龍の眠る村5 強欲龍の片鱗
「お前たちフィーネの鎖をはずせ」
「黙ってろおっさん!姐さんが!姐さんが!」
「狼狽えんな!馬鹿野郎!!!血の量は多いがまだ間に合う!!」
親父の怒鳴り声がその場に響く。
「フィーネは治癒魔法が使える。フィーネ!思うところもあるだろうが、応急処置でいい治してやってやれ!」
「は、はい」
「バカ息子!!てめぇはてめぇのカゴを鍛冶場から取ってこい!」
「鍛冶場?」
「いいから!早くしやがれ!アホンダラ!」
「お、おう!」
「どうするつもりですか?まさか、敵対するつもりですか。この状況で。さきほどの私の提案。当主からの言葉を直接伝えるなら、仲間になるなら、連れてこい。なければ始末しろ。あの地の龍の心臓を探れと当主様は言われてました。あなたの刀鍛冶としての腕は平凡だが、勇者 一行の戦士としての腕は買ってると。今なら私たちに力を貸していただけますか?鍛冶屋のボリング卿」
ララが静かにいった。鍛冶屋の男は鎖に繋がれていたが、ララは猛獣を前にしている気がした。子どもたちが動く様子を目の端に捉えながら、武器を構える。
龍の心臓のことも知ってるのか。ふんっと力を込めると鎖がはじけ飛ぶ。ララは動けなかった理由が分かった。拘束具が拘束具として機能してなかったからだ。ほこりを払うかのように鎖を飛ばして、立ち上がる。手には、小さな金槌が握られていた。
「兜割り!!」
「ゴング!!」
武器の打ち合いで重たい音が響く。空気の振動が伝わってくる。
「昨日王都から、罪人が移送されることは聞いていた。王都の宝物庫から神具を盗みだしたバカがいたってな。捕まったのは、ある名家の娘。だが、神具は行方知らず、名家の名に傷が着くからって極秘に処分するつもりだったらしい」
「……」
「神具を盗むってことは、魔王絡みだ。そんなデカいことをやった奴が移送?権力が動いていることが見えた。大方、裁判を抱き込んだんだろうよ。案の定、逃走されてる。移送に失敗したら、王都の警備隊が出動する。なんなら、騎士団も出てくるだろう。神具探しと逃走者探し。王都は大パニックだろうよ。そこでどんな悪事がされるかは分からねーし、俺は興味無い」
「想像の域を出ないですね。マジックブースト!!鬼兜割り!!」
「マジックブースト!ドン・ゴングっ!!ぬぅっ!!」
鍛冶屋の身体が浮かぶほどの強打。ゴングならまだしも、ドン・ゴングが打ち負けた、さすがに金槌じゃ無理があるか。
「こいつらは、移送の護衛で雇われた冒険者。目撃者としての配役だろう。依頼主は誰だと思う?ワンナイ=ナルシ。ナルシ家の当主様だ。お前ら!お前らにされた依頼はなんだ。」
フィーネが汗を流しながら、治療を続けていた。傍らにいた子分たちは、急に声をかけられて、驚いたが、答える。
「えっと、王都から罪人が移送される。その罪人を」
私を逃がせと、さすが当主様。私のことを考えて。
「ご、護衛に紛れて、罪人を殺せ……と」
「え?」
親父の金槌が、ララの宝剣を弾きあげる。クルクルと回り遠くの地面に突き刺さった。
「ナルシ家は黒い噂が絶えない。俺も勇者も何度か関わってきたが。憐れだな。偽の愛情を注がれ、傀儡にされ、使い捨てられるために買われて。その剣は、呪われている。使えば使うほど、ナルシ家のことが刷り込まれ、呪われていく。ナルシ家の人形にされた少年兵たちはみんな持ってんのさ。使えば使うほど、依存していく。最後は廃人さ。お前は大切にするあまり、使う回数が少なかったからかまだ自我はあるようだが」
「貴様っデタラメを言うな!!これは任務成功を祈って。大切な宝剣を預けると、当主様が。肌身離さず持っていろと」
「万が一、しくじった時確実に口封じができるようにだよ。アホンダラ。胸くそ悪ぃ。……あばよ相棒。最後に無理させて悪かったな」
親父の手にした金槌が粉々になる。親父の力に耐えられ無かったようだ。ララさんはその場で立ち尽くしている。
「親父、今の話って」
「おぅ取ってきたな。フィーネをつれて、今すぐ村を出ろ。ついでだ。そこの3人もつれて行け。こいつらの親分に俺の名をだせ。なんとかしてくれるだろう。行け!ほとぼりが済んだら迎えに行く。フィーネをしっかり守れ。」
「なんで、村を出なくちゃならねーんだよ。フィーネはおばちゃんちに帰してやればいいだろ!親父は?!」
「てめぇも、フィーネも、ナルシ家に目を付けられる可能性がある。黙って言うこと聞きやがれ!俺はまだやる事がある。」
目線の先には、ララさんがいた。宝剣、いや呪われた剣は、地面に突き刺さったままだ。
