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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第2章
37/86

37「挨拶回り」

「それが新しい剣か」


 ミグフレッドの言葉を受けて、シラーフェは頷きとともに魔龍剣を鞘ごと腰から抜いた。


 『フェラク=グンドゥ』へ向かう道中のことだ。カザードに来た目時も無事に果たされ、数日後にアンフェルディアへ発つにあたって、挨拶に向かっているところである。

 龍族の二人、ミグフレッドとマレイネは途中で遭遇し、ちょうどいいからと同行することとなった。そして、冒頭の会話に至る。


 差し出された鞘を見るミグフレッドの青目には好奇心が乗る。その期待に応えるべく、シラーフェはその剣を少し抜いて、剣身をわずかに見せる。

 龍の谷から譲り受けた素材を使って作られた漆黒の剣身を、青目が真剣に見ている。


「良い剣だな」


「そうなんですか? 私には剣の良し悪しは分かりませんが……」


 ミグフレッドの横から覗き込むマレイネは純真に漆黒の剣を見つめる。


「とても綺麗な剣ですね」


「ん、私もそう思う。戦ってるときもきれいだった」


「そうなのね。見てみたい……とは思うけど、難しいかな。あと数日でアンフェルディアに帰るんですよね?」


 その数日も、長旅への準備に費やす必要があるので、手合わせをする余裕もない。

 今もなんとか調整して挨拶回りの時間を作っている状態だ。忙しい中、時間を作ってでも、カザードで世話になった人への挨拶は必要なことだと考えた。


「せっかく仲良くなったのにお別れなんて寂しいです」


「そうだな……一度くらい手合わせしておけばよかったかもしれないな。あんな強襲という形ではなく」


 龍族の二人が別れを惜しんでいる事実が、シラーフェは純粋に嬉しい。

 ほとんど自国から出ることのないシラーフェにとって、他種族と交互に深めることは貴重な経験であった。

 シラーフェは二人を好ましく思っており、二人もシラーフェをそのように思ってくれている事実がこの胸を擽る。


「いつ発つんだ?」


「予定では三日後、問題が起こっているようで、少しずれるかもしれないが」


「問題ですか?」


 ●●●


 それはシラーフェの剣ができて、すぐに話である。

 カザードでの目的を果たし、アンフェルディアへの旅程を話し合っていたときのことである。

 旅に慣れているライと騎士、カザードの道に精通しているリトを中心に話は進められていた。


「予定では行きと同じ道を使うはずだったのですが」


 そう口火を切ったのはオディスである。

 行きがそうであったように、旅程は旅慣れしている騎士たちの意見を中心に調整する予定である。

 そんな中、予想外のことが起こっていると苦々しい表情が語る。


「魔物の発生により、道が封鎖されているようで、急遽別の道を検討している最中です」


 急な魔物の発生という話で、脳裏を過ぎるのはエマリの故郷を襲った魔物のことである。

 カザードへ向かう道中の出来事ということもあり、現在起こっている魔物の発生と符合する。

 あのときの魔物はすべて倒したと思っていたが、討ち漏らしがあったが。


「我々が遭遇した魔物とは別物のようです。詳しくは調査中となりますが」


「道が封鎖されるってーと、ヤバイ魔物が出たか、ヤバイ数の魔物が出たかつーとこか?」


「その両方ってこともあんだろ。うちでもいろいろ調べてはいるぜ? 例の魔獣化も何件が確認されてるとこだしな」


「魔物化させてる輩がどこかに潜んでるってのもあるかもな」


 ライとリトが軽口のように交わす言葉は、内容をよく聞けば軽いものではないと分かる。


 カザードへ向かう道中、龍の谷へ向かう道中、シラーフェが遭遇した魔物化した魔獣。アルベの指示で、カザード国内を調査したところ、数件の目撃情報があがっているらしい。

 しかし、現在に至ってもまだ、魔物化させている下手人は見つかっていない。


「ティフルも詳しくは知らないという話だったか」


 魔物化はルーケサの所有する技術である。

 ルーケサ出身、それも龍の谷で暗躍していた立場であるティフルは貴重な情報源だ。本人も協力を惜しまない姿勢であり、情報提供を快く引き受けてくれている状態ではあるが、今回ばかりは話せることは何もないということだった。


