表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第2章
12/86

12「残英」

 獰猛な獣が低く唸り声をあげている。見た目は犬に似ている。が、その胸には独特の光を放つ石が嵌まっており、報告のあった通り魔物で間違いないようだ。


 魔獣か、魔物か、見極めるには魔石の有無を見ればいい。魔物が人工的に作られたものというのは前述の通りであるが、その手法というのが生物に魔石を埋め込むというものなのだ。

 それ故、魔物には体のどこかに魔石が埋め込まれており、マナ汚染していても魔石のない生物は魔獣と判定される。


「GYAAAAAAAAA」


 魔物が高くあげるとともに宙に複数の魔法陣が描かれる。

 放たれるのは炎の弾だ。即座に剣で斬り伏せ、勢いを殺さないまま刺突する。


 マナ汚染した生物の最大の特徴がこれ、魔法あるいは魔術を使えることにある。ちなみに魔物が使うのが魔術であり、魔獣が使うのが魔法である。

 魔術は行使する際に先程のように魔法陣が浮かび上がるのが特徴だ。


 刺突した剣は掠めた程度、さらに踏み込んで魔石ごと首を斬り飛ばす。

 宙を舞う魔物の首に視線すら向けず、シラーフェは次の標的へと意識を向ける。

 一体倒したからと喜んでいられない数の魔物が目視で確認できる。


 剣を構え直し、先へ進む。鍛錬ばかりでほとんど実戦で振るうことのない剣を宙で滑らせ、線上にある魔物の体を浅く裂く。鮮血の中、さらに踏み込み、二手目で絶命させる。

 やはり実戦は違う。想定とズレた魔物の動きを学習し、脳内で新たに戦術を組み立てる。

 一手振るうたび、魔物の動きを目に収めるたびにシラーフェの動きは洗練されたものになっていく。


 意識は戦闘へ向けられ、どんどん傾倒していく。複数匹に囲まれてもなお、恐れなど欠片も湧かず、むしろ万能感が剣を振るう手に力を入れる。

 描いたイメージ通り動ける昂揚感に支配され、その速度は速くなっていく。シラーフェに自覚はなく、問題の動きが遅く見えることが万能感を増長させる。


「シラーフェ様っ!!」


 鋭いユニスの声に現実に引き戻されたシラーフェの視界を赤く染める。

 飛びかかろうとしていた魔物の体に突如穴が開き、そのまま地面に倒れ伏す。

 その様を呆然と見届けるシラーフェは知らぬ間に浅くなっていた呼吸を整えるために細く息を吐き出す。


 鼓動もまた速くなっていることを自覚しながら、ユニスの方へ目を向ける。

 ユニスは膝を折り、地面にナイフを突き立てている。そこには倒れ伏した魔物の影が残っている。

 影を縫い止め、影に向けた攻撃を体に転嫁させる。

 これもまた影人のみが持つ特殊な技術だ。影人として欠陥を抱えていると言っても、すべての能力が使えないわけではないのである。


「シラーフェ様、あまり前に出ないでください」


「すまない。少し……昂揚していたようだ」


 自分で口にしていながらも、正直信じられないでいる。今までも魔物や魔獣の討伐に駆り出されたことは何度かあるが、我を忘れて戦闘に集中したことはなかった。

 どちらかと言えば、たとえ獣でも傷付け、命を奪うことに躊躇いを覚えることの方が多かったように思う。

 自分から前に出て戦うことなどなく、同行している兄の指示に従いながら、下っ端の騎士に紛れるように戦っていた。

 それが我を忘れて、一人先行して戦っているなんて本当に自分なのかと疑いたくなる。


 〈復讐者(フリュズ)の種〉の影響か、元々シラーフェに備わっていた性質なのかは分からない。

 覚えていないこととはいえ、人族を残虐に殺したことで、箍が外れたのかもしれなかった。

 知らない自分が出てくることの恐怖心が剣を握る手を震わせた。


