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魔王に花束を  作者: 猫宮めめ
第5章

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99「迷いの森」

 シラーフェは夢中で外を見るエマリの姿を見ながら馬車に揺られる。

 流れ行く景色に目を輝かせる姿は実に微笑ましい。窓掛けをあげる役割は途中でユニスと代わった。

 シラーフェはあまり気にならないが、従者の立場では譲れない者があるらしい。


「ん……ん?」


 窓の外を見ていたエマリが首を傾げる。

 訝しむシラーフェは窓の外を覗き込む。と同時に馬車が止まった。

 まだ王宮に着くには早いはずだ。


「何かあったのか?」


「申し訳ありません。どうにも霧が濃く、先の道が見えない有り様でして」


 御者の返答を受け、シラーフェは改めて窓の外を覗き込む。

 マナを食んだ木々が並ぶ美しい景色が広がっているはずのそこは白一色に塗り潰されていた。


 あまりにも霧が濃く、数メートル先すらも白に覆われて何も見えない。

 街道ならまだしも、慣れぬ森の中では進行を躊躇っても仕方がない。


「急にまっしろになりました。少し前まではきれいだったのに」


 霧が現れたのはエマリが首を傾げたのと同じ時期のようだ。

 そんなに短時間でここまで霧が濃くなることなんてあるのだろうか。


「霧が現れる予兆はあったのか?」


「いえ……本当に突然のことでして……」


 戸惑いを見せる御者の声を聞きながら考え込む。脳裏に浮かぶのは魔撃の可能性だ。

 魔法の中に霧を発生させるものはある。多分、魔術の中にもあるだろう。

 自然発生よりも納得できる原因が示すのは第三者の介入だ。


「マーモア様、いかがいたしますか?」


「複数人で周辺を探ってくれ。何かあればすぐに報告するように」


 護衛を担う騎士たちに周辺の調査を任せ、シラーフェは息を吐く。

 カザード行きと同じく、今回も馬車の周囲を騎士たちが護衛している。お忍びであったカザード行きのときよりもやや多いくらいだ。

 その騎士たちすら霧の予兆に気付かなかったとなるとやはり不審が募る。


「マーモア様! ……報告します。前方を走っていた馬車が消失しております。周囲を護衛していた騎士の姿も共に消失しております」


「なに⁉」


 前方の馬車、それはリリィとネリスが乗っていたものだ。シラーフェが乗っているものと同じ王族専用の豪奢な馬車だ。容易く見失うような代物ではない。


「最後に姿を見たのはいつだ?」


「霧が現れる直前までは視認できてしました」


「霧が現れてから五分も経っていないはずだ。そのような短時間で馬車は消えるものなのか?」


 有り得ないと心中で否定する。仮に姉妹の乗っている馬車とはぐれてしまったとしても、五分程度ならばすぐに見つけられるはずだ。

 騎士が周辺を探して見つからないのならば、はぐれたなんて単純な話ではなくなる。

 突然出現した霧のことも考えれば、きな臭さを感じる。


「迷いの森が発動した可能性もあるのではないでしょうか?」


 迷いの森、それはエマリにも説明した不法侵入者に対して働く世界樹の森の防衛機能である。

 森全体に方違えの魔法をかけた上で対象を転移させる。転移は定期的に発動し、目印になるもののない森の中で己の所在地も分からないまま彷徨い続ける。


 今のシラーフェたちが置かれている状況はまさにそれだ。的に射るユニスの言葉に考え込む。


「霧が発生するという話は聞いたことはないが、道に迷わせるためと考えれば納得もできる」


 引っ掛かるものがあるとすれば、ユッグイグル神は木属性の神ということだ。

 霧を生み出す魔法は水属性だ。火属性魔法でも霧を発生させることはできるが、どちらにせよ、今回は当てはまらない。


 目くらましの魔法は木属性にもある。ユッグイグルがわざわざ専門外の属性の魔法を起動させる必要はないはずだ。

 もっと高い可能性の中に不審の種を見つけ、シラーフェは晴れない気持ちを抱える。ともあれ。


「これが迷いの森の効果なのであれば、姉上たちの方は問題ないだろう」


 何かの行き違いで、シラーフェたちが不法侵入者扱いされたとしても、「樹の乙女」たるリリィが同情している馬車は該当しない。姉妹が無事ならば、積み重なる問題の一つは解消される。