 魔物化の技術はルーケサの中でも、中枢に関わる者しか分からないだとか。

 使い捨てとして扱われていたティフルに任務の裏まで伝えられていないのも当然といえば当然だ。


「ともかく今は帰りの道を考えんのが先だろ? こっちの道が使えねぇってなると……遠回りにはなるが、南に大きく下って、水洋都市を通る道にすんのが安牌だろうぜ」


「南? 北ではなく?」


 リトの言葉に胡乱げに返すのはオディスである。二人は机の上に広げられた地図を挟んで向かい合っている。

 カザード行きに向けて、周辺の地理を頭に入れただけのシラーフェは話を聞くに徹する。

 目の前の地図と照らし合わせながら、二人の言う道を脳内で描く。


「確かに距離でいったら北を回る方が近ぇ。ただ鉱山地帯で整備されていねぇ上に、今の時期は繁殖期の魔獣もいるからおすすめはしねえぜ? 安全を取るなら南が確実だな」


「なるほど……参考になります」


 頷くオディスの姿からは、最初の頃の険悪な空気はもう感じられない。龍の谷までの旅の道中で近付いた距離のまま、二人は旅程を相談している。


 旅慣れしているオディスであっても、やはり地元民であるところ、リトの意見は参考になることも多いらしい。

 浅学のシラーフェは二人の会話を脳内地図で描きながら、会話に耳を傾ける。


 オディスの言う北の道はカザードの北部を行くものだ。カザードの北部は鉱山地帯となっており、大規模な採掘場があるという話だ。距離で言えば近くも、険しい道を通る必要がある。

 その上、魔獣も多く潜む道というのはリトの言である。


「繁殖期狙いの冒険者もいるだろうし、魔獣の方はそこまで心配する必要はねえだろうが」


「逆に冒険者周りのごたごたに巻き込まれているかもしんねえ、と。わざわざ繁殖期を狙うようなヤツなんて、血気盛んな戦闘狂か、希少素材狙い金銭欲の権化か、ってところか?」


「そこまで言うつもりはねえよ! でもまあ、そういうこった。この時期は魔獣も冒険者も性質が悪いヤツが増えるから避けた方がいいっつうことだ」


 繁殖期になれば、魔獣は凶暴化する者が多い。

 普段は温厚な魔獣も繁殖期には人を襲うこともあるという。 


 極力刺激しないのが鉄則ではあるものの、繁殖期にしか手に入らない素材もあり、好んで討伐に向かう冒険者も少ない。

 危険度の高い以来な上、素材自体が高値で売れることもあって、金銭目的の、あまり好ましくない類の冒険者が増えるという話だ。


「つまり、南……水洋都市を通る道を選んだ方が得策ということか」


 リトの言う道は、水洋都市リントスを通る道だ。距離こそ離れているものの、安全性は行きの道と大きく変わらない。


「すいようとし、って?」


「海辺の都市だ。魚人族や水精が多く暮らしている」


 水洋都市は海を隣する都市、一つの国家と言ってもいいだろう。水精の女王の加護を受ける種族たちが暮らし土地というのは書物で得た知識だ。

 幼少の頃、一度だけ訪れたことのあるカザードと違い、水洋都市リントスは足を踏み入れたことのない土地だ。


「海っつう、でっかい湖があるところだぜ」


「おっきいの? どれくらい?」


「エマリちゃんが想像してる何倍もの大きさだぜ。果てが見えねぇくらいにな」


 訪れたことのあるらしいライの言葉にさしものエマリも訝しむ視線を送る。流石に大袈裟と思ったのだろう。


「本当に大きいんですよ。きっと見たらびっくりいますよ」」


「ん、ソフィヤが言うなら信じる」


 素直さを語るソフィヤの瞳を受けてようやく納得したエマリが頷く。

 素直な二人のやりとりを横目に「日頃の行いだな」と笑うリトにライが同じく笑い返すやりとりが行われていた。


 ●●●


「そんな話になっていたのか。必要ならば、スキーズニズルを起動しても構わない」


 予定していた道が使えなくなったミグフレッドがそう提案する。

 龍族の船が使えれば、道の問題が解決するどころか、予定の道を使うよりも大幅に時間を短縮することができるだろう。ミグフレッドの申し出は素直にありがたいものであった。


「申し出、感謝する。……だが、連発できるものではないとマレイネから聞いた。マナの濃度が高いわけではないカザードでは、船を編むのも難儀するだろう」


 本来、複数人で行使する術を一人で扱うミグフレッドにかかる負担はかなりのものだろう。

 便利に思えるものにはそれなりの代償が伴う。ミグフレッドとマレイネがすぐに龍の谷へ帰らないのも、観光という建前の裏で、ミグフレッドの回復を待っているからだという話だ。


