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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第2章
33/88

33「植えられた場所で花を咲かす」

 二階の雰囲気は一階とはやや異なるものであった。規模こそ違うものの、一般的な武器屋と同じ様相であった一階に対して、二階は華やかな印象を受ける。男のシラーフェには少々縁遠い空気である。


「エマリちゃん、こっちです、こっち」


 手招きをするマレイネのもとへ、エマリが小走りで向かう。


 気付けば、エマリはマレイネにすっかり懐いているようだ。昨日、浴室で鉢合わせたときにたくさん話を聞かせてもらったと嬉しそうに話していた。

 小さな村から出ることのなかったエマリには龍族の話が新鮮だったらしい。


 マレイネが人懐っこい性格ということもあって、二人はすっかり仲良しだ。

 かなり年の離れた二人ではあるが、並んでアクセサリーを見ている姿は新しい友人のようだ。


「何度来ても、この階は居心地が悪いぜ」


「何言ってんだよ。女の子たちが買い物をしてる。それを見てるだけで最高だろうが! 目の保養、目の保養」


「確かに微笑ましい光景ですね」


「言っていることは同じなのに意味が違って聞こえんのが不思議だな」


 リトのぼやきの意味はシラーフェにはよくわからなかった。言い回しの違いにひっかりを覚えたのだろうか。


「せっかくだし、ソフィヤちゃんも一緒にアクセサリーを見てきたらどうだ?」


「いっ、いえ……自分にはああいうものは似合いませんよ。そういうのはリカとか、ティリオとか可愛らしい人のもので……」


「ソフィヤちゃんも充分かわいいって。ちょうどいい、ここでオレが証明してやんよ」


 そう言ってライは店の奥へソフィヤを引っ張っていく。それを目で追い、視線を戻そうとしたシラーフェは人影を感じて、そちらを見た。

 他の客か、店員か、なんとなく目を向けるだけの仕草シラーフェは思わぬ人の登場に目を丸くする。


 感じた人影は店員のものであった。そしてそれはシラーフェの知る人物であったのだ。

 色素の薄い髪を短く切り揃えた少女。昨日会ったときは違い、少女らしい装いに改めた彼女は変わらずの不機嫌な視線をこちらに注いでいる。


「騒がしいと思ったら貴方たちでしたか」


「ティフル、か」


 店の制服で身を包んだティフルは視線と同じく不機嫌な声をシラーフェに向けていた。

 彼女と会うのは謁見の間以来。昨日の今日、それほど時間が経っていないが、彼女の立場が立場だけに無事な姿を見ることができて安堵する。


「なんです? 人をじろじろと見て」


「いや……また会えてよかった。その姿もよく似合っている」


「は? 何を言っているんですか、貴方は……」


 顔を赤くして言い返すティフル。何か気分を損ねるようなことを言ってしまっただろうか。

 ルーケサで生まれた者として、やはり魔族のシラーフェは受け入れがたいのかもしれない。


 シラーフェとともにいるティフルはいつもどこか不機嫌に見える。親しくしたいというシラーフェの願いを果たすのはやはり難しいのだ。

 仄かな落胆を抱きながらも、ティフルの気持ちを尊重する想いで、離れた距離を意識する。


「処分はどうなった?」


「今ここにいるのがそうですよ」


 素っ気なく答えるティフルは己の首に触れた。指差すような仕草の先にあるおは無骨な首輪であった。

 デザイン性のかけらもなく、首輪は中央に無色の魔石を嵌め込んだ魔道具だ。シラーフェも幾度と目にしたことがある、奴隷を縛るための首輪である。

 この首輪をつけた者は、契約主の命令に逆らえなくなるという。


「お人好しなのは相変わらずですね。この首輪は幾分がマシな代物ですよ」


 首輪を見たシラーフェの表情が曇ったことを見咎めたティフルが息を吐いて言った。


「この、服従の首輪には種類があるんです。洗脳に近いものや命を奪うようなもの……その中でもこれは逆らえば痛みが走る程度のものですし、作動する条件も事前に設定されたもの限定です。犯罪者相手に優しすぎるくらいですよ」


