龍の眠る村 1 ボーイミーツガール 刀鍛冶と幼なじみと女騎士
カーン……カーン……
山奥にリズムよく響く金属音。この音が俺の日常だ。トンテンカンテンと鳴り響くそれは一日中続く。
「ったく、こんだけ離れても、音が響きやがる。のんびり採集もできゃしねぇ…うっひょー!なんだ?この鱗!リザードマンか?いや、ひょっとしたらまさかの、ま、さ、か、ドラゴンか?」
青みがかった髪を持つ少年は収穫物を地面に並べてはしゃいでいる。魔光石も、もうすぐ輝きを失う。今日の探索はここまでだ。
俺はこの村が嫌いだ。この音が響き渡っていて、嫌でも俺がここの住人だと思い知らされる。何が楽しくて1日中、クソ暑い釜の前で、硬い鉄を打ち続けなきゃいけないんだよ。この洞窟の探索が、俺の日常の癒しだ。今日の収穫物をしまい、洞窟を出る。
「ま、また、こんなとこでサボって。お、おじさんに叱られちゃうよ。アル」
「うっせぇよ、フィー」
首を傾けると少女がいた。ボサボサとした黒髪で前髪が長く、目線を隠してる。その肩にはスライムが乗っかっている。昔馴染みの村の子だ。他の連中が白い目で俺を見る中、彼女だけは、おれとつるんでいる。
「そっちこそ。そいつが見つかったら、おばちゃんにドヤされっぞ」
「だ、大丈夫!この子は家には連れて帰らないから。ね、ねー」
彼女はつんつんとスライムをつっつく。スライムはプルプルと震えている。このあたりで魔物がいるのは稀だ。普通の動物ならある程度いるが、魔力を持つものは珍しい。せいぜいこのスライムみたいに、低位の魔物が時折現れるくらいだ。人を襲うような魔物と出くわすことはない。
「今日は、何か見つけた?」
「あぁ!驚くなよ?大量だぜ?」
背中に背負った大きな籠を見せる。デカい鱗に、謎の牙、朽ちた剣に、魔石がいくつかこの洞窟で見つけたものを彼女に見せる。
「へぇ、こんなにいっぱい!でも、この洞窟ほんとにすごいよね。いろんな生き物の素材が埋まってあるなんて」
「たまに、こんなお宝があるしな」
朽ちた剣を取り出す。刃の部分はボロボロだが金の持ち手は見事に装飾され、小さな宝石が散りばめられていたであろう窪みがあり、この辺りでは希少な魔石の欠片も残っている。
山のあちこちに洞窟の入口がある。ここは、おれと、フィーしか知らない入口だ。ちょうど子供が通れるサイズで、色々な鉱道に通じている。
「親父にはちくんなよ。」
フィーに念を押す。
「あ、あ、そんな見ないで」
髪を無造作に押さえつけて、目線を合わせようとしない。
「なんだよ。別にかまやしねーだろ?ちっちぇーころから、一緒なんだからよ。前に髪留め買ってやったろ?あれを使えばいーじゃんか」
起き上がり、籠を背負う。中には採集ついでに坑道で掘った良質の鋼が入っている。
「親父もこれ持って帰れば文句ねーだろ」
「う、うん。そんなに詰め込んで持ち上がる?」
「ばーか、んな真面目に俺が働くと思うか?」
「思わない」
「ちょっとは思えよ!まぁいいか。ここをこうして、こうすると」
カゴの横から手を突っ込み回すと、カゴの横に穴が空いた。
「えー!」
「へへ、隠し箱だ。カゴの底を上げて、総量をへらしてんのさ。はたから見たら、沢山入ってるように見えんだろ?」
「あ、アルはやっぱり器用だね、すごいや!」
俺の住む里は鉱山の麓の刀鍛冶の里。森の奥深くにあり、商人以外の来訪者はほとんど居ない。数多くの名匠を排出してきたためか、それなりに里は潤っていて、都ではうちの刀は結構な価格で売れているらしい。
「近道しようぜ」
鉱山に繋がる道を外れて森の中に踏みいる。
「ま、待ってよ!」
