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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第5章

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102「到着」

 精霊馬に乗ったレナントフに先導されながら、馬車は再び動き出す。

 迷いの森が発動した状況でも、エルフレイム王族の案内があるのならば問題ない。


 ユッグイグルから直接加護を受けているエルフレイム王族は迷いの森の効果を無効化することができる。最低限の警戒だけに留めた状態で一行は森の中を進む。


「いやあ、これが王族専用の馬車かあ。中を見る機会なんて滅多にないから新鮮だね」


「ん。ほかにもいっぱいあります。これは長い旅のとき用の馬車です」


「用途に合わせて馬車を使い分けるなんて流石お金持ちだねえ」


 王族をお金持ちと一括りするのは随分大雑把な纏め方ではあるが、突っ込みはしない。

 意外にも相性がいいらしい二人の会話に水を差すようなことはしたくなかった。


 緑青宮へ向かうにあたって、ヤナも馬車に同乗している。

 野外調査の際にはレナントフの乗る冷静馬に相乗りする形で赴いていたらしい。帰りも同じく相乗りしようとしていたところをシラーフェが声をかけた形だ。


 三人で持て余していたくらいなので、一人増えたところで気にもならない。

 エマリを退屈させない話し相手ができてよかったというのもある。シラーフェではエマリを満足させられる話はできない。


「メギストリス魔導王国ってどういうところですか?」


「んー、そうだねえ、一言で言うならば変人だらけの国だね! 何せ、ボクの母国だ。説得力があるだろう?」


「ん、すごく。……えと、すごくなっとくできました」


 ヤナはちゃんと自分が変わり者である自覚があるらしい。分かっていて治す気がないのが良いのか、悪いのかは判断に困ることだ。


「メギストリスはボクみたいのがごろごろいるよ。研究者の国だからね。変人ばっかりさ。怖いだろう?」


「ん、すごくこわいです」


 ヤナのような者がたくさんいる国。想像してみれば、エマリの感想を頷ける。

 国としてまともに機能しているのか、一瞬不安が過ぎってしまう。

 失礼極まりないことではあるが、当のヤナ本人は気にしていないようだ。


「そうだろう、そうだろう。怖いだろう。ボクにもその気持ちはすごく分かるとも」


 などと自分で言うくらいだ。


「だが、面白い国でもある。興味があるならば、一度来てみるといい」


「人族の国に魔族が行ってもいいんですか?」


 人族と魔族は険悪な関係にあることは幼い子供でも知っていることだ。

 その象徴として魔族の住まう国アンフェルディアと、人族が住まう大地とヒューテック領を分ける壁がある。


 王都ウォルカにれば、否応にも目に入る壁の存在は人族の拒絶としてエマリの中にも刻まれていることだろう。

 アンフェルディアにとって人族といえば、ルーケサ人が真っ先に出てくることも大きい。


「メギストリスは種族による入国制限は設けていない。魔族も大歓迎さ」


 メギストリスはヒューテック領に属する国の中でも珍しくアンフェルディアと交易を行っている。

 数える程度ではあるが、アンフェルディア王族を訪れたことがあるくらいだ。


「エマリ、心配する必要はない。姉上を訪れたことのある国だ」


「シラーフェンヴァルト王の姉君と言うと……リリアーナ王女だね。ボクもちらっと見たことがあるよ。話を聞く通りとても綺麗な人だったね。まあ、本当にちらっと見ただけなんだけどね」


「……良ければ、シラーフェと呼んでくれ。まだその敬称には慣れていないだ」


 一年経っていて恥ずかしい話だが、未だに王と呼ばれることにしっくりきていない。

 迂闊に口にできない情けない話だ。あけすけなヤナに甘える気持ちと、周りにいなかった性情の人物と親しくしたいという思いを込めて口にした。


「ならば、遠慮なくシラーフェと呼ばせてもらうよ」


 打てば響く反応に口元を緩める。元々あまり王族に対する遠慮を感じさせない人物なので、特に躊躇いもないのだろう。


「それで、だ。話を戻すけれど、魔族の来訪はむしろ喜ぶ者の方が多いはずだよ。魔導の研究をしているボクらかしてみれば、魔導に愛された種族は興味深い研究対象だからね」


「愛されている……?」


「そうだよ、君たちは愛されている。世界を読み解く必要もなく、精霊の介入もいらずに魔導――魔法を行使できる種族なんて魔族しかいないからね。研究したいと思っている人は多いんじゃないかな」


 人族を代表とする多くの種族は、魔法の原理を読み解くことで生み出された魔術を行使し、超常的な現象を起こす。精霊はそもそもマナから生まれる、ヤナの言う世界の延長線上にいる存在だ。


