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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第5章

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104「エルフの国を取り巻く状況」

 エルフレイム国王、ストラトフ・アルフヘイム。生きてきた年月が刻まれた翡翠の瞳を同じ色の瞳が見据える。

 厳しさを含んだ瞳はストラトフを糾弾しているようにも見える。渦中にあるのはシラーフェなので、間に入るべきか迷いながらも事の成り行きを見つめる。


「シラーフェたちに対して迷いの森が発動していました。父上とユッグイグル神の間に連絡の不備があったのでは?」


 糾弾するレナントフはストラトフの不手際を疑っているようだった。

 ユッグイグル神への連絡が上手く行っていなかったから、シラーフェに対して迷いの森が発動した。


 素直に考えれば、まず可能性として浮かぶものだ。息子から注がれる厳しい視線を静かに受け止めて数拍、ストラトフは口を開く。


「私が伝え忘れていただけならばどれほどよかったか……」


 重々しい声音がさらに重いものを含んで紡がれた。息子から注がれる視線を涼しいものとして受け取りながらも、その表情は優れない。


 理由を知っているらしいリリィの表情を見て、シラーフェたちが合流するまで話していたことなのだと察する。

 ヤナの相手をしていたからか、レナントフは把握していないようで、眉根を寄せて瞳をさらに険しくする。


「現在エルフレイムは二つの問題を抱えている」


 妙に既視感のある切り出し方だ。

 龍の谷ミズオルムを訪れた際にも似たような話を持ち出された。ミズオルムのときは貴重な素材を手に入れるために、二つの問題を解決することを求められた。


「一つは、もうすでに遭遇しているようだな」


「歪な姿をした魔物のことですか?」


「その通り。二週間ほど前から確認されており、現在フリクルンドが調査を行っているが、どこから発生したのかも分かっていない」


 本来、客人に聞かせる話ではない。

 それだけシラーフェひいてはアンフェルディアを信頼しているのか、ここで話をせざる得ないほど切羽詰まっているのか。


 件の魔物の戦闘能力はそれほど高くはなかった。精々中級の魔物程度であり、単体ならば倒すのも難しくない。

 が、犇めいて存在していた存在を思い出す。森の至る所に同じように現れているのならば、人手不足に悩まされていることだろう。


「始まりはシャーロフがユッグイグル様に呼び出されたことだ」


 リリィと婚約関係にあるシャーロフの名前が登場し、思わず横目で姉の表情を確認する。

 そういえば、エルフレイムについてからまだ姿を見ていないと考えんながら。

 すでに聞いていた話なのか、リリィの表情にこれといった変化はない。


「西方に妙な違和感があるという話で調査に赴き、消息を絶った。それが二週間前だ」


 息子の行方不明をストラトフは語る。リリィの表情にはやはり変化はない。

 婚約者の総則が知れないという事実を綻ばせた唇のまま聞いている。その隣に座るネリスの方が痛ましい表情をしている。


「フリクルンドが引き継いで調査したところ、西だけではなく広範囲に出現していることが分かった。現在は魔物の討伐を進めながら、発生源を探っている」


「神が西に異変を感じ取ったのであれば、そこに何かあるのでは……?」


「こちらもそう考えているが、西は特に多くの魔物が確認されている。迂闊に踏み込むこともできないでいる」


 語るストラトフの表情は苦々しい。原因の調査はもちろん、シャーロフの安否を確かめるためにも、一刻でも早く調査に踏み込みたいのだろう。


「ユッグイグル神にも原因が分からないのですか?」


 世界樹の森はユッグイグルの体である。西に異変があると気付いたように魔物発生の原因となるものの存在を感じ取れていてもおかしくはない。

 浅いシラーフェの考えは、当然ストラトフも考えているはずで苦々しい表情は晴れない。


「それがもう一つの問題だ」


 晴れるどころか、さらに重いものを滲ませてストラトフは言った。


「現在、ユッグイグル様は深い眠りについておられる。こちらの言葉は届いていないようだ」


「どういうことですか⁉ 就眠期に入るにはまだ早いはずです」


 シラーフェよりも劇的な反応を見せたのはレナントフだ。腰を浮かせ、父王を見る。

 ストラトフは感情の読めない目で見返すのみだ。


 リリィとはぐれてすぐ、シラーフェがユッグイグルに呼びかけても返答を得られないことがあった。まさかエルフレイムの声すら届かない状況だとは思っていなかった。

 シラーフェが考えている以上に異常事態であることはレナントフの反応が教えてくれている。


「あまり詳しくないのですが、就眠期とは何ですの?」


「ユッグイグル様は数十年に一度深い眠りにつく時期があるの。一度の眠りで大体半年から一年くらいかしら。就眠期に入ってしまうとこちらの声は届かなくなってしまうのよ」


「エルフレイムはユッグイグル様によって守られているはずです。就眠期に入った際の警備はどうなっているのですか?」


「ユッグイグル様が眠ってしまわれても、世界樹の森の結界は問題なく機能している」


 就眠期というのはシラーフェも初めて聞く話だ。

 世界樹の森の結界は機能しているとはいえ、守り神が不在の時期があることを広く知られるわけにはきあないのだろう。神がいないと知れば、邪な心を働かせる者も現れる。


 エルフレイムは決してユッグイグル神に頼ってばかりの国ではない。

 足を踏み入れ、エルフレイム王族と直接顔を合わせばすぐに分かることだ。しかしながら、エルフレイムに足を踏み入れるどころか、エルフレイム王族に会う機会はそうない。

 多くはエルフレイムは神に頼りきりの国と思い込んでいる。


「なかなか興味深い話だね。植物の中には就眠期があるものもいると聞いたことがあるけれど、ユッグイグル神は植物という枠組みから逸脱した存在だ。眠る必要があるとは思えないが?」


