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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第2章
20/86

20「魔獣?戦」

 旅路は順調に進み、このまま行けば、予定よりも一日早く龍の谷に辿り着けそうだ。

 心配していたリトとオディスの関係性も、食事をきっかけに改善しつつある。

 言葉や態度を着飾るのが苦手ゆえに誤解されやすいが、リトは元々親しみやすい性格をしているようだ。


 鍛冶師――物作りに携わる人物ということもあって、食事に創意工夫を施すオディスとは話が合うらしい。

 純粋さを持つ瞳に、オディスも悪い気はしないらしく、むしろ聞かれて喜ぶように教えている。

 そこにユニスが加わることもあってシラーフェは、シラーフェは少し疎外感を覚えることがある。


 食事を作ることのない身なので、三人の会話についていけないのである。下手に口を挟むのも悪い気がして、楽しそうな三人の様子を、微笑ましい気持ちで見守っている。

 シラーフェの世話ばかりで、私用の時間がほとんどないユニスに友人ができるのは良いことだと思いながら。


「今日はここらで一旦休むか」


「まだ日が落ちるまで時間があるが……?」


 リトの言葉に訝しむ。今は日が真上から少し傾いたくらいの時間で、休息をとるには早すぎる。

 いつもなら少しでも距離を稼ぐために歩を進めている時間である。


「龍族は夜行性だかんな。早くついても起こしてキレられるだけだぜ」


「そうなのか」


 龍族に関する情報は驚く程少なく、その生態の多くが謎に包まれている。

 夜行性という話は初めて聞く話であり、目撃情報が少ないのは閉鎖的で個体数が少ないだけが理由ではないらしい、と納得を胸に落とす。


 龍族と交渉し、希少な素材を譲ってもらわなければならない以上、相手を怒らせるようなことは避けたい。相手の生活時間に合わせるのは交渉において、果たすべき礼儀であるだろう。

 気難しいと言われる種族が、配慮のない傲慢の振舞いで説得できるとは思えない。

 出来得る限り、思いつく限りの礼を尽くしても、まだ足りないかもしれないと思うほどなのだから。


「夜行性っつっても、夕方から早朝くれぇまでは起きてっけどな」


 何度も龍族と会ったことがあるリトの話に、参考になる思いで耳を傾ける。

 その鼓膜を微かに震わせる音があった。釣られるように後ろを向く。これは羽音だろうか。

 ぶぅん、と耳障りな音が途切れ途切れに近付いてくる。他の者たちも気付いたようで、各々警戒態勢と取る。


「こいつは……ティンガービーの羽音だな」


 リトの言葉を肯定するとうに羽音がより一層大きくなる。蜂の群れが視認できるところまで来ていた。

 遠目に見れば、黒く見える虫の塊。よくよく目を凝らしてみれば、一匹一匹が通常の蜂の二、三倍の大きさをしているのが分かる。


 魔獣同士が番い、子を成す過程で元の生物から少しずつ変容していくのはよくあることで、このティンガービーは蜂よりも大きく変容した魔獣なのだろう。


「ティンガービーの針は猛毒だから気をつけろよ」


 こちらを気遣いながら、リトがティンガービーの様子を注意深く見ている。

 視線は向けないまま、動くな、と手の身で示す。


 魔獣に関する豊富な知識を持つリトの指示は常に的確で、誰一人反感もなく従っている。これが少し前なら、騎士たちが信用できないと先走っていたかもしれない。


「まだこっちに気付いてねぇみてぇだな」


 リトの言う通り、ティンガービーの群れは近くまで来ているのにも拘わらず、こちらまで来る様子はない。周囲を不安定に飛んでいるだけだ。


「虫系の魔獣は大体火に弱ええ。気付いてねぇうちに仕掛けんのがいいだろうな」


 潜めたリトの声に応じるオディスが、火属性に適性がある騎士に指示を出している。

 火魔法を使える者は二人。加えてシラーフェも火属性に適性持ちだ。


「撃ち漏らしは俺が対処しよう」


 シラーフェの言葉に頷き、騎士二人が火魔法を放つ。初級魔法の“シュッフラメ”だ。

 放たれた火の弾が、横に広がるように飛ぶティンガービーの群れを左右から焼く。

 突然の襲撃にティンガービーは隊列を崩し、それぞれに火から逃げ惑う。火の勢いは強く、逃げることを許さないとでも言うように蜂の二、三倍はある体を次々と吞み込んでいく。


