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此度の勇者は負の感情を喰らいし者。だってさ ~悪魔勇者の宝玉集め~  作者: 零眠れい
少年は子供。近所のお姉さんに惚れてるのと同じことだ
2/6

☆2話

「それで……」

「ん?」

「それで結局、勇者様の好みの異性はどんなタイプなのですか?」

「あれ、俺らそんな話してたっけ?」


 もっと、シリアスな話をしていたような。

 少なくとも、恋バナではなかったような気がする……。

 ……いや別に。

 恋バナがシリアスでないなんて、不真面目なんて。

 そんな失礼なことは、言うつもりはないけれど。

 よりにもよって、異性の前で。

 それも憧れてる人の前で。

 そんなデリケートな話題、触れないようにするはずだ。

 ……触れてないはずだ。

 しかし。

 だがしかし。

 あっけらかんと、少女は首を縦に振った。


「ええ、していましたよ――子供らしい言動がご所望なのか、それとも痛みを悦びとするメイドがご所望なのか。どっちが好きなんですか?」

「……ああ、そのことか」


 まさかの解釈のされ方に。

 少年は、自らのオッドアイを閉じ。


「確かにその選択は、少しは好みの異性が反映されているかもしれないけれど――さすがにそんな超個人的な願望を、赤の他人に強いたりはしないよ」


 つまり俺は、君に演技なんかは求めない。

 もっと親しい関係だったら、悪ふざけで頼んでいたかもしれないけどな。

 ――そんな建前だったなら。

 そんな理由だったら。そんな断り方なら。

 自分の本音は隠しきれるだろうと――。

 バレないだろうと、そう企む。

 ……即ち。

 そのままの少女が好きだから、演技しないでほしい――という憧憬を。


「それにしても」


 と、それから少年は繋げる。

 間髪入れず、セリフを繋げる。

 変な勘ぐりをされる前に。

 探られたく、ないから。


「俺がロリコンだったとして、あるいはSだったとして、臆すること無くそれらを口にするとして――引いたりはしないのか? というか、引いた方がいいだろ。女子として」

「ロリコンだとか、Sだとか、随分と直接的な表現をしますね。わざわざ避けたというのに」

「直接的な表現をすることによって、人は現実を認識し、向き合うんだよ」

「現実から目を背けることも、時と場合によっては正解となりえるのですが――まぁ、そうですね」


 考え込むように。

 整理するように。

 彼女は幼い顔つきを、神妙に変化させる。

 神妙に。

 生真面目に。

 生真面目なことを話した。


「私からすればその程度、引くほどのことではありません。そういう好みを持つ人がいても構わないと思いますし、さほど気にもなりませんよ。問題なのは、私が演じきれるかどうか……それくらいです」