「詳しいんだな」


「奴隷先進国みたいな場所で暮らしていましたからね」


 母国への思い入れを欠片も感じさせない、むしろ疎ましく思っているような語調でティフルはそう言った。

 ティフルはルーケサの報復のために“メルシーション”の名を名乗った。ライはそう言っていた。

 実際、冷え切った瞳のティフルからは自分が生まれ育った国への愛国心は感じられない。


「心配しなくても悪い環境ではありませんよ。むしろ……カザードの庇護下にある間、先生も僕をどうこうできないだろうし、好ましい状況と言えるでしょう」


「先生というのは?」


「僕が育った孤児院、メルシーション孤児院の神父です。僕に、ミズオルムでの任務を命じた人物です」


 もはや隠す理由もないと言うようにティフルは自身が置かれていた状況を掻い摘んで語った。

 曰く、メルシーション孤児院は身寄りのない子供を集めて、使い捨ての兵隊を作るための視線で合ったと。

 己の価値を示し、命の保障を得るために龍の谷ミズオルムでの任務に立候補したのだと。


「英断でしたね。お陰で僕は望んだ命の保障を得られているんですから」


 刑罰である以上、手放しに喜ぶことではないが、ティフルは今の状況に満足しているようであった。

 ティフルが描いていた中で、最良の形なのである。どんな形であれ、ティフルが望む形であればいいと思う。


「カザードでなら、ティフルは幸せでいられるか?」


 純粋な問いかけに、ティフルは唖然としてシラーフェを見ていた。

 不機嫌も何もかも抜け落ちた顔が大きく見開いた目をこちらに向けている。


「お人好しを通り越して脳内お花畑なんじゃないですかっ⁉」


 反射的に近い形で言い放った後、ティフルはシラーフェの背後を見て慌てて口を噤んだ。

 気になって振り返ってみても、いつも通りに澄まし顔のユニスがいるだけだ。


「何かおかしなことを言ったか?」


「おかしいと言えば、魔族が人族にそんな言葉をかけるのがおかしいですけど……」


「そうだろうか……。俺は関わった者がすべて幸せであればいいと思っている」


 心からの思いを口にすれば、ティフルは妙な顔をして大きく息を吐き出した。


「幸せになんて……僕は一度としてそんなもの考えたことがありません。無縁のものだと、僕には一生手に入らないものだと思っていましたので」


「それは……」


「同情してほしいわけじゃありません。僕は貴方の問いに答える言葉を持っていないと伝えたかっただけです」


 事実を口にしただけの端的な言葉。そこには言葉以上のものは込められていない。


 表情も平坦なもので、子供らしくない達観した印象を受ける。

 ティフルの人生が育てたのであろう年齢に似合わない振る舞いを、ティフルは特別楽観も悲観もしていない。ならば、シラーフェがそこに意味をつけるのは失礼であろう。


「ただ、ここでなら幸せというものに考える余裕くらいはあるでしょう」


 続けられた言葉に驚き、視線を向けた先でティフルはすぐに表情を変えた。常の不機嫌を宿した表情に。


「別に……貴方がどうのという話ではなく、暇潰しくらいにはなるという意味ですから! 勘違いしないでください」


「だーれが暇だって」


 仄かに顔を赤くして言い募るティフルの頭が後ろからはたかれる。

 ドワーフらしい小柄な身でありながら、父親を思わせる迫力を持った女性、カリナ・アウレが立っていた。

 店の主の登場にティフルは罰が悪そうに下を向く。


「ただの冗談だよ。そんな殊勝な態度をすることないさ」


 態度を一変させるティフルをカリナは豪快に笑い飛ばし、その背を叩く。かなり力が強いようで、ティフルは少しふらついている。なんとも活発な人のようだ。


 カリナはひとしきり笑った後、興味深そうにシラーフェの顔を覗き込んだ。

 妙な緊張感を抱きながらシラーフェは値踏みの視線を受ける。と、カリナの表情が和らいだ。


 表情が咲くという表現のまま、快活な笑顔を浮かべて笑声を大きく響かせる。

 カリナは意味深に、ティフルとシラーフェを順繰りに見て口を開く。


「どうだい、うちの店は?」


「素晴らしい店だ。品数もそうだが、質の良い品ばかりで目移りしてしまう」


「王族様にそう言ってもらえたら、うちの職人たちも喜ぶだろうさ」


「ここには専属の職人が?」


「ああ、この店は一階の奥と、ゴヴェズ宮の近くに工房を持っていてね。そこであたしとケイト――妹が選んだ優秀な職人が働いてる。うちはお抱えの職人が作ったものしか置いていないのさ」


 驚くべきことだ。質の良い商品をこれだけの品数揃えるのは、いくら優秀な職人を集めても簡単なことではないはずだ。

 小さな店ならいざ知らず、ここは一等地に居を構える人気店なのだ。

 質の良さだけではなく、品数だけではなく、両取りをしながらも、どちらも中途半端にはしない。その難しさ、裏でどれだけの苦労があったのか、シラーフェには想像すらできない。