「シンフラメ」


 その中でも上手く逃げ延びていた数匹が突然宙で燃えた。刹那的に出火し、残らず灰となって地面に落ちる。

 これで魔獣の脅威は退けたと安堵した心を叱咤する気配が肌を撫でた。

 産毛が立つような気配。ティンガービーとは比べ物にならない脅威が近くにいる。


「ティンガービーの蜜に釣られてきやがったか。……いや、もともと追いかけられてたのかもしれねぇな」

「蜂の身形をしているだけあって、蜜を集める習性があるのだな」


 魔獣となり、見た目や性質が変わっても、そのすべてが変わるわけではないらしい。

 緊張感なく考えるシラーフェの目に大きな影が映る。二、三メートルはある巨体がゆっくりとこちらに歩み寄る。

 鋭い眼光がこちらを値踏みし、その歩みが止まる。互いに警戒して見つめ合い数秒、シラーフェの角が微かなマナの震えを感じ取った。


「魔法攻撃が来る。警戒しろ!」


 シラーフェの声に応えて、各々防御態勢を取る。揺らぐマナは魔力に変換され、杭のようなものが生成され、高速が叩き込まれる。

 オディスを筆頭に騎士たちが剣や魔法で対抗する。


 その隙を突くように戦斧を構えるリトが先行し、巨体に迫る。

 小柄な体からは想像できない膂力を持って振るわれる戦斧が巨体――クマに似た体に叩きつけられる。


 そう、叩きつけられたのだ。旅の途中、何度も見せられた切れ味は発揮されず、外の一撃はクマを傷つけるには至らない。舌打ちをするリトは弾かれた勢いのまま、大きく後退する。

 振りかぶるクマの手が空を切る。鋭い爪はリトに届かず、苛立つように咆哮をあげる。


「やっぱ硬ぇな、くそ」


 毒づくリトの周辺に魔術陣が浮かぶ。

 一撃を入れられたことが余程腹に据えかねたのか、リトを狙い撃ちした魔術が発動する。


 先程の杭は魔法での攻撃だった。感じる違和が既視感を齎す。それを確かめるために地面を蹴った。

 力任せに戦斧を振るうリトが魔術陣ごと放たれる杭を蹴散らす。その裏で走るシラーフェは角が感じ取った震えに釣られて視線を向ける。その先で「ウィラー」と風魔法で生成される直前の杭を切り裂いた。

 進む勢いを殺さないまま、クマへと突っ込む。


「ユニス、合わせろ」


 もっとも信頼している従者は、短い言葉ですべてを汲み取り、シラーフェに並走する。

 ユニスもまたシラーフェと同じ既視感を感じているようだった。

 迫る二人を、クマは鋭い視線で睨むとともに方向をあげる。空気を揺らす声とともに周囲に魔術陣を張り巡らせる。


「マーモア様、ここは我々が」


 ユニスと同じくシラーフェの考えを読み取ったオディスが部下たちへ的確に指示を出す。

 いくつも浮かぶ魔術陣から高速で放たれる杭。当たり所が悪ければ、致命傷になりかねない攻撃が四方八方から飛ぶ中で、シラーフェはそちらに意識を向けることなく、クマの相手だけに意識を集中する。


 騎士たちへの信頼を背に剣を振るう。半瞬早くユニスの剣がクマの影を貫き、リトの戦斧すら通さない硬い皮を通り越して一撃を食らわせる。内側から裂けるように鮮血が舞った。

