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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第3章
39/86

39「作られた敵」

 シラーフェたちを乗せた馬車は水洋都市リントスに向けて、順調に歩を進めている。

 行きのときのように魔物に遭遇することもなく、龍の谷への道行きも含めて初めて穏やかな旅路と言えるだろう。

 すでにカザードの国境付近まで来ており、もう幾ばくかあれば、海が見えてくるだろう。


「いやあ、順調、順調。流石に帰りまで魔物に襲われたら堪らねえからな」


「リトが安全な道を教えてくれたこともあるでしょうね」


 水洋都市へ向かう道の中で、より安全な道をリトが教えていた。

 リトはカザードの全域の魔獣の分布を細部まで把握しており、その一端をオディスに教えた形だ。

 オディスがリトから貰った情報と、己と経験を交えたものが今回の旅程となっている。


 一つ、問題だったのが、リトの把握している生息地を外れて魔獣――魔物化した魔獣が現れることだ。

 龍の谷へ向かう道中に遭遇したティンガービーとオルソベーアという例がある。

 数度襲われた経験から広げた警戒網に今のところ引っ掛かるものはない。


「魔獣化させてるヤツもこっちまで来てねえってことかね」


「やはり、アンフェルディアとカザードの間に潜伏しているということでしょうか?」


 本来使うはずだった道が魔物の発生によって封鎖されている事実がその考えに至らせる。

 シラーフェが最初に魔物化した魔獣に遭遇したのも同じ道でのことだった。

 魔物は人為的に作られた存在であり、その発生には何者かが関わっている可能性が高い。他に魔物化した魔獣が確認されていない以上、件の道付近に潜伏していると考えるのが妥当だ。