「大丈夫ですか? お怪我でも……?」


「いや、問題ない」


 平静を装う返答に、ユニスの心配の色は消えていない。

 一人で先行する、なんて普段と違う行動を見せたから余計に心配をかけているのだろう。

 自身でも処理しきれない事柄に言える言葉はなく、「大丈夫だ」と曖昧な言葉を返すのみ。


「この辺りの魔物は粗方駆除し終わったようです」


 やはり心配の色は消さないものの、他に優先すべきことへ意識を切り替えたユニスが告げる。

 言われて初めてシラーフェは周囲の状況を把握した。と同時に自分がどれほど周りが見えていなかったのか自覚し、愕然とする。

 どうやら先程ユニスが倒した魔物が最後の一体だったらしい。


 騎士たちは残党を警戒しながら、シラーフェの許に集まってきている。その視線は次の指示を待っていた。

 今はシラーフェが隊長。今までのように責任のない立場で剣を振っているわけではないのだと改めて自覚し、思考を巡らせる。

 ここから取れる行動は二つ。このまま先に進んで村の状況を確認するか、他の隊と合流するかだ。


「……このまま進んで村へ向かう。村人を見つけ次第、報告してくれ」


 小さな隊を率いられない状態では一国の王になどなれない。まずは今を全うする。

 魔物が現れてからどれほど経っている分からない以上、楽観はできないが、まだ村人が残っているかもしれない。時間が経てば経つほど、村人の生存率は下がる。


 シラーフェは魔物の討伐がしたいのではなく、村人を――国民を守りたいのだ。

 戦闘に溺れている暇はないと意識を切り替えた角が微弱なマナを感じ取った。

 何かに脅えている様子の微かな気配が、何故か鮮明に感じ取れて思わず足を止める。


「シラーフェ様?」


「人の気配がする……。こっちだ」


 突然の言葉に騎士たちは驚いて顔を見合わせる。彼らの反応に気を配ることなく、シラーフェは急かされるようにマナの出所の方へ足を向ける。

 すぐにユニスが後に続き、半瞬遅れて騎士たちが追いかける。後ろに気にすることなく、前へ前へ先行していく。

 していることが先程と同じだが、心持ちはまったく違った。


 やがて獣の唸り声の中に混じる少女の泣き声が聞こえた。

 そこで同行する騎士たちも気付いたようで、それぞれ緊張感を宿す。魔物に囲まれた少女を視認できる距離まで来たところで、一度足を止める。


「私が魔物を引き付けます。シラーフェ様は少女を」


 先んじてユニスが告げる。きっと自分が言わなければ、シラーフェが囮を買って出ると考えて先手を打ったのだろう。

 それを突っぱねる時間もなく、頷き、ユニスとともに飛び出す。


「ソンルシュ」


 ユニスは魔法で空砲を打ち、魔物の視線を一身に集めながら、群れに突っ込む。

 そのまま身を屈め、手前の魔物の影をナイフで突き刺す。


「ウィラー」


 巻き起こる風が右側の魔物の首を斬り飛ばす。短い間に仲間が二体もやられたことに起こる魔物の意識が完全にユニスの方に向けられる。

 その隙をついてシラーフェは手薄になった右側から少女へと駆け寄る。今まさに少女へ、襲いかかろうとしていた魔物がシラーフェに気付いて炎弾を放つ。


 微かな違和感を覚えながらも、「アイルース」と氷弾で炎弾を迎え撃つ。勢いよく立ち昇る水蒸気に紛れるように魔物の胸に剣を突き刺す。剣を抜くとともに溢れ出す血から庇うように立ちながら、少女と向かい合う。


 涙の溜まった赤目が大きく見開かれ、シラーフェを見つめている。

 瞬きで零れ落ちた涙が少女の頬を伝い、跡を残す。膝を折り、目線を合わせたシラーフェは零れた涙を救いあげるように指を伸ばし、不器用に笑みを作った。頬はほとんど動かず、口元だけがわずかに笑みを作った。


