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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第2章
13/86

13「魔獣の魔物化」

 騎士数人を伝令として向かわせ、すぐにライとオディスが合流した。

 一先ず、確認できる範囲の魔物はすべて討伐し終える。負傷者はおらず、結果としては悪くないと言えるだろう。

 もっとも生まれ育った村は壊滅状態となり、親を失った少女を前にして言えることではないが。


「魔石の回収も含め、魔物の死体の処理はギルドに依頼を出しときゃいいだろう。騎士の何人か残してくことになるけど、問題ないよな?」


「はっ。人員はこちらで選出します」


 ギルド――冒険者ギルドと言えば、分かりやすいだろう。

 国というしがらみを持たないかの組織は、アンフェルディア国内にもいくつか点在している。

 あらゆる雑事を依頼という形で受け付けてくれるギルドは便利屋としての側面も持つ。


 もちろん必ずしも依頼が受けてもらえるわけではないが、今回は回収した魔石を報酬として出せば、受ける者も少なくないはずだ。魔物を倒す危険を冒さず、魔石が手に入るのだから、冒険者にとってはおいしい話だろう。

 ライやシラーフェの名前を出しておけば、信頼度も高くなる。


「兄上、可能であれば、村人の捜索も依頼内容に加えていただけませんか?」


「あー、そうだな。情報につき、追加報酬ってな感じでいいか。後は衛兵に連絡……も居残り組に任せときゃいっか」


 慣れた様子で、ライが今後の動きを指示していく。

 ライは何度もギルドを訪れたことがあるようで、依頼の内容に関しても細かに指示を出した。信頼度を上げ、尚且つ依頼を受けてもらいやすくなる記述の仕方なども熟知しているらしい。

 知識にあるだけのシラーフェはほとんど任せるに近い形だ。


 一通りの動きはライとオディスが上手くまとめ、残す問題はエマリの処遇だけとなった。

 話をしている間ずっとエマリはシラーフェの傍に立っていた。口を一文字に結び、視線をずっと下に向けたままの幼い少女の指がシラーフェの裾をぎゅっと掴んでいる。


 家族の埋葬が終わってすぐは墓の前から動かなったエマリだったが、ライたちが合流する頃には何故かシラーフェのもとに戻ってきた。それからはずっとシラーフェの服の裾を握っている。

「シフィも隅に置けないな」なんてライには言われたが、困っているというのが本音だ。

 懐かれるのは悪い気はしない。ただ表情も言葉もない状況っを少々持て余している。


「エマリちゃん、こんにちは。自分はソフィヤって言います。お話しても大丈夫ですか?」


 この場で唯一の女性であるソフィヤは膝を折り、目線を合わせてエマリに話しかける。

 ずっと地面を見つめていた瞳がわずかに上げたエマリはこくりと頷いた。

 女性の方が話しやすいだろうと判断して、シラーフェは事の成り行きを見守る。大勢の大人に囲まれるのも不安だろうと、ライとユニスは話が聞こえる程度の距離を取って、見守っている。


「エマリちゃんのこれからのお話です。ええと……エマリちゃんの親戚……村の外に頼りにできる人はいますか?」


 言葉を選ぶソフィヤの問いかけにエマリは首を横に振って答える。それが「いない」を示すものなのか、「知らない」を示すものなのかは判別できない。

 それきりエマリはまた視線を地面に落とし、ソフィヤは助けを求めるようにライの方を見た。


「なんでソフィヤちゃんの方が泣きそうな顔をしてんだよ」


「自分に子供の相手は無理ですよぅ」


 泣きつくソフィヤにライは苦笑に近い表情を浮かべる。従者に向けたものというよりも、世話のかかる弟妹に向けるような表情であった。ソフィヤはライより一つ年上なので、それもおかしな気がするが。