「カザードの中に入っちまったら、冒険者のふりしちまえばいいだけだからな。おっさんも厳重態勢で捜索してるだろうが、簡単には見つからねえだろうな」


 冒険者や観光客が多く出入りしているカザードでは人族がいることも珍しくない。その中から下手人を見つけ出すことは難しい。

 なにせ、人族ということ以外の手掛かりがないのだ。単独なのか、複数人いるのかすら分からない状態だ。

 並行して情報収集を言っているが、結果は芳しくないようだ。


「ま、見つかっても尻尾切りされるだけだろうし、結局流すのが得策だろうさ。魔物が増えたくらカザードにとっちゃ大した痛手にはなんねぇからなー」


「そういえば、リトも珍しい素材が手に入るかも、と喜んでいましたね」


 冒険者の出入りが多いが故に人探しが難しい。が、冒険者が多くいるが上に魔物を討伐する人手には困らない。

 むしろ、魔獣の魔物化という希少な事象から生まれるかもしれない素材にドワーフたちは興味津々だ。ただでは転ばないたくましさは見習いたいものだ。


「噂じゃ、封鎖された道の魔物の討伐のために勇者が来るなんつー話もでてるくらいだしな。まあ、あっちは任せときゃ、早いうちに終息するだろうさ」


 ライは独自の情報網から勇者の同行を把握しているようだ。

 勇者、という単語を聞くたびに疼く胸の内の存在には気付かないふりをして口を開く。


「勇者は水洋都市の方にいると聞いていますが」


「そ。召喚されたてのとこ、経験を積むために各地を回ってるって話だ。今は水洋都市の辺りにいて、魔物発生の話を聞いて、カザートを目指してる……かもってな」


 軽い口調で語るライはにやついた表情で馬車の外を示す。


「案外すれ違ったりしてな」


 冗談めいたライは、勇者の存在を重く捉えていないことが窺える。

 魔族の王族として警戒するべき脅威としてではなく、有名人程度に認識に近い。


 シラーフェは脳裏に、一度目にした勇者の姿を描く。召喚されたばかりだと窺える、染まりきっていない初々しさを持っていた少年。

 あれから数か月の時が経ち、記憶にある姿よりも成長していることだろう。


 きっと彼女との仲も深まっている、そこまで考えて抱いた痛痒を忘れるように瞬きをする。

 流れた時間だけ、シラーフェの知らない時間があって、築かれた絆がある。諦念を抱くシラーフェに思い馳せる心は不要のものだ。


「シフィはやっぱ気になるか?」


「それは……はい。やはり……魔族として、俺の立場として、気にせずにはいられません」


 魔族であることもそうだが、シラーフェはアンフェルディアの次期王なのだ。

 旅の時間が終わり、アンフェルディアに帰れば、すぐに継承の準備が始まるだろう。

 一国の主となる者として、敵国の戦力には目を向けておかなければならない。


「そうか?」


 王としての考えを努めるシラーフェへ、一石を投じるようにライは問いかけた。

 複雑さを持たない赤目に見られ、思考が引き出される。内へと回っていた思考が外側へ、現実へと引っ張り出される。シラーフェは我に返った気分でライを見つめた。


「種族とか、立場とか、そりゃ一つの要因にはあるが、すべてじゃねえ。気にしなきゃなんねぇ理由が外側のもんだけなら、シフィが気にする必要はねぇよ」


 語るライの言葉に図星を突かれた気分だ。外側の理由をシラーフェは言い訳に使った。

 勇者が気になる内側の理由――決して口にしてはならない理由を隠すために。


 多分、ライはシラーフェが隠し事をしていることに気付いているのだろう。昔からこの兄は上手く言い表せない感情を容易く言い当てて、必要な言葉を与えてくれる。


「それこそ勇者の対策も、聖国への対策も、フィル兄やキラ兄が何年も前から準備してるだろうさ。オレらが今更右往左往したところで邪魔になるだけだ」


 病に臥せる父に代わって国政を担っているのが長兄のフィルと次兄のキラだ。

 優秀な兄二人は先々のことを見越した対策をいくつも取っていることだろう。ライの言う通りに、役目を与えられただけのシラーフェが突然口を出しても邪魔にしかならない。


「そういう面倒なのはそれが得意なヤツに任せて、シフィはシフィの得意なことをすりゃいい」


「俺の得意なこと……ですか?」


「そ。シフィは人の心を解すのが上手い。エマリちゃんのこともそうだし、龍族の二人のこともそうだろ?」


 そう言われても、シラーフェ自身には自覚がない。

 人の心を解すと言われれば、シラーフェよりもライの方が得意のように思える。


「ティフルちゃんのことも……あんな頑固な子を解すのはシフィくらいにしか無理だろうさ」


「ライ兄上にも、ですか?」


「俺のは技術だからな。ティフルちゃんみたいな子には見抜かれてただろうさ」


 そこまで言われてもシラーフェの中にはピンと来るものはない。

 そもそもシラーフェにはティフルに好かれている自覚もないのである。いつも機嫌を悪くさせてしまうので、むしろ嫌われているのではとすら思っている。

 人の感情の機微を聡いライが言うのだから、少しは好かれているのだろうか。


「……ライ兄上は人族のことをどうお思いなんですか?」


 ティフルのことを話すライには、魔族が持つ人族への差別意識は感じられなかった。

 忌むべき勇者を語る口調も軽い。そこだけ見れば、ライは多くの魔族と違い、人族に対して特別な感情を持っていないように思える。


 しかし龍の谷からカザードに戻ってすぐ、初対面となるティフルへ向けられたライの瞳には常とは違う光が宿っていた。

 シラーフェには読み取れなかった意味を、今、確かめたい。


「んー、強いて言うなら、面倒かねぇ」


 想定していたどれとも違う答えに眉を寄せる。

 良いとも、悪いとも違う答えを悩ましげに出したライは言葉を続ける。


「俺は人族に特別な感情はねえよ。長年の確執なんざ言われても、俺にゃピンとこねえしな」


 過去のことをいくら説明されても、今を生きる者としては現実味のないものである。

 実際に起こったことと言われても、経験したものでなければ他人事だ。


「オレのダチの中には人族も、それこそ聖国のヤツだっている。どいつもこいつも話の分かる良いヤツだよ」


 魔族にも良い人と悪い人がいるように、人族にも良い人と悪い人がいる。

 良い人となら、仲良くなれるとかつて少女が語り、シラーフェも同調して見た夢。

 魔族と人族が分かり合える世界をライは個人で実現しているのである。


 貴賤を問わず、種族を問わず、様々な人と仲良くなれるライだからこそできることだ。

 何十歩も先、シラーフェが理想と掲げる場所に立つライの表情は晴れやかとは程遠い。


「でも、オレは王族だからな。大手を振って仲良くすることはできねえ、それが面倒って話だ」


 ライは王族としての役目を放棄して自由に振る舞う放蕩王子として市井に知られている。が、自由に振る舞っている中でも、ライは王族としての立場を忘れることはない。

 自分の行いで兄たちを困らせるつもりはない、と以前言っていた。


「ティフルのときにも言ったろ。オレら、王族が人族と親しくすることを民は歓迎しねぇ」


「やはり……魔族と人族が友好を結ぶことは不可能なのでしょうか?」


 己の無力さを痛感し、一度は諦めた夢。諦念に委ねた理由は自身のことで、胸の内にはずっと消えずに残っていた夢。

 成長した彼女と再会し、〈復讐(フリュズ)の種〉を身に宿し、実際に人族の少女と触接言葉を交わした今、消えかけた炎が再度勢いを取り戻す感覚の中でライに問いかけた。


「個人で言えば、できないことはない。それこそ冒険者の中には魔族と人族のパーティが、珍しくはあっても複数存在してはいる。人族って一言で言っても、差別意識の薄い国もいるからな」