 その上、これが迷いの森ならば、回避する術も分かっている。


「不法侵入者が森から出る意思を示せば、効果は切れて外に出られる」


 こうなってしまっては一度森を出るのも一つでの手ではある。応えは出ていても、やはりシラーフェの気持ちは晴れない。

 まさに外を覆いつくしているそれのように、濃い霧が心の中まで広がっている気分だ。


「もっとも原因が別にあれば話は変わってくる」


 対策はあれど、そもそもの原因に確信が持てない中では下手に動けない。

 あまりにも情報が少ない。このまま座して考えていても時間が過ぎるだけだ。


 時間の経過は時として致命傷を齎す。待機するにしても考えを纏めて決断することが必要だ。

 悩ましげに息を吐いたシラーフェは扉に手をかける。


「一度外に出る。直接見た方が気付けることも多いだろう」


「……同行します」


 危険が潜む場へシラーフェを行かせることへの躊躇を覗かせながらユニスが申し出る。


「ユニスはエマリについていてやってくれ」


「私も行きます! ついていきたいです」


「エマリ、外は危険かもしれない。中で待っていてくれないか?」


「でもっ……でも外はまっしろではなれちゃうかもだし……私もちょっとは戦えます。だから、一緒に行かせてください」


 大きな瞳は波立ってシラーフェを見つめていた。

 今にも泣きそうな表情は泣かないよう懸命に堪えている。シラーフェの足手纏いにならないように必死で、それでも堪えきれない感情が溢れていた。

 頭を撫でるシラーフェの手に頭を振って、こんなものでは納得しないとエマリは示す。


「分かった。俺から離れるなよ」


 エマリはこんなものでは納得しないと示す。


「分かった。俺から離れるなよ」


 幼い決意を覆すことはできないとシラーフェの方が折れる。

 霧が覆われた場所ではぐれてしまわないようにその手を取って、馬車から出た。


 外に出れば、その霧の濃さがさっそく牙を剥き、思わず顔を顰める。

 後ろに立つユニスの姿も、隣にいるエマリの姿すら見えない。

 視界は一瞬で白に埋め尽くされ、繋いでいる手以外に他者の存在を感じられるものがない。


 一人取り残されたような感覚が胸をざわつかせ、同じことを感じたらしいエマリが手を握る力を強める。不安を語る小さな手をシラーフェはそっと握り返した。


「ユッグイグル神、聞こえているだろうか! 俺はアンフェルディア王国国王シラーフェンヴァルト・マーモア・アンフェルディアだ。聞こえているのならば、応えてほしい!」


 声を張り上げ、シラーフェはこの森の主に語り掛ける。濃い霧の中、その声すらも呑まれていく感覚に襲われるが、届いているはずだと信じて応えを待つ。


 この森はユッグイグル神の一部だ。

 たとえ霧に呑まれようとも、微かなものとなっても届いてはいるはずだ。


「今日は挨拶のために参らせてもらった。突然の訪問への比例はまずは謝罪する。一度話をさせてもらえないだろうか!」


 呼びかけに応えはなく、シラーフェは眉根を寄せる。


 世界樹の森においてユッグイグル神に声が届かないなんてことは有り得るのだろうか。

 あるいはユッグイグル神が応えられない状況にあるのか。


 侵入者であるシラーフェたちに怒っているなんてことは流石にないと思いたい。突然の訪問とは言ったが、今回の訪問はエルフレイム王からきちんと許可を貰っている。

 その上、シラーフェとユッグイグル神は既知の間柄であり、訳も聞かずに害を為すようなことはしない御仁であることを知っている。


「このままでは埒が明かないな。やはり一度戻るのが最良か……?」


 言いつつも、周囲を染め上げる霧を見て小さく息を吐く。

 どの道、この霧をどうにかしないと進むことも戻ることもできない。


「ウィラフェア」


 シラーフェを起点に広がった風が分厚い霧を切り払う。

 視界を埋め尽くしていた白が一気に消え失せ、森が本来の姿を取り戻す。


「これで問題なく進めるだろうか――」


 御者へ確認するシラーフェは妙な気配を感じ取って咄嗟にそちらへ目を向ける。

 異変を感じ取ったのはシラーフェだけではなく、周囲に配置されている騎士の幾人かは警戒を露わにして戦闘態勢を取っている。


「マーモア様、一度馬車に――」


 指揮役と思われる騎士の避難を促す声を遮るようにすぐ傍を何かが駆け抜けた。

 そちらを向く間を与えないままに、おそらく同じものが次から次へと飛んでくる。


 シラーフェはエマリを抱え込むように庇い、ユニスはその前に立って剣を構える。

 指揮役はさらに前に立って剣を構えつつ、他の騎士たちに指示を飛ばしている。


「シルトテクト」


 騎士の誰かが張った結界が飛来物を弾く。

 透明な膜を叩くものを注視する。大きさは小石程度の赤黒い塊だ。

 こちらには届かず地に落ちたそれが不気味に脈打っているのは見て取り、シラーフェは最初飛来したものの方へ振り向いた。と同時にに剣を抜いた。