「アタシも職人の一人なんだけどね、もっぱらこっちに立ってる方が多いね」


「鍛冶をしたいとは思わないのか?」


「そりゃしたいさ。アタシもドワーフだ。この身に流れるのは鍛冶師の血だ。ただ、こうして客と話している時間も好きなのさ。どちらかなんて選べない」


 前を見据えるカリナは己の今を後悔していないようだった。その瞳はむしろ輝きを放っている。

 知っている瞳だ。彼女の父が、弟が、シラーフェに見せた瞳と同じ。


「なにせ、ここに店を開くことがアタシの夢だからね。今の私の胸を満たすものでしかないのさ」


「その話を聞いて俺はいっそうこの店が好きになった。また、カザードを訪れることがあれば、寄らせてもらおう」


「お得意様になってくれるなら大歓迎だよ。ねえ、ティフル?」


「なんで、ここで僕に振るんですか?」


 しかめっ面のティフルにカリナは悪戯めいた表情を見せる。


「その理由を言ってもいいのかい?」


「どうせ、見当違いの理由でしょうからお好きに」


 素っ気なく答えるティフルを笑い飛ばすように、カリナはティフルの頭を掻き撫でる。

 嫌そうな表情を見せながらも、ティフルは振り払うことはしない。雇い主だからという理由だけではないことを、心から嫌がっているわけではない表情が語っている。

 良好な関係を築けていることに安堵し、温かい眼差しで見守る。


「シラーフェ様、見て」


 マレイネにアクセサリーをつけてもらったらしいエマリが駆けてくる。

 髪飾りに腕輪、耳飾りなど複数のアクセサリーで飾り付けたエマリがシラーフェの前ではにかむ。


「可愛いな」


 髪を崩してしまわないよう気をつけながら、エマリの頭を撫でる。

 嬉しそうに笑うエマリは傍にティフルがいることに気が付いて目を丸くする。


「そういえば、まだ紹介していなかったな。彼女は――」


「知ってる。ティフル、おうさまのところで聞いた」


 淡々と超えるエマリは何故か、一歩、シラーフェの方に歩み寄ってからティフルに向き直った。


「私はエマリ・フォシルス。シラーフェ様のじゅーしゃ。うらやましい?」


「何故、僕が貴方を羨まなければならないんですか⁉ 魔族に仕えるなんて死んでもごめんです」


「でも、シラーフェ様と一緒にいられる。なでてもらえる」


 ティフルの言葉が信じられないとでも言うように首を傾げるエマリ。


「気にしていないなら、いい」


 言って、エマリはシラーフェの袖を引く。


「シラーフェ様も来て。いっしょに見たい」


 幼い子供の力に引かれるままに、エマリの後ろをついていく。ティフルを振り返ったエマリは口角をあげる。

 得意げに鼻を鳴らす姿にティフルは表情を曇らせるが、背を向けるシラーフェには見えていない。

 たんっ、とティフルは感情に任せるように強く床を踏み、シラーフェの手を取った。


「僕はここの店員です。案内します」


「ん、べつにいらない」


「商品を説明する人が必要でしょう。貴方の身に着けているものも、ただのアクセサリーというわけではありません」


「そうなの?」


 ティフルを遠ざけようとしていたエマリはその言葉に目を丸くする。思わぬ反応にティフルは息を詰める。

