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此度の勇者は負の感情を喰らいし者。だってさ ~悪魔勇者の宝玉集め~  作者: 零眠れい
どうやら少年は、幼女を世話するのが苦手らしい
4/6

☆4話

 蛙の子は蛙ということわざがある。

 子供は結局、親に似てしまうという意味だ。

 どれだけ道を違えようと思っていても……。

 生き方が、考え方が、価値観が似通ってしまう。

 ――これほど恐ろしいものはないだろう。

 子供としては、影響など受けたくないのに。

 親としては、影響など与えたくないのに。

 親子というだけで、たったそれだけのことで。

 嫌なのに。

 オリジナルの人生というものを、歩みたい(歩ませたい)のに。

 共に暮すというだけで、似てしまう――。

 ――無論。

 それを難なく受け入れられる者は、いるだろう。

 この世には様々な人間がいて。

 様々な性格がいて。

 そして……様々な関係が在るのだから。

 例えば良い母親であったなら、良い父親であったなら。

 子がそれをお手本にしたいと思うのは、自明であり。

 自らの信念に誇りを持つのであれば。

 それを我が子に継承させたいと思うのもまた、自明の理だ。

 ――だけど俺には、そんなものはない。

 自分は良い人間ではないし、良いモンスターではないし。

 ましてや――誇りなど持っていない。

 誰にも渡してはならない生き方で。

 誰にも聞かせてはならない考え方で。

 誰にも受け売りさせてはならない価値観なのだ。

 ……だが、それを押し通してでも。

 子供の『共に暮したい』という気持ちを殺させるのは。

 本当に、間違っているだろうか?





挿絵(By みてみん)

「ねぇ、あなたも“きめら”……なの?」

「…………えー……と……」


 ――夕刻。森の中。

 新たな宝玉を手に入れようと、旅の途中。

 そろそろキャンプの準備をしなければと、支度していたら。

 すぐ近くの草木が、ガサガサ。ゴソゴソ。

 (魔物か、魔物なのか……!?)と、少年が構えていると。

 バサリと音を立て、それは草木から這い上がってきた――。

 ……中くらいのサイズはあるだろう、“ドラゴンの翼”が。

 小さいならともかく、このサイズは対処できるはずがない。

 ――おかげで、少年――ユーマは戦意喪失。

 人生の意義について考えていたら……。

 またもそれは、音を立てる。

 生い茂る緑から、翼の主がひょっこりと顔を出し。

 現れたのは――赤い。

 赤い髪色の……女の子だった。

 女の子の声。

 女の子らしい……格好。

 異質なのは、身の丈に合わない赤い翼くらいなものだ。


「き、きめら……って、なに?」


 恐れながら。

 戦々恐々としながらも。

 ユーマはその……少女らしき何かに、問いかける。

 少女らしき何かの仕草は、人間の子供そのもので。

 首をかくんと、傾げる――疑問を訴えるその姿は。

 その容姿も相まって。

 無垢で、あどけなくて、幼い印象だった。


(……いや、幼いにしては、こんな“眼”はしないよな?)


 そう思い、少年が注目するのは――その深緑の瞳。

 仄暗く、ほんのりと歓喜が混ざっているかのような……。

 ……そんな、『絶望』が飽和した瞳をしていた。

 気化した感情が、充満するような――。

 朧気で、ふらふらとした、取りとめない思い。

 ――その瞳はユーマを写しているようで。

 その実、全く別のものにしか興味を示していない。

 彼の知る子供というのは。

 もっと活溌で、もっと活気に溢れていて。

 少なくとも――こうも、地に足がつかない感じではなかった。


(……こんな子を相手に警戒するのは、少し心が痛むけど……あんな翼があっちゃあ、そうも言ってられねぇよな……)