「神と言えども完璧ではない。就眠期は我々の睡眠と相違ないものと考えればいい」


「ふむ、神ゆえ時間の規模が大きいということかい? その考えだと睡眠時間が少ない気もするが、俗にいうショートスリーパーというヤツだと考えれば納得できるかな」


 聞き慣れない言葉だ。響きからも推測の難しい言葉の意味を問いたいところだが、状況的に問うべきことが他にもある。


「早いということだが、就眠期が予定とずれることは今までにもあったんですか?」


「多少ずれることはあった。いづれも事前にユッグイグル様からお言葉があり、合わせて準備を整える形だ」


「今回はそれがなかったということですね」


 時間がずれることよりも、ユッグイグル神から連絡がなかったことの方が問題なようだ。

 就眠期と言っても、突然眠りにつくようなものではなく、段階があるという。部外者であるシラーフェにも今回の異常性への理解が追い付いてきた。


「歪な姿の魔物の件もあります。誰かが人為的にユッグイグル様を眠らせたのではないでしょうか?」


「神を眠らせるなど、できる者がいるとは思えない!」


 熱を帯びてシラーフェの言を否定するのはレナントフだ。シラーフェも今までの経験がなければ、神を害することができる存在がいるなど考えもしなかっただろう。


「神と言えども完璧ではない。君の父君が言った言葉だよ」


 この場の誰よりも冷静に状況を分析するヤナが端的に告げた。冷や水を浴びせられた状態でレナントフは言葉を詰まらせる。

 狙っているのか、いないのか、もっとも効果的な言葉で場の熱を取り除いた。


「ユッグイグル様を人為的に眠らせる方法がないとは言えない」


 ヤナによって整えられた空間でストラトフは重く紡いだ、息子とは違い、シラーフェの言葉を真摯に受け取るストラトフの瞳は、その可能性を知っていると物語っていた。

 翡翠の瞳が語る心当たりはきっとシラーフェが思い浮かべているものと同じだろう。


「父上、それはどういうことですか⁉」


「おやまあ、それは実に興味深い話だね」


 まるで温度の違う反応を受けながら、ストラトフは言葉を続ける。


「世界樹の森の最南、海との境となっているその場所に神殿がある。この緑青宮にある樹幹ともっとも太い根が繋がっている。その根に細工すれば、神に干渉することは可能だ」


「その神殿の警備はどうなっているのですか?」


「老齢の神官が滞在しているくらいだ。神殿の警備は完全にユッグイグル様のお力に依存している。この状況でどこまで機能しているかは分からない」


 辺境にある神殿を訪れる者などいないと高を括っていたところを上手く突かれた形だ。

 千年以上何もないのならば、緩んでしまう気持ちは分かる。エルフレイム内にある神殿のことなど、知る者も限られている。

 少なくともシラーフェは知らず、その反応を見る限りリリィも把握していなかったようだ。


「一度、その神殿に赴いた方がよさそうですね」


