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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第2章
30/86

30「取った手の未来」

「――そうして我らが神、エーテルアニス神は無事、悪神アポスビュートを討ち倒しました」


 ティフルは語り出したのは、ルーケサが信奉するエーテルアニス神が、アンフェルディアが信奉するアポスビュート神を討ち倒したときの話である。奇しくも、それは龍の国ミズオルムの地下で、気を失っていたときに見た夢と重なるものであった。


 わざとらしく口角をあげたティフルは語り終わりに、反応を見るようにシラーフェ、そしてオディスを含めた騎士たちの方を見た。

 騎士たちの反応は厳しいものだ。怒っていると言ってもいい。


 それもそのはずで、ティフルが語った話は、アンフェルディアで忌むべき伝承として伝わっているものだ。

 ティフルもそれを分かっていて、挑発する意味でこの話を選んだのだろう。

 最初は楽しそうに話を聞いていたマレイネも、ピリつく空気を感じ取って困ったようにティフルと騎士たちを交互に見ている。


「ふむ、人族の間ではそのように語られているのか。興味深い」


 アポスビュート神を悪逆非道、極悪の神と語るティフルの話は、人族の立場から見た視点の違いがなかなかに面白いものであった。種族の違い、敵対関係という事実があるだけで、こうも変わるものかと興味深く、同時に参考にもなる。


「貴方……本当に頭がおかしいんじゃありませんか?」


 困惑を通り越した呆れ顔で、ティフルはそう言った。どうやら、シラーフェを怒らせるためにあの話を選んだらしい。期待に応えられなかったのは少々申し訳ない。


「僭越ながら、ティフルさん、ご自身の立場をお忘れなきよう」


 場の温度を下げる形で、シラーフェとティフルの間に入ったのはユニスである。

 ティフルの話を聞いても表情一つ変えなかったユニスが、静かな怒りを覗かせる。表情に大きな変化はないままだが、赤目に宿る怒気にティフルは身を固くする。


「ユニス、俺は気にしていない。あまり責めるな」


「申し訳ありません。出過ぎた真似をいたしました」


 一礼し、ユニスは引き下がる。

 ティフルは気まずそうに顔を背け、重い空気が場に落ちる。それを吹き飛ばすようにリトが大きく息を吐き出す。


「ま、種族の違いで、話が変わるってのは確かに面白れぇ。魔剣の能力も話によっちゃあ違ぇしな。せっかくいろんな種族が集ってんだ。比べてみんのもいいんじゃね」


「そうですね! 私も興味ありますっ」


 面倒見のいいリトと賛同するマレイネが場を盛り上げる。二人を中心に話は軌道修正され、場の空気を取りなす。

 リトとシラーフェが互いの国で伝わる物語を語り、違いを比べる。意見を求めれば、ティフルが無愛想でルーケサで伝わっている話を語る。そうして船上での旅路を過ごしていれば――


「そろそろ着くぞ」


 速度の落ちた景色に、ゴヴェズ宮の姿が現れる。本当に半日で着くとは、驚くべき早さである。


「アルベ王には伝えてあるのか?」


「すでに風精霊(シルフ)で先触れを出している。報告すべきこともあったからな」


 言いながら、ミグフレッドはティフルを一瞥する。龍の谷ミズオルムで起こった出来事のあらましも伝えてあるようだ。


 飛空艇はゆっくりとゴヴェズ宮に近付き、その広い庭へと降下していく。龍族と多少なりとも交流があるゴヴェズ宮の使用人たちは、突然現れた龍族の船に動じることなく、冷静に対処している。

 纏う風で庭木を揺らしながら、船はゴヴェズ宮の庭に着地する。


「皆様、お待ちしておりました」


 船から降りたシラーフェたちを恭しく出迎えるのは、カザード王家で家令を務めるモルクである。

 龍族の船――飛空艇スキーズニズルは最後の一人であるユーガルドが降りたと同時にその形が解かれる。

 構成していた風は渦を巻いて高く昇り、弾けるように空気に溶けて消えた。

 マナを帯びた風が天を舞い踊り、儚く消えていく様は美しいものであった。


「シラーフェ様!」


 美麗な景色の余韻を味わうシラーフェに駆け寄る少女の声。

 弾んだ声と同じく、向けられる顔は喜色で仄かに飾られている。


「シラーフェ様、おかえりなさい」


「ああ。エマリ、良い子にしていたか?」


 駆け寄ってきたエマリの頭を撫でる。シラーフェの問いかけに小さく頷くエマリは、笑みを深めてされるがままになっている。エマリとともにシラーフェを出迎えに来たらしいライとソフィヤが遅れて合流する。


