終章(4) 皇都の墓地
皇都の墓地は、郊外の丘陵地帯の中程に設けられていた。白大理石の墓石が同じ造形に統一され、等間隔に整然と居並んでいる。
リアーヌの墓は、それら墓標の一つとして、墓地の風景の一角を成していた。
墓の前で、アルベリクは膝を付き、目を閉じて一心に祈っていた。もはやこの世にない、リアーヌという架空の魂のために。
土の下に眠るのは、空の棺と、いくつかの副葬品ばかりである。しかし、それを知るのは、アルベリクの他に誰もいなかった。
彼の傍らには、リュファスの姿があった。墓を一瞥し、彼は呟く。
「ブランシャールの超新星も、酒に溺れてはこんなものか……」
それから彼は、やおら振り返ってアルベリクの顔を覗き込んだ。
「君もなかなか運のない男だ。しかし、君が死肉に興味を示すただの烏に成り下がったのはいささか驚きだ。わずかばかりだが、失望したよ」
「お前は、彼女を愛していたのではなかったのか」
咎めるようにアルベリクが問う。すると、リュファスは存外とでも言いたげに目を丸くした。
「君の口から、そんな言葉が聞けるとは思わなかったよ」
「お前の話をしているつもりだったが」
「──死んだら終いさ。まして自ら命を断つなど、興ざめも良いところだ。僕が興味あるのは、宝石と、生きている女と、皇都の化け物共だけだよ」
退廃と華美を是とする皇都の風潮は、泰皇が目覚めた今、徐々に駆逐されてゆくことだろう。このリュファスの如き輩の姿も、早晩見られなくなるに違いなかった。
美しく全うな人々の住む街を、狂った王が支配する。その後純朴な人々が王の狂気に染まるか、あるいは王を廃するため動き出すか。それはアルベリクの緋の眼をもってしても見通すことはできなかった。
しかし、いずれにせよ、赤目烏が巣を置ける場所など、これから先、皇都のどこを探しても見つかることはないだろう。
アルベリクはおもむろに立ち上がり、まっすぐにリュファスを見据える。
「……リュファス、俺はしばらく旅に出ようと思う」
リュファスはむっつりと唇を尖らせたまま、丘の向こうの空を見ていた。白くきめの細かい雲が漂う、淡く青い空だった。
「……それも良いかもしれないな。君は十分稼いだろうし、休養が必要な時もあるだろう」
普段の彼からは想像もつかないほど優しい声だった。
それがただの気まぐれな気遣いだったとしても、離別を決意した今のアルベリクの心には妙にしみるのだった。
リュファスは肩をすくめ、言葉を続ける。
「僕もぼちぼち店を売ろうと思ってる。これから先、パヴァリア人が皇国で生きていくのは厳しいだろうからね」
「なら、またどこかで会うかもしれないな」
「ハッ! 勘弁してくれ。君の顔を見れなくなって、僕は清々しているんだ」
この期に及んで繰り出される悪態に、アルベリクは苦笑いを禁じ得なかった。こういう態度でしか付き合えない関係もあるのだ。
「世話になった。達者でな」
アルベリクは身を翻すと、振り返ることなくその場を立ち去っていった。
その姿を見送りながら、リュファスは吐き捨てるように呟いた。
「…………つまらなくなるよ、まったく」