 おそらく……というより、間違いなく。

 彼女は、自分と同じように生まれた――。

 人間とモンスターとのハーフ、なのだろうが……。

 それでも、油断はできない。

 いや。

 同族だからこそ、油断してはならないことを知っている。

 自分がどれほど恵まれているのか。

 モンスターがどれほど人間離れしているのか。

 それらを、身をもって理解しているからだ。

 これらは演技かもしれない――罠かもしれないと。

 そう疑うのは、当然――。

 ――いつ襲われてもいいように構えつつも、返答するユーマに。

 人外じみた翼を持つ少女は……幼子のような反応をした。


「……え?」


 そう、『裏切られた』とでもいうような。

 瞠目して、声を漏らして。

 一瞬、戸惑ったようにさえ思える。

 だが。

 だが、それでも少年は、警戒を解かない。

 “確信”が持てるまで、解くわけにはいかない。

 ――そんな態度を取り続けるユーマに。

 しかし少女は、果たしてそのことに気付いているのか。

 ともかく……説明しようと。

 視線を泳がせて、口を開く。


「『別々の個体から異なる性質を帯びる遺伝子を取り出し、組み合わせ、一つにした生命個体』……だよ? あなたは、聞かされてないの?」

「い、いでんし? セイメイコタイ……?」


 幼い少女らしきものの口から、飛び出たワードは。

 聞いたことのないものや、聞き馴染みのないもの……。

 ――彼にはとても、解することができず。

 ただただ、オウム返しするのが精一杯。

 聞かされてないも何も、知らない概念で。

 それどころか、到底ついていけそうにない、専門的な話。

 自分は、少女の相手をできそうにない――。


(……正直にいえば、このまま相手が諦めて、引き下がってくれるとありがたいんだけど……戦いになれば勝ち目はないし、かといって逆撫でしないようにする技術なんてないしな……)


 ――だけど。

 そう考えていたユーマは、あろうことか。

 なんとか“繋げなければ”と、頭を働かせることになった。

 相手を刺激しないような声色を選んで。

 相手にショックを与えないような内容を選ぶ。

 ――理解したいという意思を、示すような。

 そういう返しをしなければと……半ば反射的に、思考を走らせた。

 ……なぜなら。

 少女の表情自体は、それほど変わらないものの……。

 少年にはわかる。

 悪魔の血が流れているユーマには、視えてしまう。

 彼女の瞳に内包されていた負の感情……。

 寂寥や失望、悲しみが。

 彼が無理解な反応をした途端。

 どっと、増大したことが――。


(――喰いたい)


 その衝動を、速る鼓動を抑えつけて。

 幻視の牙を食いしばり。

 必死に慌てて、少年はセリフを紡いだ。


「わ、悪いっ! 俺、頭悪いからさ、そういう専門用語はよくわからないんだっ。だから、あんまり気にしないでほしいっていうか……悲しんでほしくないっていうか……」

「……ぼく、悲しんでないよ?」

「え? ……いや、でも……」


 でも……確かに、自分には視える。

 少女には視えずとも、自分には。

 形なって、色となって……負の感情が、そこにある。

 濃ゆい。

 濃密な……重みのない、それら。

 ――哀情が。

 ……さすがに見間違えではないだろう。こんなの。

 しかし……ならば少女が、嘘をついているということか?

 ――どうして?


「――悲しんで、ない」

「あ……」


 そういう風に、訝しんでしまったからだろう。

 認めずに、否定してしまったから。

 だから少女は――ムキになる。

 更に負の感情を、強めて――。

 ――嫌な色合いの、霧のようなものが。

 これまで以上に、放たれる。


(まずい、ミスった――!)


 思わず、少年は後退った。

 怯えるように、恐れるように、後ろへと下がる。

 それは、先程までの懸念とは、まるで質の違う――。

 もはや少女が、翼を持っていることも意識できず。

 少女の内側に渦巻く、青い感情に。

 ――いや。

 それ以上に、自らの血に流れる“本能”が。

 何よりも、今、怖かった。

 こうなりたくないから、慎重に対応したというのに。

 ――視たくなかったと、いうのに……。


(喰いたくない――喰いたくないっ。喰うなッ!)


