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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第2章
17/86

17「気まずい旅」

 一日の休息を経て、龍の谷に発つ日となった。たったの一日ではリトと友好関係を築くのは難しく、変わらずの鋭い視線が投げかけられている。

旅の間に少しでも改善すればいいが、シラーフェはそこまで自分の対人能力を評価していない。最悪、この視線をずっと注がれた状態での旅を送ることは覚悟している。


「マーモア様、おはようございます。この度は私、オディス・ソネリエがお供をさせていただきます」


「ああ。よろしく頼む」


 今回の旅はオディスを含めた数人の騎士が同行することとなった。

 徒歩での旅ということもあって、護衛の人数は最小限に抑えてある。


「リト、俺の弟をよろしくな。あんま、つんけんすんなよ」


「役目は果たすさ」


 ライ相手でも変わらずの素っ気なさを見せるリトではあるが、感情はやや柔らかく見える。

 それもシラーフェの視線に気付いてすぐに鋭いものに変わってしまったが。

 元々の性格というわけではないことが分かっただけでも充分だ。きっとシラーフェの何かが彼の気に障っていて、それが分かれば仲良くできるかもしれない、なんて野望を密かに抱く。


 仕方がないだろう。シラーフェは今まで友人と呼べる者がいなかった。

 対等の立場として話せる相手はおわず、少しでも仲良くなれたらと思ってしまうのである。


「シラーフェ様」


 聞こえた声に視線を向けるより先に抱きつかれる。上目遣いにこちらを見ているのはエマリである。

 一緒に来たらしいソフィヤが慌てて追いかける姿を横目にシラーフェはその頭を撫でる。少し擽ったそうにしながらもエマリは催促するようにその頭を擦りつける。


「シラーフェ様に撫でられるの、好き」


「そうか。良い子に待っていたら、また撫でてやろう」


「ん。やくそく」


 頷くエマリは背伸びをして、自身の角をシラーフェに向けた。彼女がやらんとしていることを察して、シラーフェはその身を屈める。

 向けられるエマリの角とシラーフェの角を重ねる。


「ああ、約束だ。帰ったらカザードの町を見て回ろう」


 魔族の間には約束を交わすときに角を重ねるという風習がある。シラーフェも幼い頃によくやったものだ。

 懐かしい気分に浸りながら、もう一度エマリの頭撫でて立ち上がる。


 エマリは少し寂しそうな表情を見せつつも、気丈に堪えて小さく笑ってみせる。たくさん辛い思いをしたエマリに、また寂しい思いをさせてしまうことを申し訳なく思う。

 返ってきたら、お詫びや褒美というわけであないが、何か贈り物をしようと密かに考える。


「気が済んだならさっさと行くぞ。時間が惜しい」


「ああ、すまない――」


 謝罪する間を与えないまま、リトは先に歩き出す。その後ろを速めた歩調で追いかける。

 リトの態度に思うところがあるのか、オディスが眉を顰めているのが横目に見えた。自国の王子に対する不敬を不愉快に思いながらも、相手は他国の王子である以上、非難することもできないといった感じだ。

 シラーフェは視線で気にしていないことを示して、なんとか気持ちを収めてもらった。


 この旅の間ずっとこれが続くのか。シラーフェ自身は気にしていないとはいえ、騎士たちの心情を思うとやはりリトと少しは親しくなった方がいいのかもしれない。

 せめて鋭い視線を向けられないくらいにはなりたい。


 時間はある。まずは何か話を振って、距離を縮めたいところだ。と言っても、手頃な話題が見つからない。

 元々話すことが得意ではないこともあって、程良い話題がすぐに出てこない。これがライだったら、こうしては止んでいる間に話しかけて、仲良くなっていることだろう。

 数歩先を歩くリトの距離を遠くに感じる。最初の一言すら思い浮かばず、背中を見つめるばかり。


「シラーフェ様、龍の谷のことを伺ったらいかがでしょう。リト様は何度か訪れていらっしゃるようですから、参考になることもあるかと」


 悩むシラーフェにいち早く気付いたユニスが潜めた声で助言する。

 今まさに向かっている場所のことならば、確かに話題としてちょうどいい。ユニスに感謝を告げ、少し歩調を速める。


「リトは龍の谷に行ったことがあるんだったな。少し話を聞いても構わないだろうか」


 なるべく機嫌を損ねないよう、言葉を選ぶように声をかける。顔を正面に向けたまま、鋭い視線が横目にこちらを見た。

 言葉は返ってこず、拒否されなかったことを良しとしてシラーフェは話を続けることにする。

 向けられる視線を肯定だと解釈して口を開く。


「カザードは龍の谷と昔から交友があるのか?」


「龍の谷ミズオルムがあるのはうちの領内だかんな。定期的に希少素材を納めることを条件に好きにさせてんだよ。いつからか、までは知らねえけど、オレがガキの頃にはすでにこんな感じだった」


 無愛想ながらも、ちゃんと答えてくれたことに驚きと嬉しさを抱く。

 リトから向けられる声はいつも鋭いもので、険のない声色は意外だった。雑にあしらわれることも考えていた手前、予想外の反応に思っていたよりも嫌われていないのとすら考えてしまう。


