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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第5章

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101「異常事態」

 ユニスたちの紹介も終わり、一同は改めて怪物たちの死体へ目を向ける。

 風の刃によって斬り刻まれ、一部焼け焦げた肉の塊。かなり時間が経っているが、触手が現れないことをみるにそこまでの機能は組み込まれていないようだ。


「それでヤナはあの怪物について何か知っているのか?」


「いいや、まったく」


 ようやく本題だとヤナが怪物を庇った理由を探るための問いかけはあっさり玉砕する。

 あまりにもはっきり否定されたものだから、シラーフェは続く言葉は困惑で塗り潰される。


「……知らないのか?」


「そうだとも。ボクは彼らについて欠片もこれっぽっちも知らないよ」


「ならば、何故庇ったんだ?」


「そんなこと決まっているじゃないか! 未知だからだよ」


 再びヤナの瞳に光が宿る。どうやら興味のある話題への人並外れた熱がその瞳に光を与えるらしい。

 他者は圧倒させる光をも纏ってヤナは語る。


「あんな生物、ボクは見たことがない。世界樹の森に生息している固有の種なのかと思ったのだけれど、魔獣の特徴には合致しない。何より、森を熟知している王族すらも把握していないという」


 並べられる言葉の中に気になる単語があったが、話を止められる勢いではない。

 わざわざ止めるほどのことでもないので、シラーフェはそのままヤナの話に耳を傾ける。

 許可を貰ったという話は聞いている。エルフレイム王族と既知でも不思議はない。


「どういう経緯を以て生まれた存在なのか分からない。あの外見から察するに自然に生まれたものではない、人工的に作られたものだ。しかし、あのような歪な生命を作り出す方法など皆目見当がつかない」


 人工的作られた。魔導の専門家の口からはっきり告げられたことにより、シラーフェの胸はざわつきを覚えた。


 誰が何のために作ったのか。

 当然のように浮かぶ疑問に過ぎる答えがシラーフェの胸を、その奥にあるものを刺激する。


「専門ではないから当たり前なんだけどね! それはそうとして気になるじゃないか。未知は僕たち研究者にとって垂涎ものの御馳走だ。我慢なんてできるはずがないよ」


「そうなのか……」


 やや気圧されながら、シラーフェは頷く。もはやそんな反応にすら意識を向けず、ヤナは爛々と瞳を輝かせる。いっそ恐ろしさを感じさせるほどに。


「それで、だよ」


 大きく一歩踏み出し、ヤナはシラーフェと距離を詰める。

 無意識にシラーフェは一歩下がった。強者と相対するときとは別種の迫力がヤナにはあった。


「ここにある死体の検分をさせてもらってもいいかな?」


「……何か分かることがあるのならば、こちらからもお願いしたいところだが、少々厄介な状況にあるんだ」


 シラーフェの返答を受けて、ヤナは分かりやすく肩を落とした。

 瞳の光も失われている。なんというか、とても分かりやすい人だ。

 他者の感情の機微に疎いシラーフェにも、その一喜一憂がはっきりと見て取れる。


「俺たちは今、手違いでこの世界樹の森を迷っている。よければ、エルフレイム王族と繋いでくれないだろうか?」


 ユッグイグル神と話すことができないのであれば、エルフレイム王族に直接道案内をしてもらうのが最善だ。

 ヤナが野外調査として森を散策しているのならば、近くに王族か、それに近い立場の者がついているはずだ。龍族と並んで警戒心が強いエルフ族が己の領域へ部外者を容易く立ち入れはさせない。