「その役割は私が適任かしら?」


「姉上⁉ 敵が潜んでいる可能性がある以上、姉上を行かせることはできません」


「シフィ、心配はいらないわ。お姉ちゃん、これでも結構強いのよ。それに何かあったら、メリベルが守ってくれるもの。大丈夫よお」


 おっとりと微笑むリリィの姿は『強い』という言葉とは程遠い。

 一言喋るだけで、場の空気を穏やかなものに作り変えながら、リリィはストラトフに赤目を向ける。

 柔らかいのに芯を持った瞳は凛と己の立場を見据えていた。


「ここは樹の乙女である私が適役だと思うのですけれど、いかがかしら?」


「リリィ嬢に行ってもらえるのならば、願ってもいないことだ。こちらも万全の警備を整えましょう」


 心配だからと反対できる雰囲気ではなく、シラーフェは二人のやりとりを黙して聞くしかできない。

 巻き込まれただけの部外者が容易く口を挟めることではない。ではないはずだった。


「その道行きにボクも同行しても構わないかな? というより、同行させてくれ!」


 同じく部外者の立場にあるヤナは遠慮などかけらもない様子で声をあげる。

 身を乗り出し、間に机がなければ、ストラトフに迫っていそうな勢いだ。


「申し訳ないが……」


「そこをなんとか! ユッグイグル神の神殿に足を踏み入れられる機会はなんてそうない。ここで逃がすわけにはいかないんだよ! 頼むよ」


「平時ならばまだしも、この状況ではとても許可を出せるものではない」


「危険だからと言う気だね⁉ そんなものでボクは止められないよ! 君がそこまで頑なに拒否するのであれば、こちらにも考えがある‼」


 そう言って、ヤナは鞄から何かを取り出した。

 一つや二つではなく、次々と取り出して机の上に並べていく。血で汚れたそれは人によっては顔を顰めるような代物だ。


 ネリスは分かりやすく表情を曇らせている。

 ヤナが次々にそれを並べている様を見ている中で、シラーフェはそれの正体に辺りをつける。

 同じく現場にいたレナントフもその正体は分かっている様子だ。

 ただ、何をする気だ、と疑うような瞳はヤナを止めるべきか纏っているようにも見える。


「これはボクがここに来る前に件の魔物から採取したものだよ。これを踏まえて、まずはボクの話を聞いてくれたまえ」


 何をする気だと身構える面々を裏切って、ヤナは冷静に切り出した。

 羽化していた腰を落ち着け、見た目だけは知的に、瞳には強い光を宿してヤナは語り出す。


「先に結論を話そうか。あの生物は魔物で間違いない。これが証拠だよ」


 ヤナが示すのは机に並べた採取物だ。種類ごとに纏められた中でヤナが示すのは血濡れの石だ。

 シラーフェが怪物と呼んでいた魔物から採取した魔石だろう。


「本来、魔物とは既存の生物を特殊に加工した魔石を埋め込むことで作るものだ。しかし、一度目にしたものならば分かる通り、件の魔物は既存のどの生物にも当てはまらない外見をしていた」