 学術的観点で言えば、確かに魔族は特殊な存在と言えるだろう。

 そういえば、同じく研究者気質なケイトも、魔族の特殊性に興味を示していた。


「ヤナ様はけんきゅうしたくないんですか?」


「可愛い顔でくぁいいことを聞いてくれるねえ‼ そりゃもちろん! したいか、したくないかで言えばしたいとも‼」


 他人事のように言っていたので、ヤナの興味の外にあるものだと思っていたが、そういうわけではなかったらしい。無感情だった瞳の中に仄かな光を宿してヤナは答えた。


「世界のすべてを読み解きたいという欲は僕にもある。が、僕の専門からは少し外れるからね。あれやこれやと手を出して、すべて中途半端な結果になってしまっては目も当てられない。ボクの想像し得る一番の地獄だね」


「意外と冷静なのだな」


「無計画に突っ走るヤツだとでも思っていたのかい? まあ、否定できないところがあるのも、事実なんだけれども、それとこれとは別だね。ああ、別さ!」


 なんだか無理矢理に自分で逸らした話題を元の軌道に戻す。


「すべての分野を極められたら一番だよ。理想的な結末だとも。けれど、非才なボクにできやしないよ。ボクにできることと言えば、この人生のすべてを使って一つの道を極めることさ。それが真理にもっとも近付ける方法だと思わないかい?」


 ヤナが自分のことを非才と称するとは思わなかった。

 すぐに光を失う無感情な瞳は冷静に己の良く道を見つめている。

 シラーフェが今まで見てきたものとは違うが、これも確かに夢を見つめる者の目であった。


「ん……ちょっとだけわかるかも、です」


「おやおや、君も譲れないものがある口かい? その年齢で有望なものだね」


 ヤナに共感するほど譲れないものがエマリにあるとは知らなかった。

 真剣な表情に余程大切なものなんだろうと悟る。亡くなった母君に関わることだろうか。


「ん! ぜったいにゆずりたくないものです」


「うんうん、良い目をするねえ。好きな目だよ。特別にボクの同志と認めてあげよう。共に求める道を突き進んでいこうじゃないか」


「ん」


 なんだかよく分からない間にエマリとヤナの二人は意気投合して握手している。

 シラーフェは置いてけぼりにされている状況だが、仲良くなったのなら構わない。


「ところでヤナは何を専門しているんだ? エルフレイムに来たのも、研究が理由なのだろう?」


 研究のために訪れているのだから、エルフレイム、より正確に言えば世界樹の森に関わりがあるものだろう。

 そこまで分かっていても、魔導に連なるものといってもあまりにも範囲が広く絞りきれない。


「ボクの研究はマナによって生み出される超常的存在――言ってしまえば精霊の生態と構造に関するものだよ。ここに来たのは精霊からさらに先、神と呼ばれるようになったものを直接見てみたかったからさ」


 要は精霊に関する研究をしているという認識でいいのだろうか。

 マナから生まれる精霊は時間の経過や食んだマナの質によって格があがる。細かな段階までは知らないが、その最上位が神と呼ばれる存在だ。


 エルフレイムを守護するユッグイグル神もそうだし、魔族が崇めるアポスビュート神もそうだ。

 神として広く知れ渡っている存在は皆、元は精霊だったというのは有名な話だ。


「苦労したんだよ。エルフは警戒心が強い種族だろう? ボクに害はないと何年もかけて訴えてようやく聞き入れてもらえたんだ」


 実体を持たぬ身となったアポスビュート神や所在地が明確ではない他の神々に比べれば、まだ交渉しやすい一にいるのがユッグイグル神だ。エルフを口説き落とすのが難しくとも、他はその段階にすら移れない。

 そこまで考えて、ふとシラーフェが脳裏にもう一人の候補が浮かんだ。シラーフェにとってはユッグイグル神よりも取っつきやすい人物だ。


「シャトリーネ様には伺わなかったのか?」


「水精の女王だね。確かに候補にはあがっていたよ。ただ、ボクには話をつけるために伝手がなかったものっでね。一先ずエルフを口説くことに専念したわけさ」


 アンフェルディアでは比較的気軽に連絡ができるので盲点だった。


 国に属しているわけでもなく、独立した立ち位置にいるシャトリーネと接触する方法はそう多くない。水洋都市の長に繋いでもらうのが一番の無難ではあるが、それも確実とは言えない。