「なんだなんだ、そんなことでいいのかい? それなら簡単だよ。僕の野外調査には王族が立ち会っているからね。さっきは慌てていたから置いてきてしまったけど……あれ?」


 シラーフェの考えを肯定するヤナに道が開けたと思ったところで雲行きが怪しくなる。

 首を傾げるヤナ。そのまま彼女は当たりを見回し、ふと考え込む。


「ボクがどっちから来たんだっけな。君たちは覚えているかい?」


 戦闘に集中していたので、シラーフェはヤナが来た方角を知らない。答えを求めるように周囲を見る。


「あちらから来られていたかと」


 視線を受けたユニスが指し示す方法を見遣れば、何か煌めくものを捉えた。

 精霊の光とは違う輝きに訝しむシラーフェの前にその正体が姿を現す。


「ようやく見つけた……。野外調査の許可は出しましたが、自由に動き回っていいと言った覚えはありませんが?」


 輝いて見えたのは金色の髪だった。木々の隙間から射し込む陽光に照らされ、光を纏って見える。

 特徴的なのはその耳だ。側頭部から生える二本の角が魔族を示すものであるように、長い耳はエルフを示すものである。

 険を含んだ顔は見目が整っているせいか、いっそうの凄みがある。


「いやあ、ごめんごめん。すぐに周りが見えなくなるのがボクの悪い癖でね」


 悪びれる様子もなく、ヤナは快活に言った。まるで反省していない態度で注がれる翡翠の瞳はさらに深く険を刻む。

 シラーフェは二人の間に割って入るように、エルフの青年を相対した。


「お久しぶりです、レナントフ王子」


 シラーフェの姿を認めると同時に翡翠の瞳が怪訝そうに瞬く。

 彼の名前はレナントフ・アルフレイム。世界樹の森に守られたエルフの国、エルフレイムの第二王子である。

 幾度かエルフレイムを訪れる中で顔を合わせた既知の間柄だ。


「シラーフェ……いや、今は王でしたね。シラーフェ王、何故、貴方がこのようなところに?」


「今まで通りで構いません。急に態度を改められても落ち着かないもので……」


「では改め、何故このようなところに? リリィ嬢とともに宮に入るという話ではなかったか?」


「姉上たちが乗っている馬車とはぐれてしまったのです。どうやら我々だけ迷わされているようで途方に暮れているところでして、レナントフ王子にお会いできてよかったです」


「ふむ、アンフェルディアからの使者が迷うなど聞いたことがない。樹の乙女とはぐれたとて有り得ることなのか?」


 険しさを再度瞳に刻んだレナントフはほとんど独り言のように紡いだ。

 王族たるレナントフでも、この異常事態を把握することはできないようだ。


 何やらぶつぶつと呟きながら考え込むレナントフ。彼の悪癖だと言っていたのは誰だったか。

 数拍の間があって、考えを纏めたらしいレナントフの目がこちらを向いた。


「現在、この世界樹の森はいくつかの問題を抱えている。これもその一環だと思われる。はぐれた際の詳しい状況を教えてくれないか?」


「辺りが突然濃い霧に包まれ、気付いたときには前方にいた馬車が消えていました。霧の出現も、馬車の消失も前触れのないものでした」


「話を聞く限り、迷いの森が発動した際と同じ状況ではあるな」


 濃霧の発生は迷いの森の一環だったようだ。周囲を覆う霧に景色を隠され、転移される。目印になるもののない森の中で彷徨い続けるに充分すぎる機能だ。


「……しかし、ユッグイグ様も此度の訪問のことは知っているはずだ。何度も訪れているシラーフェの気も当然覚えていらっしゃる。万が一、手違いがあったとしてもすぐに気付かれるはずだが」


 シャトリーネが水を通して世界中の状況を把握しているように、ユッグイグル神も森を彩る木々を通して状況を把握している。

 本来であれば、すぐにでも迷いの森の誤作動に気付いて、シラーフェたちを本来の道に戻してくれるはずであった。


「神にも何度か呼びかけてはみましたが、応答はありませんでした」


「この世界樹の森においてユッグイグル神に声が届かないだと⁉」


 翡翠をこれでもかと見開いてレナントフは大きな声をあげる。余程の衝撃だったのか、驚きを映し出す声に傍で聞いていたエマリが肩を跳ねさせた。反射的にシラーフェの後ろに隠れる頭を撫でる。


「俺が思っている以上に厄介なことが起こっているようだな。一度宮に戻って父上の話を聞くべきか」


 これもまた独り言のように呟くレナントフはすぐに考えを纏め、こちらに目を向ける。


「シラーフェたちの方は俺が責任を持って宮まで案内しよう」


 これで一先ず外れた軌道を戻すことができた。はぐれたリリィたちのことは緑青宮についてからエルフ王も交えて話す方がいいだろう。案外、先に緑青宮に着いているかもしれない。


「と言うことでヤナ嬢、一度野外調査の方が中断させてもらって構わないか?」


「それは、それは……横から聞いているだけとはいえ、非常事態であることは理解している。一刻を争う状況だということも分かっているとも。しかし、しかしだね、ボクにも譲れないものはあるんだよ」


 シラーフェとレナントフの会話でなんとなく事情を察してくれたらしいヤナは堂々と拒否を示す。


「一刻を争うというのであれば、ボクも同じだ。標本にも鮮度があるからね。何よりボクは自分のこの疼きを抑える方法を知らない。君も言っただろう、シラーフェンヴァルト王⁉」


