表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第2章
32/86

32「カザード観光」

「明日、特に予定がねぇならオレが案内してやるよ」


 そんなリトの申し出により、一夜明けた朝、シラーフェたちはそれなりの大所帯でゴヴェズ宮を後にした。

 町へ向かうのは、シラーフェ、エマリ、ユニス、ミグフレッドの五人と案内役のリト。そこに通りすがりのライとソフィヤが加わり、最終的には八人の集団が城下町へ足を向けることとなった。


 城下の賑やかさはどこの国も変わらない。馴染みのある喧騒は知っているものとは、少し違う音を奏でている。

 撫でる空気は似ていても、目に映る景色はまるで違い、多種多様の人々が行き交う様を新鮮な気持ちで見つめる。

 行き交う人々だけではない。見慣れないものがあちらこちらにあり、輝かせた瞳を惹かれるままに巡らせる。


「ガキが三人って感じだな」


 シラーフェと同様に目を輝かせて周囲を見るエマリとマレイネ。

 残りの面々が保護者を思わせる立ち位置で三人を見守っている。その中でライはそっとシラーフェの傍に歩み寄り、


「シフィ、はぐれたらいけねぇ。エマリちゃんの手を握っててやんな」


 耳打ちされたままにシラーフェはエマリの名を呼ぶ。大きな赤目がこちらを見上げる。


「手を」


「ん」


 短い言葉だけを交わして二人は手を繋ぐ。シラーフェの手の感触を確かめるエマリは、頬を仄かに染めてはにかむ。


「リト様っ、リト様、あれはなんですか?」


「あ? あー、あれはソフトクリームっつう菓子だ。異世界伝来のもんだよ」


 マレイネが指差す先では道行く人が見知らぬ菓子を食べている。

 円錐状の薄い生地の上に白いクリームが渦を巻くような形で乗っている。


 異世界人は召喚する術を持っているルーケサほどではないにせよ、異世界伝来のものは各地に残っている。異世界の技術を実現するに近いカザードには多く存在している。


「コーンっつう生地の上に冷やし固めた獣の乳を乗せたもんだ。食べてみるか?」


「食べたいですっ」


「ん」


 女子二人の希望により、先導するリトの足が屋台の方へ向かう。

 獣の乳を凍らせるという話から想定していたものとは違い、こじんまりとした屋台である。


 食べ物を冷やす魔道具はアンフェルディアにも伝わっているが、どれも場所を取る大きさのものばかりで、あんな小さな屋台に収まるとは思えない。

 ましてや、冷やすのではなく、凍らせるものならば、中の仕掛けよりも複雑になっているはずだ。


「おっ、リト坊か。夏季でもねぇのに来るなんて珍しいな」


「観光案内だよ。ちょっとこいつらにあれを使わせてやってくれ」


 店主と親しげに言葉を交わすリトは多めに共通金貨を渡す。多くの国で使える共通金貨は、外国客の多いカザードでは主流のものらしい。

 仕方ない、と肩を竦める店主は屋台の中に入るように視線で促す。


 戸惑うシラーフェを他所にリトが先に中へ入り、「早く入れ」と言わんばかりに手招きする。

 やはり戸惑ったまま、中へ入る。小さめの屋台は流石に八人もの人間が入るとかなり手狭である。


「これがソフトクリームを作るための魔道具だ。中に液が入れてあって、氷の魔石で凍らせたもんがあのレバーを引くと出てくるっている寸法だ。おっさん、ちょっとやってみてくれ」


 昔からよく知る子供を見ているような表情で息を吐き、店主は円錐状の生地――コーンを一つ手に取って魔道具の前に差し出す。そのままレバーを引けば、絞り口の部分からゆっくりと白いクリームが流れてくる。