「遅くなってすまない。怪我はないか?」


 赤目は見返すばかりで少女が質問に答える様子はない。恐ろしい思いをしてまだ状況を処理するまで至っていないのか、どこか呆然とした様子でシラーフェを見つめている。

 シラーフェはあまり人の懐に入るのか得意ではない。そういうことはライの領分で、反応らしい反応のない少女の姿にどうしたものかと考える。

 ネリスにメイーナと、幼い少女との関わり合いは少なくないはずなのだが。


「ぅ……あっ、ああああああああああん」


 迷いを宿し、思考を巡らすシラーフェは突然の泣き声が驚いて思考を中断する。

 大きな瞳から滂沱と涙を流す少女を、半瞬遅れて抱き締める。ずっと気を詰めていたのか、少女はシラーフェにしがみつくようにしながら、大きく泣き声をあげる。

 シラーフェは小さな体を優しく抱きしめて、彼女の気が済むまで待つ。


 魔物の方はユニスと騎士たちが対処してくれており、少女が泣き止んだ頃にはすべての魔物が死体となって転がっていた。彼らは少女を下手に刺激しないよう、一定の距離を保って周囲の警戒に努めている。

 その中でユニスだけがそっと影を潜めるように歩み寄る。


 ユニスの気配を背後に感じながらも、今は少女の方に意識を傾ける。

 魔物をすべて討伐したという確証のない敵地の中でも、傍にユニスがいるだけで安心して首位意の警戒を任せられる。


「もう落ち着いたか」


「ん……ぁの…ありがとう、ございます」


 一度少女から離れたシラーフェは改めて目線を合わせて語りかける。


「俺はシラーフェンヴァルト・マーモア・アンフェルディアだ。シラーフェと呼んでくれて構わない。君の名前を教えてくれるか?」


「エマリ……エマリ・フォシルス」


「エマリ、か。近くの村の者か?」


 こくりと頷く少女。その瞳は村がある方が気になるようで、一瞥するように向けられる。

 瞳に宿るのは不安と恐れだろうか。見たところ、村の方から逃げてきたようなので村の状況が気になるのだろう。


「村まで案内してもらえるか?」


 この問いには迷いが宿る。瞳が波打ちエマリの唇が震える。

 流石に攻めすぎたと反省し、撤回するために開いた口が言葉を紡ぐより先にエマリが小さな声を零す。

 上手く聞き取れず、聞き返せば、エマリははっと息を呑み、瞳を揺らす。


「おかあ、さんが……」


「……母君が村に残っているのか?」


 エマリは首を振って否定する。潤む瞳から涙を零すエマリは震えた手で、シラーフェの指を掴んだ。

 一度後ろ、ユニスと騎士たちと視線を交わし、エマリに引かれるままに歩を進める。

 迷いなく進む少女は何か覚悟を決めた顔をしている。


 やがて微かな血の臭いに気付いたシラーフェは離れた位置に誰かが倒れているのを見つけた。

 エマリは気付いているのか、いないのか、歩む速度を変わらない。

 近付いて尋常ではない血が地面を汚していること、その体が獣に食い荒らされていることに気付いた。

 咄嗟にエマリの目を遮ろうとするが、エマリは一歩大きく踏み出した。


「っ……おかあさん」


 鼓膜を震わせた声に瞠目する。遠目に見て母親だと気付いたわけではないことを、その声ははっきりと告げていた。

 エマリは一度この死体、母の死体を見ているのだ。


 彼女は今、母の死体を見て何を思っているのだろうか。

 その横顔は表情らしい表情もなく、なんとなく心臓を鷲掴みにされたような気分になった。


「……エマリ」


「おねがいです……おかあさんを、帰してあげたい。てつだって、ください」


 惨たらしい姿を晒す母親の死体を前にして、エマリは深々と頭を下げた。

 真摯なその姿に込み上げるものがあるのにに何も言葉にならず短く「分かった」とっだけ答えた。

 彼女の母親の前で膝を折ろうとしたところで、ユニスに制される。ユニスはシラーフェを止めてすぐに、代わりに母親の死体を抱えあげた。


 そのまま一行は再び歩き出し、エマリに引かれる形で村の方へ向かう。

 村に近付いていくほど、魔物による蹂躙の跡は濃いものになっていく。

 どうやらあの魔物は村の近くから現れたらしい。村を魔物の脅威から守ることを考えていたが、この状況を見るに楽観視はできない。心中に重たいものを落とし、嫌な沈黙の中を進んだ。