 本人が話さずにいたことを教えてくれたのはマレイネである。彼女へ一瞥をくれた後、ミグフレッドは息を吐く。


「知られているのであれば、強がることもできないか」


「遠回りにはなるが、知らぬ土地を訪れると考えれば、悪いことではない。少し旅の時間が伸びるだけだ」


 知らない土地、聞いただけの話に期待を膨らませているのはエマリだけではない。

 本で知って以来、姿を見ることを密かに夢見ていたのだ。


「それにしても……みなさんがいなくなると寂しくなりますね」


「ん。私も……マレイネとはなれるのはさみしい」


 龍の谷から戻って以来、龍族二人と一緒に行動することが多かった。

 特にエマリはマレイネに懐いているので、離れがたい気持ちが強いのだろう。

 寂しそうな表情を見せるエマリを慰めるようにその顔を撫でる。


「落ち着いたら、一度アンフェルディアに招待しよう」


「ほんとですか⁉ 楽しみにしています!!」


 邪気を欠片も感じさせないマレイネの笑顔。自然と心を解す温かさを受ければ、シラーフェの口元にも笑みが乗る。

 頑ななミグフレッドの心を解した力は伊達ではないということか。


 アンフェルディアに帰ってすぐは、継承の儀やら何やらで忙しくなるだろうから、すぐにとはいかないだろうが、なるべく早く実現したいものだ。

 シラーフェも、このカザードで得た縁をなくしたくはない。


「――いらっしゃ……なんだ、貴方たちですかまた来たんですか?」


 営業用の笑顔を手早く不機嫌に変えたのは、店前で掃除していたティフルである。

 この一週間で、ティフルはすっかり店員として馴染んでいる。仕事の覚えも早く、よく気が付く出来た店員だとカリナも褒めていた。

 この調子なら、刑期も短くなるかもしれないという話だ。


 客の前では愛想よく笑顔を振り撒いている顔はいつも、シラーフェの前では仏頂面に変わる。

 あまり日をあけずに訪れていることもあって、うんざりした色を混ざっているようにも見える。


「そう頻繁に訪れるような場所ではないと思いますが、王族は気儘で羨ましい限りです」


「いや、今日は買い物をしに来たわけではないんだ」


「冷やかしなら余計にお引き取りいただきたいですね」


 掃除を再開させたティフルは目も合わせない態度で言葉を吐いた。

 ティフルのそんな態度にも慣れたもので、今更不快も不安もない。少しユニスの表情が険しくなるくらいだ。


「今日は挨拶に来たんだ。そろそろアンフェルディアに帰らねばならない」


 紡いだ言葉にはっとして、ティフルは逸らしていた瞳をシラーフェに向ける。

 それはまたすぐに下に向けられ、ティフルは何かを口の中で呟いた。他者へ聞かせる気のない言葉はシラーフェには届かない。

 再度、シラーフェの方に向けられた瞳は理知的な光を宿し、他人行儀な仮面が被せられる。


「店長は中にいます。ケイトさんも……今日はいるはずです」


「そうか、感謝する」


 素っ気ない態度を取られることよりも、堪える姿に心を揺らしながら、その横を通り過ぎる。

 果たして、店に入ってすぐにカリナの姿を見つける。カリナの方もシラーフェたちに気付いたようで、こちらに近付いてくるのが見えた。


「いらっしゃい、今日は何を見に来たんだい? ……と、どうやら違う用みたいだね」


 腰に佩いた剣が変わっていることに一早く気付いたカリナは表情を変える。

 流石、多種多様の人を相手に接客しているだけあって、細かな変化に気付くのが得意なようだ。


「流石、父さん。良い仕事をするねえ」


 剣身を見ずとも、剣の質は分かるようでカリナがしみじみと呟く。

 リトやケイトがそうであるように、カリナも父親譲りの優れた目を持っているらしい。

 前者の二人と違って、カリナのその目は接客の方に発揮されることの方が多いようだが。


「そうだね、流石父さん。もっとよく見せて」


 初めて会ったときがそうであるように、テーブルの下から姿を現したケイトが徐にシラーフェの剣へ手を伸ばす。

 その手に邪気がないことは知っているので、されるがままにする。


 事実、ケイトは遠慮なく手を伸ばしているようでその手付きは壊れ物を扱うごとくに繊細だ。

 近すぎる距離で魔龍剣を見るケイトはしばらくして満足したのか、顔をあげた。


「銘はなんて言うの?」


「魔龍剣アルスハイルムリフと」


「良い名前だね。龍の波動を感じるこの剣にぴったりだよ。それに君らしい名前だね」


 ケイトらしい独特の感性での褒め言葉である。龍の波動までは分かるが、君らしい――シラーフェらしいという言葉の意味が分からない。


「剣ができたってことは、そろそろアンフェルディアに発つんだろう? 今日はその挨拶といったところかい?」


「はい、お世話になった方々に挨拶を、と」


「まめだねえ」


 礼儀は手を抜いてはならないものだ、と幼い頃から兄たちに言い聞かせられてきた。

 尽くした礼はいつかシラーフェは返ってくる。他者への礼は自分のためになるものだと。


「またカザードに来たときはうちに来てくれ。割引きしてあげるよ」


「次、来るときまでにもっとも、もっともっといいものを用意しとくね。だから、また角を触らせて」


 二人の個性が強く出た言葉に感謝と苦笑を抱く。と、カリナが一つ瞬きをした。


「ティフルには挨拶したのかい?」


「先程少しだけ」


 端的な返答に、カリナは意味深く考え込み、口元をにやつかせる。

 リトによく似た顔で笑うカリナの、その意味が分からずシラーフェは首を傾げる。

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