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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第2章
31/87

31「男子会」 挿絵有

 幼い少女が駆け、小型なナイフ――を模した木剣を振るう。

 受けるのも、また木剣。こちらは両手剣を模したもので、攻める少女の攻撃を易々と受ける。

 剣を始めたばかりの幼い少女の攻撃を受けるのは容易いことで、シラーフェの目はエマリの次の動きすらはっきりと見えている。


「振りが大きすぎる。ナイフならば、もう少し抑えてもいい。そうしないと――」


 一息で踏み込み、大きく振ったことにより生まれた隙に木剣を差し込む。

 一瞬の間ののち、向かい合う二人は体の緊張を解いて、互いが持つ木剣を下ろした。

 シラーフェがいない間、エマリは魔法の他にナイフの扱い方も学んでいたらしい。そのお披露目も兼ねて、シラーフェと手合わせをしていたのである。


 まだまだ未熟ではあるものの、出会った頃とは見違えるようだ。

 守られるだけではないことをエマリ自身の力で証明しようと足掻いている。離れていた短い間で、ここまで成長したのはエマリの真摯な想が為せることなのだろう。


「そろそろ日暮れか」


 窓から差し込む光に橙色が混ざっている。温かみを持つ光を一瞥し、呟く。

 謁見の間から演練場へと移り、エマリに魔法や剣を教えているうちに思っていたより時間が経っていたらしい。


「そろそろ夕食の時間かね、その前に」


「ん、お風呂入りたい」


「そうだな、一度汗を流すとするか」


 数時間、魔法や剣術の指南に費やしていた二人の顔には汗が滲んでいる。

 旅の間も、龍の谷でも、水浴びか、魔法で体を清めるしかしていなかったので、久しぶりにゆっくり湯浴みをしたいというのもある。特にカザードの湯船は他の追随を許さない質を持っているので、楽しみというのもある。


 一度目がそうであったように、ライに先導される形で、エマリと並んで浴場へ向かう。


「では、エマリ。ソフィヤと良い子にしているんだぞ」


 こくりと頷くエマリはソフィヤと手を繋いで女湯の方へ。


 残りの男三人は男湯の方へ。以前と変わりない面子で、木造の浴場に足を踏み入れた。

 と、中に人の気配があることに気付く。背の低い影と背の高い影、対照的な影が二つ、湯煙に映し出されている。

 衣服を脱ぎ、湯船の方まで行けば、その正体が明らかになる。


「なんだ、お前らも風呂か?」


「リトとミグフレッド……話は終わったのか?」


「ミズオルムで起こったことを話すだけだ。そう時間はかからない」


 先客として湯船に浸っていたのは、リトとミグフレッドであった。

 謁見の間での話し合いが終わってから風呂に来たようだ。龍族の二人、主にマレイネが他種族の風呂文化に興味持ったのがきっかけらしい。

 話し合いの場から立ち去ることを余儀なくされたシラーフェは、早々に汗を流し、二人の正面に来る形で湯船に浸かる。


「ティフルの処遇はどうなったんだ?」


 やはり気になるのはそのことで、理とは予想していたと言わんばかりに口元をにやつかせた。


「悪いが、それはオレらにも分かんねぇよ。ミグフレッドが言ったろ。オレらは話しただけ、ティフルの沙汰は今頃、親父が決めてんじゃね?」


 投げ槍に近い、リトの言葉にわずかに肩を落とす。

 微かな反応に気付いたのは、ライとユニスくらいで、その二人はそれぞれシラーフェの隣に座る。

 ライに至っては落ちた肩に手を回して、いつも通りの軽薄さで笑う。


「おっさんはティフルを気に入ってたみたいだしな。どう出ることやら」


「親父はそんなんで減刑しねえと思うぜ」


「分かってねぇな、リト。鍛冶ばっかしてても、王にはなれねぇぜ」


 にやついた顔のライにはリトは眉根を寄せる。不愉快を物語っている視線に、ライは気にすることなく、さらに口元を緩める。これくらいは問題ないと分かっての態度なのだろう。

