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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第3章
41/86

41「落水」

 アンフェルディアの騎士たちは優秀だ。同行している騎士たちはカザード滞在中に戦闘指南を受ける生真面目な者ばかりで、その分、成長も早い。

 ライとしては、その向上心を信用して魔物の対処を任せたいところだが。


「魔獣を魔物化させている者が我々を追って来たのでしょうか?」


「あるいは複数人の犯行か。ここまで絡まれちゃ、無関係とは思えねぇよなあ」


 旅に出ることの多いライではあるが、ここまで魔物に邪魔されたのは初めてだ。


 しかもこの道はリトが魔物と遭遇率が低いと選んだものだ。あのリトに嘘を吐いて嵌めるだけの演技力はないので、わざと魔物が多い道を選んだとは思えない。

 仮にそうだったとしても、基本的に他者を信じやすいシラーフェやソフィヤならともかく、ライならば容易く見抜ける。


「ちょっくらオレとソフィヤちゃんで見て来るわ。シフィは中で待ってな」


「でしたら、俺も……」


「エマリちゃんを連れてくわけにはいかないだろ。ユニス、シフィたちのこと頼むぜ」


 エマリのことを出されては引き下がるしかないシラーフェと、傍で一礼するユニスを確認して馬車の外に出た。


 警戒は怠らない。しかし、警戒していると周囲に悟らせない軽さを持って、馬車の外の状況を確認する。

 馬車の外では、騎士たちが魔物と交戦している。ここからでは元魔獣かまでは分からない。


「状況は?」


「はっ。現在、前衛が押さえていますが、状況は芳しくなく……」


 苦い顔で答えるのはオディスである。優秀な騎士たちが揃って苦戦するとは、きな臭さが漂う。

 周囲に視線を走らせても怪しい人影は見受けられない。魔物化させた下手人が潜んでいるかもと考えたが、流石にすぐ気付ける場所には隠れてはいない。


 どうしたものか、と思考を回すライの足元に拳大の岩が転がってくる。

 一個、二個、三個。増えていく岩をなんとなく目で追っていれば、岩たちは蠢いた。

 それは岩を鎧として纏った鼠であった。額に嵌め込まれた魔石が瞬き、周囲のマナが揺らぐ。


「ライ様、おさがりくださいっ」


 一つに結われた灰色の髪で軌跡を描きながら、ソフィヤがライの前に躍り出る。

 強く地を踏むソフィヤはその足で地面を転がる鎧鼠を蹴り上げる。


「ひゅー、ソフィヤちゃん、かっこいい」


「茶化さないでください」


 揺らいだマナが作り出す礫の雨をすべて、ソフィヤはナイフで弾く。

 弾かれた礫は残らず、鎧鼠へと返される。生み出された勢いのまま弾かれた礫は、鎧鼠の肉を抉る。

 岩となっている部分を頑丈のようで、ソフィヤの返しは致命傷には至らない。


「本体じゃなくて影に叩き込んだ方がよかったんじゃねぇの?」


「うっ、それは自分も思ったのであまり言わないでください。……ドロテア」


 ライのツッコミにいつもの調子で返しながら、ソフィヤは土魔法で鎧鼠にとどめを刺す。

 絶命したことを確認し、ソフィヤは髪を揺らしながら振り返る。


「ライ様、あまり前に出ないでください。守りきれませんっ」


「悪い、悪い。いやあ、戦うソフィヤちゃんは相変わらずかっこかわいいねぇ」


 自身のなさが態度に表れているせいで、ソフィヤはあれでいて腕が立つ。

 そもそもそうでなければ、王族の影と言う重責は担えない。影人はみな、幼い頃から戦闘や礼儀作法、王族とともにあるために必要な教養を叩き込まれる。

 その中で特に優秀な者が「ツェル」の名を得て、王族の影の任につくのだ。


 かつて神童と言われていたライの影に、不出来な者が選出されるわけがない。ソフィヤには、その辺りをきちんと理解して、もっと自信を持ってほしいものだが、今はこの話は他所に置いておく。


