13コロシアムの白武者
数刻前、貴賓席でナルシの四男はほくそ笑んだ。ここからは楽しいショーのはじまりだ。
「さぁ、ララ。恐怖を感じて死んでもらおう。なんたって俺様のお気に入りが参加しているからな。」
「あの者ですか」
「あぁ、主を失った哀れな騎士を拾ってやった。奴は忠義やら、義理やらを口にしていたが、所詮主人を失ったやつさ。いいようにつかってやるさ。ララも、父がやたら気にしていたあのスライム娘も始末してやるさ。」
彼はそう言うと傍にあった箱をポンポンと叩く。
「それは?」
「必勝のアイテムさ」
そう言うと箱の中身をメイドに見せた。
「…!」
「これがここにある限り、負けはねーよ。まぁ、楽しもうぜ」
彼は召喚札をひらひらさせる。すでに召喚済みのカードからは黒い魔力が立ち上っていた。
会場にアナウンスが響きわたった。紹介の度に歓声が湧く。
『強弱織り交ぜた怒涛の召喚士 ナーサモ!』
「マズル対策はバッチリだぜ!今日こそは必ず!」
『深緑の弓使いエルフ! カルハカルハ!』
「はぁ…わたしは、このような場所でなにを、早く森に帰りたい。はぁ…」
『パワーのベテラン剣闘士 プロインテ!』
「今日は嫁と娘が来てんだ!いいとこ見せさせろよ!マズル!」
『曲がる弾道可憐な銃士 フィーネ!』
「あ、わわ、あわ、アルの分も頑張らないと」
『機械仕掛けの処刑人 シンマ!』
「血は見たくない。機械が錆るから。だから、全部吸い切る。吸い尽くす!ひひはははは!」
『美しき義手の大剣使い ララ!』
「ナルシ家のメイドたちが、いない。彼女たちはどこへ」
「驚愕の剣技 東方の白騎士イトナ」
「………」
「止まらぬ連勝!今宵、偉大な父を超えるか?マズル・ジュニア」
ひときわ大きな歓声があがる。誰もマズルの敗北があるとは思っていなかった。マズルの圧勝だろうと
試合開始のゴングがなった。歓声の最中、ナルシ家のメイドたちは、観客の中にまぎれ人知れず、魔法を唱える。
彼女たちのスカートの裾から魔法の込められた煙が静かに観客席の下に充満していく。
白い鎧武者は、ララの方向を見て刀を抜く。大太刀だ。フィーネたちの村でも太刀は打っていた。だが、あれほどの大太刀は見たことがない。鎧武者自身もかなりの巨躯だったが、それでも、身の丈よりも長かった。ララも殺気に気付き、すぐに大剣を構えるが、すでに目の前に鎧武者が迫っていた。
大剣を横にして、受けるも、ララの体重を感じられないほど簡単に吹っ飛ばされた。
「ぎっ!」
さらに、白武者は踏み込み、ララを追い詰める。
「!血ぃ吸わせろ!!」
背中のリュックよりタコのように触手状の機械を伸ばして、シンマが襲いかかるが
「…」
すぐ近くにいたシンマを切り捨て、遠くから、こちらを狙っていたカルハカルハに持っていた刀剣をなげつけた。深々と突き刺さった刀は、そのまま彼をリング隅にまで、吹っ飛ばした。反射的に放たれた弓矢は鎧武者の肩に突き刺さり、仰け反らしたが、飛びかかってきた白武者の勢いを殺すことはできず、馬乗りになる形で、ぼこぼこに殴りつけた。拳が赤く染まるまで時間はかからず、カルハカルハはぴくりとも動かなくなった。
『あああっとあっという間に!二人リタイアかぁ?』
「まったく!なんで審判はとめない!あれはやりすぎだ!」
「あ?潰しあってくれるに越したことはねーだろ!」
召喚札に魔力をこめ、牽制用の人魂を展開しながら叫ぶ。
「ちがう。普段なら、観客からも非難の声があがるはずだ。やけに興奮してないか?狂気じみているというか」
プロインテは観客席を見上げる。
「ぶっ殺せぇ!!!」
「なにしてんだ!!目をつぶせぇ!!」
殺気じみた怒号が降り注ぐ。異様だ。妻や娘は無事だろうか。
「おっさん!よそ見てる余裕なんてないぞ!!あいつ、手当たり次第に襲いかかってる」
「…あぁ、そうだな。あの鎧は滅魔石か?魔法が弾かれてる。あれは禁止されてるのに。ジャッジや警備も普段の奴らじゃねぇ。今回の大会はなんかおかしいぞ。あいつの言ってた通りだ。」
妻の忠告は聞きはしたが、心配のしすぎだと思っていた。
「こりゃ帰ったらたんと家族サービスしねぇとな」
「フィーネさん。無事ですか」
ララさんが肩を抑えながら、駆け寄ってくる。決勝戦で別のブロックから勝ち上がった白い鎧。近づいてくる戦士たちをその拳で粉砕していく。ララさんも襲い来る鎧と、立ち回っていたが、そのパワーに吹き飛ばされ肩を負傷してしまったようだ。
「肩大丈夫ですか?」
「脱臼しているようです。」
「やぁ、ララちゃん☆歯を食いしばって」
「は?」、
そういうとマズルはララの片手を掴み、グイッと押し込んだ。
「~~~っ!!!」
「ほら☆構えて。」
「ま、マズルさん!!」
ララとマズルの間に振り下ろされる拳を紙一重でよけ、マズルはその腕に拳を打ち込む。
「70パーセントマズルパンチ☆」
魔力を込めた腕は白い鎧武者の腕を強く弾き、体勢をくずさせる。
さらにがら空きになった頭部にハイキックを食らわせる。
「80パーセント…マズルキック☆」
軽い言葉とは裏腹にミシッと言う音を立てて、鎧武者はよろけるが、数歩あるくとまた元の姿勢に戻り襲いかかってくる。
「いやぁ、傷つくね☆鍛えた技がこうも手応えが無いと」
たとえ、鎧を着ていても衝撃は伝わるはずなのにだ。
「ま、マズルさんの技が効かないなんて」
銃を撃ちつつ焦るフィーネに手を振りながら、マズルは笑う。
「無闇に撃ってもだめだろうよ。弾の無駄さ☆」
「何かカラクリがあるのでしょう。いくらタフだとしても限度があります」
「そうだね☆ララちゃん!その通り。君のことを執拗に狙ってくることも気になるしね☆」
コロシアムの剣闘士の二人が、白い鎧武者にやられるのを見、また観客席をみて、マズルはつぶやく。
「僕の家族をよくも…」
「なんだよ、これ…」
アルフォンスの目には狂気の渦に飲み込まれた観客たちの姿があった。目が血走り、口から出た唾飛沫が、異様さを物語っている。
「ぶっ殺せ!!」
「やっちまえ!!」
プロインテの奥さんや子供もそのような様子だった。
「…なんで、俺は無事なんだ。」
我がこの魔法を無毒化してるに決まっているだろう。
「そんなことできんのかよ」
我は『暴食』の魔王の眷属だからな。造作もない。
「じゃあみんなにかかっている魔法を解いてくれ」
無理だな。
「おい!なんでだよ」
…… 魔力が足りんのだ。きさまの身体を依代にしている我は。きさまに依存してる部分がある癪だがな。術者を倒すしかあるまい。
「そんな」
うかうかはしてられんぞ。あそこの鎧は、見覚えがある。あれは、『傲慢』の魔王の戦士長だった者だ。このままだと姫が危ない。