 回避不可能の攻撃にクマは悲鳴に近い咆哮をあげ、怒りを撒き散らすように魔術陣を展開させる。

 構わず、シラーフェは一歩、距離を詰める。


「パソルシュ」


 硬い皮膚に守られているが故に味わったことのない痛みに翻弄されるクマの鼓膜を偽の音が揺らす。

 風魔法と水魔法の応用である偽の足音を、シラーフェがいるのと真逆の位置で鳴らした。

 冷静な判断力を失ったクマはその腕をあらぬ方向へ振るう。鋭い爪が空を切る音を聞きながら、シラーフェは初めて見るクマの背を見つめる。うなじの辺りで輝く魔石を認めた。


「ウィラーシャント」


 巻き起こる風がクマの背を襲う。が、クマの毛にはマナを散らす効果があるようで、見た目ほどのダメージは与えられていないようだ。冷静に分析しながら一度身を退く。

 タイミングを合わせるようにユニスや騎士たちもクマから距離を取る。


「セリディアイル」


 騎士の一人が唱えた魔法がクマの足元を凍り付かせる。マナを散らすといっても、密度の高い魔法であれば通じるようだ。

 咄嗟の時間稼ぎから分析を重ねながら、シラーフェはこの中でもっとも魔獣の情報に精通しているリトの隣に立つ。


「あのクマは魔獣か?」


「ああ。魔獣、オルソベーア。皮膚は硬ぇわ、マナは散らされるわで面倒な相手だ。さっきのティンガービーが集める蜜が好物、で、一緒にいることが多い」


 旅の道中ずっとそうだったように、聞けば、すらすらと魔獣について答えてくれる。

 カザードに生息している魔獣なら、その縄張りも含めてすべて把握しているという。シラーフェはリトの説明を聞いて、胸に嫌な確信を落とす。


「つっても、どっちもこの辺じゃ見かけることはねぇはずなんだけどよ」


 視線は鋭くクマ――オルソベーアへ向けながら、リトが苦々しく呟く。

 道中、魔獣の縄張りを通ることはあっても、精々低級の魔獣がいるくらいだった。リトが中級以上の魔獣に出くわさない道を選んでくれていたのだろう。


 ところが、今いるオルソベーアは明らかに中級以上、上級と言われても頷けるほどの強さだ。

 リトの計算違いというよりは、オルソベーアがここに現れたことが異常と言える。


「あの魔獣、オルソベーアには魔石が嵌め込まれていた」


「あ? なんで魔獣に魔石が?」


「魔物の魔獣化。カザードに向かう道中にも遭遇した」


「あー、親父とモルクが話してたヤツか……。聖国のヤツらも面倒なことをしてくれやがる」


 吐き捨てるリトは戦斧を構え直し、その顔を笑みで飾った。好戦的な瞳が決して状況を悲観しない。


「魔石があるっつうなら、少しは倒しやすくなるってもんだぜ」


 魔獣化すれば、必ずしも強くなるわけではない。刃を通さない程硬く、マナを散らす皮膚を持つ魔獣の中に生まれた魔石という明確な弱点。これを狙わない手はない。


「厄介なのはあの杭か」


「そちらは我々が引き受けましょう。騎士の誇りにかけて、一本たりともマーモア様に届けさせません」


 息巻くオディスの後ろに並ぶ騎士たちもそれぞれにやる気を漲らせている。

 そのやる気に実益が伴っていることは先の戦闘でも証明されている。


 本命であるオルソベーアの対処はシラーフェ、ユニス、リトの三人が担当し、高速で飛ばされる杭はオディスを中心に騎士たちが担当することで話は纏まる。


 シラーフェとリトは視線を交わし、同時に飛び出す。

 オルソベーアはまだ氷に拘束されたままだ。足を固められ、身動きがとれないことに苛立つオルソベーアは鋭い爪を備えた腕を感情のままに振り回している。近付いただけで、鋭利な爪に皮膚を引き裂かれてしまいそうだ。

