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第十三章(1) マルブールの宝石商組合

 ネイライが皇都から姿を消したという噂が、アルベリクの耳に届いた。折しも、マルブールで彩火の祭が行われる三日ほど前のことである。


 アルベリクは即座にテオドールに電報を入れ、一時的にナタリーを山小屋からマルブールのホテルに移動させるよう伝えた。


 だが、テオドールからの返事は(かんば)しくなかった。ナタリーは山小屋から動こうとせず、アルベリクを連れてこいの一点張りだという。


 それゆえアルベリクはやむなく、残雪まばらなアルバールの街道を軽量馬車で駆け抜けて、一路マルブールに帰郷することにしたのである。


 皇都からマルブールまでの道程は、いくら急いだところで三日はかかる。アルベリクがマルブールに到着したのは、まさに彩火の祭の当日、宵闇に暮れなずむ頃合いだった。


 街は既に、多くの人々でごった返していた。広場には屋台や出店が連なり、人出を当てにした大道芸人などがその脇を固め、賑やかさに拍車をかけている。


 一方、大通りから一歩入った薄暗がりの街路には、その端々に小さな灯籠が置かれ、囁くほどの僅かな光を石畳の上に投じている。


 典型的な地方都市の祭だった。街を灯籠が彩る他は、広場で集まって歌い踊るくらいしかやることがない。あまりに見どころがないものだから、久しぶりの故郷の祭だというのに、アルベリクは一瞥にして興味を失ってしまった。


 彼がマルブールに着いて最初に足を向けるのは、宝石商組合と相場が決まっている。山小屋に直接足を向けることも考えたが、行き違いになることを彼は危惧していた。


 組合屋舎の重い門扉を押し開く。祭の只中ということもあり、屋内は閑散としていた。客もいなければカウンターに座る職員の姿もほとんどない。


 そんな中、テオドールだけは平時と変わらず、窓口の末席に座って船を漕いでいた。


 アルベリクはカウンターを平手で乱暴に叩き、文字通りテオドールを叩き起こした。


「おい、テオドール。ナタリーはまだ山小屋にいるのか!?」


 微睡(まどろ)みの中から強引に引き戻されたテオドールは、いまだ夢うつつといった様子でふわふわと答える。


「……ああ、アル。おかえり。祭は見てきたかい」

「俺の質問に答えろ。ナタリーはどこにいると聞いているんだ。まだ山小屋にいるのか?」

「ああ……いや、今日にもお前が来ると伝えたら、素直に山を下りてくれたよ」

「ホテルで待っていろと伝えたか?」

「ええ……どうだったかな……」


 テオドールはぼんやりとした目つきのまま、天井に目を泳がせる。どうやら、いまだ目が覚めきっていないらしい。


「おい、しっかりしろ。なんなら頬でも張ってやろうか。目が覚めるぞ」


 アルベリクはカウンターに身を乗り出し、右の手を真顔で振り上げた。すると、テオドールは慌てた様子で目を見開き、両手を突き出してアルベリクを押し留めた。


「待て、待て、思い出した! そうそう、以前、お前と食事をしたカフェテラスに居るそうだ。そう伝えればわかると言っとった」


 それを聞いて舌打ちをするアルベリク。


「なんでそんな人気(ひとけ)のある場所に行くんだ。今、顔を合わせている所を見られるのはまずいというのに……! ちゃんとそのことを伝えたのか!?」

「伝えたが、なにをそんなに恐れているのか、わからないと言っとった。それに、一年に一度の祭を楽しみたいともな。わしもそれは道理だと思って、それ以上は引き止めなんだ」


 アルベリクは忌々しげに唸り、腹の中で悪態をついた。遠く離れたところから文面で指示するだけでは、温度感まではなかなか伝わりづらいものだ。


 一方のテオドールは、憐れみのこもった目つきでアルベリクを眺めていた。やがて彼は口を開くと、噛んで含めるような語調でアルベリクを諭し始めた。


「なあ、アル。なぜそうコソコソとする必要があるんだね? お前とルルーさんが会っているのを誰かに見られたとして、何の問題があるというんだね」

「今、それを話している暇はない!」


 ヒステリックに叫ぶと、アルベリクは足早にその場を立ち去っていった。


 度し難い人間の魂を目の当たりにして、テオドールは深々とため息をつく。目を上げて擦り硝子の窓を見れば、街に配された灯籠の色とりどりの光が、宵の闇の中に淡く色を滲ませている。


 祭の夜は、始まったばかりだった。

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