 ライの振舞いは相手との距離、性格を的確に判断した上にあるものだ。今のように綱渡りに近い言葉の投げかけ方など、シラーフェにはとても真似できない。


「親父が情に絆されるヤツだとでも言うつもりか?」


 声は低く、怒気を隠そうともしないリトの問いにライは「違う、違う」と笑う。

 リトはさらに眉根を寄せて、鋭い目付きをさらに鋭く無理解を示す。


「問題はおっさんじゃなくて、ティフルの方だよ。あいつの名乗ってた家名、覚えてるか?」


「あ? それがなんだって言うんだよ」


「メルシーション……同じ名の孤児院があるという話でしたか」


 気勢が削がれる形のリトに代わって、記憶を辿るシラーフェが問いに応えた。

 謁見の間で、アルベが“メルシーション”という名の孤児院がルーケサにあると話していた。

 シラーフェの返答を聞いても、リトは分からないようで、鋭くライを見たままだ。


「人族の孤児院には、保護した子供に孤児院の名を名乗らせる風習があってな。ティフルの名乗りは、自分がメルシーション孤児院出身だと宣言してるようなもんだ」


「名乗ったくらい大したもんじゃねえだろ」


「そうか? オレはこう思うぜ。調べればすぐに素性に辿り着かれる情報を、ティフルは何故口にしたのか」


 一石を投じるライの言葉。

 カザードほどの大国であれば、広い情報網、高い情報収集力を持っており、ン甘えから素性を探るのは難しいことではない。それが家名が所属する個人を示していたのなら尚更。


「当然、ティフルの後ろにいるヤツは口止めしていたはずだ。なのに、わざわざ家名まで名乗った理由、分かるか?」


「んなの、ガキのすることだろ。あんな場じゃ、言いつけを忘れてもおかしくねぇ」


「そうかもな。オレはその場にいたわけじゃねえから、これは推測でしかねえよ。でも、その場にいたシフィはどう思う? ティフルは感情に踊らされるような人間か?」


 試すような口振りで、ライはシラーフェに問いかけた。

 ティフルとの出会いを思い出す。龍の谷ミズオルムの地下での出来事と、その後、飛空艇の上で話した事。

 多くはなく、けれども、少ないとも言えない関わりの中で、感じたティフルの印象を思い起こす。


「名乗ったとき、ティフルは冷静さを欠いているように見えました」


 昂揚感に支配されるような、内から来る恐怖に駆られるような様子で名乗り上げていた。

 そこに冷静さが宿っていたようには見えなかった、あのときは。


 今、改めて思い起こしていた記憶の中のティフルが、本当に冷静さを欠いていたのは疑問の余地がある。


「今思えば、あれは打算もあってのではと今では思います」


 船の上でティフルと話していて感じたことだ。ティフルは大人びた子供だ。

 達観して周囲を見ているティフルが、あのときばかり冷静さを欠いていたとは思えない。感情に支配されるように見えない。


「ティフルは少し……ライ兄上に似ているように思います」


「オレに?」


「自身の言動で、他者や周囲の空気……流れのようなものを制御する人物だと」


 ティフルの印象を言葉で表すならそれが一番近い。未熟さの残るライといった感じだ。

 ライのことを知るシラーフェには、地下でのみ、ティフルがその制御を怠ったとは思えないのである。ライであれば、どんな状況であっても、感情を乱すことなく対処するだろうから。


「……情報を与えて、減刑してもらうことティフルの狙い、ということですか?」


「いんや、そこまで甘くはねえだろうな」


 あの状況下でのティフルの考えを推測し、呟いた言葉は否定される。

 甘いと評される理由も、他の考えも分からず、眉根を寄せてライを見た。


「シフィたちが地下に来た時点で、ティフルは自分が生き延びる道はないと判断しただろう。万が一、逃げ延びれたとしても、失敗したことがバレれば、上に殺されるっつぅとこだろうな」