「何をだ?」


「エルフレイム王族と繋いだら、死体の検分をしてもよいと! 言っただろう⁉ 忘れたとは言わせないよ!」


「ああ……確かに言った。忘れてはいない」


 勢いに気圧されながらも頷けば、ヤナは満足げな表情を見せる。やはり距離の近いヤナから視線を外し、レナントフに向き直る。


「すまないが、彼女が検分するのを待ってもらえないだろうか」


 エルフレイム王族を紹介してもらう条件を提示した以上、果たさなければならない。

 あの怪物の素性(そせい)はシラーフェも気になるところではあるので損にはならないはずだ。次、いつ検分あるか分からない以上、切り捨てがたい状況であった。


「シラーフェが構わないのであれば、こちらから言うことはない」


「感謝します」


 一礼し、改めてヤナに向き直る。我慢できないと全身で表すヤナは瞳を輝かせる。


「ありがとう! 感謝するよ。ボクもできるだけ時間をかけないようにするから待っていてくれたまえ」


 言うが早いか、ヤナは早速怪物の死体のもとへ向かう。その速さは騎士たちに匹敵するのではと思わされるほどだ。

 瞳には強い光が宿り、笑み崩れたその姿はまるで子供のようだ。


 きらきらと表情を輝かせるヤナは躊躇いなく血溜まりに触れる。

 死体に触れる手は恐れを知らず、好奇心のみに突き進んでいる。


「レナントフ王子はあの怪物のことを知っているのか?」


「何とも答えづらい質問だな。知ってはいるというのが適当か」


 言葉通りの悩ましげな色を纏わせてレナントフは答える。客人という立場のレナントフには話せぬこともあるだろうとそれ以上の追及をやめる。

 そんなシラーフェの懸念を杞憂と示すようにレナントフは複雑な表情のまま言葉を続ける。


「あれが現れ始めたのは……確認できている範囲では二週間前だ。俺も報告を受けてはいるが、実物を見たのはこれが初めてだ」


「二週間前……そんなに最近なのか」


「本来ならば客人を迎えられる状況ではないのだが、連絡が間に合わず申し訳ない」


「起こってしまったことは仕方ありません。アンフェルディアとしてそのことを責める気はありません」

 

 勝手に国の総意を苦にしてしまったが、今の王はシラーフェなので問題ないということにした。

 問題があるようならば、事後処理を担当することになるであろう二人の兄に誠心誠意謝罪しよう。


 シラーフェ個人の意見を言わせてもらえば、旅先で騒動に巻き込まれえることは慣れている。

 やはりシラーフェの旅運はすこぶる悪いらしい。連絡が遅れたエルフレイムを責めるものより、諦念の方が先立つ。


 むしろシラーフェのせいではないかと不安になってしまうほどだ。

 二週間前となれば、ちょうどシラーフェたちがアンフェルディアを出発した頃だ。呼び寄せてしまったような気にさせられる。


「そう言ってもらえると助かる」


 険しい表情のまま、端的に応えるレナントフ。厄介事が起こっている中で友好国との関係に亀裂が入ることにならず、安堵が表情に滲んでいた。


「現在、兄上が調査を行っている。俺はヤナ嬢の接待を任されていて詳細までは知らないんだ。気になるのであれば、宮に戻ってから父上に聞くといい。無碍にはされないはずだ」


 知らないという以上に迂闊なことは口にできないといった印象である。

 この世界樹の森を取り巻く異常事態について、現状では部外者であるシラーフェにどこまで話していいのか分からないのだろう。


 シラーフェもこれ以上追及することはやめる。緑青宮を訪れれば、多少なりとも藩士を聞けるのであれば、ここでレナントフを詰めるよりずっといい。


 ここはエルフレイムの領地であり、シラーフェは出しゃばれる立場にない。お人好しを発動した介入したくなる気持ちを抑えつつ、検分を行うヤナを見遣る。


 検分は順調に進んでいるようで、標本になるものか、何かを死体から取り出していた。

 輝く瞳が嬉々として見ているものが積み重なった死体の山だとどれだけの者が想像できるだろうか。


「ふふ、ふふふふ……ふはっ。最高の時間だったよ。成果は上々だ! 改めて感謝を伝えさせてもらうよ。ありがとう! ふふふふふ」


 余程嬉しかったのか、堪えきれない笑声が終始零している。表情は澄みきっており、開いた口から涎が垂れている。

 手に入れた標本を入れていると思わしき、鞄をうっとりを見つめている。


「ああ、そうだった。死体の方は処分してくれて構わないよ。見たいところは見れたからね。本音を言えば、残しておきたいところではあるけれど、放置していると厄介なことになりかねないからね」


「承知した。――シンフラメ」


 唱えれば、炎が燃え上がり、怪物の死体を燃やし尽くす。

 マナが豊富な土地なので、消耗を心配する必要もなく、火力を最大限にあげて一気に燃やす。


 すべてを灰に変え、すぐに魔法で出した水で消失する。燃え移らないように気を付けてはいたが、森林火災など洒落にはならない。

 怪物の死体処理を済ませて、シラーフェたちは改めてレナントフの案内によって緑青宮を目指す。

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