 店主は器用にコーンを回し、時間はかからずソフトクリームが完成する。


「コツは最初のひと巻きをコーンに沿ってすること。後は慌てずゆっくりコーンを回すことだ。ほら、やってみろ」


 対して説明もないまま、コーンを渡され、魔道具の前に立たされる。リトが多めの金貨を渡していた理由を察しつつ、緊張を抱いた状態でレバーに手を伸ばす。

 初手、レバーを引き過ぎたのか、想定よりも勢いよく出たクリームに息を詰める。なんとか巻き返しを試みるが、より失敗を重ねるだけであった。

 結果、出来上がったのは、店主が作ったものとは程遠い、無残な代物だ。


「はっはっはっ、まあ最初はそんなもんだって。味は変わんないからよ」


 店主の言葉に誘われ、歪な形のソフトクリームを口にする。

 最初に感じるのは冷たさだ。ひんやりと撫でられる舌先は、濃厚な牛乳の味を程良い甘みとともに味わう。


「美味しいです」


 零れ落ちた感想に店主は満足げに笑う。この後、他の六人もソフトクリーム作りに挑戦するが、ほとんどがシラーフェと同じように不格好な代物を生み出すこととなった。

 その中でも、ライは持ち前の器用さを発揮し、商品として売り出せるほどの完成度を見せ、ユニスはその出来栄えから熱烈な勧誘を受けるほどであった。


「ん、おいしい」


 あまり食べることのない甘みに笑みを零すエマリ。その口元にクリームがついていることに気付き、手で拭ってやる。はにかんで向けられる瞳に淡い笑みを返す。

 エマリと出会ってから、ここまでのんびり過ごすことはなかった。エマリも嬉しそうで胸に温かなものを落とす。


「これからカリナ嬢のとこに行くんだろ。よろしく伝えてくれ」


「ああ、伝えとくよ」


 店主とリトが言葉を交わしたのを最後に、一行は本来の目的地へと向かう。

 と言っても、目的地を知っているのは、先導するリトのみで、シラーフェたちは何も聞かされていない。

 何度か、カザードを訪れているライとソフィヤの二人はなんとなく察しているようではあるが。


「カリナというのは……?」


「オレの姉貴だよ。今は独り立ちして、下の姉貴と共同して店を経営している」


 リトの姉が経営する店、『フェラク=グンドゥ』はカザードでは有名な店らしい。武具から服飾まで豊富な品揃えで、その質の高さからすでに一つのブランドとして確立しつつあるとか。