「まどろっこしいな。結局、ガキが名乗った理由はなんなんだよ」


「報復ってところだろうな」


 軽い口調で紡がれるには思い単語が水を打つ。言葉の意味を理解するには至らず、続く言葉を待つ。


「自分の死が変えられないのなら、その先で原因となったものに報復する。少なくともあの場には、龍族の次期長とアンフェルディアの王族がいることを、ティフルは認識していたはずだろ?」


 ミグフレッドとティフルは面識があり、シラーフェが王族であることは髪色と角の色を見ればすぐに分かる。

 リトの素性までは分からないが、三人の姿を見てすぐにティフルは二種族の権力者がいることは把握できていたはずである。

 龍の谷ミズオルムは、カザードの領土なので、最終的にアルベに伝わることも予測できていたであろう。


「大国カザードと敵国アンフェルディアにルーケサで妙な動きがあることが伝わる。中立を守るカザードも自国に手ぇ出されたとなっちゃ、おっさんも黙ってねぇ」


「ルーケサはカザードをも敵に回すということですか」


 ライの示す答えで腑に落ちるものがあった。

 ティフルは、たびたびルーケサやエーテルアニス神を崇める発言をしていたが、シラーフェはずっとそこに違和感を覚えていた。まるで演技しているように見えたのだ。


「幼子の言うことを、そこまで信じるものなのか?」


 黙して話を聞いていたミグフレッドが不意に問いかけた。

 ティフルがどれだけ賢く、しっかりしていようと所詮は子供の言うことだ。相手にされないと考えのも自然なこと。

 龍族は、長命種ゆえ生殖能力が低いこともあって、幼子と縁遠く距離感が想像しにくいだろう。


「アルベのおっさんは、年齢よりも魂で見る人だからな。ティフルを見て、その言葉の真を感じ取ってるだろうさ」


 カザード国王、アルベ・アウレが持つ審美眼。それは素材や武具、物を見抜くだけではなく、人の魂をも見抜くものだ。

 シラーフェも実感を持って知っているアルベの目は、短い間でもティフルの為人を見抜いていたことだろう。


「要はあのガキが持ってる情報が有用だから、親父が利用価値を見出すかもってことだろ? まー、そんな簡単に寝返るかはビミョーなとこだけどよ」


「その辺の話を、リトたちがいなくなってからしてたんじゃね?」


 報復するくらいなのだから、自国――ルーケサへの未練はないのだろう。

 任務が失敗したことで始末されるのならば、カザードについた方がティフルにとっては安全だ。

 ティフルにとって利があっても、カザード側がティフルにどれだけ理を見出すかで話は変わってくる。

 どのような交渉がされていたのか、この場にいる面々には分かりもしない。


「とまあ、難しい話はここまでにして、せっかく集まったんだし、恋バナしようぜ、恋バナ」


 場の空気に明るさを持たせるように、ライが声を上げる。

 しかし、返ってくるのはティフルの話をしていたとき以上の怪訝な空気だ。

 恋愛の話をして盛り上がるような人物など、この場にはライしかいない。兄の振る話なのだから、とシラーフェも一緒に場を盛り上げられたらとは思うが、生憎話せられる内容がないのである。


