1 強襲
「よぅ!こんなところにいたのか?」
その男はにこやかにこちらに歩いてきた。フィーネ、ララ、マズルの3人は中々集合場所に現れないアルフォンスを呼びに、宿の前まできていた。
「マズルさん。お知り合いですか?」
「いや?」
ララだけが、反応が違った。
「フィーネさん!逃げて!」
彼女は大剣を振りかざし、その青年に斬りかかっていた。
「え?、え?」
「この男は、ナルシ家長男、タンザ=ナルシ!逃げて」
「うちのメイドだった子か。行儀が悪いな。うちの品格が疑われるだろ?【怠時間】」
彼が黒い杖を振るうとララさんの動きがゆっくりになる。
そのまま彼女の横を素通りする。
「よくわからないけど、やばそうだね☆逃げるよ!」
マズルがフィーネの手を取り逃げようとする。
「君、2代目マズルだろ?互いに偉大な父を持つ身として、話をしたいのだけど、またの機会かな。【色欲演奏】」
指揮者のように杖を振るうと、鐘を鳴らしたかのような音が辺りに響いた。街のドアというドア、窓と言う窓が開き、街の人々がこちらに向かって走り迫ってきた。地響きがするくらいの人数が押し寄せる。
「マズルさん!」
「ちょ、みんな、目を覚ませ!」
マズルとフィーネは人波に飲まれてしまった。
「はははは!さすが、人気剣闘士だ。まだ試験段階だと妹にいわれたが、まさかこれほどの効果があるとは。さて」
さらにタンザは杖を振るう。人々が、マズルとフィーネを引き離す。
「こ、んの、マズルパン……」
「辞めておくといい。」
「くそ!」
両手を広げ、タンザとマズルの間に町の娘が立ち塞がる。その眼は虚ろだ。
「さて」
羽交い締めにされたフィーネに近づくタンザ。
「魔王の姫君よ。姫君というには、いささか格好が不格好だが?来ていただけますかな?」
膝をつき、タンザはにっこりとほほえみかけた。
「断ったら?」
「簡単です。あそこのメイドは永遠に時を止め、こちらの若き剣闘士は、ファンにねじ切られる。」
「……わかった、わ」
「よしよし、素直でよろしい!」
「くそっ!」「フィーネさん!」
2人はもがくもどうすることもできない。彼は、杖を振るうと喉にあてる。
「愛する我が妹、2人の逆召喚を頼む。え?時間がかかる?しかたないな」
「なにしとんじゃあ!!」
宿屋の窓から飛び降り、スライムに着地する。外の騒ぎにきづき、アルフォンスはすぐに手甲を起動させる。
「閃光弾!」
「不思議だね。マズルに好意があれば、僕の操り人形なはずなのに」
青年は動じず、アルフォンスに問いかける。スライムの弾く力で、フィーネと奴を離さねーと。
「あ?こんなやつ好きじゃねーよ。フィーネを返せ!!グラド!!スライム……!!」
ゾッとした。先程まで、柔和だった男の表情がギラギラと変貌したからだ。
「ははっ!【暴食】か!いいね!!⠀【憤怒筋力】!力比べだ!」
彼の筋肉がせりあがる。
タンザはフィーネを空中に放り投げる。
目で彼女を追ってしまった俺は即座に後悔する。
「【憤怒正拳】!!」
「!!!」
顔面を殴られ、身体が勢いよく吹っ飛ぶ。
「アル!!!」
空中から落ちてきたフィーネをナルシ家の長男は軽くキャッチする。
「よくもアルを!」
フィーネは腰のホルスターから銃を抜き、発砲する。
弾丸はタンザの頬を掠め、血を流させる。
フィーネだけはその時の彼の表情を間近で見た。
「え」
その恐怖で、銃を取り落としてしまった。
「………………はは!姫君はお転婆なんだね」
顔を上げると先程までと変わらぬ青年の笑顔。だが、フィーネはカタカタと震えていた。
「準備が出来たみたいだね!君も君も君も、めちゃくちゃ弱くて安心したよ。あのおじさんの一派だから、少し警戒してたんだけど、期待はずれだったね。」
「な」「フィーネを、返せ!」「フィーネさん!」
「まったく君は【色欲】でもないのに、凄い人気だね。ま、いっか。じゃあね、弱すぎ騎士さん。」
フィーネとタンザはたちどころに消えてしまった。