「このままソフィヤちゃんの魅力を語り尽くしたいところだけど、今は魔物退治が優先――っとと」


 地面が大きく縦に揺れ、慣れない振動に体制を崩す。


「あれは、カバかね?」


 体長は四メートルほど。分厚い皮に覆われた四足歩行の猛獣。

 その口元からは鋭い牙が覗いており、あれに噛みつかれたらひとたまりもないと分かる。


 話に聞いたことのある姿から、その正体にあたりをつける。

 リトがケイトから、あらゆる生物の特徴を暇潰しに聞いて来た甲斐があった。

 見たところ、魔術で強化された分厚い皮に攻撃が通じず苦戦しているようだ。


「カバの皮膚は日光に弱いっつう話だけど、魔物相手じゃどこまで通じるか分かんねえな」


 魔獣にしろ、魔物にしろ、元に動物の特徴をそのまま引き継いでくれていたらいいが、そう上手くはいかない。

 大概、弱点が強化されているので、対峙する身としては面倒極まりない。

 カバの系譜にある魔物あるいは魔獣の話はあったかと記憶を掘り起こす。


「マシュヒッポだったか。全身に防御魔法に纏っているって言ってたかな」


 リトから聞いた魔獣の話を掘り起こして紡ぐ。


「ただ防御魔法には時間制限がある。五分以上は持続出来ねぇ、マナを集めるのに数秒かかる。その間に火魔法を叩き込むのが常道ってのがリトから聞いた話だぜ」


「貴重な情報、感謝いたします。後衛部隊、火魔法の準備を!」


 ライが与えた情報からオディスが他の騎士たちに指示を下す。


「ソフィヤちゃんも騎士たちを手伝ってやりな。影人の力なら防御魔法を貫通すんだろ」


「ライ様は?」


「オレはその辺を転がってるヤツを一掃するよ」


 騎士たちが苦戦しているもう一つの理由は、辺りを四方八方転がる鎧鼠がいるからだ。

 この道の側は崖となっている。崖の先は大河となっており、落ちたら上るのはまず不可能だ。


 馬車がすれ違うには充分な道幅でも、複数人が戦闘を行うには狭い。

 そんな中で、足を取るように転がる鎧鼠は非常に厄介だ。マシュヒッポが起こす縦揺れで、不安定な足元に転がってこられたら、すっころんで、運が悪ければ川に真っ逆さまだ。


 騎士たちの動きに慎重さが加わり、勢いが削がれてしまうのも無理はない。

 ならば、ライが地面を転がる厄介者を一掃してみせようと剣の柄に触れる。

 抜くのは刺突用の細い剣だ。指揮棒に似た剣を軽い調子で振るう。


「シュヴィトルス」


 唱え得た言葉に応えて、剣先から紫電が走る。

 文字通り瞬きの間に宙を泳ぐ紫電はいくつも枝分かれし、周辺にいる鎧鼠を残らず感電させる。

 一掃なんて言ったが、マナを節約した一撃では気絶が精々だ。


 まあ、戦闘が終わるまで目を覚ますことはないので問題はないだろう。

 走る紫電に合わせて、マシュヒッポの許へ駆けるソフィヤを見送りつつ、息を吐く。


「いないか」


 戦闘音に紛れて、ほとんど口の中で呟く。

 鎧鼠を気絶させた魔法の裏で、ライはもう一つ別の魔法を行使していた。


 周囲に微細な電気を走らせ、主変の生体反応を探る魔法である。

 二つの魔法を行使していたが故に気絶させる程度の出力しか出せなかった。片角を失ったライは一度で使える魔力――マナの量が限られている。


 神童と言われていた頃には際限なく使えていた魔法の複数行使も、魔力量を調達して二つが限界である。

 もちろん、大魔法を行使することももうできない。


 ともあれ、周辺を探るための魔法で得られた成果はなし。つまるところ、周辺に潜んでいる者はいないということだ。ライが気絶させた鎧鼠は魔物――リトから聞いたギュルフェゼンが該当する。


 しかし、マシュヒッポは魔獣である。魔獣の魔物化、ライが二度目となる事象。

 その下手人が周辺に潜んでいる可能性を考えて、馬車の外まで出てきたが、とライは小さく息を吐く。


「こりゃ面倒なことになったな」


 やはり戦闘音に紛れるように呟く。

 一つ、シラーフェにも、ソフィヤにも言っていない考えがライにはある。


 魔物化した魔獣と初めて遭遇したのはアンフェルディアからカザードに向かっている最中。

 その後、龍の谷へ向かうシラーフェが再度遭遇し、帰結につく今また遭遇した。

 数だけ言えば、たったの三度。ただ、シラーフェの旅路に必ず現れていると考えれば重みが違う。


 次期王に選ばれたシラーフェを狙う輩がいる。それだけではなく、急遽決まった龍の谷行きやリトの助言をもとに考えられた今回の道程に合わせられる者、その一番の候補は同行している騎士たちだ。