 青籃宮アトランティに直接赴けば会うことは可能だが、話をしてもらえるかは分からない。


 人が好きで、愛情深い御仁であっても、神話時代に名を連ねる者だ。おいそれと接触できる者ではなく、シャトリーネ本人も明確な線引きを持っている。

 シラーフェが近い存在として思えているアンフェルディアが長くシャトリーネと交友を続けているお陰だ。


「青籃宮に突撃するのも考えただが、同僚に止められてしまってねえ」


 突撃する気ではあったらしい。なんとも言えない気持ちでヤナを見つめる。

 あっけらかんと笑う姿は意外性もなく、同僚とやらの苦労が偲ばれる。


「まあ、青籃宮は海の底にあるという話だし、行こうと思って行ける場所ではないっていうのもあったよ」


 そちらがついでの理由に聞こえるから不思議だ。同僚に止められなければ、途中まで行っていてもおかしくない。


「……シャトリーネ様とは面識がある。ヤナが望むのであれば、俺の方から話を通しても構わないが」


「本当かい⁉ 望む、望む! 望んでいるよ、お願いするよ」


「あ、ああ……受けてもらえるかは分からないが、話はしてみよう」


 思っていた以上の反応に圧倒されながらも頷く。ヤナに、というより同僚かの同情からくる申し出ではあったが、喜んでもらえたのならよかった。

 シャトリーネは王位継承の儀の後に祝福の言葉をもらったきりなので、近況報告がてらヤナの話をしてみるくらいなら問題ないだろう。


「上手いこといったら、王立学院の方に連絡を入れてくれたまえ。吉報を待っているよ」


 表情は特に変わっていないのに喜んでいるのが伝わってくる。


「持つべき者は貴重な人脈を持つ友人だね。ボクは遠慮なく甘えていく派だからよろしくね」


「友人……なのか?」


「こうして顔を合わせて話せば、もう友人だろう?」


 ヤナの距離の詰め方はライに似ている。遠慮がなく、馴れ馴れしいとさえ、見える距離の詰め方なのに嫌悪感を抱かせない。


 友人かというこの問いかけすら拒否するのが馬鹿らしく思える。

 ヤナの中に存在する関係性こそ正解だと思わされる不思議な感覚があった。


「シラーフェも、エマリも……ついでにあまり話してはいないユニスこともボクは友人だと思っているよ。異国の地で友人がこれだけできるなんて来た甲斐があったよ」


「ん、私もヤナとなかよくなれてうれしい」


 新しい友達ができたことを喜ぶエマリ。年の差を感じさせない二人の関係を微笑ましく見る。

 余程離れているマレイネとも仲が良い時点で年の差など今更だ。

 ヤナも、マレイネも年の差を感じさせない性質で、エマリを子供扱いしないので相性が良いのかもしれない。


 そうこうしているうちに車輪の音が変わる。

 柔らかい土を踏む音から整地された地面を踏む音に変わる。世界樹の森を抜けて、エルフレイム国内入ったようだ。


「町に入ったようだな」


「ん。そと、見てもいいですか?」


 未知の土地への好奇心を覗かせるエマリに頷いて答える。

 エルフレイムの街並みは、今まで訪れたカザードやリントスとは大きく異なる。どちらかと言えば、原始的な雰囲気を残しており、町というより村といった方がしっくりくる。


 雰囲気だけでいえば、龍の谷ミズオルムに似ている。ミズオルムの規模を大きくした国というのがもっとも分かりやすいだろうか。


「エマリは町を見るのが好きなのかい?」


「ん、知らないものを見るのが好きです。すごくわくわくします」


「ふむ、エマリも道に愛する探究者ということだね。好奇心を持つことはいいことさ。それを楽しめるのならば、君はきっと大物になるよ」


 幼い可能性を好ましく見つめるヤナ。当のエマリ本人はよく分からないと首を傾げる。

 その反応すらも楽しむようにヤナは口元だけの笑みを深める。


「町に入ったというのならば、緑青宮につくのもすぐだね。きっと宮の姿も、エマリの好奇心をくすぐってくれるはずだよ」


「ん、たのしみです」


 ヤナは意外にも子供の扱いが上手い。

 自身の言葉でもエマリの好奇心を擽りながら、緑青宮の期待感を煽る。

 緑青宮を幾度か訪れたことのあるシラーフェも、高められた期待を裏切らない建物だと自信を持って言える。


 唯一、緑青宮を訪れたことのないエマリは期待に胸を膨らませ、移り行く景色を眺めている。

 エルフレイムは小さな国だ。エルフの国と言っても、すべてのエルフ族が集っているわけではなく、ユッグイグル神のお膝元で定住することを選んだ者のみが暮らす土地だ。


 森の中にあるという立地もあって土地自体はそこまで広くはなく、世界樹の森を抜けてから緑青宮の姿が見えてきた。


 緑青と名付けられてはいるが、王宮の外観は白で統一されている。

 独特な形をしており、その中心から天につくほどに大きな木が伸びている。


 元々世界樹ユッグイグルの本体があるところに、エルフレイムの象徴になる建物を建設したという話だ。シラーフェたちを乗せた馬車は白い建物の中に入り、止まる。


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