 全員の視線がエマリから外れた一瞬だった。大きな赤い瞳から大粒の涙が零れ、地面に染みを作る。

 一つ、二つ、染みの数が増えていくにつれ、その唇が嗚咽を零す。まだ受け入れられない悲しみを滂沱と流すエマリにそれぞれが意識を向ける。


「わ、わわ、泣かないでください」


 分かりやすく慌てるソフィヤの声も虚しく、エマリの瞳から流れる涙は止まらない。

 終えるに混じって紡がれるのはフレヤとクライルのことだ。家族を失うという大きな出来事と向き合うには時間が短すぎる。


 一時落ち着いても、何かの拍子に胸に空いた穴を思い出して涙が零れる。

 一度空いてしまった穴はどれだけ時間が経とうとも簡単に埋まるものではなく、時間の経っていない今なら余計に心を占拠していることだろう。


 シラーフェの中にも未だ消えない空白がある。

 ふとした瞬間にメイーナのことを思い出しては、胸がきつく締め付けられる。

 メイーナと歳の近いエマリの姿を見るだけでも、容易く思い出してしまうほどだ。

 もう呼ばれることのない呼び名を思い出し、腕の中で冷たくなる彼女を思い出し、全身から力が抜けていくような感覚がする。エマリと同じとまで言えないが、近いものを持っているとは言える。


「俺はお前の悲しみを取り除いてやることはできない。その胸に空いた穴を埋める方法を知らない俺には、大丈夫だとも言ってやれない。でも、お前の傍にいることはできる」


 語りながら、シラーフェは不器用に笑った。表情を浮かべるのが苦手な顔を、なるべく柔らかく、幼い少女の心に寄り添うような笑みを浮かべる。不格好に飾られた顔をエマリは涙に濡れる瞳で見つめる。

