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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第5章

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100「上級学園教授」

 赤黒い物体が森の奥で犇めき合っている。細かな特徴、継ぎ接ぎにされた部位は個体差があり、その姿は様々だ。姿形は多種多様ながら、不気味さは共通だ。

 遠目には肉塊が犇めきあっているように見え、目にしたときの不快感はいっそう大きい。


「あれは一体何なんだ」


 再度、この疑問が零れ落ちる。

 一度目と違い、その歪な姿を目にしたから零れた二度目にはつい困惑が混じる。


 少なくとも魔獣ではない。魔獣は既存の生物がマナ汚染されることで生まれるものであり、その姿は元々となった生物の要素を強く引き継ぐ。継ぎ接ぎだらけの魔獣が生まれることはない。


 明らかに人工的に作られた姿を見せるそれの正体を素直に考えれば、魔物ということになるが。

 魔物かどうかは魔石の有無を確認すれば分かる。見える範囲に魔石はなかった。

 死体は焼いたので体内にあったのであれば、表出しているだろうが、今は確認する余裕はない。


「マーモア様、いかがなさいますか?」


「……流石に数が多い。いくらマナが豊富な土地とはいえ、消耗は避けたいところだが、それを許してもらえる状況とは言い難いな」


 そもそも今はリリィたちとはぐれて森に取り残されている状況だ。

 森を彷徨う現状を打破する目途が立っていない状況ならば、身の回りの安全を確保することの方が鮮血か。

 まだ空が明るいうちに最悪を備えて野営を行える環境は整えたいところだ。


「幸い敵はそれほど強くない。密集しているのならば、大技を叩き込めば駆逐できるか」


「同時詠唱による複合魔法はいかがでしょう? うちの隊では五人までなら同時詠唱が可能です」


 複数人が同時に魔法を行使することでより強い効力を発揮するものだ。負担を複数で分けるものであり、少ない消耗で大魔法を行使することも可能だ。

 互いの息を合わせることが昼用であり、人数が増えるほど行使する難易度があがる。


 それを五人同時も可能とは、王族の護衛を任されるだけはある。

 エルフの国を訪れるということで特に魔法に長けた隊を選んだのだろう。


「ならば、あれの一掃はお前たちに任せる。撃ち漏らしは俺とユニスで受け持とう」


「承知いたしました」


 一礼ののち、指揮役は騎士たちへ説明に向かう。

 騎士たちの動きは彼に任せておけば問題ないだろう。下手にシラーフェが介入すれば、培われた連携の邪魔をしてしまう。


 騎士たちから視線を外し、シラーフェは犇めく怪物へ目を向ける。まだシラーフェたちに気付いた様子はない。何をするでもなく一所に集まっている。


 醜悪な外見を持つ怪物たちは、幻想的な景色を描く森の中にまるで馴染んでいない。

 この森の生態系に属するものではないことは間違いないように思えた。


「ん、シラーフェ様」


 一度思考を止めたシラーフェは袖を引くエマリに目を向ける。


「シラーフェ様、私はなにをしたらいいですか?」


 何かしたいと大きな赤目が語っている。

 宿る遠慮は己の力量を理解しているが故だ。出しゃばって足手纏いになりたくないという思いと、少しでも力になりたい思いが複雑に混ざり合っている。

 揺れるエマリの瞳に笑いかけ、その頭を撫でる。


「エマリは怪物の死体を燃やしてくれ。触手がでてきては困るからな」


「ん! がんばります」


 腰のリボンから杖を抜き、やる気に落ちた表情で抱える。

 エマリが魔法の練習を頑張っていることは知っている。今では使える魔法もかなり増えた。

 経験を積ませてやることも必要だと不安な心は抑える。


「練習の成果を見せてやれ」


「ん!」


 力になれることが余程嬉しいらしい。

 乏しい表情の中に歓喜を乗せるエマリを微笑ましく見つめる。そうこうしているうちに準備を整えた指揮役が戻ってくる。


「準備が整いました。合図でいつでも動き出せます」


「こちらも問題なく動ける。いつでも構わない」


 シラーフェの言葉を受け、指揮役はすでに陣形を組んで待機していた騎士たちに指示を出す。

 騎士たちはそれぞれ三人と五人に分かれて動き出す。


「「「ウェンアイル」」」


 三人の方が冷風を発動させる。怪物を凍らせることで動きを封じ込められることは実証済み。

 怪物たちがこちらに意識を向ける前に攻撃を仕掛ける奇襲の形だ。


 犇めく間を縫って駆ける冷風が怪物の体を瞬く間に凍り付かせていく。

 いくつかの目がこちらを抜いたが今更だ。抵抗することもできず凍り付いていく。


