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マスルリアの北方の荒野には、いくつかの村や町があり、それぞれか細々と暮らしている。
そのため、荒野に現れた豪邸には、その場違いな屋敷の不気味さを恐れ、訪れるものは皆無だった。その屋敷に近づくものたちがいた。
屋敷の主であるナルシ家の長女は、その豪邸の地下にある、さらに広い空間で、兄弟たちを転送する準備をする。大勢の軍隊とともに。
「……あとは、あなただけね。」
「姉さん。」
「わかってるわ。モルモットが、まだ檻に入ってないみたいね」
「俺がいく」
「敗北は許されないわよ」
「分かってるさ。兄さんたちの転送は邪魔させない。」
彼がカードを空中にばら撒くと鎧を身につけたアンデッドたちが現れる。
「あらあら、すごい量ね。」
4男はアンデッドの一体に手をかざし、呪文を唱える。
「骸よ。骸。虚ろな眼。崩れて、混ざりて、踊り狂え。魔王凱旋【怠惰斬鎧】!!」
アンデッドたちの骨や肉が、集まり、鎧を作り出す。骨は刃のように鋭く、肉は束ねられて鉄をも弾く強度をもつ。その鎧を身につけ、死地に赴く。
「あらあら。なかなか素敵ね。全て他人任せだった怠惰の魔王が長い人生で1度だけ自ら決戦の時に着た呪われた鎧。凄まじい魔力。素晴らしい再現度。正直あなたが、ここまでできるとは誰も思って無かったでしょう」
「………………いってくる」
「いってらっしゃい。」
「よぉ!兄ちゃんたち。待ってたぜ」
マスルリアを出て城壁が見えなくなったころ、1人の男が馬車を止めた。
「どけ!俺たちは急いでんだ」
「そうだろうよ。アイツの言ってたとおりだぜ」
男は剣をぬく。隻腕の冒険者。若い男はにこやかに言った。
「金をもらってな。お前らを足止めしろってさ」
「ケン!ジャン!坊やを連れて先を急ぎな!」
ポンは赤い髪を靡かせ、馬車を飛び降りる。銃を抜き、狙いを定める。
「ガハハ足止めするって言ってんだろ?」
「構ってる暇なんてないんだよ」
即座に発砲する。狙いは正確だったはず。肩と、足と。だが、弾丸は男に届かなかった。
「雑魚じゃねぇな」
男の背後で弾が跳ねた。最小限の動きで弾丸をよけたのか。だが、ポンの弾丸は外れたからといって、終わらない。再三相手を狙い撃つ。
「魔法弾か……」
跳ねた弾丸が男の後頭部を狙うも、剣で切り伏せられた。
「さすが、剣闘士の町の剣だな。豪気な剣だな。おい、姉ちゃん。こいつが、もっとやり合いてぇってよ」
剣を指さしていう。
「刀が喋るかよ遊んでる暇ないんだ!!何やってる、あんたたち!早く抜けていきな!」
喝を飛ばす。
「馬が、うごかねーんだよ!!」
さっきから、声をかけようも、鞭で叩こうも動かない。
「そいつが、なんかしてる!」
「あ、バレた?がははは。2人通しちまってるからな。金のない俺は他の連中みたいに、馬で追いかけることはできねー。前金は剣に使っちまったからな。足止めさせてもらうぜ。」
外の異変にアルフォンスは立ち上がる。
「……場合じゃないんだ」
「あ、おい!アルフォンス!!馬車の中に」
「こんなところで、立ち止まっているわけには、行かないんだぁ!!グラド!!!」
馬車から降り、スライムが胸から溢れ出る。
「……ひぅ!!こいつぁ、想定外……」
半身以上をスライムドラゴンに姿を変えたアルフォンスがそこにいた。片翼を広げ、龍の手足を得たアルフォンスは邪魔者を見据える。
「魔物運んでんのは良くないなー。お姉さんよ」
男の醸す空気が変わった。魔物を寄生させてるのか?おぞましい魔力だな。
「全てを噛み砕け!暴食龍の顎!!」
「……ッ!!」
ぽんの横を高密度の魔力を込められたドラゴンの頭が翔ぶ。
触れたものを塵に変えていく魔法を目の当たりにして、恐怖する。そのまままっすぐ、妨害者を狙う。彼は迫り来る確実な死を前に立ちほうけていた
「……この魔力、暴食龍、か。暴食龍?おれは、なぜ、魔王、魔王の力、劣勢の人類、人体融合、ナルシ、討伐任務」
一言一言呟くごとに鮮明になる記憶。
「仲間たち、圧倒的な戦力差。飛んだ腕、失った聖剣、飲み込まれ、死を待つ日々、魔物で食いながらえた命、秘密の部屋」
走馬灯とともに蘇る記憶。剣先が分解され塵になる中、男は呟くのをとめない。見開いた眼は別のものをみているようだった。
「角の生えた女の子、分け与えた命、失った時間、封印した自分。……はは」
刃の部分がほとんど残っていないその剣で、
「祝福の剣……思い出した。俺はしなければならないこと、が」
魔法を叩き切った。真っ直ぐな想いだが、凶悪な魔法。この少年は、葛藤のさなかにいたのだろう。だが、むざむざ、死んでやるわけには、
「フィーネを助けるには、躊躇してられない」
叩き切った魔法の後ろからアルフォンスは、さらに構えて追撃する。魔法から伝わる執念。そして、弱い自分への叱責。全力を持って敵を倒さんとする気概。そしてなにより、救いたい者への想い。
「アルフォンス!」
「へぇ、この時代にもいんのかい、」
「顎!」
「金の分の働きはしたぜ……。こっからは賭けだ。ナルシ。いいように使ってくれたな……」
ばくん。
腕に纏った龍の形をしたスライムが口を開けるとそこには、何も無かった。
「……みんな、いこう。」
「あ、あぁ」
馬車を走らせる。