 シラーフェは自身の裾を握ったままのエマリの小さな手を、一回り以上大きな手を包み込む。


「俺も最近、大切な人を失ったんだ。同じと言うつもりはないが……残される者の気持ちは分かる。置いていかれるのは寂しいな」


 寂しい。

 これからも変わらず、ずっと近くにいると思っていたのだ。失うことがあるなんて考えてすらいなかった。

 でもきっと、事前に分かっていたとしても、胸に穴が空いたような寂しさは変わらなかっただろう。

 自分の心を埋めていた存在を失って、寂しいと思わないわけではないのだ。


「お前の寂しさを埋められる場所が見つかるまで、俺の傍にいたらいい。その寂しさを埋められるよう、俺も力を尽くそう」


「……ん。私も……そばにいる。いっしょ」


 数秒前まで心細そうに泣いていた少女とは思えない力強い目で目ありはシラーフェを見た。

 反射的に息を呑んだ。弱く見えた少女の中に自分よりも強い欠片を見つけて魅入られる。

 縋るようにシラーフェの裾を握っていた小さな手が、シラーフェの寂しさに寄り添っているように思えて。


「たまにここに来てもいい?」


「ああ、もちろんだ」


 少女の瞳に救われたように気分になるのは何度目だろう。そんなことを考えながら強く頷いた。

 包み込んだ掌からエマリとの確かな繫がりを感じ取って、不器用な笑みを柔らかに彩る。


「エマリちゃんは合流、と。ま、妥当か。下手に誰かに預けるよか、安心だしな」


 シラーフェが独断で決めたエマリの処遇ではあったが、特に誰からも反対されたことはなさそうだ。

 ユニスはシラーフェの意思を尊重するに徹し、ソフィヤは安堵を全面に出してエマリを歓迎する。

 ライを至っては、「城に帰ったら、オレも口添えしてやんよ。カナ兄以外に反対するヤツもいないだろうけどさ」とまで言ってくれた。


 エマリと一緒にいると言ったものの、実のところ、シラーフェはそこまで先に事は考えていなかった。

 無責任に言ったわけではない。理屈に頭を回すよりも、先に感情が口についたのだ。

 この、カザードへの旅が終わってもなお、エマリがシラーフェとともに在ることを望むのならば、城での立ち位置を考えねばならないだろう。


 幼い少女の望む未来へ繋ぐために力を尽くすのは、保護者の役を買ってでたものの大事な役割だ。

 ライの口添えを頼もしく思いつつ、シラーフェなりに彼女の未来のことをきちんと考えておこうと心に決める。兄の力を借りるのはその後だと。


 話し合いも終わり、今後の動きが固まったどころで、シラーフェたちはカザードまでの道行きを再開する。

 エマリはシラーフェとユニスの間に収まる形で座席に座っている。


 四人乗りでも貴族用の馬車は広く、幼い少女一人増えても充分すぎるくらい広い。

 散々泣いて疲れたらしいエマリはシラーフェに凭れかかるようにして眠っている。未だその手はシラーフェの裾を持っている。


「すっかり気に入られちまったな」


「たまたまです」


 たまたま、エマリの窮地を救ったのがシラーフェで、たまたまエマリの寂しさに寄り添えたのがシラーフェだっただけ。そこにあるのは偶然の重なりで、深い意味はない。


「そのたまたまが大事なんだぜ? 大勢の人がいる中で、この子に救いになれたのはシフィだ。それって充分すぎるくらい意味があることなんじゃねーか? たまたまでもシフィしかいなかったんだ」


 軽口を叩くのと同じ口調でライは滔々と語る。

 語り聞かせるほどの強さはない、自分の考えをただ口にしただけの声がむしろシラーフェの中に深く響いた。意識しなければ、聞き逃してしまいそうな軽い言葉が胸の内に染みる。


「シフィは子供に好かれる性質(タチ)なのかもな。そういや、精霊にも好かれるもんな。敏感なヤツらには分かんのかねぇ」


 何を、とまでは口にしないライ。首を傾げるシラーフェを前にやけに嬉しそうな顔を見せるばかりだ。

 なんとなくユニスの方を見れば、同じような表情をしており、擽ったい気もちが込み上げる。


「……。それよりも今回現れた魔物は一体何だったんでしょうか。あれほどの数の魔物をアンフェルディアで見たのは初めてです」


 これ以上、話が続くのは気恥ずかしく、話題を変えるために魔物のことを口にした。

 気になっていたのは事実で、エマリが眠っているのもちょうどいいと思って話を出した。

 ライも気になる部分があったのか、シラーフェをからかうように崩していた唇を引き結び、真面目な顔を見せる。


「ヒューテック領との国境付近ならまだしも、ここらで魔物が出るなんつう話はオレも聞いたことがねえ」


「最近、魔物が異常発生しているという話は?」


「それもねえな。他国のことまでは流石に把握しきれねぇが、少なくともオレの耳に入る範囲ではない」


 好き放題遊び歩いているように見えて、ライは広い交友関係から手広く情報を集めている。

 人の懐に入るのが上手いライは友人も多く、ウォルカ周辺の人ならみな知り合いなのではと感じさせてしまうほどだ。そこから生まれる情報収集能力はアンフェルディアの中でも屈指と言える。


 この情報収集能力こそ、ライが遊び歩いていても、兄たちから咎められない理由なのである。

 遊びに実益が伴っているのである。そんな兄が知らないとなると、今回の魔物出現の異質がより際立つ。


「仮に他国で異常発生していたとしても、国境じゃなくここで現れるってのもおかしな話だしな」


 エマリたちの村はややカザード国側にあるが、まだ国の中程だ。

 魔物は魔獣と違って自然発生することはなく、アンフェルディアで生まれることはまずない。アンフェルディアで現れる魔物はすべて他国から迷い込んだものであり、あれだけの数の魔物が現れたのであれば、先に国境付近で騒ぎになっていただろう。数が数だけにギルドも動いていただろうし、それがライやフィルの耳に入らないはずがない。