 純粋無垢に宿す赤目に見られ、ティフルは気まずそうに目を逸らす。


「……ここにあるアクセサリーは特殊効果を付与させているものがほとんど、らしいです」


「とくしゅこうか? ふよ?」


「特別な力を持っているということだ」


 補足説明を聞きながら、エマリは嵌めた腕輪をじっと見つめる。

 銀の腕輪は細やかな細工が施され、小さな石がいくつもついている。微妙に色味の違う赤の石が交互についているのだ。


「その腕輪には火の魔石と火の精霊石が使われているようですね。火魔法の威力をあげるといったところでしょうか」


 同じくエマリの嵌めた腕輪をまじまじと見つめるティフルが淡々と分析を口にする。

 シラーフェにはまるで分からない石の違いを的確に当ててみせる。


「分かるのか?」


「術式を読み解く勉強をしてきましたから。僕は魔術の適性が高いわけではないので、他で価値を示すしかなかったんです。それが次の職場で行かせるのは重畳と言えるでしょう」


「それもだが、よく魔石の種類が分かったな。説明されても、俺にはどちらが魔石あのかすら分からない」


 色味や光り方の違いまでは見分けられても、どちらが魔石かまでは断定できない。

 魔石や精霊石を実際に目にしたことがあっても、知識となるには研鑽が必要だ。


「それは……昨夜覚えました。ここで働くのなら、必要なことでしたので、一先ず主要なものを中心に」


「当然と努力できるのがティフルの長所だな。だが、あまり無理をするな。今はもう独りで戦わなければならないというわけではないんだ」


「むっ、無理はしていません。きちんと睡眠もとりましたし……」


「そうか。ティフルは優秀なんだな」


 言って、頑張り屋の少女の頭を撫でる。ティフルは顔を赤く染めて、照れたように顔を俯ける。

 つい幼い子供として扱ってしまっているが、ティフルはネリスに近い年齢だ。子供扱いされることに羞恥心を覚えるのかもしれない。

 ネリスからよく子供扱いするな、と怒られていることを思い出し、自戒する。


「っ……そんなことよりも、アクセサリーを見るのでしょう?」


「ん……すなおになればいいのに」


 羞恥に突き動かされるように先へ進むティフル。その背に向けたエマリの呟きは、ティフルにも、シラーフェにも届かない。


「シラーフェ様、いこ」


 再度、手を引かれていくつも並べられたアクセサリーを見る。

 お洒落には疎いシラーフェには美しいものがたくさんある程度の意識しか湧かない。どれも細やかな細工が施されており、職人の拘りを感じさせる。


 知識はなくとも、美しいものを見ているのはそれだけで楽しいものだ。

 繊細なアクセサリーを一つ一つ見て回るシラーフェの目がふと止まる。


 それは淡い紫色の花を模した首飾りであった。シラーフェが初めて見た花畑、そこに咲いていた華を模したらしい首飾り。それが彼女の胸元を飾っている姿を夢想する。


 リラック、と。あの日の花の名前を教えてくれた少女のことを。

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