「龍族は気難しい性格だと聞くが、話が通じないというほどではないのだな」


「面倒くせぇヤツらだが、無理難題と押し付けてくるわけじゃねえ。あいつらは単に身内を守りてぇっつぅ感情が強ぇだけだ。求めるもんが分かってりゃあ、話すのは簡単だ」


 エルフと似たようなものだろうか、と思案する。数ある種族の中でも一際長命と言われる種特有のものなのかもしれない。個体数が少ないからこそ、同族意識が強いのだろう。


「魔族も似たようなもんだろ? お前らもお前らで身内に甘すぎんだよ」


「そうかもしれないな」


 吐き捨てるような言葉に頷けば、一瞥で睨まれた。何か気に障ることを言っただろうか。

 考えても答えは得られない。魔族が身内に甘い――情が深い種族であるのは事実だ。

 シラーフェ自身、兄たちに甘やかされてきた身ゆえ、より強い実感を持って肯定した。


「……ちっ、甘やかされた坊ちゃんにこいつらの相手ができるか――ぁ?」


 リトの体がぶれる。身を逸らすように下がったリトの横から魔獣が現れる。

 長い胴を持つ魔獣は大きく開いた口から鋭い牙を覗かせている。危機を察した肌が仄かに粟立ち、その感覚に突き動かされるようにシラーフェは剣を抜いた。


 思考を回すことなく、ほとんど反射で振り向いた剣で魔獣の口を貫く。

 串刺しになった魔獣を、剣を払う動作で打ち捨てる。


「悪くねえ手際だ。皮の傷もほとんどねえ、上出来上出来」


 今度は一転して機嫌を上に向けたリトは、魔獣の死体の前にしゃがみ込んだ。

 魔獣の死体を検分し、器用にその皮を剝いでいく。慣れたもので、数分の間に魔獣は綺麗に解体されてしまった。


「見事なものだ。その皮をどうするんだ?」


「武具の素材にすんだよ。サーペンテの皮は伸縮性が高い。防具の関節のとこなんかに使われる。肉の方は今回は捨てておく。そのうち、他の魔獣や獣が食うだろうさ」


「肉も素材にすることがあるのか?」


「いんや、食料にすんだよ。冒険者の中じゃ珍しくねぇぞ」


 魔獣を食する分かは聞いたことがある。アンフェルディアでも一部ではよく食べると聞く。

 マナを集めて吸収し、マナを放出する特性を持つ魔族が多く集まる場所はマナの濃度が高い。

 魔族の国たるアンフェルディアでは自然的にマナに侵された獣――魔獣が生まれやすい。


 体に害をなすわけでもなく、むしろマナの補給もでき、身近な食材の一つとして食べられていると聞く。場所によっては普通の獣よりも手に入りやすいこともあるのだろう。

 ただ貴人が食べるものではないとかで、日々の食事に魔獣が出ることはなく、シラーフェ自身は口にしたことはない。


「魔獣とはどんな味がするんだ?」


「うまいヤツはうまい。まずいヤツはまずい」


 端的な返答では求める答えは得られず、首を傾げる。


「サーペンテはまずくはねえが、味が薄い」


 シラーフェの反応を見て取ったのか、リトは補足するように言った。


 捨て置かれた魔獣サーペンテの死体を一瞥するシラーフェを他所にリトは剥いだ皮を纏めて荷物に詰め込み、立ち上がる。歩みを再開させたリトに慌てて、シラーフェもまた歩き出す。

 魔獣の襲撃に気付けなかったことに強い責任を感じたようで、騎士たちはいっそう警戒を持って二人に同行する。


「この旅の間に食べることにはなるだろうさ」


「食事が必要であれば、我々が準備しますが」


「んあ、いらねえよ。現地調達できんだから問題ねえだろ。それとも何か? 大事なお坊ちゃんには魔獣なんてもん食わせらんねぇとでも言うつもりか?」


 ユニスの申し出にリトは面倒臭そうに言葉を返す。その視線がシラーフェの方に向けられ、瞬きで疑問符を示す。


「それに見てみろよ。お前の主は興味あるみたいだぜ」


 向けられる視線にユニスのものが追加される。妙に通じ合っている様子の二人にシラーフェの中で訝しさは強まる。

 交わした視線の中から何かを読み取ったらしいユニスは息を小さく呟き、


「シラーフェ様がお望みなのであれば、私から言うことは何も」


 自身の立ち位置を意識するように言った。

 対するリトは思うところがあるのか、わずかに目を細める。が、口では何も示さず、鼻を鳴らした。


「……ついでに言っておくが、ここはサーペンテの縄張りだぜ。気ぃ抜いてるとがぶりとやられるぜ」


 ちくり刺すような視線を感じて反射的に剣の柄に触れる。シラーフェが剣を抜くよりも早く、ユニスの剣が現れたサーペンテの影を貫く。宙で身を躍らせていたサーペンテの胴に穴が空き、地を散らしながら地面に落ちる。