 事前に情報があったら、シラーフェのカザード行きも延期か、中止となっていただろう。


「魔物使いが入国していたのではないでしょうか?」


 そう口にしたのはユニスだ。

 シラーフェも、ライも、それがもっとも高い可能性だと思っている。

 冒険者登録していれば、比較的自由に国を出入りできる。アンフェルディアに入国した魔物使いが、何らかの手段を用いて、大量の魔物を招き入れ、エマリの村を襲わせた。

 現状、それが一番納得できる原因で、しかしそれで完結させるには腑に落ちない部分もある。


「オレもそれは考えた。けど、あんだけの数を使役できる魔物使いがいるならS級クラスだぜ? そんなヤツが入国してるってなったら、噂になってるはずだ。隠れて動くには目立ちすぎんだろ」


「力を隠して登録してた、とかじゃないですか? あ、それか、密入国とか? ですか?」


「ま、それが妥当かね。って言っても、シフィはまだ納得してねぇって顔してんな」


 今のところ、出せる結論でいれば、ソフィヤが言ったことがすべてだ。頭では理解していても、妙な引っ掛かりが納得まではさせてくれない。


「一つ、気になっていることがあります」


 魔物と戦闘したときに感じた引っ掛かり。気にしすぎだと言われたらそれまでで、口にするべきか迷う心を最後まで抱えながら、シラーフェは続きを口にする。


「魔術陣が出ていなかったんです」


 戦闘中には気付かなかったその違和は、時間を置いて考えて気付いた。

 魔物が使うのは魔術。魔術を発動する際には魔術陣が出る。これはどちらも揺るぎない事実であり、例外はない。


「見逃したのではないんですか?」


「んー、隠して発動してたとか、か? 冒険者の中にはそうする奴も珍しくねえつー話だが」


 ライ、ソフィヤの反応はあまり芳しくない。やはり言うべきではなかったか、と視線を落とした。


「魔物が魔術を使うのは誰でも知っていることです。わざわざ隠す必要はあるのでしょうか?」


「魔物にそこまでの知能があるとは思えませんが……」


「それを言ったら、魔術陣を隠す知能もないだろうさ」


 一石を投じるようなユニスの言葉にライとソフィヤはそれぞれに考え込む。

 横目でユニスを見れば、微かな会釈を返される。シラーフェの考えを読み取って上手く話の流れを整えてくれた。本当にシラーフェには勿体ないくらいのできた従者だ。


「私も一つ気になることがあります」


 話の流れに乗るようにユニスはそう口にした。


「今回確認された魔物は、テュホル山に多く生息する魔獣、シアンコウに酷似しているように見えました」


「テュホル山と言えば、あの村の近くにある山だったか」


 脳裏にこの辺りの地図を浮かべながら答える。テュホル山はエマリが暮らしていた村から程近い場所にある。

 魔獣に似た魔物。魔術陣なしに魔術――いや、この場合は魔法なのだろう――魔法を使う魔物。

 この二つの事実を合わせると、とある一つの可能性が浮かび上がる。


「魔獣の魔物化」


 シラーフェの一言が馬車の中に重く響いた。荒唐無稽な話に否定の声は上がらない。

 眠るエマリを覗いた全員の脳裏に同じ考えが浮かんでいた。

 魔獣の魔物化なんて話、聞いたこともない。が、魔物が誕生する敬意を考えれば、有り得ない話でもないのだ。


「村が襲われたのは何かの実験……とか」


 不意に零した呟き。口にしたソフィヤは慌てて口を押える。

 その視線は一度エマリへ向けられ、ほっと息を吐く。たかが実験のために自分の村が襲われ、家族が死んだなど考えたくもないだろう。エマリが眠っていてよかった。


「ったく、なんか面倒なことになってきたな。お気楽旅気分だったってのに」


 結った髪が乱れることも構わず、ライは頭を掻きながら大きく息を吐いた。


「カザードについたらフィル兄に一報入れた方がいいか」


「今からでも伝令を出した方がいいのでは?」


「ああ、そっか。シフィは知らないんだったな」


 言って、ライは場の空気を解すように表情をにやつかせ、「ま、楽しみにしとけって」と笑った。

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