「親父、まさか。」
「……」
「ララ、さんを、殺すのか」
俺にはララさんが悪人とは思えない。
「ダメだ!ダメだ!ダメだ!!」
「なんの真似だ。アルフォンス。」
両手を開き、ララさんの前に立つ。
「……震えるくらい怖いなら、俺の前に立つな。バカタレが」
カタカタと足が震える。親父の阿修羅の様な顔に、迫力に。心が負けそうになる。だけど。
「親父は鍛冶屋だ。人殺しにはさせない。」
「わりぃな。俺は鍛冶屋じゃない。人も魔物も殺したことがある。お前の嫌いな人殺しの道具も作ってきた」
「それでも、俺は!親父が刀を打ってきた背中を見て育ったんだ!刀は嫌いだ。それは変わらない!!今だって、怖くてしかたねーよ!だけどよ」
そうだ。
「俺は大好きな親父が人殺しをするような酷い人間になってほしくねーんだよ!!」
「大好き?お前が俺を」
ポカンとした顔を見せた親父はほんとに面食らった表情をしていた。
「……やめてください。やめて。お願い」
ララさんの声が後ろから聞こえる。すすり泣くような声。
「大丈夫ですよ!ララさ、、、ん」
振り返ろうとした瞬間、身体の動きがとまる。身動ぎすらできない。全身に包まれたララさんの魔法が俺を締め付ける。
「ぐっ、ら、ら、さ、ん」
彼女が泣きながら、自分の腕を止めようとしている。
「やめて!やめてください!!当主様!!罰は私が受けますから」
彼女の包帯の呪印が紫の炎をあげ、腕を焼く。彼女の意に反して動いているようだった。
地面に刺したはずの魔剣が飛んで彼女の呪われた手に収まる。
「やめてください!!お願いします!!逃げて!!」
そのまま彼女の魔剣は俺の背中を突き刺し、俺諸共、親父も突き刺した。鋭い痛みと喉奥から、血の味が溢れてくる。
「いやあああああああ!!!」
フィーネの声が響く。
二度、三度、背中を貫く感触があり、新たな痛みに呻く。
足に力が入らず、地面に倒れる。フィーネが駆け寄って俺を抱き上げているのを感じる。
「アル!アル!アル!うわああああああああ!!」
彼女の絶叫とともに彼女から膨大な量の魔力が溢れ出る。
「フィーネ、やめろ!落ち着け!」
親父の必死な声が遠くに聞こえる。
「うがああああ!!」
彼女の前髪が暴走する魔力でなびき、彼女の額の角を顕にする。黒い髪の間から黒い角が見え隠れする。
「ま、魔族、いや、こんな可視化するほどの魔族って何事だ……」
子分たちはリーダーの女の身体が吹き飛ばされないように必死に抑えている。
「アル!アル!!アル!!!死なないで!死んじゃいやだ!!アル!!」
彼女はスライムを捕まえる。おれの傷口に押し当てる。
「スライムくん!!助けて!アルを!助けて!!お願い!!アルを!!」
身体の中にスライムが入り込んでくるのがわかる。
「逃げて!!フィーネさん!!」
呪われた右腕を持つララさんが背後にいた。自由な左手で何度も何度も自身の右手をナイフで刺しているのがわかる。だが刺した先から再生していく。
「フィーネ……」
頭の中で声がする。
憎い!憎い!!憎い!!!
殺せ!殺せ!!殺せ!!!
フィーネの感情がスライムを通して流れてきてるのか。
姫を泣かせた。アイツを許すな。王から預けられた宝を。許さん。
これは誰の感情だ。
殺すなんて怖い気持ちをフィーネみたいな優しい子が持つなんて悲しすぎる。ララさんもそうだ。
ララさんを操っている人間がララさんの視覚を共有してるのなら。踵を地面に二度押し当てる。
眩い光が辺りを一瞬照らす。
あの魔剣、あの呪いがいけない!
殺せ!
違う!!頭の中の声を否定する。
助けるんだ!!
鼓動が早くなるのを感じる。それと身体を巡る今までに無かった力も感じる。力を貸せ!!
フィーネを守れ!!呪いを砕け!!
巨大なスライムが身体から吹き出し、龍の頭を模す。巨大な龍。そいつはたしかに、ララの瞳を覗く元凶の目を捉えた。口が自然とうごいた。
「食らいつくせ!強欲龍顎!!!」
強欲龍の首は大きな口を開けて呪いと魔剣諸共ララさんの腕を噛み砕く。龍の頭はそのままの形で岩となった。
「はぁ、はぁ、はぁ、やった、のか」
「アル!アル!!アル!!!」
「フィーネ、か、ありがとう、助かった」
フィーネが、抱きついている。
「……おい、フィーネ、盛り上がってるところ、悪いが、俺も、治療してくれないか。」
親父が弱々しい声で言った。
ふと見ると彼女の額はまた前髪で隠れていた。さっきのあれはなんだったんだ。慌てながら、フィーネは親父の治療を行う。
禍々しい気は無くなっている。安心して気が抜けたのか、俺は意識を失った。