 老舗ブランドに肩を並べる勢いで売り上げを伸ばしている店。一等地に居を構える店の前でリトは立ち止まる。

 落ち着いた店構えは、首位意を飾る他の店舗と比べれれば入りやすく、しかしやはり有名店らしい風格を持っている。そこへリトは特に気負いもなく、足を踏み入れる。


「邪魔すんぜ」


「あんたねぇ、酒屋みたいなノリで入ってくるんじゃないよ」


「あん、別にどう入ったって、オレの勝手だろうが。それよりも客連れてきてやったぜ」


「ガラ悪いヤツが入ってきたら、うちの客が委縮しちまうってんだよ、おバカ!」


 奥から出てきた小柄な女性が勢いよくリトの頭をはたく。

 説明されなくても、彼女がリトの姉であることは容易に察することができた。

 広い店内に目を向けるよりも先に、目の前で繰り広げられる姉弟喧嘩に圧倒される。

 遅れてシラーフェたちの存在に気付いた女性は目を丸くして、取り繕うように咳払いをする。


「失礼しました。アタシはここ『フェラク=グンドゥ』の店主兼筆頭鍛冶師、カリナ・アウレだよ」


「俺はアンフェルディア王国第五王子、シラーフェンヴァルト・マーモア・アンフェルディアです」


「ああ、あんたが噂の……へえ…まぁ、ゆっくりしていきな。そっちの二人は龍族かい?」


 意味深が視線の真意を聞くよりも先に、カリナはミグフレッドたちの方へ声をかける。

 ライとは知り合いのようだし、兄たちからシラーフェの話を聞いているのかもしれない。一先ず、そう納得することにして店内へ目を向ける。

 店は三階建てで、今いる一階は武具を中心に置いている。


「なかなかの業物ばかりだな」


「ん、よくわかんない」


 遠目でも質の良さを窺える武具たちへ零れた呟きにエマリが首を傾げる。

 少女が見るには、無骨な品揃えにその表情が曇るのも仕方がない。


「ちょうどいい。エマリのナイフと杖を見繕おう」


「いいの?」


「共にいるなら、いづれ必要になる。いい機会だ」


 質が良い品がここまで揃っている店はそうなく、初心者には少々贅沢な状況だ。

 様々な武具が揃うこの場はシラーフェの心も昂揚させる。一つ一つじっくり見て回りたい衝動を押さえつつ、まずは杖売り場へ足を向ける。


 杖一つ取っても、その種類は実用性に特化したものから、デザイン性の高いもので多種多様だ。後衛職は女性が多いこともあって、可愛らしいデザインのものも多い。

 華やかな売り場にエマリは輝かせた瞳を忙しなく動かして、並べられた杖見えている。


「エマリの適性は火だから、この辺りだな。この赤い、火の魔石がついているものの方がいい」


 本来、魔族は杖を必要しない。杖は持ち主の魔力を向上させ、魔術の行使を補佐するものだ。

 魔力を向上させるのは嵌め込まれている魔石。補佐はそれぞれ杖に込められた術式によって効果が変わる。

 座標の指定を補佐するものや魔術の飛距離を伸ばすもの、中には術式を登録できるものもあるらしい。


 ともあれ、魔族は補佐がなくとも、練習をすれば、ある程度自在に魔法を行使できる。が、魔法を始めたばかりの頃は魔族も杖を持つことがあるのだ。

 場所には極力連れて行く気はないし、エマリのことは全力で守るつもりだ。


「足手纏いになりたくないんだってさ、エマリちゃん」


 そう教えてくれたのはライだ。


 シラーフェの力になりたいと足掻き、足手纏いになりたくないと願う少女を、ただ遠ざけようとすることはできない。

 手助けをしたい。エマリが目指す自分に近付けるよう、力を貸すのがシラーフェが保護者としての責務だ。


「後はエマリの好きなものを選ぶといい」


「ん、シラーフェ様はどれがいい?」


「俺が選んでいいのか?」


「ん、シラーフェ様に選んでほしい」


 子供が持つものなら、軽くて短めのものがいいだろう。

 女性が持つものなら、可愛らしいものがいいだろう。

 エマリのことを思って、真剣に吟味する。やがて手を伸ばしたのは、花を模したデザインものだ。


「かわいい……」


 受け取るエマリは、手折れた花を思わせる杖をはにかんで見つめる。気に入ってくれたようでよかった。


「おはな、かわいい。シラーフェ様はおはな好き?」


 両手で大切そうに杖を抱える姿は、一輪の花を抱き締めているように見える。

 花弁の中央を飾る火の魔石と同じ色の瞳がこちらを見上げる。


 シラーフェの瞳には、記憶の光景が映し出されている。淡い紫色の花畑の中に一人佇む少女の姿。シラーフェの中にもっとも美しい花として残る光景だ。