 気付けば呼吸が、荒くなる。

 嫌いな衝動に駆られる。正気が保てなくなる。

 ――喰べたい。

 彼女の内側に秘める思いを……丸呑みしたい。

 喰べて喰べて、楽になってしまいたい。

 あれほどの絶望、きっと美味に違いないから――。

 ――あれほどの絶望、自分には耐性がないから……。


「……? なんで……?」


 だけど、少女は。

 幼い少女には、無知な少女には。

 そんな事情――察しろという方が無理なわけで。

 問いかける。

 「なんで」と、少年に問いかける。

 わからずに、解けずに、読めずに。

 『不安』と共に――次から次へと、言う。


「なんで、そんな反応をするの? ……ぼくが、怖いの? あなたもぼくを、怖がるの? ぼくが……キメラだから?」

「ち、違う――違うから――」


 更に強まる、彼女の負の思い。

 ――更に強まる、悪魔特有の食欲。

 喰ってはならないと理性が叫んでも。

 だけれど……欲望に抗うのは、苦痛なことで。


(喰いたい――喰いたい、喰いたくない――ッ)


 ――やばい。

 もう、耐えられない……。

 ――これほどの『沈んだ心情』を前に。

 頭が真っ白になりながらも、無理やり。

 ……これなら、まだモンスターに襲われる方が良かったと。

 そう、盛大に肩を落として、両眼を手のひらで覆い。

 ユーマは躊躇わず――“ごくん”と、唾を飲み込んだ。

 まるで……何かを、食べたような。

 ものを喉に通すような……そんな音。

 “悪魔じみた”その音に……今度は、少女の方が後退るも。

 両眼を隠していた手のひらが崩れ落ち。

 ゆっくりと開かれるオッドアイと、目を合わせると――。


「……っ?」


 その、水色と黒の瞳は。

 一瞬にして――冷静さを取り戻していた。

 それまで混乱して、困惑して、動揺していたのが。

 それらが、無かったことにされたみたいに。

 別人のように、変わる――。


「……ふぅ」


 少年は息をつく。

 嘆きとは異なる、整えるような軽い息を。

 姿勢も。

 いつの間にか、オドオドとしているものではなく。

 芯がしっかりとしていて、打たれ強いような。

 そんな――頑丈なものに変化していた。

 その変貌ぶりに、先程から訊いてばかりの少女は。

 またも、別の疑問を口にする。


「……お兄さん……雰囲気が、別人みたいになった……なに、したの?」


 すると。

 やはりユーマは、簡単には動じない声色で応じた。

 怯えもなく、気の張らない態度で。


「あー……悪魔の特権、って言えばいいのかな。つい使っちまった」


 まぁ――対象が少女ではなく、自分だったのが幸いだが。

 衝動とはいえ、今回は使っても良かっただろう。

 ――そう、彼は判断する。

 こうでもしなければ、状況に対応できなかったと。

 対応できず――自分が潰れていたか、少女を喰っていただろう。

 ……本音としては、自力で何とかしたかったが。

 あまりそうも、言ってられない。

 ――悩みが解消したとはいえ、手段が気に入らないからか。

 自らの気持ちに、整理をつける少年。

 甚だしく容易に、切り替える。


「? とっけんって、なに……?」

「いでんしとかいう難解単語は知ってるのに、特権はわからないのかよ」


 それまでは、やろうとしてもできなかった苦笑を。

 ユーマは、当たり前の如く浮かべた。

 「いいか? 特権っていうのはな……」と、説明に入る。


「なんて言えばいいのかな……その人にしかできないこと、みたいなもんだよ。悪魔にしかできないことを、俺は俺に対してやったんだ」

「あくまの、とっけん……?」

「ああ」


 ――気付けば、あれだけ離れていた両者の距離は。

 徐々に徐々に、自然と縮んでいた。

 さっきまでは、互いに警戒し、遠ざかっていたというのに。

 今ではもう、会話する程度には近寄っている。

 その表情も、二人とも暗いものではなくて。

 少年は穏やか、少女は憂いが取り去られたような顔つき。

 和める程度のものには、落ち着いていた。


「ねぇ、あくまって何ができるの?」


 そう、少女はユーマの衣服を摘む。

