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此度の勇者は負の感情を喰らいし者。だってさ ~悪魔勇者の宝玉集め~  作者: 零眠れい
少年は子供。近所のお姉さんに惚れてるのと同じことだ
3/6

 3話

 ――その後、ユーマは。

 海の中ではあるものの、この街には。

 旅人向けの個室があるとのことだったので。

 彼女に案内してもらい、そこで休むことにした。

 恐らく地上の宿屋と、そんなに変わらないだろうと。

 せいぜい、水の中っぽくなってるだけだろうと。

 そう甘く考えていたが――。

 しかしすぐに、撤回することになる。

 ――“外観”があれほどまでに美しかったなら。

 ならば、内装も現実離れしているはずだと。

 なぜ、そう繋げなかったのか……。

 建物内に足を踏み入れてからというもの。

 ユーマは、異世界に来たかのように錯覚したけれど。

 その部屋に。

 彼女に連れられた、そこに来てみれば。


「わぁっ……!」


 開口一番に出てきた言葉は。

 もはや――文章にすらなっておらず。

 感嘆の息を、容易に漏らす。

 ――胸に宿る少年心を渦がせて。

 水色と黒のオッドアイを、輝かせて。

 子供のように、はしゃぐように。

 立ち竦む。

 嬉々として、圧倒される。

 ――そんな中。

 聞き馴染みのある声――その姿が、視界に入る。

 彼女――ユエが、難なく入室したからだ。


「こちらがユーマ様の個室となります。食事の準備が終わり次第お呼びするので、それまでの間ごゆるりとお過ごしください」


 ――まるで。

 この光景が、至って普通のことのように。

 何の感動も――戸惑いもなく。

 少女は、滑らかに紡ぐ。


「ユエにとってこの部屋は、見慣れたものなんだな」


 そう訊いてみれば。

 彼女はやはり、頷いた。


「なにせ私は、ここで暮らしているものですから。ですが知らない土地に出向いたら、もしかしたらユーマ様のように驚くのかもしれません」

「だとしたら、いつか俺が地上を案内したいもんだ。ちゃんとできるかは、わからないけど……」

「心配でしたら、他の守護者も同行させてはどうでしょう? この手のことに関心を持つ者に、何人か心当たりがあります」

「……そうだな」


 ――ユエが、改善案を出してくれたことは。

 それはもちろん、ありがたいことで。

 求めていたこと、ではあるのだけれど……。

 こんなことを……少年は考えてしまう。


(ここで『構いませんよ。ユーマ様のガイド、楽しみに待っていますね』――みたいな感じで、信頼されたらな……)


 ……なんて。

 理想――妄想を。


(やっぱり俺、勇者としての風格が欠けてんのかな……)