「早かったな、シフィ。エマリちゃん、良い子にしてたぜ。たくさん褒めてやんな」


「ライ兄上、ソフィヤも、エマリの面倒を見ていただき、ありがとうございます」


「面倒を見る、ってほどのことはしてねえよ。……離れてた分、一緒にいてやんなって言いたいところだけど、そうもいかないか?」


 ライの視線は、龍の谷ミズオルムから増えた同行者へと向けられている。

 龍族二人を順繰りに見た赤目が最後、犯罪者として拘束された人族へと向けられる。人族を見るライの瞳に宿る感情を、緊張を持って確かめるが、シラーフェには読み取れない。


「アルベのおっさんに話に行くんだろ? エマリちゃんはもうちょいオレと一緒に待ってるか」


「ん……一緒に行っちゃダメ?」


「来てもつまらないだろ。怖い話もするかもしれない」


「それでもいい。シラーフェ様と一緒にいたい。ダメ?」


 いない間、寂しい思いをさせていたという罪悪感もあって、「仕方がない」とエマリの頭を撫でる。

 小さく笑んで、エマリは頷く。その姿を鼻で笑う声が聞こえる。

 和む空気に水を差す形の笑声に視線が一点に集まる。一点、ティフルへと。


「魔族の教育方針は随分と甘いんですね」


 ゴヴェズ宮の信用人に連行される最中、ティフルはそう吐き捨てた。

 自虐にも近い嘲笑が浮かぶティフルの目はエマリへ向けられていた。


「私、あの人、きらい」


 ほとんど表情の動くことのないエマリの顔が珍しく、はっきり憎悪を示している。

 心なしか鋭くなった目で、王宮の中へ連れていかれるティフルの背を見ている。


「えー、ええと、シラーフェ様、みなさんのこと紹介してくれませんか?」


 ティフルを庇うようなタイミングで、マレイネが声をかける。飛空艇に乗っていたときもそうだが、被害者であるはずのマレイネは何かとティフルを気にかけ、庇う素振りを見せているのである。

 今も連れて行かれるティフルを気にしながら、シラーフェに話しかける。そんなマレイネへ、シラーフェが口を開くよりも先にライが一歩前に出て、恭しく頭を下げる。


「初めまして、龍族のお嬢さん。オレはシフィの兄、ライディアリオ・ベルフィア・アンフェルディアと言います。ライでも、リオンでも、可愛らしいお嬢さんに呼ばれるならどちらでも歓迎です」