「「「「「ウィラーシャント」」」」」


 ほとんど間を与えず、五人組の騎士が詠唱する。

 巻き起こるのは風。先程の触れるものを凍らせる風とは違う、触れた者を切り裂く刃の風だ。


 怪物が集うその中心に突如として巻き起こり、周囲を呑み込んで肉塊へと変える。

 五人による同時詠唱ということで、その規模は通常よりも大きい。


 無慈悲に生み出される死の光景を、シラーフェは己の役割を果たすために注視する。

 規模が大きい分、足元が疎かになる。細かな制御は苦手とする同時詠唱魔法の中、絶命に至れなかった怪物に向けて魔法を放つ。


 傍らではシラーフェに与えられた役割に奮起するエマリが残骸を焼いてくれるので見つけやすい。


「……これで最後か」


 疲労を息に込めながら放った魔法が最後の怪物を刈る。


「確認してまいります」


「ああ。何が起きるか分からない。気をつけろ」


 指揮役と数人の騎士が全滅を確認に向かう。問題ないと合図を受け、シラーフェも合流する。

 血で汚れた地を踏むことを嫌って、ユニスに途中で制止されてしまった。

 やや離れた位置から怪物の死体を観察する。が、その手の知識に疎いシラーフェには見ただけでは何も分からない。


「一先ず燃やしてしまうか」


 死体が触手の類が出てきても困る。これだけの数から一斉に触手が放たれれば、それだけで致命的だ。

 死体を残していても、調べるだけの知識がない以上、危険が付き纏う。

 燃やしても魔石は残るので、死体をあさる真似をしなくてもよいというのもある。


「では、私の方で――」


「待った、待った――っ!」


 火魔法を発動させようとした指揮役を制止する声が姦しく響いた。

 聞き覚えのない女性の声に訝しんでいる間に声の主は血溜まりに侵入する。

 衣服に血が跳ねることも厭わず、女性は怪物の死体と指揮役の間に割って入る。


「待って、待って、待ってくれよ。いきなり燃やすなんてあんまりじゃないか」


「貴様、何者だ? 返答によっては敵と見なして斬らせてもらう」


「待って、待って、そっちも待って。ボクは怪しい人間じゃないよ。見ての通り、人畜無害な女子だよ」


「私の目には怪物を庇う不審者にしか見えないな」


 冷たい視線を注ぐ指揮役は剣を捌き、警戒を露わにする。

 王族の護衛を担っている以上、不審者を見逃すわけにはいかない。


「分かった、分かったよ。ちゃんと名乗るからさ、その物騒なものはしまってくれよ」


 口調では焦り、怯えているようではあるが、その佇まいは妙に落ち着いている。

 ちぐはぐな印象が余計、女性を怪しい人物に思わせる。警戒を全面に表す指揮役の裏で、シラーフェも警戒の視線を注ぐ。


「ボクの名前はヤナ・ヤーガ。メギストリス魔導王国王立魔導学園の上級学園教授だよ。ちゃんと学園の名簿にも記載されている。疑うのなら調べてくれたまえ」


「生憎だが、今は調べられる環境にない。大人しく投降しろ」


「うわあ、確かにその通りだ。こうなるとボクの身の潔白を証明する術はないと言っても過言ではないね! どうしよう、困った」


 なんというか賑やかな人だ。

 自分の言葉に一喜一憂し、表情が変わらない代わりに身振りで感情を大袈裟に表す。

 悪い人には見えないというのが、シラーフェの抱いた印象だ。


「何故、メギストリスの者がここにいるんだ?」


 今にも女性、ヤナを斬り捨てんと剣を構える指揮役を制止し、問いかけた。

 ヤナは初めてこちらの存在に気付いたと言わんばかりに目を大きく見開いた。


「何故かってそれはもちろん決まっている! 調査のためさ、それがボクの仕事だからね」


「調査というのは何の?」


「それはもちろん、この世界樹の森についてだよ。この森は実に貴重な標本があるからね。何年もかけてしつこくお願いして、ようやくエルフレイム王族から許可を貰えたのさ」


 虚空を思わせる瞳に光が宿り、端が上がった口元が歓喜を訴える。

 声音や挙動は変わらないが、表情が数秒前とはまるで違う。輝かんばかりの表情は妙な圧を感じさせ、シラーフェは思わず一歩下がった。


「神の力が細部まで及んでいる土地なんてそうそうないからね。草木一つ取っても、単にマナ濃度が高い場所に生えたものとは違う。その特殊性を分析することで、一般に神と呼ばれる存在を読み解くことができるかもしれない」


 未だ警戒を注ぐ指揮役も、気圧されるシラーフェも、その他周りを飾る者たちのことも気に留めず、ヤナは早口で言葉を並べ立てる。

 どんどん熱が入り、その顔は恍惚としたものとなっていく。笑顔すら通り過ぎ、快楽に溺れている者の顔だ。


「読み解ければ、神々の力を再現するという壮大な未来も近付く。それは人類にとって目覚ましい一歩だ。千を超える年月を過ごし、焦がれてきた中で、小さく思える一歩も、巨大な怪物の一歩と見間違うものとなるだろう。君もそう思わないかい?」