 うーむ……頑張らなければ。

 頑張って宝玉を集めて、魔王城に行かなければと。

 ややネガティブ思考ながらも、気を引き締めるユーマ。

 ……いや、そこまで引き締められていないかもしれない……。

 というより、ここで引き締められたなら。

 もっと『心強い大人』という者に、なれている気がする。

 ――そんなことを。

 そんなどうでもいいことを。

 悶々と、阿呆らしく、悩んでいたら。

 ――いつまでも無言だったからだろう。

 いつの間にか、小柄な少女が寄ってきていて。

 不安気に――こちらを見上げていた。


「……ユーマ様、どうかしましたか? なにか気に障る発言をしてしまったなら、謝りますが……」

「あ……ご、ごめんっ! そんなんじゃないよ!」


 ――ほんっっっとうに。

 こんなくっだらないことで黙り込んでいた自分が。

 彼女にこんな顔をさせた自分に、嫌悪する。

 そのため。

 その赤い瞳から、曇りを晴らすため。

 なんでもない、問題ない、気にするなと。

 強く強く、念押しした。

 その言い方に――むしろ、不安度が増した気がするけれど。

 何も訊かないでほしいということは、伝わったのだろう。

 「ユーマ様がそう言うのであれば……」と、引いてくれた。

 心配は心配だが、深入りしない方がいいという判断である。

 できることなら、それごと取り去りたかったけれど。

 でも……仕方がない。

 ともかく、悩み事を打ち明ける必要はなさそうだ。

 『ユエに頼られたい』――なんて、口にできない悩みを。


「…………」


 (けど、)と。

 申し訳ない気持ちで、一杯だけれど……。

 ほんのりと、彼女の方へと視線をやる。

 ――照れを忍ばせた、その眼差しを。


「その……ありがとな。色々と気を遣ってくれたり、それに……心配、してくれたりさ。俺には勿体ないくらいだよ」


 ――彼女が生み出す、その表情は。

 あまりにもひたむきな、その優しい目つきは。

 ……こう言ってはなんだが、美しくて。

 自分には、向けられる資格なんて――ない。

 ――そうやって、少年が卑下すれば。

 すかさずユエは。

 もはや案の定というべきか、ユエは。

 首を振るのだ。

 「そんなことありません」と、毅然と。


「ユーマ様は勇者という役目を与えられるだけの素質を持っており、そして、その役目を果たそうとしています。これくらいの配慮は当然……いえ、足りないくらいです」

「あはは……なんだか歯がゆいな。俺としてはユエの方が謙遜で、十分すぎる気がするんだけど。何はともあれ、本当にありがとう」


 彼は。

 ユエの言い分を、真に受けることはしなかった。

 けれど、あえて否定はしない。

 それ以上の反論も、しない。

 ここは素直に甘えるべきだと、そう思ったからだ。

 こちらが再び卑下すれば、相手は更に謙遜を重ねる。

 そういう水掛け論になって、永久に終わらないだろう。

 まだ短い付き合いだが――。

 彼女はどうも、こういう所は頑固になる。

 『この身は勇者様に尽くす』――あの信念は。

 ユエなりに、どうしても突き通したいことなのだろう。

 ――それに。

 

「ふわぁ……じゃあ、昼飯までゆっくりしてようかな」


 あくびをして、据えられたベッドに腰掛けるユーマ。

 わざわざ椅子ではなく、ベッドを選んだのは。

 座るより、横になりたい気分であったから。

 ……実を言えば、最高潮まで言わずとも。

 これでもかなり、疲労が溜まっているのだ。

 見知らぬ空間、慣れない環境で、約一週間。

 “息の加護”があったとはいえ、海中を彷徨うのは。

 それも野営したり、モンスターから逃げたり、自給自足するのは。

 とても……大変であった。

 用意されたベッドは大きく、ふかふかで。

 貴族が使っていそうな――それほどまでに、肌触りの良い素材。

 ――ようやくぐっすり、睡眠が取れそうだ。


「では、なにかあれば私の名前を呼んでください。直ちに駆けつけるので」

「わかった。そうするよ」


 滞りなくユーマが受ければ、少女も一礼する。

 それから廊下へと出て扉を閉め、食事を作りに行った。

 一人となった個室――人目を憚る必要のない、この部屋で。

 ユーマは一気に脱力して、バンッと勢いよく寝っ転がる。


「……ふぅー……つっかれたーっ……」


 憧れの人の前だったから、少し見栄を張っていたが。

 それも徐々に、解けていった。

 身体が、勝手に。

 心が、勝手に。

 ――解けていく。弛緩する。

 天井に付いている珊瑚の照明から。

 目に優しい水色の壁。程よい位置の窓。豪華すぎない家具たち。

 そのどれもに囲まれて、ついリラックスしてしまうのだ。

 ――水の中だということも忘れ。

 まだ旅が終わったわけでもないのに、気が抜けた。

 恐らく、彼女が整えてくれたのだろう。

 他ならぬ勇者のために――妥協することなく。

 『少しでも旅の疲れを癒せるように』と、そう誠意を込めて。

 なんというか、もう、感謝しかない――。


(仕事人……って、かんじ……だよな……――)


 ――そう、漫然と思いながら。

 我慢できずに――我慢することなく。

 少年は瞳を閉じ、眠りについた。






「ん、んー……」


 ――それから、しばらくして。

 いや、しばらくと言えるほどの時間が経ったのか。

 それとも――まだ一時間ほどしか経っていないのか。

 ともあれ、ユーマは目が覚める。

 夢は見ておらず、深い眠りだったせいか。

 未だに頭はぼーっとしていて、意識は纏まらない。

 今ひとつ脳が働かず、ここがどこなのかさえ思い出せずにいる。


「――おはようございます。その様子だと、気持ちよく眠れたようですね」

「……んぁ……?」


 知っている声のような……。

 知らない声、のような……?