 ヒューテック領は、複数の人族の国で構成されている。その中でもっとも亜人種への差別意識が強いのがアンフェルディアの隣国であり、長い軋轢の中にあるルーケサ聖王国だ。

 宗教国家でもあるルーケサは異教徒すべて敵を見なし、亜人種を悪魔の使いと謳う。


 国に差別意識を育てられているルーケサとは違い、ヒューッテク領内には亜人種に友好的な国も存在する。

 領内で強い発言力を持つルーケサを意識して、公にアンフェルディアと交流する国はいないが、影ながらの交流を重ねる国も少なからずいる。


 隊商(キャラバン)などが分かりやすい例だ。隊商(キャラバン)として国の者を派遣し、情報や物資を供給し合っているという話だ。


「ただ国単位ではほぼ不可能だろうさ。どうしたって聖国の存在が邪魔をする」


 ルーケサは己の敵を排除するために手段を選ばない。勇者の召喚や魔物化の技術を占有しているルーケサを恐れて、己の国が目立って敵対する行為を避けるのである。

 結局、魔族と人族が分かり合える世界を作るにはルーケサの存在は切り離せない。


「アンフェルディアやルーケサが和解することは不可能なのでしょうか?」


「それは夢物語と称される類のもんだな」


「やはり長い歴史を覆すのは難しいと……」


「それもあるが、単純にそれが一番効率良く民を纏められるからってのが大きい」


 効率良く民を纏める、それはあまり褒められない表現である。

 ただ今はシラーフェの心情よりも、ライの言葉の続きを聞くことを優先させる。

 夢物語を夢物語で終わらせないために答えが必要だった。


「ざっくり言えば、共通の敵を用意してやった方が多数の意見を纏めやすい。一つの敵を倒すために協力して戦いましょうってな」


「それだけ聞けば、悪いことのようには思えませんが」


「それが都合良く作られた敵となれば話は変わってくる」


 発言力のある者、この場合は王家だろう。王家が敵を用意し、さもそれらしい理由を語れば、詳しい事情を知る立場にない民はそれを信じるしかなくなる。


「王家の発言力が強い国であればあるほど、民は思考を捨てて、与えられる情報に心酔する」


「そ。ルーケサは民の思考を操ることに長けた国だからな。ながーぁい時間をかけて染まった思考は簡単には覆らねぇ。始まりが忘れられるくらい長い年月なら尚更な」


 アンフェルディアとルーケサの敵対は神話の時代から始まっていると言われている。

 その真偽はともかく、それほど長い時間、両国の民は互いへの憎しみを育ててきたのだ。培われた歴史を、たかが一人の思いで覆すのは容易ではない。


「覆す方法はあるのしょうか……?」


「そりゃ簡単だ」


 湧き立つ思いに急かされるように問いを重ねるシラーフェへ、ライは大したことではないと語る。


「違う敵を用意してやればいい。人族と魔族を繋げたいなら、人族と魔族が共に立ち向かうに適した敵を用意すりゃあいいんだ」


「それは……」


「ま、そんな簡単に用意できたら、ここまで何百年前の確執を引き摺ってねえわな」


 笑うライの姿を見て惜しいと思った。広く俯瞰して物事を見て、その本質を見抜いて、的確な策を提供できる。

 それは上に立つ者として十二分すぎる素質である。

 角さえ折れていなければ、ライがその能力は多方面で発揮されていたことだろう。


 魔法の才だけではない。ライは角が折れたことで、出来損ないの烙印を押され、王族ながらその発言権を大きく落とすこととなった。

 人の良さから民たちから慕われようも、国政を担う貴族たちはライの存在を認めない。本当はこんなにも才に溢れた人だというのに。


「もし……」


 あの日、角が折れたのがシラーフェだったらよかったのに。

 決して口にできない思いを抱くシラーフェは、同じく胸に潜む存在を意識しながら口を開く。


「もし、共通の敵を用意できたならば……」


 幼い頃より抱き続けていた願いを、夢見てきた世界を実現することでできるのだろうか。

 簡単ではないとライが称するものを用意する心当たりが、シラーフェには一つだけあった。


 服の下、シラーフェの胸元で揺れる花を模した首飾りにそっと触れる。


 もしも、今代の勇者が未来を託すに足る人物ならば、選んでいいと思える。

 元よりシラーフェの実の内に潜む存在は現状、勇者の持つ聖剣でした滅せない。ならば、この身を悪と飾り立てるのも、一つの手であろう。


「シフィ、お前の優しさを自分に向けることも忘れるなよ」


 シラーフェの考えを悟ったのか、ライがそんな言葉をかける。

 図星を突かれた気分のシラーフェは、自分の表情が乏しいことを幸いと考える。ライのことだから、その乏しい表情の中でも、シラーフェの考えを読み取ってしまうのだろうが。

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