幼なじみの彼女の声が後ろから聞こえてくる。いつもの道だ間違いはないだろう。気にせずにズンズン森の中を進んでいく。泉を越えたら、すぐに村の外れの俺の家だ。
「ばかやろう!!」
「いっ!やべ!」
反射的に隠れてしまった。茂みから様子を伺う。
だが、どうやら俺に対していった訳じゃなかった。
「金も払わずに刀が欲しいって?馬鹿にしやがって。」
「馬鹿にしてなど無い。いま私は持ち合わせがないが、あの賊どもを成敗するために武器が必要だ。必ずあとで報酬は支払う。」
「そんなに刀が欲しけりゃ、村の奴らの刀を買えばいいだろう」
「どこの鍛冶屋の刀もあっという間に壊れてしまうのだ!あなたは腕が確かだ。ぜひ、力をお借りしたい」
「馬鹿言え、ここいらの鍛冶屋の腕はそこらの似非鍛冶屋とは違うんだ。大方なまくら刀を掴まされたのだろうよ、残念だったな」
「いいや、たしかにこの村で買った刀だ。我々は補給で麓の村に立ち寄っている。そこで購入したのだ」
彼女の手には砕けた刀剣の破片があった。親父はそれを一瞥し、こちらを向いた。
「だったら、てめぇの腕の問題だ!刀は悪くない。」
「な、なにを。私は王国騎士の第4騎士団の騎士ララ=ナルシ。武器の扱いはわきまえてる。」
その言葉に親父が反応する。騎士の女はすこし熱くなりすぎたことで要らぬことを言ってしまったことを恥じた様だった。
「随分自信があるようだが、さっきも言ったが刀は悪くねぇ。てめぇの腕の問題なんだよ。それよりも…ナルシ家の娘が王国騎士?そもそも、なんで王国騎士様がこんなド田舎に来てんだ。」
「それは……言えん。任務だ。いや、盗賊の討伐に」
「はっ。てめぇは隠し事には向かねぇようだな。盗賊程度じゃ王国騎士は動かねぇよ。」
2人は無言で向き合う。最早、刀の売り買い所の話じゃなくなってきていた。だが、おれの視線に気づいたのか。親父が憤怒の表情でこちらを見ていた。
「どこ行ってやがった馬鹿野郎。フィーネを向かわせたってのに。アルフォンス!また、サボってやがったのか。たかが鋼を少しばかり持ってきた程度で。このわけのわからん女を追い返せ。その後は、稽古だ!!サボるのは許さんぞ!!」
「あ、ああ」
親父は肩に薪割り用の斧を引っかけて、家に向かって歩いて行ってしまった。
女騎士と2人きり。
気まずいよ!いたたまれないよ!!
彼女は兜を脱いだ。声で分かってはいたが若い女性だった。
「え、えっと、どうも」
「あ、ああ」
歳は10代後半だろうか。長い金髪に青い瞳。整った顔立ちをしていた。彼女の顔には、横一文字に傷があり、よく見ると生傷が沢山あった。
彼女は手を差し出し、優しく微笑んだ。
「私は王国騎士の第4騎士団の騎士ララ=ナルシ。よろしく」
「え、えっと、アルフォンス、です。と、とりあえず、ふもとの村まで送りますよ」
「あぁ、すまない。アルフォンスくん」
そんな2人を追う瞳が1つ。
「へっ。あの騎士様。あたしらにリベンジでもするつもりみたいだな」
「みたいっすね!姐さん!」
「馬鹿がよ。今どき騎士なんて流行らねーぜ!身ぐるみ剥いで、売り飛ばしてやらぁ!」
3人組が茂みの中から様子を伺っている。姐さんと呼ばれた女は単眼式の望遠鏡を胸のポケットにしまい、子分たちをなだめる。
「おめーら落ち着け。あたしらの目的は1つ。あの女はどうやら武器は手に入らなかったようだ。これでやりやすい。まずは仕事をきっちり終わらせよーぜ」
「姐さん、さっき見つけたこの女の子はどうしやす」
そこには、目隠しをされて、手足をひもで括られたフィーがいた。カタカタと震えている。
「あの騎士様と一緒に売り飛ばしてやろーぜ。黒髪の女なんて珍しいからな。どっかの変態貴族様が高値で買ってくれたら、儲けもんさ」