「さっきのは斥候だったか……っ」


 現れたサーペンテはユニスが倒した一体だけではない。話をしている間に包囲されていたようだ。

 シラーフェたちの周囲には襲い掛かってきたサーペンテの同サイズの個体が十数匹、小型の個体が一〇〇匹近く集まっていた。気配探知は得意な方だが、まったく気付かなかった。


「こいつらは一〇〇匹以上の群れで行動する上に、気配を消すのがうめぇ。気付いたときには囲まれて死ぬ冒険者も少なくねえ。雑魚だからって甘く見てるとがぶりだぜ」


 面白がっているような、試すような口振りのリトはこんな状況でも武器を抜く気配がない。サーペンテの対処はシラーフェたちに任せるきらしい。

 これもシラーフェの実力を確かめる一環なのかもしれない、そう思って剣を抜く。


「マーモア様、ここは私たちにお任せください」


 先程の失態を取り戻すべく奮起するオディス。騎士たちの意思を無下にする気にもなれず、剣先を下に向け、任せるに徹する。

 危なくなれば手を貸せるように納剣はせずに騎士たちの戦闘を見守る。

 しかし、シラーフェが手を貸す必要はなさそうである。少人数ながら一〇〇を超えるサーペンテと危なげなく渡り合っている。


 オディスともう一人が前衛として斬り込み、残りの二人が魔法で援護する形だ。それぞれの特性を理解した編成を上手く組んでいるようで、その戦闘に隙はない。少ない取り零しはユニスが片付ける。

 ここまでくれば、シラーフェが出る幕は完全にないだろうとそっと剣を納める。


「アンフェルディアのヤツならこれぐらいは余裕か」


「やはり試していたのか?」


「別に試していたわけじゃねえよ、あいつらはな」


 シラーフェのことを試そうとしていたのだろうか。

 手合わせで互いの力量は把握できているはずだが、それ以上の何をリトはシラーフェに見ようとしているのだろう。

 他者の感情を察するのが苦手なシラーフェには少ないなりにやりとりから考えを読み解くのは難しい。

 もしかするとそれが、リトがシラーフェを睨みつけている理由なのかもしれない。


「リト、お前は……。ならば、俺のことを試すつもりだったのか?」


 問いに返ってくるのは視線。苛立ちを乗せたそれが肯定だとは思えず、シラーフェは眉根を寄せる。

 リトは問いに答えないまま、増えてきたサーペンテの解体作業に移る。巧みな手捌きで皮を剥いでいくリトを邪魔することもできず、考えの読めない横顔を見つめる。


「大量、大量っ」


 次々に量産されるサーペンテの死体を前に嬉々として素材を回収する姿を見ていると、そこまで複雑な考えがあるようにも見えない。試す云々よりも素材を集めることの方が比重が大きく見える。


「……はぁ、はっ……リト様、貴方はここが魔獣の縄張りだと知っていて我々をっ、マーモア様を案内したのですか?」


 一〇〇を超えるサーペンテを討伐し、上がった息のままにオディスがリトへと迫る。

 シラーフェへの態度に対して溜まりに溜まったものがここに来て爆発した。自国の王族が危険に晒されたこと、王族を守る立場として許せないものがあったのだろう。


 相手が他国の王族である事実を他所につり上がった赤目がリトを見る。オディス以外の騎士たちもリトに対して思うところがあるようで、その視線は厳しい。


「オディスさん、落ち着いてください。ここで感情的になっては……」


「ユニスさんは何も思わないのですか? 自らの主が危険な目に遭わされているのですよ⁉」


 そこにあるのはどこまでも純粋な騎士として誇りとアンフェルディア王国への忠誠心であった。

 情熱とも言い換えられるそれを向けられるリトは何故か口角をあげた。


「オレは適切な道を案内してるだけ、そこにたまたま魔獣の縄張りがあっただけだぜ」


「詭弁を……っ。ならば、縄張りを避ける道を選べばいいだけでしょう⁉」


「文句があんならそれでもいいぜ? 自分たちだけで龍の谷にいきゃあいい。まっ、カザードで魔獣のいねぇ道は少ねぇが」


 挑発するようなリトの物言いにオディスは悔しげに言葉を呑み込む。

 護衛の身で旅路を決めることはできない。騎士として高い誇りを持つが故に怒りを見せるオディスはそこまで理性を捨ててはいなかった。


「オディス、俺は気にしていない。怒りを収めてくれ」


 苦手意識を心中に渦巻かせながらも、仲裁に入る。王族であるシラーフェに間に入られてはオディスもこれ以上言い募ることはできず、「申し訳ありません」と引き下がる。

 口にした通り、シラーフェは特に気にしていない。が、ここはオディスたちの心情を汲み取って、リトに怒った方がいいかもしれない。考えてはいても、それを実行に移す気にはなれなかった。何故なら――。


「俺はリトが悪い人だとは思えない」


「……私もシラーフェ様と同意見です」


 ほとんど口の中で紡いだ言葉に続くユニスの肯定に背中を押される気分で仄かに笑んだ。

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