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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第5章

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103「合流」

 レナントフに案内され、シラーフェたちは緑青宮の中を進む。


 遠くから見ていても圧倒されるほど、巨大な木の気配をすぐ傍に感じる。距離が近付いた分、より大樹の存在が感じられるが、不思議と圧迫感はない。強大な存在が傍で寄り添ってくれている感覚がある。


「すでにリリィたちは宮についているようだ」


 使用人からの知らせを受けたレナントフの言にほっと胸を撫でおろす。

 霧の発生によりはぐれてしまったリリィたちであったが、先に緑青宮に着いていたようだ。

 樹の乙女を乗せていたお陰か、姉妹を乗せた馬車は迷いの森の影響を受けなかったらしい。


 まずは無事な姿を見たいとレナントフの案内で、リリィたちがいるという応接の間に向かう。

 てっきり王宮に着いてすぐ別れると思っていたヤナも何故だか同行している。シラーフェの後ろで、エマリにあれやこれや話している。


 何気なく二人の会話に耳を傾けながら、レナントフに続いて応接の間の前に立つ。


 レナントフに先に譲られ、足を踏み入れた先で地を蹴る音がした。

 踵の高い靴が床を蹴った音とともにシラーフェの体は抱き締められる。

 突然の柔らかな感触に驚きながら、シラーフェは時間をかけてその正体を理解する。


「姉上……ご無事で何よりです」


「シフィこそ無事でよかったわ。突然はぐれてしまって心配していたのよ。こちらもいろいろとあったし……」


 含ませる言い方を誤魔化すようにリリィはシラーフェの後ろ、同行しているユニス、エマリ、ヤナに向けられる。


「エマリちゃんとユニスも無事でよかったわあ。可愛らしい子も一緒のようね、新しいお友達かしら」


 すぐにいつも通り、多くを包み込む穏やかさを纏ってリリィは語り掛ける。

 見知らぬ人間が同行していることを尋ねるように和らいだ赤目が向けられる。シラーフェが応えるために口を開くより先に、一歩前に出る人物がいる。


「初めまして、お姫様。ボクはヤナ・ヤーガ。メギストリス魔導学園で上級学園教授をやらせてもらっているよ。今は調査のためにエルフレイムにお邪魔させてもらっていてね、シラーフェとはさっき友人になったところさ」


「姉上たちとははぐれた後、いろいろありまして……」


 怪物の遭遇を離すべきか迷い、曖昧な言い方になってしまった。リリィは特に気にした風もなく、ヤナの前で美しいカーテシー見せた。

 ぱっと花咲く美しさで魅せ、場の注目を一手に引き受ける微笑を浮かべる。


「初めまして、ヤナさん。私はシフィの姉のリリアーナ・アスモディア・アンフェルディアよ。気軽にリリィと呼んでちょうだい」


 一歩、ヤナに歩み寄り、その手を取る。魔国一と謳われる美醜はここぞとばかりに笑みを深める。

 赤目にはヤナだけが映し出され、多くの男性を虜にしてきた微笑みを占領させる。


「私ともぜひ仲良くしてちょうだい」


「それは光栄なことだね! ボクからもよろしくお願いするよ」


 最上級の美醜を独り占めにしている状況など、気にもかけないヤナは真っ直ぐに己の言葉をぶつける。

 熱に浮かされるとも、躊躇いを覗かせることもなく、ごくごく自然にリリィの手を取る。


 思わぬ反応だったのか、リリィは微かに目を見開く。刹那の反応だけに驚きを留めてすぐにリリィはヤナ、そしてシラーフェたちに奥へ入るように促す。


「詳しい話は座ってしましょう」


 促されるままに進むシラーフェはふと立ち止まったままのヤナを見遣る。


「もしかしてボクは試されていたのかな?」


「気分を害してしまったのなら謝るわ。ごめんなさい」


「気分を害するなんてとんでもない。必要な警戒だと思うよ? 大切なものの傍にこんな怪しいヤツがいたら探りを入れたくなっても仕方ないことだよ」


 自分を客観視できている意外性は馬車で話したときと同じ。治す気がなさそうなところも馬車のときと同じである。

 表情らしい表情のないヤナの本心は読めないながら、あけすけな印象からは嘘はないと信じられる。


「それで、ボクは及第点くらいは貰えたかな?」


「充分よ」


「それならよかった。ならば、遠慮なくボクも話に参加させてもらうよ。安心してくれ、国の事情に首は突っ込まないからさ」


 言ってヤナはシラーフェの横を通り過ぎ、早々に空いている席に着く。


 席にはすでに二人の人物が座っている。

 一人は、年若い青年だ。金髪に翡翠の瞳に長耳とエルフ族の特徴を持つ彼は、シラーフェも知る人物で、このエルフレイムの国王である。


 名をストラトフ・アルフヘイム。シラーフェよりも幾分か、年上に見える青年だが、その年齢は数百歳を超える。龍族と並んで長命種と語られるエルフ族は見た目だけでは年齢が分からない。