「そうだな、花は好きだ」


「ん、覚えた」


 そう言って笑うエマリに、もうどこにもいない少女の姿が重なった。

 彼女も今のエマリのように、シラーフェの好きなものを知るたび、嬉しそうに笑っていた。

 共に在ることのできない二人の少女を瞼の裏に描くシラーフェは確かめるように瞬きをする。疼く感情を小さな息を込め、改めてエマリへ目を向ける。


「次はナイフを見るか」


 思考を切り替えて、視線を切り替える。後衛職用の武具が並ぶ場を抜けて、前衛職用の武具の売り場へ。

 目的のナイフは前衛職の花形とも言える刀剣もさらに奥に並べられている。


 杖と同様、ナイフも種類豊富だ。杖と違うのは、基本的実用性に特化したものが多い。

 中にはどうやって切るのか、不思議なデザインのものもある。少し気になりはするが、今の目的と違う視線を逸らす。


「ナイフは実用性で選ぶといい。切れ味と重さ、刃渡り……基本はその辺りだな」


 言いながらエマリに合うナイフを見繕う。


 幼い少女が使うものならば、刃渡りは短く、軽いものがいいだろう。後は少ない力で対象を切れる切れ味の良いもの。いざというとき、防御にも使えるように刃幅は広く、厚みのあるもの。

 真剣な表情でナイフを見比べては、実際に手に持って確かめる。


「エマリ、持ってみろ」


 杖を選ぶときよりも、吟味に吟味を重ねて選んだものをエマリに手渡す。


「どうだ?」


「ん、ちょうどいい」


 小さな手に馴染ませるようにナイフを握るエマリ。

 重すぎるということもないようだと確認し、視線をナイフ売り場の方に戻し、ふと思い立つ。

 踵を返し、一度は通り過ぎた剣の売り場へと戻る。やはり多種多様の刀剣――見慣れぬ形の剣もある中で、一振りの剣を手に取る。


 柄に風の魔石が嵌め込まれた両手剣だ。剣身に細やかな意匠が施された美しい一振り。

 影色の鞘に収まるそれをシラーフェはユニスへと差し出した。


「今使っているものは少し刃毀れしていただろう」


「お気遣いいただき感謝いたします」


「なに、これも主の役目だ」


 刃毀れしている、というのは方便である。

 長年使っている分、多少の刃毀れはあるものの、日々の手入れが行き届いていることもあって、研ぎに出せば、修繕可能なものである。


 それでもあえて刃毀れと言ったのは、そうでもしないとユニスは遠慮して受け取らないからである。ユニスはかなり意固地なところがあるのだ。

 尽くしてくれるお礼をしたいと思っても、受け取ってくれないから困る。

 もっとも誰よりもシラーフェのことを理解しているユニスは、剣を送る口実だと気付いているのであろうが。


「ナイフも長いこと使っているものだったな。せっかくだから……」


「いえ……。お気持ちだけで充分でございます。このナイフは私にとってとても大切なものですので」


 服の下に隠し持つナイフを、布越しに触れるユニス。代え難い宝物に触れるその仕草は杖を抱えるエマリに似ている。

 そのナイフは剣よりも前から使っているものだ。それこそ、ユニスがシラーフェの従者になった頃から――そこまで小さく笑う。


「そう、だったな。無粋なことを言った、すまない」


「シラーフェ様が頭を下げる必要はございません。それは私こそすべきこと。シラーフェ様の心遣いを無碍にする形となってしまい、申し訳ありません」


 日頃の感謝を伝えるつもりが、余計な気遣いをさせてしまった。

 難しいものだ、と笑うシラーフェと深く頭を下げるユニスを見比べてエマリが不思議そうに首を傾げる。


「二人とも……あやまりあって、へんなの」


 幼い少女の純真な疑問にユニスはふと顔を上げ、二対の赤目が交差する。二人の瞳は同時に和らいだ。

 その姿を見るエマリはさらに首を傾げた。


「シラーフェ様! エマリちゃん! ユニスさん! 上にかわいいアクセサリーがたくさんありますよ」


 先に二階に行っていたらしいマレイネが興奮気味にシラーフェたちのことを呼ぶ。

 この『フェラク=グンドゥ』の二、三階は服飾を売っているらしい。防具や魔具を中心にアクセサリーや服があるとか。

 幼いとはいえ女性。エマリもお洒落には興味があるようで、マレイネの呼びかけにシラーフェの袖口を引く。


「あまり慌てると転ぶぞ」


「ん!」


 理解しているのか、分からない返事を耳にしながら、シラーフェはエマリと手を繋いで、二階へのぼる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