「丁寧なご挨拶ありがとうございます。私はマレイネ・ユーガルトです」


「マレイネちゃんか。可憐な君によく似合う名前だ。よろしければ――」


「ライ様! 今は自重してください」


 女性と見れば、すぐに口説き始めるライをソフィヤが慌てて止める。

 口説かれている自覚のないマレイネは不思議そうにライとソフィヤを見ている。その反応を見て、ライは肩を竦めて、赤目でソフィヤを示す。


「こっちはオレの影……従者のソフィヤちゃん」


「あ、ええと、紹介に預かりました。ライ様の影をしております、ソフィヤ・ツェル・ラァークと申します」


 話を振られて驚きながらも名乗り上げるソフィヤ。そうしてソフィヤの説教を見事回避したと笑うライとマレイネの間に割って入る影がある。

 突然現れた長身の人物にライは何かを悟ったように口元をにやつかせる。


「俺はミグフレッド・ユーガルト。長の代理で、マレイネの恋人だ」


「あっはっはっは、悪ぃ、悪ぃ。心配しなくても男がいる女を取ったりしねえって」


 堂々と恋人宣言をするミグフレッドに、ライじゃ笑声を零しながら肩を叩く。

 馴れ馴れしい態度にミグフレッドは眉を顰めつつも、振り払う素振りは見せない。

 ライの馴れ馴れしさは相手が嫌がらない範囲を絶妙に突いてくるものだ。

 ライはミグフレッドのことを気に入ったらしい。


「お前ら、んなとこで話してねぇでとっとと中入れよ」


 リトに促され、挨拶もそこそこにシラーフェはゴヴェズ宮の中に入る。

 案内役を担うモルクとリトを先頭に、アルベ王の待つ謁見の間へと目指す。最初に訪れたときがそうだったように分厚い扉を抜けて、カザード国国王アルベ・アウレと対面する。


「シラーフェ、リト、よく帰ったな」


 相も変わらず重く響く声に揺らされる感覚を味わいながらも、不思議と以前ほどの圧迫感はない。

 一礼ののち、シラーフェは懐から頼まれた素材を差し出す。


「これが約束のものです」


 差し出した素材、龍結晶と魔龍石はモルクを通じてアルベへ渡される。

 アルベはその審美眼で龍結晶と魔龍石を吟味し、口角をあげる。


「質の良い石だ。さぞかしヴィルンド翁に気に入られたようだな。理由は聞くまでもないか」


 二つの石に向けられていたアルベの瞳が、隅に立たされているティフルを一瞥する。

 鋭い眼光を真正面から受けるティフルが身を固くしたのが遠目に見えた。


「確かに受け取った。剣が出来るまでは一週間ほどかかる。それまでは自由に過ごすといい。必要なものがあれば、モルクに言え」


「お気遣いいただき感謝します」


 一礼に頷き、アルベは「さて」と話題を変えるように視線をティフルへと向けた。


「ティフル・メルシーションと言ったか」


「ティフルです。失敗した僕にメルシーションの姓を名乗る資格はもうありません」


「調べされてもらったが、聖国にはメルシーションという孤児院があるそうだな。そこがお前の主か?」


「さて? どうでしょうね」


 身を固くし、緊張していたのは最初だけ。ティフルは物怖じしない様子で、アルベと相対している。

 その態度は慇懃無礼し、断罪者に阿ることはしない強さがあった。

 立場を弁えない態度にアルベは気分を害する様子もなく、むしろ口角をあげた。


「なかなか面白い奴だな」


「罰が軽くなるのではないなら不要な評価ですね」


 内心を覆い隠す二人は向かい合い、言葉を交わす。

 片や口角をあげて、片や不愉快そうに。

 先に視線を外したのはアルベ、一度シラーフェたちの方に向けられた。


「ライ、シラーフェ、お前たちは下がれ」


「ですが……」


「これはうちの問題だ。皆まで言わずとも分かるな?」


 格の違いを見せつける眼光に込み上げる言葉を呑み込む。ここは感情を呑み込んで、理性に従う場面である。

 ティフルを見る。手を取ると決めた少女の顔を見て、感情が揺れる。


「へいへい、部外者は退散しますよーっと。ほら、シフィ、行くぜ」


 肩を組むような形でライに連れられ、謁見の間を後にする。

 分厚い扉が閉じる音を後ろ髪引かれる思いで聞く。


 中でどんな話が行われるのか、ティフルの処遇はどうなるのか。

 胸のざわつかせる不安に揺り動かされるシラーフェは数歩進んですぐに振り返る。


「あの子供、ティフルのことが気になるか?」


「……はい。俺は、ティフルの手を取りました。それを今更振り払うことはしたくない」


 甘える気持ちもあって、ライに心中を吐露する。内容が内容だけに、ライは珍しく深く考えるような素振りを見せ、やがて口を開く。