「あ、ああ……言いたいことは分かった。一先ず、話を戻さないか?」


「んん? ああ、ごめんごめん。すっかりは話に夢中になってしまったよ。ボクの思いところだね。ところで元々何の話をしていたんだったかな」


「貴方の素性についてだ」


「そうだ、そうだ、そうだった。でも結局手詰まりなんだよね。ボクにはこれ以上、自分の潔白を証明する術はないよ」


 先程と一変、元の無表情に近い表情に戻る。

 虚空を思わせる空っぽの瞳でこちらを見て、堂々と潔白証明の放棄を宣言する。


 あまりの潔さに思わず信じてしまいそうになる。表情はともかく、嘘の吐けない人という印象だ。

 考えていることがすべて言動に出ている。


「ほらほら、どうやってボクの潔白を証明する気だい?」


「僭越ながら」


 最早、立場が逆転したことを言い出したヤナにユニスが声をあげる。


「ヤナ様が学園教授であられるのならば、証明するための記章を持っておられるのではないでしょうか?」


 言われて初めて気付いたとヤナはその目を大きく見開く。相変わらず感情というものを宿していない作り物めいた瞳だが、驚いていることは伝わってくる。


「そうか、そうだよ、そうだった! いやあ、普段はあんまりに気にしてなかったから、すっかり忘れていたよ」


 魔導の研究が盛んにおこなわれているメギストリスにおいて学園教授は貴族に近い地位を与えられると聞いたことがある。それも上級ともなれば、かなり高い地位にいるはずだが、それを証明する記章を忘れるとはなかなか変わった人のようだ。


「あれ? あれれ? どこにやったかな。野外調査で落としては堪らないとポケットに入れたはずなんだが」


 貴重品であるはずの記章の杜撰な扱いにシラーフェは思わず苦笑を零す。

 ユニスは物言いたげな視線を注ぎ、指揮役は険をさらに上乗せする。


 やはり周りの反応などお構いなしのヤナはポケットをひっくり返し、中の物を次々に出している。

 野外調査とやらで手に入れたものなのか、草木や土の入った小瓶などが地面を並べられる。

 中には丸められた紙もあり、シラーフェの目ではゴミと判別つかないものばかりだ。


 あれらがヤナ言う貴重な標本というヤツなのだろうか。一つ一つどういうものなのか聞いてみたい好奇心に駆られるが、状況が状況だけに我慢する。

 そうこうしているうちにヤナはようやく記章を見つけたようだ。


「あった! あったよ。ほらほら、見てくれ! これがボクの身分を証明する記章さ。ちゃんと魔導王国の紋章と学園の紋章が描かれているだろう? それにほら、これは上級学園教授を証である光の魔石もついている」


「……確かに拝見しました。非礼をお詫びいたします」


「いいや、気にしていないさ。元はと言えば、ボクが記章のことを忘れていたのせいだからね」


 それはそう、とこの場にいる誰もが思っただろう。ともかくヤナに指揮役を責める意思がないようで安心した。


 いくら国王の立場にいると言っても、ヒューテック領に属する国の重鎮を怒らせた騎士を庇いきることはできない。

 シラーフェを守るための行動だけに切り捨てる判断を下さず済んでよかった。


「それもこれも思い出させてくれた君のお陰だよ。あの進言がなければ、命の危機だった。つまるところ、君はボクの命の恩人だよ。感謝するよ、青年くん」


「礼には及びません」


「謙虚な人のようだね。もっと自分の功績を誇ってもいいくらいだと言うのに」


 自分の功績を誇るユニスなどまるで想像できない。少し見てみたい気もするが。


「おっと、そういえば君たちの名前を聞いていなかったね。ボクにだけ名乗らせてずるいじゃないか」


「名乗りが遅れて申し訳ない。俺はアンフェルディア王国国王、シラーフェンヴァルト・マーモア・アンフェルディアだ。部下の非礼、改めて俺からも謝罪させてもらう。すまなかった」


「国王? アンフェルディアの王様はもっと年嵩の御仁だった気がするけれど、もしかしてその見た目でかなりの年齢だったりするのかい?」


「いや、それは父上のことだろう。一年ほど前に俺が継いだのだ」


「そういえばそんな話を聞いたかもしれないね。いやあ、ごめん。ボクは興味のないことを覚えるのが苦手でね」


 今までのやりとりを思えば、特に驚きはない。ともすれば不敬と断じられてもおかしくない発言だが、シラーフェはただ聞き流す。元々気にしない性質というのもあるが、ヤナの態度を見ていれば、その程度のことで怒る気にはなれない。


 いつもなら良い顔もしないユニスも眉根を寄せるどころか、呆れを滲ませるばかりである。少しだけ疲労の色が見える。

前話で書き忘れていましたが、あけましておめでとうございます

今年も拙作をよろしくお願いします

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