「ここが、村……です」


 自然物の中に人工物の瓦礫が混じり始めた頃、エマリがぽつりと呟いた。

 村に辿り着いてもエマリの足は止まらない。自分の家に行くつもりなのだろう。

 母親を帰すという約束をした。一先ず、彼女の意思を尊重して歩みを進める。


「お前たちは村の中に魔物の残党がいないか、捜索してくれ。生き残っている村人がいないかもだ」


 騎士たちにはそう指示を出し、ユニスと二人でエマリに付き添う。

 間もなく、エマリの足が止まる。大きく震えた瞳が映し出すのは焼け焦げ、崩れ落ちた小さな家だった。

 渇いた唇が「おじさん」と呟く。消え入りそうな声が紡いだのはきっと彼女の家族のことなのだろう。

 小さく細い背中は真っ直ぐに瓦礫と化した家を見つめていた。


「おじさんというのはこの中にいるのか?」


「…っ……たぶん」


 少し驚いた顔を見せたエマリは迷うように頷いた。瓦礫の中にいない可能性も信じたかったのかもしれない。エマリの返答を受けたシラーフェは瓦礫の方へ歩み寄った。

 彼女の家族がこの中にいるのならば、助け出してあげたいと思った。

 見たところ、かなり時間が経っているようなので生きている可能性は低い。それでも、彼女の母親とともに弔ってあげたいと思ったのだ。


 エマリ以上に驚くユニスを視線で制し、シラーフェは瓦礫の中へと入った。

 不安げなユニスの視線を背中に受けながら、瓦礫をどかし、中へ中へ進んでいく。

 中は焦げていない部分も残されていて、食事中だったのか、食器のようなものが散らばっている。そして――。


「貴方が彼女の“おじさん”か?」


 問いに返答はない。それもそのはずで、倒れる男の胸には屋根の破片が突き刺さっていた。

 獣に食い荒らされた様子はなく、流石に崩れた家の中にまで入っては来れなかったらしい。


「ウィラー」


 風魔法で男に突き刺さる破片を切断し、その体を抱えあげる。

 そのまま家の外に出れば、いち早く気付いたエマリがその表情に安堵に似たものを混ぜる。“おじさん”の遺体だけでも見つかって胸を撫で下ろした、そんな表情だった。


「二人の遺体をこの家の庭に埋葬しても構わないか?」


「ん。おねがい、します」


 本当ならきちんとした墓地で弔うべきなのだろうが、状況的にもその余裕はない。何より遺族である少女が二人を家から離れさせたくないと願っているようなので、その意思を尊重させることを選んだ。

 シラーフェとユニスは互いに視線を交わし、庭の方へ足を向ける。


「デリクァ、デリクァ」


 大人二人分の穴を地面に穿ち、それぞれに遺体を埋葬する。エマリはその様子を無言で見つめていた。

 完全に二人の姿が見えなくなった頃、エマリは不意に家の方へ歩み寄り、足元に転がっていたスプーンを拾って戻ってくる。

 彼女はスプーンを、遺体を埋葬した場所に突き刺した。墓標の代わりなのだろう。


「二人の名前はなんと言うんだ?」


「お母さんはフレヤ……おじさんはクライル」


 マナに命令を出せば、不可視のそれは宙を辿り、即席の墓標の前で踊る。やがてマナは文字となり、「フレヤ、クライル、ここに眠る」と綴った。

 邪悪なものが入ってこないように簡易的な結界も張っておく。

 聖職者が正式な弔いに来るまで保てばいい。一通り終わった頃、村の調査を終えた騎士たちがシラーフェの許に戻ってきた。


「村全体をくまなく捜索しましたが、魔物は一体も確認できませんでした」


「村人は?」


「生存者は確認できていません。逃げ延びている可能性もありますが……」


「一先ず、捜索は中断していい。先に兄上たちと合流する。警戒は引き続き緩めないように」


 通りすがりに魔物を討伐した立場ではある以上、その先まで手を出すのは独断専行が過ぎる。

 これ以上は衛兵やギルドに任せるべき事柄だ。自ら動くにしても、王城、フィルに相談しなければならないし、今後の動きを考えるためにも、一度ライたちと合流した方がいいだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