 ――それは好奇心というより、気を許した証であった。

 随分と彼女の負の感情も収まっていて。

 それを汲み取った少年も、また胸を撫で下ろす。

 ――どうやら問題の方も、ひとまずは解消したようだと。

 膝を曲げて、少女と同程度の身長になるのだ。


「悪いけど、秘密。この力は便利だし強大だけど――とても危険なんだ。だから教えられない。意地悪なわけじゃないのは、わかってくれるか?」

「……うん、わかった」

「――ありがとな」


 聞き分けよく頷く少女の頭――。

 被っていたボンネットごと、撫でる少年。

 ――突然のことで、驚かせてしまっただろうか?

 少女は戸惑い気味に、無言で――けれど。

 深緑の瞳を閉じて、気持ち良さげに温もりを浴びていた。

 その様子に。

 ユーマも同様に、ほっとする。

 だが、やりすぎるものでもないだろう。

 なにせまだ、仲良くなったわけでもない。

 だから。

 ひとしきり撫でたら、止めようと思っていたのだが……。


「……お兄さんのそれ、なんだかとても安心する。もっとやってほしい」

「え? い、いいけど……」


 まさかの要求に。

 今度は、少年の方が戸惑いながらも。

 嫌がられてないなら――いや、むしろ。

 彼女のブルー加減が緩和していくので、続けることにした。

 なぜそんな要求をされたのか、わからないまま。

 それから二分、三分と経った辺りだろうか。

 不意に少女が、口を開く。


「どうしてお兄さんは、ぼくの帽子をすりすりしようと思ったの?」

「どうして、か……うーん……」


 ……わざわざ『すりすり』と表現することからも。

 もしかしてこの少女は。

 “頭を撫でる”という行為そのものに、慣れてないのか?

 はて……やろうと思った理由。

 そんな何となくで、思いつきで、自然とやってしまった行いを。

 どう……言葉にしたらいいものか。

 ――なんてことを思い悩んでいると、少女。

 こちらを見上げて、疑問を見上げる。


「なんだかお兄さん、さっきから詰まってばかりだね。ぼくの質問が、変だから?」

「いや、変といえば変だし、そうでないとも言えるんだが……」

「? どっち?」

「そうだな……」


 どうすれば彼女の暗い心に掠ることなく。

 それでいて、こちらの言い分を伝えられるか。

 思慮を重ねた末に、なんとか決意してユーマは話す。


「俺にとっては当たり前なことを訊かれたから、少し困惑してるだけだ。ほら、腹が減ったらこうやって擦りたくなるけど、なんで擦りたくなるのかって訊かれた困るだろ? それと同じことだよ」

「ん……たしか、に?」


 納得したような口調でありながらも、首を傾げる反応に。

 少年は、はにかんで謝罪する。


「悪い、あんまいい例えじゃなかったよな……けど俺、こういうの苦手だからさ、これで納得してくれないか?」

「帽子すりすりしてくれたらいいよ」

「……意外と抜け目がないな。ロリ見た目に騙されたよ」


 許してくれるどころか。

 許してほしいなら、こちらの望みを叶えろと返してきた少女。

 そんな態度。

 普段なら、苛立ちの一つも感じるものだが……。

 あまりに意外だったこと。

 何より……何とも可愛らしい『望み』に。

 つい、毒気が抜かれてしまった。

 これは、こんなの、怒れない。

 そうこうしていると、少女からの催促が始まる。


「やって、やって」

「わかったわかった」


 はちきれんばかりの思いを、起伏のない声に込める子供に。

 少年は――支えるように、包むように、冷静に告げた。

 ――それからユーマは、少女の頭を撫でる。

 正確には――その上にあるボンネットを、だが。

 彼女はやはり、嬉しそうに与った。

 だから彼は、少女が満足するまで止めないことにして。

 ――その結果。


「……な、なぁ、もうそろそろ夕飯の支度を始めたいんだが……」

「もう、ちょっと……」


 少年は。

 約一時間ほど、単調な動作を繰り返す羽目になった。

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