少年は初めてのようで感嘆の吐息を零す。


「すげぇ……こんなことに精霊がいんの初めて見た! あんんた、精霊術師なのか?」


 寝ていると言う言葉を他所に、完全に起き上がった少年が興奮気味に問いかける。

 取った距離を瞬時に詰める勢いに驚きながらも、平静に努める。


「俺は精霊術師ではない。そも、これほどの数と契約できる者などおらぬだろうよ」


 精霊術師とは精霊と契約して、魔法を行使する者のことだ。

 本来、魔族と精霊族にしか使えない魔法を、他の種族も扱えるようになる。


 もっとも種族単位で適性のあるエルフを除けば、精霊術師の適性はかなり稀有なものだ。

 複数の精霊と契約できる者はさらに限られ、この洞窟内にいる数の精霊と契約できる者はいない。


「俺は精霊たちに頼んだだけだ」


「頼んで聞いてもらえるもんなのか? 精霊は気難しいってルチーナが……ってわりっ、聞いてばっかじゃ失礼だよな」


 身を乗り出さんばかりの勢いで問いを重ねる少年はそっと引き下がる。


「俺はサクマ。サクマ・ナオエだ。サクマって呼んでくれ」


「俺は……」


 少年、サクマに応えて名乗り返そうとした口が止まる。

 本名を名乗ってはわざわざ認識阻害をかけた意味がなくなる。この魔法は正体を知られた者に対しては効果を失う。かと言って、シラーフェにはライが市井で使っている「リオン」のような偽名をも持っていない。


 中途で言葉を止めたシラーフェをサクマが不思議そうに見ている。

 これ以上時間を使っても、不審を募らせるだけだと息を吸う。


「俺はシランだ」


 咄嗟に口をついたのは、かつて友人の少女が呼んでいた名だ。

 もう呼ばれることのない思っていた名がこんな場で、役に立つとは思わなかった。


「シランさん、助けてくれてありがとうございます」


「ただの通りがかりだ。礼を言われるようなことはしていない。……それとシランでいい。敬語も不要だ」


「じゃあ、シラン。さっきの質問だけどさ、精霊術師じゃなくても、精霊が頼みを聞いてくれることがあるのか?」


 互いに名乗り合い知らぬ仲になったからか、呼び捨てで構わないと言ったからか、先程よりも近い距離で問いかけられる。その距離の詰め方はライとも、マレイネとも違う。

 人懐っこいというより世間知らずの無警戒を思わせる距離の詰め方である。


「精霊も意思ある存在だ。礼を持って頼めば、応じてくれるのは他の種族と変わらぬ」


 精霊は他者を魂で見ると言われており、応じてくれるかはその者の魂による。

 それ故、気難しいと言われている。形だけの礼では通じず、邪な心を宿した願いすげなくされる。


「俺は種族柄、精霊と近しいというのもあるだろうが」


 紡いだ言葉には、仄かな緊張が宿っていた。親しげに話しかけているところを見るに、サクマはシラーフェが魔族であることに気付いていない。

 薄暗い空間で、角度的なこともあって角が見えていないのだろう。


 指摘しないままでもよかった。そうすれば、今しばらくは変わらぬ距離で会話を交わすことができた。

 一時だけでも、望んだ関係性を築いたかもしれない。でも、それは不誠実な関係だ。

 後ろ暗いものを抱え、自分に不利な情報を伏せた状態で、築いた関係は偽物だ。シラーフェの求めたものではない。


「シランの種族ってなんなんだ?」


 染まりきっていない瞳が、今まで重ねてきた問いと変わらぬ調子で疑問符をぶつけてくる。

 自分が導いた問いだ。向けられる瞳の色が変わる未来で覚悟して口を開く。


「俺は魔族だ」


「魔族……っ」


 サクマは目を見開いて、息を呑む。

 当然の反応だ。ルーケサ聖王国の勇者として収集されたサクマには、何よりも先に魔族の恐ろしさを教えられているはずだ。ティフルが幼い頃から繰り返し言い聞かされてきたように。