 ともかく、小さな子供の声が聞こえた。

 どうにも、はっきりしない認識で。

 蜜につられるように、その声を辿ってみれば――。

 足元まで届く水色の髪に、赤い双眼。

 ワンピースを身に着けた少女がいる。

 どうやら白い椅子に座って、本を読んでいたようだ。

 古ぼけた分厚い書物を、しかし眉は顰めてはいない。

 背筋を正し、淑やかに一冊の書物を携えるその姿は。

 ――幼さをまるで感じさせない、それに。

 寝ぼけていたからだろう。

 そういえば、『ユーマの寝起きは酷い』と。

 村の人達から、よく聞かされたものだ。

 ――少年は、相手が誰なのかを判然とさせないまま。

 思ったことを。

 思いついたことを。

 そのまま、口にした。


「……綺麗だ」


 そして。

 そしてやっと。

 口にしてから――急速に脳が活性化する。

 ここがどこなのか。

 相手が誰なのか。

 今自分が、発言したことの意味……。


(……あ)


 (……あ)、じゃねぇよ!

 ――そう自分にツッコミを入れながら。

 急いで――そりゃあもう、何よりも早く。

 言い訳――言い訳?

 事情――事情?

 と、とにかく、なんか言う!

 この場を凌げそうなことを、なんか言う!

 ユエがポカンとしてる内に――!


「う、あ、ち、ちがっ……い、今のは――っ!」

「ユーマ様はお世辞上手ですね。ありがたく頂戴いたします」

「……え? あ、ああ……えと……」


 ――激情波乱な彼と比べて。

 少女は、冷静沈着にそう応じた。

 ほんのりはにかむ程度で、声色もいつものまま。

 あまりにもいつもの、表情――。

 こちらばかりが動揺しているようで……しかし。

 そのお陰で、焦っていた心が鎮まっていく。

 段々と、考えが整理されてきた。


(お世辞――ってことは、本気にはされてない?)


 ――『綺麗』だという感想は。

 あくまでも、嘘である思われた……?

 ……それは。

 届いていないのは少し、虚しくて。

 そう解釈されたのは――ショックだったけれど。

 同時に、ほっとすることでもあった。

 こんなんで好意を持ってることがバレるなんて、最悪だからだ。

 どう受け取られるか……準備が何もできてない……。


「ん、んっ……」


 空気を切り替えるため。

 ……というより、自らを切り替えるために。

 わざとらしくユーマは、咳をする。

 (よ、よし……)と。

 耳はまだ赤いけれど、ユエの方へと向き直った。

 彼女といえば、やはり芯のある柔和な顔つきのまま。

 何も口を挟むことなく――待っている。


「そ、その……て、照れたりとか、しないんだな。い、言われ慣れてる……とか?」


 やべ。

 まだ声上ずってる。

 しかも歯切れが悪い……。

 ――だが少女は。

 至って何も気にすることなく、肩を竦めた。


「ご冗談を。覚えている限り、そんなことを言われたのは百年以上前のことですよ。照れないのは――おそらく、私が褒められるに値する者でないことを自覚しているからでしょう」


 ……それに。


「今は勇者様が目の前にいるのです。そんな“油断”は、許されません」

「…………」


 (……ああ、そっか)と。

 そのセリフ――その目つきに。

 唐突に、ユーマは理解した。

 ――彼女の、揺るがない覚悟を持った声。

 ――彼女の、信念の伴った鋭い眼差し。

 自分には無くて。

 自分が欲してる、それらが。

 ……そうか、だから。


(だから俺は……ユエに惹かれたのか)


 当然のように……いつも纏わせていたから。

 ユーマは彼女の、その『真剣さ』に惚れたのだ。

 ただ“カッコイイ”という単語では済ませられなくて。

 自分もそう在りたいと……思い焦がれた。

 ――同時に。

 そう、理解すると同時に。

 仄かな絶望が……ユーマを襲う。

 それはどこか、肩の荷が下りることでもあった。


(……なんだか今なら、できる気がする)