「ふーん……」

「……期待外れな回答でしたか?」

「『いや……』と言えば、嘘になるかな」


 彼女の、こういう寛容的な考え方は。

 ――その心の、有り様は。

 引くどころか、むしろ惹かれてしまうのだけれど。

 同時に。

 気を付けてほしいと、そう思わされる。

 ――理想像を、押し付けそうになる。

 守護者相手に。

 間違いなく、自分よりもずっと“強い”だろう相手に。

 『危惧』なんていうのは――不要なのだろうが。

 それでも、注意せずにはいられなくて。

 ――ガキであるにもかかわらず。

 説教じみたことを、わかった風なことを。

 つい……声に出す少年。


「――これは余計なお世話かもしれないけれどさ、もっと自分を大切にしてくれよ。まだ会って間もないが――なんというか、君は自分のことを後回しにしてる節がある」

「それはこちらのセリフですよ。勇者様」


 ――彼女は。

 即座に、そんな返しをしてきた。

 常日頃から、そういう思いを抱いてるみたいに。

 ――ほんのりと、悲しそうに。

 目つきを緩めて、こちらを見る。

 乞うように――『後生だから』と。

 祈るように――『届いてほしい』と。

 いつにも増して、真摯な声色で。

 少女は――控えめに。

 けれど明確に、口を動かした。


「勇者様は魔王討伐よりも、ご自分の身を最優先にお考えください。……そうすると、私と約束してください」


 「お願いします」――と。

 その、あまりにも張り詰めた顔つきに。

 ――重みだけを残した、その言葉に。

 少年は。

 受けきることが、できなくて。

 拾うことが、汲み取ることが、難しい――。


「……っ」


 彼女がどれほどの心境で、どれほどの思いをかけているのか。

 深いことは、辛うじて察することができたけれど。

 どこまで深いのかが、ついぞ判明しなかった。

 だから。

 「あ、ああ……約束、するよ」なんて。

 そんな。

 そんな馬鹿みたいな、ちぐはぐな返事しかできない。

 彼女からの要望に応えようとして。

 ……どうにも、失敗したような感覚がする。


「……ありがとうございます」


 だけれど。

 それだけでも。

 どうやら少女は、満足しているようで。

 視線を切り、景色へと向き直った。

 ――これ以上の会話は不要だろうと。

 意味がないだろうと。

 暗にそう、言われたような気もする。

 ……失望させたようで。

 少し、悔しかったけれど。

 (……まぁ、この子のこと、何も知らないしな)と。

 何を望まれているのか。

 どうして望まれているのか、何も知らない。

 無知に等しい。

 故に。

 仕方のないことだと、割り切ることにした。

 口約束できただけでも、十分だろうと。


(……マジで悔しいな)


 ――だからこそ。

 期待に応えられなかったことを、理解しているからこそ。

 次の彼女のセリフは、聞き入れることができるけれど。

 その通りであると、頭を下げるけれど。

 グサッともきた。


「正直に申しますと、先の勇者様の発言には、落胆を禁じえませんが」

「うっ……」

「もっとはっきりと、もっと自信ある返答が欲しかったのですが」

「……ううん……」

「だけど……」


 一度まばたきをして。

 そして、こちらに向けた少女の顔は。

 ――確かに、笑っているようだった。

 気を楽にしたように。

 今までで一番、可愛らしい笑みを――。


「今回の勇者様が、無理解な反応を示さない方で、本当に良かった」


 ……それは。

 とても柔らかな、赤い瞳。

 彼女に新たな表情をさせた自分が。

 ――今までにない、意外な一面を開かせた自分が。

 なんだか、誇らしく感じてしまうほどに。

 少年は、すっかり心を奪われてしまった。

 景色のことさえも、色褪せて……。

 ぼうっとしていると、彼女はおもむろに立ち上がる。


「――さて、すっかり昼食の時間になりましたね。食事の準備をしてくるので、私は一旦抜けさせていただきます」

「あっ……」


 ――もう、そんな時間になるのかと。

 ……でも、空の色を伺えば。

 確かにその時間帯になっていそうだと。

 彼は――残念な思いに囚われる。

 一時的な別れとはいえ、別れることに。

 隣にいたのが、談話するのが。

 あまりにも――短く終わったことに。

 ――何より。

 そんな自分のことを、自分自身で残念に思う。

 こんなことで心に穴を空ける自分が。

 照れくさくて、正直に。

 「まだここにいてほしい」と――そう伝えられない自分が。

 寂しさを覚えていしまった――自分に。

 非常に、残念だ。

 早く大人になりたいものだと。

 改めて実感させられた。


「あ、あのさ……」


 だからだろうか?

 勝手に。

 そんなつもりは、なかったけれど。

 喉から、声が漏れ出る。

 ――呼びかける。去ろうとする彼女を。

 用があったわけではないけれど。

 呼び止める事情は、これっぽっちもないけれど。

 無理に作って、彼女との時間を引き延ばそうとした。

 さすがに、幼稚すぎる行いだろうか?

 ……うん、だろうと思う。

 だけど。

 だけど、今だけは、どうか。

 ――引き止めさせてほしい。

 あと二つだけ、訊きたいことができたから。


「はい、いかがなさいましたか?」


 少年からの呼びかけ。

 策略と寂寥に塗れた、疚しい呼びかけに。

 けれど。

 相手は――何も気付いていない様子で。

 純粋な思いで、純粋な顔つきで。

 こちらに、振り返った。

 どんな用事であろうと、無下にする気はないと。

 ――少年は。


「君は……」


 少年は、そんな少女に問いかける。


「君は、この景色をどう思ってるんだ? 俺のこととか、抜きにして――どういう風に見えるんだよ」


 この、街が沈み込んだ海を。

 ――『綺麗』としか形容できない、この景色を。

 君は。

 どう――捉えているんだ?


「…………」


 その問いかけは。

 少女にとっては――よほど予期しないものだったのか。

 それまで。

 さほど浮き沈みがなかった瞳を――大きくする。

 驚いたように、数秒間。

 眼を、見開かせた。

 ――それから少しして。

 ようやく、処理を終えたのか。

 こんな呟きをする。


「……宝玉のことでも、休める場所でもなく、私に興味を示すとは……今回の勇者様は、あまり勇者らしくありませんね」

「…………」


 彼女もさっき、こんな気持ちだったのだろうか?