 学園の教授をしているからか、ヤナの説明はとても聞きやすい。流れる言葉に自然と耳を傾けてしまう。


「どんな外見をしていたか覚えているかい? はい、エマリくん」


「ん、いろんなのがくっついてました」


「その通り! 継ぎ接ぎだらけの外見さ。複数の生物を繋ぎ合わせた。便宜上、嵌合体と呼ばせてもらおう」


 突然話を振られて驚くエマリの返答に頷き、ヤナは「ここからが本題だ」と目を輝かせる。


「嵌合体が継ぎ接ぎだらけなのは、見た目だけではない。組み込まれている術式も継ぎ接ぎだらけ。魔石が複数ある個体もいたよ」


「それは一体どういう……」


「つまり、あの嵌合体は継ぎ接ぎにした生物を魔物にしたのではなく、複数の魔物を継ぎ接ぎにしたということさ。順番が違うのだよ」


 説明されても、シラーフェにはヤナの言いたいことが分からない。

 順番が違うことの何が問題なのだろうか。シラーフェには大して違いのないように思える。


「順番が違うと何か問題でもあるんですの?」


「問題があるというより、その異質性から分かることがいくつかあるという話だよ」


 ヤナはどこか得意げな顔を見せる。


「魔石の数が不鮮明である分、殺しにくい。魔石を壊しても安心してはならないと戦闘員には周知させる必要があるだろうね。うっかり再利用されてしまわないよう、死体の処分に気を遣う必要もある」


「それは死体から魔物が再構成される可能性があるということか?」


「そうなるね。そもそも嵌合体は不要になった魔物の死体を繋ぎ合わせたものだと思うよ。失敗作の再利用か、他所から拾ってきたものかは知らないけどね」


 死体を燃やすという判断は間違っていなかったらしい。しかし、ヤナの言葉には引っ掛かる部分もある。

 シラーフェは死体から触手のようなものが出ることを予想として死体を燃やした。ヤナは再利用される恐れがあるから気を付ける必要があると言った。


「嵌合体を作った者が近くにいるのか?」


「いるだろうね。あれだけの数を連れてくるのは容易ではない。切り刻んだ死体を持ち込んで、この森で再構成したと考えるのが自然だ」


「放置されているものを再利用すれば、いくらでも戦力を補充できるものねえ」


 頬に手をあてて首を傾けるリリィは困ったと表情を曇らせる。

 奔放な子供を前にしたときとそう変わらない表情に見えるから不思議だ。


「とはいえ、警戒するほどの相手でもない。来ているのは下っ端も下っ端だ」


「何故そう言える?」


「術式を見れば、相手の力量は分かる。嵌合体の術式は最低限機能すればいいってな感じの杜撰なものだった。まるで子供が組んだものだ」


 魔術を読み解くことのできないシラーフェには分からない感覚だ。

 要は練度が低いということか。


「専門ではないボクでももっと上手く機能させる方法が思いつくほどだよ」


 そこで一度言葉を切ったヤナは試すような色合いでストラトフを見た。


「とまあ、触りだけ話してみたけれど、どうかな? 僕が神殿について行ったら、そこそこ役に立つ思うよ。少なくともこの場で魔術を読み解けるのはボクだけだよ」


 そもそもの議題をそこで思い出した。ヤナの語りが自身がついて行く価値を示すものだったらしい。

 あんな遠回りな話の振り方をしなくとも、最初から魔術が読み解けることを推せばよかったのではなかろうか。


 魔族も、エルフも、魔術とは縁遠い種族だ。専門ではないと言いながらも語れるほど、魔術に詳しい人材は貴重だ。


「ヤナ嬢の言い分は理解した。同行を許可しよう」


 ヤナに気圧されたのか、やや疲労の色を滲ませながら、ストラトフは了承の意を示した。

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