 平たく言えば、騎士の中に裏切り者がいるかもしれないということだ。

 戦闘中、騎士たちの動きを注視しているが、今のところ目欲しい人物はいない。


「今だ! 総員、撃て!」


 オディスの号令とともに、火の玉が次々とマシュヒッポに叩き込まれる。

 マシュヒッポは絶叫をあげ、再度防御魔法を展開しようとする。それを妨害するべく動くのはソフィヤだ。


 攻撃を後衛に譲り、後ろに下がる前衛の間を縫ってマシュヒッポの前に躍り出るソフィヤはそのナイフで目を貫く。

 絶叫と鮮血を残しながら、即座に後退してとどめに後衛を騎士たちへ譲る。


 怒涛の勢いで叩き込まれる火の玉。もうライの出る幕はなさそうだと、この先は騎士たちに任せるとして、馬車の方へ目を向ける。その先に真っ直ぐ落ちる影があった。

 頭上を眩いものが駆けた感覚に上を向き、瞠目した。


「待っ」


 思わず零れた制止の声も虚しく、空を駆ける火の玉が馬車に落ちる。

 ただの火の玉ではないようで、激しい爆発音が響いた。ライの考えを肯定するような一撃に、咄嗟に下手人の方へ目を向けるが個人を特定するには至らない。


 魔法の行使をしていたのは、後衛に配置された者たち。候補が絞れただけマシと切り替えて、視線を馬車の方へ戻す。


 状況は最悪とは言えないものの、時間の問題であった。

 火の玉は辛うじて馬車に直撃はしなかったらしい。が、その地面を穿ち、大きく崩すこととなっていた。


 今は辛うじて持ちこたえている状態だが、少しでも均衡が崩れれば、馬車ごと川へ真っ逆さまだ。

 その前に中にいる三人は救出しなければならない。


「ソフィヤ、馬車の影を止めろ!」


 影人ならば、影から対象を固定できる。馬車ほどの重量があるものを完全に止めることはできないだろうが、少しでも安定感が生まれればいい。その間に三人を救出する。

 遅れて事態に気付いたソフィヤが慌てて駆け寄る間もライは馬車を見ていた。


「シフィ……っ!」


 だから、黒いものが落下したことに誰よりも早く気付けた。

 馬車が均衡を崩し、大きく車体を揺らした瞬間であった。

 落ちるシラーフェの腕に抱いていたはずのエマリの姿はなく、馬車の均衡を保つために自ら落ちたのだと悟る。


 おそらくエマリはユニスに預けているのだろう。

 聞こえる水音に揺れる心を冷静さで塗り潰し、一呼吸で切り替える。


「オディス、力を貸せ! 中にいるエマリちゃんたちを救出する」


 ソフィヤを追う形で、オディスとともに馬車のもとへ駆ける。

 まずソフィヤが影を踏み、馬車を固定する。辛うじて、安定さを取り戻した馬車の中にライが踏み込み、中の状況を確認する。


 やはりシラーフェのいない馬車の中への感傷は他所に、ユニスへ手を伸ばす。

 馬車を刺激しないよう、慎重に動きながら受け渡しを行う。


 最後、川の方を見るユニスの腕を無理矢理掴んで引っ張り出す。

 男一人分の重さを受けてふらつきながら、なんとか馬車から出た。勢いがついていたこともあってソフィヤが影の固定を解除したと同時に馬車は川へと落ちていった。


「ユニス、お前、シフィを追いかけようとしたな?」


「……っ…申し訳ありません」


「川に飛び込んだところで、捜索対象が二人に増えるだけだ。……シフィを助けたいと思うなら冷静さを欠くな」


 最後の言葉は自分に言い聞かせる意味もあった。

 シラーフェが川に落ちた瞬間、ライもまたユニスと同じように自分も川に飛び込むことを考えた。


 しかし飛び込んで運良くシラーフェを見つけられたとしても、崖を上るのは難しい。

 冷静さを欠いた考えではまともな結果は得られない。急く心をそうやって説得した。


「シラーフェ様は。……大丈夫、だよね? しんっ、しんじゃったり、しないよね?」


「大丈夫だ、エマリちゃん。水ん中にいる精霊たちがシフィの手助けをしてくれる。シフィの気が精霊のお気に入りだって話しただろ?」


 涙で顔を汚したエマリの頭を投げながら言う。

 水精の女王の領域に近いこの川には通常よりも多く水の精霊がいるはずだ。

 シラーフェには精霊に愛されている。精霊たちはきっとシラーフェを生かしてくれる。


「オディス、被害は?」


「はっ、数名の負傷者は出ましたが、いずれも軽傷です」


 ライにはこの場を仕切る役目がある。普段は遠ざけている王族としての責任を引っ張り出し、こちらを見ている者たちを導く役割を担う。

 一度、川の方を一瞥してライは口を開く。


「俺たちはこのまま予定通り水洋都市へ向かう」


「ベルフィア様……!」


「落ち着けって。この辺の川は水精の女王の領域だ。水洋都市で協力を仰いだ方が速いし、確実だ」


 シラーフェのこととなると冷静さを欠く従者を宥めるように紡いだ。

 意識があれば、シラーフェも水精の女王へ、接触を図るはずだ。意識を失っていても、水の精霊たちが女王のもとへ導いてくれる。今はその可能性に賭けるしかない。

 シラーフェは死なない。あの種が忌まわしい先祖の思いがシラーフェを死なせはしないと。

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