 走る勢いを殺さないシラーフェは己の内になるマナを魔力に変換して命令を下す。


「シュッフラメ」


 放たれた火の玉がオルソベーアを焼く。大量のマナを注いだ魔法の威力は高く、マナを散らす毛すらも焼いてオルソベーアの皮膚を炙る。その熱で、オルソベーアを縫い留める氷を溶かしてしまったが、与えられたダメージを思えば些細なことだ。


 熱が残る場に一足先に踏み込んだリトが戦斧を振るう。風を巻き起こす勢いで振るわれる戦斧が、火魔法を受けた箇所に叩き込まれる。

 表面をわずかに焼かれた程度では、やはり刃は完全には通らない。そこへさらにシラーフェが剣を叩き込む。


 シラーフェが振るう剣はオルソベーアではなく、突き刺さったままの戦斧を叩いた。刃がさらに深く食い込み、痛みに絶叫するオルソベーアが腕を振るう。

 同時に周囲のマナが震え、広範囲に魔術陣が展開される。


 魔法と魔術が混在し、無数の杭が拘束で射出された。掠めただけで皮膚を抉られるであろう勢いの杭の対処に追われているうちに、態勢を立て直すのがオルソベーアの狙いであろう。

 しかし騎士たちに任せると決めたシラーフェとリトは杭の方へ視線すら向けない。

 騎士たちへの信頼を全身にオルソベーアにのみ意識を向ける。


「合わせろ!」


 リトの声に反射で地面を強く踏み込む。二人同時に戦斧へ蹴りを入れる。


 小柄な見た目に似合わないドワーフの膂力と、マナで強化された魔族の身体能力が合わさり、ついにオルソベーアの肉に刃を届かせる。抵抗するオルソベーアの腕を、リトは身を屈めて、シラーフェは後ろに身を反らして避ける。

 オルソベーアの意識は完全に二人に向いている。さらに釘付けにするため、その手を伸ばした。


「アイリア」


 ようやく与えられた傷口を凍らせる。体の中から冷やされる感覚を味わうオルソベーアの背後、一人の青年が飛び出す。ユニスだ。


 狙うのはオルソベーア本体ではなく、その影。うなじ――魔石がある辺りを抉るように懐のナイフを突き立てた。

 飛び散る鮮血とともに魔石が宙を舞う。陽光を反射した輝きが高く飛び、オルソベーアは一際大きく方向をあげた。


 震えるマナが杭を生成し、最後まで形になることなく霧散した。

 同時にオルソベーアの巨体が重たく倒れ伏した。その姿を注意深く見届けて、シラーフェたちはそれぞれ警戒を解いた。


「解体は無理か。ほっときゃ他の魔獣が食うだろうし、とりあえずこの魔石だけ回収しとくか」


 事切れているとはいえ、硬い皮膚は健在。今までのように解体して必要な素材を回収することは断念し、リトは魔石だけを拾って立ち上がる。


「こいつは……」


「どうかしたのか?」


 掌ほどの魔石をじっと見つめる。幼い頃から鍛えられたという瞳が、微かな驚きを含んで魔石を鑑定する。

 アルベに及ばないにしろ、リトはかなりの目利きだ。そのリトを驚かせる何かがこの魔石にはあるのだろうかと覗き込み、シラーフェも目をわずかに見開いた。


「ここまで純度の高けぇ魔石は初めて見た。魔物を魔獣化させっとみんなこうなるのか?」


「いや……以前襲われたときは魔石まで確認しなかった。ギルドに聞けばわかるかもしれないが」


 魔石は石に含まれるマナの総量で純度が決まる。オルソベーアに嵌め込まれていた魔石の純度は、そうそう目にかかれるものではない。

 元々純度の高いものが使われていたのか、マナに汚染された生物に嵌め込まれていた影響なのか、判断するには材料が少なすぎる。

 一先ず、保留と結論付け、リトは手に入れたばかりの魔石をシラーフェに渡す。


「いいのか?」


「お前の従者のお陰で倒せたようなもんだろ。お前の剣にでも使ってもらえよ」


「……感謝する」


 せっかくの好意を無駄にしないと受け取る。リトには固すぎると笑われてしまったが。

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