 傍まで迫っていたものを漆黒の刃で斬り落とす。無残に斬り裂かれてもなお蠢く触手は間違いなく、飛来物から伸びているものであった。


「シンフラメ」


 唱えた言葉で視認できる範囲の赤黒い塊を燃やし尽くす。特に結界の内側に落ちたものを重点的に焼く。

 撃ち漏らしは騎士たちが対処している。


「―――――っ‼」


 劈く絶叫が森の中に響き渡り、シラーフェは思わず顔を顰める。

 余韻に鼓膜が震わされる感覚を味わいながら、険しい顔のままそちらを見る。


 声が聞こえたのは赤黒いものは飛来してきた方向と同じだ。結界の外、数が多すぎるが故に残された赤黒いそれから伸びる触手が透明の膜を叩く。


 伸びる触手たちが重なり合い、不気味な音を立てる様は不快感を募らせる。

 視界を埋め尽くさんばかりに数を増やす触手、その奥から何かが近付く音が聞こえてくる。


「エンフラメ」


 騎士の一人が発生させた炎が結界を走る。結界の表面を埋め尽くしていた触手が焼かれていく。

 知能はないようで、避ける素振りもなく炎は触手の先、本体すらも焼き尽くす。


「ウェンアイル」


 重ねて別の騎士が唱えた言葉に応えて、冷風が炎の先を走る。

 周辺の木々や地面の凍り付かせる風が走って数秒、こちらに近付いてくる音が止まった。


 凍り付き、身動きが取れなくなったのだろうか。指揮役から受けた騎士が数人確認のために向かった。

 一先ずあちらは騎士たちに任せて問題ないだろう。


「あれは一体何なんだ……? 魔獣か、魔物か、心当たりはないか?」


「申し訳ありません。私にも心当たりはなく……今まで世界樹の森でも目にしたことない類のものです」


 今回、護衛として同行している隊はいつもリリィのエルフレイム行きに同行している者だ。

 この世界樹の森に生息している魔獣にも精通している。

 すべてを把握しているわけではないだろうが、そんな彼らが知らないとなると余計きな臭さが漂う。


 魔物となれば話は変わってくる。今までさんざん襲われてきた経験が敵国ルーケサの介入をちらつかせる。


「――――‼」


 また絶叫が響く。先程とは気色の違う声に脳を揺らされ、ふらつく。

 眩暈に近い症状を引き起こされ、思考を散らされたシラーフェは反射的にエマリを抱えた。


「シラーフェ様?」


 不思議そうな声を聞く裏で、何かが横を駆け抜けた。

 先程の赤黒い物体とはまるで違う重量のあるものがすぐ傍を駆け、その風圧がシラーフェの体を叩く。エマリの小さな体なら簡単に吹き飛ばされていただろう。


 飛来物は周辺の木々を倒しながら、起き上がる。


「なに……あれ」


 震えたエマリの声に対する答えをシラーフェは持っていない。

 それは不気味な怪物であった。複数の生物を歪に繋ぎ合わせた奇怪な見た目をしている。


 動物や人間の部位を雑に繋いだ継ぎ接ぎだらけの体。目が三つも四つもついており、口や鼻があらぬ方向についている。魔獣どころか、魔物とすら思えない不気味な姿だ。

 その色はあの飛来物と同じ色をしていた。


「先程の声で呼び寄せられたのか……?」


 怪物に答える知能はなく、ただじっとシラーフェを見つめ、四本ある足で地面を強く蹴った。


「マーモア様、お下がりくださいっ。――ドラク」

 指揮役の騎士が間に割り込み、魔法を唱える。盛り上がった土が壁となり、怪物の勢いはそれだけでは殺しきれず、土の壁は崩される。


 指揮役は剣を構え、それを迎え撃つ。斬ることよりも受け流すことを重視した動きで怪物の軌道を逸らす。


「上手いな」


 思わずそんな声が零れてしまうほど巧みな剣捌きであった。

 衝撃を受け流す動作はかなり技術が必要とされる。あれだけ重量のあるものを受け流すなど、誰でもdけいることではない。


 場違いにもシラーフェが感嘆を零している間に怪物が鮮血を散らす。

 指揮役が逸らした軌道を見たユニスが先回りして怪物の影に剣を突き刺したのだ。

 痛みに身を捩る動作だけで周りの木々を薙ぎ倒している。


「ウェンアイル」


 シラーフェは冷風を浴びせ、騎士たちがそうしたように怪物の動きを止める。

 体が凍り付き、動きが鈍くなった怪物へ指揮役が剣を振るう。動けない代わりに目だけを向ける怪物の体を両断する。


「シンフラメ」


 触手を伸ばした飛来物のこともある。死体から何かが生み出されることを警戒し、火魔法を発動させる。


 肉が焼ける臭いの中、息を吐くシラーフェ。袖を引かれ、視線を落とした先でエマリが震えた目を森の奥へ向けていた。

 戦闘に集中していた男三人が気付かなかったそれ。


「あっちにいっぱいいる」


 エマリが指し示す先で、先程倒したばかりの怪物が数えきれないほど蠢いていた。

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