 何せ、シラーフェの恋愛経験は一つだけ。

 今もなお、この胸を焦がす人族の少女への想いだけ。諦めると、誰にも言わず封印すると決めた恋心だけなのだ。


「そんな甘っちょろい話をこの面子でやってどうすんだよ。他当たれや」


「こういう興味なさそうなヤツと話すから面白いんだぜ。リト、なんかねぇの?」


「あるわけねぇだろ。オレは鍛冶一筋だっての」


 軽口の類として話を振ったらしいライは、素っ気ないリトの態度にやや残念そうな表情を見せるのみ。

 そのまま赤目を次の標的へと向ける。リトの横、自分は無関係と済ました顔をしていたミグフレッドへと。

 口角が上がって物語る。元々、ミグフレッドに話を振るつもりの話題なのだと。


「ミギーは、マレイネちゃんとどんな感じ?」


「その、ミギーというのは何なんだ?」


「あだ名だよ。ミグフレッドだからミギー。オレのこともライって呼んでくれていいからさ」


 お湯を掻き分けて、ミグフレッドの横に座ったライは馴れ馴れしく肩を組む。

 わずかに眉を寄せた青目が助けを求めている。ライはミグフレッドを気に入った様子で、上機嫌な兄をいさめる術をシラーフェは知らず、代わりに口を開く。


「ミグフレッド、兄はこういうお人だ。受け入れることを薦める」


「シフィ……その言い方だとお兄ちゃんがダメな子みてぇじゃねえか」


「そのようなつもりは……」


「似たようなもんだろうが」


 否定を口にしようとしたシラーフェに被せる形でリトがツッコミを入れる。


「オレは結構やるときはやる男だぜ。つーことでマレイネちゃんとのイチャラブ話を聞かせろよ」


「話の流れが読めないな。大体、話して聞かせる必要がどこにある」


「そりゃあるぜ? 幸せな二人の話を聞けば、オレが幸せになる」


 ミグフレッドは得体の知れないものを見る目でライを見る。不躾とも言える視線にライは、さらに口角を上げる。

 ライは明るい表情を崩さず、人好きのする笑みを浮かべている。


 人の懐に容易に入り込む笑顔は、他者を警戒するミグフレッドの心も解してしまう。

 思えば、最初以外、ミグフレッドの目は幾分か和らいでライに注がれていた。


 これは単にミグフレッドの心変わりだけが理由ではないのだろう。

 警戒する必要のない相手として、初手で認識させるライの在り方が為せる技であろう。


「大したことはしていない。起きて言葉を交わし、共に在るだけだ。離れている時間もあるが」


 そっとミグフレッドは自身の胸に手を当てる。優しげな表情が誰を思い浮かべているのか、語る必要はないだろう。幸福感に満たされた表情は、シラーフェにも多幸感を届ける。

 幸福な人は周囲をも幸福にする。ライの言葉を、シラーフェは実感を持って理解する。


「もう一度、『また明日』を交わせること、それに勝る幸福はないと知った。失われるはずだった明日を、取り戻してくれたのはお前だ、シラーフェ。お前が俺に胸を焦がす想いの名を教えてくれた。感謝している」


「大したことはしていない」


「それでもいい。俺が感謝していることを忘れないでくれ」


 真摯な青目を謙遜だけで、突き放すのも違うと思い、「分かった」と頷く。

 謝意を抱くのはミグフレッドの感情だ。向けられる張本人であっても、否定することはできない。

 そう思わせるだけの力強さがミグフレッドの瞳にはあった。


「龍族に貸しなんてオレの可愛い弟は将来有望だねぇ」


「兄上、俺は貸しを作ったつもりは……」


「いや、俺は貸しだと思っている。龍族が感謝を告げるのは、そういう意味だと覚えておけ」


 冷たく告げるミグフレッドの声を聞く裏で、彼の父であるヴィルンドからも同じく謝意を向けられていたことを思い出す。使う気のない貸しとはいえ、龍族の想いを胸に刻む。


「あー、すっかり長話しちまった。オレはそろそろ上がるぜ」


 長く湯船に浸っていたせいか、仄かに赤らんだ顔でリトが告げる。

 ミグフレッドとシラーフェも同意を示して湯船から上がり、ユニスが後に続く。前回と同様、ライは一人残るらしい。


「兄上、くれぐれも覗きなどは……」


「おっ、シフィってば、オレのことよく分かってるじゃねえか」


 へらへらと笑って答えるライに目を見開き、言い募ろうとしたところを手で制される。


「冗談だって……シフィは安心して交友でも深めてなって」


 真意を見せない兄の顔に嘆息し、リトたちを追うようにして浴室を出た。

 流石のライも、他国で覗きなんて真似をすることはないだろう。多分。

ミグフレッドのイラスト完成しました

挿絵(By みてみん)

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