 シラーフェを緑青宮まで案内してくれたレナントフも、とうに百は超えている。


 ストラトフはリリィが座っていたと思われる席の正面に座っている。何か話をしていたようで、机には呑みかけのお茶が人数分置かれている。


 もう一人、リリィの席の横に座っている者もまたシラーフェのよく知る人物であった。

 よく知る人物であったからこそ、シラーフェは不可解と眉根を寄せた。と同時にいるはずの者がいないことに気付いてリリィを見た。


「姉上、ネリスはどこにいるのですか?」


 消せない焦りが、投げかけた声に滲んでいた。


 リリィの席の隣に座っているのは少女だ。一見では少女にしか見えない人物である。

 灰髪と青い角、アンフェルディア王族に忠誠を誓う影の一族の特徴を持つ人物だ。灰髪は一部がピンクに染め、側頭部で二つに括り、小柄な体を改造されたメイド服で包んだ少女風の少年だ。


 名はリーカス・ツェル・ラァーク。アンフェルディア王族の末の姫、ネリーレイス・ベルゼビア・アンフェルディアの影を務める人物である。

 従者の立場にある者が主を差し置いて席に着くことなどあってはならないことだ。


 従者にしては自由さを持つリーカスであっても当然そのことはきちんと弁えている。でなければ、王族の付き人たる影になどなれない。

 にも拘らず、リーカスは隣に座っている。そもそも主であるネリスの姿がこの場にないことに異常事態を察し、シラーフェの胸は不安に苛まれる。


「シフィ兄様」


 焦燥を滲ませるシラーフェをリーカスが呼んだ。目を見開く。

 シラーフェのことをそう呼ぶ者は一人しかいない。


「シフィ兄様、わたくしは……ネリスはここにおります」


 間違いなくリーカスの姿をした者が、自分はネリスだと名乗りあげる。

 いくらリーカスでも冗談でそのようなことをするわけがない。少なくともこの状況で悪巫山戯はしない。

 それを理解してなお、シラーフェの脳内は混乱に包まれている。


「どういうことだ?」


「そのことも含めて話をするから、まずは席に着いてちょうだい」


 シラーフェの方もいろいろあったが、リリィたちの方もいろいろあったらしい。

 一先ず、席に着いて気持ちを落ち着ける。お互い話すべきことがたくさんある。


 ストラトフの指示で使用人が新たに加わったシラーフェたちのお茶を用意する。

 それを横目に、簡易的に挨拶を済ませる。お互い、礼儀作法よりも話を進めたい欲が強く、短い言葉のみで手早く終わらせた。今更、それで傷が入る関係性でもない。


「まずは私の方から話すわね。シフィもきっと気になっていると思うし」


 まずは今のネリスの状況を把握したい。そんなシラーフェを慮ってか、リリィがそう口火を切る。


「霧の発生によってはぐれてしまったところまではシフィたちと同じよね」


 聞き手を不必要に不安がらせないよう、リリィは普段と変わりない口調で語りかける。

 お茶会のときとまるで変わらないくらい変わらないおっとりとした声に自然とシラーフェも落ち着いて耳を傾ける。


「私はユッグイグル様の加護を受けているから、異常事態であっても世界樹の森で迷うことはないわ。シフィ達のことは心配だったけれど、状況把握を優先させて緑青宮を目指すことにしたの」


「賢明な判断だね。下手に探し回るより、エルフレイム王族を頼った方が確実だ。いくら変わりないと言っても慣れない土地を歩くのは危険だからね。自然の中なら尚更さ」


「そうね、地の利は大事だわ」


 世界樹の森は自然がそのまま残されている。

 迷うこと以外にも危険は多くあり、真っ先にエルフレイム王族との接触を選んだリリィの判断は適切だ。


「緑青宮へ向かう道中、私たちは見たことのない魔物に襲われたの。正直、魔物かすらも分からない姿だったけれど、今は魔物と言わせてもらうわね」


「それは……もしかして継ぎ接ぎだらけの魔物ですか?」


「あら、シフィも知っているのね」


「はい。我々も、姉上たちとはぐれた後に同じ魔物に襲われました」


 まさか、リリィたちの方も襲われているとは思わなかった。

 件の怪物との遭遇が今のネリスの状況に置かれている理由なのだろうか。


「魔物の狙いはわたくしでした。理由は分かりませんけれど、あの魔物たちはわたくしを捕らえるために動いているようでした」


 続きを引き継いで、リーカスの姿のネリスが語る。

 リーカスの姿で、リーカスの声で枯れるのがネリスの言葉というのはどうにも慣れない。

 ネリスは必死に感情を抑えて、努めて冷静に言葉を紡ぐ。その瞳は揺れていた。


「姉様も、騎士たちも皆、必死に守ってくだっていましたけれど、あまりにも数が多く……リカがわたくしの身代わりとして敵に捕らわれてしまったのです」


「残念だけれど、ネリスちゃんの身の安全を確保することを最優先に馬車を走らせて、その後は何事もなく緑青宮に着いたわ。それからストラトフ王に事情を話している間にシフィたちも合流したってところね」


