終章(2) マルブールの墓地
黒玄武の城壁の外に、白い墓標が連綿と連なっている。マルブールの墓地は、アルバールの山の西の斜面に位置しており、墓標はすべて、向日葵のように夕日の方を向いて立ち並んでいた。
空の端が、いましも茜色に染まろうとしている。そんな中、墓地の一角に二人の男が佇んでいた。
二人は、一つの墓標の前に立ち、項垂れて静かに祈っている。
墓標には、二つの名前が刻まれていた。一つは、ガストン・ヴァルデック。そしてもう一つは、ナタリー・ルルーの名だった。
二人のうち、初老の男が目を開き、もう片方の男の肩に手を置いた。
「こうして名前付きの墓をもらえて、ガストンのやつも浮かばれるだろうさ」
言われて、もう片方の男も瞼を開く。彼はその緋色の瞳を墓石に向けたまま呟いた。
「俺が死んだら、この墓の中に一緒に入れてくれ」
「その頃にゃ、ワシは多分生きちゃいないよ。誰か他の人に頼んでおくれ」
テオドールがそう言って笑うと、アルベリクも釣られて微笑んだ。
頼める相手がいるだろうか。ふと、そんな考えがアルベリクの脳裏をよぎる。友と呼べる相手は、指折り数えられるほどしかいない。
サラの顔が思い浮かぶ。だが、その考えをアルベリクは頭の中から振り払った。これまで散々無体な扱いをしておいて、都合の良い時だけ友達面をすることなどできるだろうか。
アルベリクはしばらく考えた後、それが無益なことだと悟って考えるのをやめた。これからのことは、これからの行動で決まる。今考えたところで詮無いことだ。
墓碑銘に刻まれた最愛の人の名を、改めて見る。碑銘を眼でなぞるだけで、往時の彼女の笑顔が自然と瞼に浮かんだ。
不思議と悲しみは感じなかった。彼女は微笑みながら逝った。己の使命を全うし、悔いなくこの世から去ったのだ。残された者は、それを祝福こそすれ、悲しむことなどできはしない。
アルベリクが愛おしげに墓標を撫でていると、不意にテオドールが彼に向かって呟いた。
「──おかえり、アル」
アルベリクは面食らって振り返り、テオドールの顔をまじまじ見た。やがて、彼の言わんとすることを悟り、アルベリクは目を細めて笑った。
「……ああ、ただいま、テオ。ずいぶん長いことご不沙汰だった。許してくれ」
「いいんだ、アル。帰ってきてくれただけで……」
老人の眼の端には、光るものが見えた。己の帰郷を祝って泣く誰かがあるなど、アルベリクは想像だにしていなかった。
アルベリクは僅かに気恥ずかしくなり、テオドールから眼を逸らす。そして、再び墓標の名にその眼を据えた。
「彼女が最期の貴重な時間を使って取り戻してくれた魂だ。今度は、大切に使うよ」
「疲れたら、いつでも帰ってくるといいよ。お前はもう、ひとりじゃないんだから」
墓を撫でるテオドールに、アルベリクは穏やかな笑みを返した。
「ああ。ありがとう、テオ」