 人は持っている情報でのみ、物事を判断する。

 異世界から召喚され、聖国でのみ過ごしてきたサクマの思考は、ルーケサの知識で染められている。

 その瞳に恐怖や嫌悪が宿るのも無理のない話だ。


「魔族か! 初めて見た。ルーケサじゃ、見かけることねえからさ」


 見開いた目が変わらぬ光が宿っている事実に、呆気に取られて見つめる。

 彼は魔族について知らされていないのだろうか。それとも――赤髪の少女が脳裏に過ぎり、秘めた想いが震える。


「ルーケサで亜人種を見ること自体、珍しかろうよ」


 実際ルーケサにも亜人種――魔族はいる。奴隷として、ではあるが。

 サクマの反応を見るにそういった裏の部分までは見せていないのだろう。

 飽くまでルーケサは正義側の存在として見せているのだ。それにしては魔族を悪と伝えていないのは不自然である。


「獣人とか、エルフとかは冒険者やってるときに見かけることもあったけど、魔族は話に聞くだけだったからさー。人族とあんま変わんねぇのな……あ、それが角か?」


 変わらぬ距離感で接するサクマは、戸惑うシラーフェにまるで気付いていない様子であった。彼は興味津々にシラーフェの角を覗き込む。

 認識阻害は問題なく働いているはずだが、反射的に身を固くする。

 平静になれない状況が重なる中で、多少のほころびがあるのでは、と不安が過ぎる。


「かっけぇな……あ、勝手に触ったりはしねぇから」


「いや、多少ならば問題ない」


 カザードで散々、ケイトに触られていたので、今更強い抵抗感はない。

 サクマの態度に悪いものも感じず、少しだけならとわずかに頭を下げる。


「い、いいのか……?」


 流石に躊躇があるのか、サクマは恐る恐るといった風情である。

 躊躇を持たず、触るケイトの方がおかしいのである。サクマの手はゆっくりと伸ばされ、角の先に触れる。


「うあっ、すげえ。思ってたよりつるつるしてんのな」


「魔族の角の感触は個人差がある」


 魔族の角は形、色はもちろん手触りが人によって違うのである。

 必ずしも遺伝するというわけではなく、黒という縛りがあるくらいで、王族の中でも形や手触りは様々だ。


 どれがいいということもなく、角の良し悪しは好みによる。市井では好みの流行があり、それに合わせて角の装飾が多く出回っている。

 ライが好んでつけている角飾りは流行に合わせてころころ変わり、シラーフェはそれを見て流行を知ることが多い。町歩きはしても、同年代との関わりが薄いので基本的に流行には疎い。


「……魔族が恐ろしくないのか?」


 興味津々に角を見るサクマに、魔族に対する特別な想いを持っていないように見える。

 ただ未知を楽しむ姿に思わず問いが口をついた。


「恐ろしいって? シランは悪いヤツじゃないだろ。オレのこと、助けてくれたしさ」


「そうではない。魔族は恐ろしい存在だと聖国の者に教えられているだろう?」


 あまりにも想定とは違うサクマの反応に問いを重ねる。


 これではまるでシラーフェがサクマに恐れられることを望んでいるようである。

 あるいはシラーフェが己に定めた役目を思えば、そちらの方がいいのかもしれない。しかし、シラーフェの心の内はサクマと友人になることを望んでいる。


「あー、まあ、いろいろ言われてるちゃあ、言われてるけどよ、正直よく分かんねえんだよな」


 頭を掻きながら、サクマは答える。どうやら何も知らされていないわけではないらしい。

 となると魔族について教えられていながら、あの態度だったわけだ。


「こっちに来てばっかであれしろ、これしろって言われてもなー。ただえさえ、混乱してんのによ」


 サクマはまるで違う世界から来た状況だ。

 サクマを始めて見たとき、こちらに来て、まだまだ間もない様子であった。あれから数ヵ月変わった常識をすべて身にするには短い時間だ。見た目こそ馴染んでも、中身までそうとはいかない。


 サクマの中には元の世界で十数年を培った常識や考えがある。それにたった数ヵ月で変えるのは難しい。

 盲点だった事実を指摘され、シラーフェは見張った目でサクマを見る。


「元々勉強とか苦手なんだよ。話で聞くより、見て回った方が早いだろ」


 あれこれ思考を回すよりも先に行動することを好む性格らしい。シラーフェとは真逆とも言える。


「勇者だなんだって、国のために戦えって言われても、俺はただの高校生だし、『はい、そうですか』にはなんねえよ。自分の行動にはちゃんと責任を持ちたい。言われたまんまで行動したくねえ」


 シラーフェは異世界から来て間もないサクマを無垢な存在として見ていた。

 この世界に染まっていない。赤子のように綺麗な存在。そんなはずがなかった。

 染まっていないことは白紙とは違う。サクマには元の世界で幾重にも塗り重ねられた色があった。


「……この世界でも後悔はしたくねぇよ」


 暗く重みを宿した声音に、サクマが元の世界で重ねた色を見た。

 白を塗り潰すのではない。幾重にも染められた色の上に、この世界での知識や経験を色として重ねるのだ。


「国とかよく分かんねえけど、でっかいもんを背負うんなら余計そうだろ?」

あけましておめでとうございます

本年も今作をよろしくお願いいたします

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