「種族で判断しないのがシフィのいいとこだけど、あんまアンフェルディアん中じゃ言うなよー。王族が人族を気にかけてるなんて反感を買いかねねぇ」


 アンフェルディア国民は人族をよく思っていない者も多い。特にルーケサの者には強く憎しみ、嫌悪の感情を抱いている。

 長い歴史の中で生み出された軋轢と、現在もなお受けている被害がルーケサへの嫌悪を育てている状態だ。

 シラーフェとしてはやはりメイーナの死が記憶としては新しい。メイーナを奪った国に思うところはあるが、そこにティフルは無関係だ。


「カナ兄に聞かれたら面倒臭ぇぞ」


「それは……分かってます。でも」


 気になる心は止められない。

シラーフェはティフルを知ってしまった。もう見知らぬ他国の人間としては思えない。

情が湧いてしまっているのだ。じっと見つめる赤目にライは一つ息を吐き、シラーフェの頭を軽く叩く。


「まあ、心配しなくても死刑なんてことにはならないだろうさ。良くて奴隷、悪くて鉱山行きってところだな」


「鉱山よりも奴隷の方が良いんですか?」


 逆ではないだろうかと思って問いかけた。

 ライは「シフィは知らなかったか」と呟いて言葉を続ける。


「カザードは奴隷の待遇がいいことで有名なんだぜ。首輪付きなのは同じだが、扱いは雑用係ってもんだ。衣食住保障付きで、少ないけど給料も出る」


 今までの認識が覆されるような話であった。

 アンフェルディアには奴隷制度はなく、一番身近な奴隷と言えば、人族に攫われた同族の行く末だ。


 直接目にする機会はなくとも、その悲惨さ、非人道的な扱いは嫌という話に聞く。奴隷として使い潰された果てにアンフェルディア捨てられた遺体ならば、何度か見たことがある。

 何せ、王都ウォルカはルーケサとの境に位置する。無惨な遺体を見る機会は存外多い。

 刻まれた記憶から奴隷とは唾棄すべき所業という認識があった。


「その上、カザードじゃ、奴隷の人権も保障されてかんなー。行きすぎた命令や暴力の類は罰せられる。他国の人間も例外なく、自分が虐げてた奴隷になるっつうわけだ」


「それは素晴らしいですね。奴隷の扱いとしてはかなり理想的です」


「まー、力ある国だからできることだけどな」


 他国の人間まで罰するのは、國に力があるからできることだ。貿易大国にして、工業大国であるカザードとの関係が切れることを嫌う国は多く、無用の敵対を避けたがる。

 自国の無法者を庇うよりも、カザードと友好的であることを重視する国が多いのである。


「おっさんは信用できる。ティフルは正しく裁かれるだろうさ。部外者のオレらは暢気に待ってればいい」


 言いながら、ライはシラーフェの肩を組む。その足はどこかを目指しているようで、肩を組むライに誘導される形で歩を進める。

 怪訝に思う視線を受けるライは楽しげで、眉根を寄せるシラーフェの手をエマリが取った。


「こっち。見せたいものがある」


 ライと同じく嬉々とした様子のエマリの手に引かれて、シラーフェは演練場を訪れた。

 シラーフェがいない間、頻繁に訪れていたのか、エマリは慣れた様子で足を踏み入れる。

 シラーフェの手を離し、エマリは演練場の中央まで歩き、くるりと振り返る。


「シラーフェ様、見てて」


 小さく笑んだ唇がそう告げ、エマリはシラーフェに背を向ける。大きな瞳は前方にある的を見据え、小さな手はその的に向けられている。


「シュッフラメ」


 唱えた言葉に応えて、エマリの手から火の玉が放たれる。

 火の玉は真っ直ぐ飛び正面の的に当たって消える。エマリは続けて同じ詠唱を唱えて、左右の的も立て続けに焼いた。


「魔法の練習をしていたのか?」


「ん、シラーフェ様の力になりたいから」


 駆け寄りはにかむエマリの頭を撫でる。「すごいな」と純粋な賞賛を零せば、エマリは嬉しそうに頷く。


「ライ兄上が指導を?」


「ああ。エマリちゃん、なかなかのもんだろ。もっと練習を積めば、行くとこまで行けっかもよ」


 期待を込めるライの瞳と同じ色を込めながら、シラーフェはエマリの頭を撫でる。

 いつか、エマリが有名な魔法師になることもあるかもしれないと未来に思い馳せる。


「エマリは魔法が好きか?」


「ん、好き。もっといろんな魔法、覚えたい」


 その瞳を輝かせる姿は愛らしく、宿る光はシラーフェがもっとも好きなものに近い。

 まだ不明瞭ながらも、初恋の少女やメイーナが浮かべていたものと同じ色に心が擽られる。

 この瞳の輝きを導く役目はシラーフェが担うものなのだろう。

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