 幼い頃からずっと連れ添っていた従者が不在なことに不安を覗かせるネリス。

 気丈に振る舞っている瞳は潤んでいる。自分のせいでリカが危険な状況に置かれていることに責任を感じているようだ。

 影は今回のように王族の身代わりとなることが役目とはいえ、簡単に割り切れるものではない。


「状況は分かりました。それでネリスがリカの姿をしているのは……」


「これはリカの力ですわ」


 影人は他者の影を纏うことで、影の持ち主とそっくりに化けることができる。が、これは影人自身にしか適用されないもののはずだ。


「リカは他人にも影を纏わせることができるのです。よく二人で入れ替わっているのですけれど、今回はそれを利用して敵を騙したのです」


 敵の狙いがネリスだと気付き、咄嗟の判断で入れ替わったのだろう。今回はそのリカの機転に救われた。


「つまり今、お姫様は従者の姿形をしているのだね。影人の話は僕も耳にしたことがあるけれど、これはすごいね。他人の皮を被っているようにはまるで見えない」


 影人という希少な種が使う特殊な力はヤナの興味を引いたらしい。


「ええと……ヤナさん、でしたっけ。少し近いですわ」


「おっと、すまない。馴染みのない力だったもので、興味を引かれてしまってね。参考までに聞きたいのだけれど、この力はどれほど持続するものなんだい? 持続させるためにマナを消費するものなのかな?」


 瞳に光を宿したヤナは矢継ぎ早に問いかける。謝罪に口にしているが、近すぎる距離を改める気はないらしい。

 ネリスは変わらずの距離に戸惑いに見せつつ、助けを乞うようにメリベルを見た。


 影人の能力については影人に聞くのが確実だ。リカの能力について知っていても、その細かな原理まではネリスも把握していないのだろう。


「影を纏う力は魔法の一種なのでマナは消費します。持続に関しては本人を気力や集中力の問題もあるので個人差があります」


 ネリスの視線を受けてメリベルが解説を担う。


「王族の影は一族の中でも優れた者が選ばれます。リカもその点では同じ、マナが枯渇しない限りは纏う影が解かれることはないかと」


「世界樹の森はマナに満ちた土地ですから、マナが枯渇することはないと言えるでしょう」


「なるほど、なるほど。ならば、偽物だとばれてしまう可能性は低いと見ていいのかな。飽くまで捕らえられたという影人くんが世界樹の森に入ればの話ではあるが」


 メリベルの説明とネリスの捕捉を聞いて、ヤナがそう結論付ける。

 ネリスの身代わりとなったリーカスが今も世界樹の森にいるとは限らない。目的を果たしたのならば、早々に敵地から離脱することを選ぶだろう。

 相手の狙いが不鮮明な状況ではどちらが正解と断ずることはできない。


「リカちゃんが世界樹の森の中にいるのは間違いないわよお。魔物に連れ去られる前に種をつけたから、大まかな居場所が分かっているわ」


「切り離したマナを対象にくっつけて逐一情報を得る魔物だね。それならば確実だ」


 リリィが得意としている木属性魔法には生み出した種を対象につけて居場所を把握するものがある。

 咄嗟にその魔法を行使したリリィも、知る者の少ない魔法の知識を当然のように披露するヤナも流石だ。


「話を邪魔にしてすまなかった。続けてくれ」


「そおねえ、なら次はシフィたちの方の話を聞かせてもらえるかしら」


「状況自体は姉上たちの方とそう変わりません。違いをあげるとすれば、魔物を撃退した後に野外調査中のヤナと遭遇したことでしょう。同行していたレナントフ王子の案内で無事に緑青宮に辿り着けたので幸いでした」


 迷いの森が発動していたのは間違いなく、あのままでは途方にくれていたことだろう。

 先に緑青宮に着いてきたリリィが捜索隊を要請してくれはしただろうが、正体不明の魔物がうろついている以上、早く合流できたのはよかった。

 ヤナとレナントフと遭遇したことは偶然の幸いだった。


「私からも改めて感謝させてもらうわ。レナントフ様、シフィを案内してくれてありがとう」


「シラーフェたちがはぐれたのはこちらの不手際もあるだろう。礼は不要だ」


 生真面目に返すレナントフは居住まいを正して父ストラトフ王に向き直る。



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