 認められた、今なら――。

 少年は。

 ユーマは。

 掛け布団を、ギュッと握りしめ。

 ――そして緩慢にも、口を開いた。


「凄いな……ユエは。俺には真似できそうにないよ。そういう風に生きてみたいけど、俺には厳しい……君に近づきたいけれど、きっと俺には無理なんだろうな」

「……それは」


 これまでの彼の態度とは、打って変わって。

 全くの、シリアスな口調に。

 ユエは、慎重にその意図を読み取ろうとする。


「それはつまり、ユーマ様が私のようになりたいと?」


 ――その問いかけに。

 ついさっきまでなら、照れくさくて躊躇っていただろうそれに。

 しかし少年は、あっさりと。

 呆気なく、首肯した。


「うん、なりたい。君の隣にいても遜色ないほどに、その在り方を貫いてみたいけど……今は、諦めるしかないみたいだ」


 諦めるしかないほどに、彼女と雲泥の差があることを。

 ――深く、実感してしまった。

 もう照れるなんて“図々しい”ことは、できない――。

 むず痒そうに、後頭部をかく彼の姿は。

 とても、快活ではなくて。

 無邪気とは、程遠くて。

 笑い方に――明朗さはない。

 そんな顔つきで、ユーマは続ける。


「追いかけたくて、君の隣にいたくても……俺にはそれに見合う生き方ができそうにない――だから、絶対にこんなことが過る」


 ――認めたく、なかったけれど。

 足掻きたいけれど。

 この囁きに――屈してしまうだろう。


「『場違い』だって。今の俺は……ユエには、つり合わない」


 ――どれだけその人に憧れても。

 憧れるということは――それだけ高い壁ということで。

 高い壁を乗り越えるのは、並大抵の努力ではできない――。

 ……更にいえば。

 彼女の持つ、『真剣さ』は。

 自分が一番、苦手としているジャンルだ。

 ――そこで少年は。

 吹っ切れたように――白い歯を見せて、笑った。


「本音としては気にせず一緒にいたいし、喋ったりしたかったんだけどな……そうするにはせめて、魔王の問題を解消するっていう実績を積んでからじゃないとダメなんだと思う」


 それくらいできて――ようやく。

 彼女の隣にいても、肩身が狭い思いをせずに済むだろう。

 それまでは……。

 それが、できるまでは。

 傍にいたら――きっと。

 自分と彼女を比べては、しょげてしまうだろう。

 ――相応しくない……と。

 ……と、そこで。

 声に出すことで、自分のするべきことを明白にして。

 多少の残滓はありつつも。

 すっきりしたところで――気づいた。

 ――完全に、彼女を置いてけぼりにしていたことに。


「あー……なんか、悪いな。自分勝手に話しちまって」


 どういう顔を向けるべきか、迷い。

 半笑いして――謝罪するユーマ。

 彼女は一体、どんな反応をするのか?

 自分の言い分を否定するのか。

 それとも、無言でいるのか……。

 だが。

 色々と、彼女の返しを予測していたが。

 そのどれもに反することを――ユエは告げる。


「……何を言い出すのかと思えば、そのような誤解をしていたのですか」

「……え?」


 その、たった一言に。

 少年の。

 無理に上げていた口角が――止まった。


(誤解って……なんの――)


 ――ユエは苦笑する。

 涼しげに――視線を、下げる。

 それから、こちらに向けて。

 ――柔らかな視線を、やって。

 こんなセリフを、紡いだ――。


「つり合わないのは私の方ですよ、ユーマ様。私の方が場違いです」

「……っ、は、え……」


 いやぁ……。

 いやいや、それは……。

 赤面も避けられず、言葉に詰まるってそれは……。

 ……かっこよすぎるって。


「……そっちの方がお世辞上手だよ……」

「……? それはどういう……ユ、ユーマ様? 急に布団に顔を埋めてどうしたのですかっ?」


 ――それから起き上がった少年は。

 ユエが用意した料理に舌鼓を打ち。

 無事に、月の宝玉を手に入れた。

 休息のため数日間、滞在した後に。

 海底都市を出て、また新たなる土地へと出向く――。

 勇者ユーマの旅は、まだまだ続く。

 ……かも?

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