 そんな返答をされるとは思いもせず――。

 とてもとても、予想外。

 ――というか。

 彼女からそんな認識をされていたのが。

 地味に精神的ダメージというか、なんというか……。


「……え、え……勇者らしくないって……も、もしかして、俺って頼りがいがない!?」


 ――任命されてからというもの、初めて言われたその一言に。

 しかも。

 よりにもよって、憧れの人にそう思われていたのは。

 パニックになるには、十分であった。


「たた、確かに俺は、過去の勇者と比べて特技とかないけど……い、いやいやでも、普通の人だっていたらしいし……え、じゃあ性格の問題とか!? もっと貫禄とか身につけるべきなのかっ!?」

「これは失言でした……落ち着いてください。今勇者様が想像しているような、貶す意味ではありませんよ」

「ほ、本当か……っ?」


 希望を見出すような、弱々しい眼差しに。

 少女は、反省するように目つきを下ろす。

 ――「ええ」と、頷く。


「そもそも、これまでの勇者様の立ち回り方が、必ずしも正しいとは限りません。勇者として名を残した彼らは、結局は“魔王討伐に失敗している”のですから。なのでそう、気を落とさないでください」

「あ、ああ……それも、そうだな」


 大先輩である彼らを尊敬している、少年としては。

 ――あまり、認めたくないことだけれど。

 それは紛れもない――事実である。

 過去の勇者は――五人とも。

 魔王の元へと辿り着けていない――そればかりか。

 宝玉を集める段階で、命を落とした者もいるという。

 そんな彼らのことを……見本には、できないだろう。


「でも、じゃあ……勇者らしくないって、良いことなのか?」

「――断言はできません。しかしだからこそ、あなたが選ばれたのだと私は推測しています。むしろ勇者らしくない者ならば、魔王を討てるのではないか……と」

「……なるほど」


 これまで聞かされた、守護者や人々の態度や。

 勇者の歴史、その功績から鑑みる少年。

 そこで全てが、繋がった。

 決して彼女は。

 相手を貶すつもりはなく――けれど、褒めるつもりもなく。

 ただ客観的観点から、意見したに過ぎないのだろう。

 彼女なりに。

 実際に、過去の勇者と言葉を交わした経験から。


(……やっぱり、こんななりでも長寿なんだな)


 自分より、ずっと――。

 再認識して、幼い少女へと視線をやれば。

 彼女は、街の方を見ていた。

 遠望するように――己の目に焼き付けるようにして。

 そのまま、動かないのではないかと。

 そう錯覚しそうになるほどに、静止していたが。

 その口が――唐突に、開く。


「……これまで勇者様から、『この景色をどう思っているのか』……なんて、そんな質問をされたことはありませんでした。だからか、あまり意識したことがありません」

「え……」


 ――少年は、唖然とする。

 彼としては。

 こんなのは、特別な疑問なんかではなくて。

 当然の疑問で、普通の疑問で。

 なんとなく、訊いてみただけ。

 ……なのに、彼女にとっては。

 特別で。

 異例で。

 普通じゃない――疑問。

 ――不思議だった。

 それほどまでに、自分は――。

 前任の勇者たちと、かけ離れているのかと。

 違っていて、変わっている。

 ……それは一体、どう受け止めるべきなのだろう?

 嬉しく思うべきなのか――それとも、嫌だと感じるべきなのか。

 だが。

 検討する前に――思考するよりも先に。

 少女の声が、耳に入ってきた。


「私は好きですよ。この絶景――この眺めが」


 ――絶景。

 景色でも、風景でもなく、絶景であると。

 少女はそう、表現する。

 別段、強調するわけでもなく。

 誇示するような物言いもせず。

 あくまでも、自然体で。内心をありのまま発露したように。

 滑らかに――彼女は続けた。


「水中と地上は、本来相容れない関係なのです。水中に適応しようとしても、地上のものは脆く崩れ……逆に水中で生きる者が地上に適応しようとすれば、その未知な環境に戸惑い、死に至る」


 だけど……この景色は。

 水中と地上が融合した、この海底都市は。


「もう数百年もの歳月が経ちますが、建物は壊れずその形を保っています。暮らす者は私しかいませんが……それでも、本来地上で生きる者が、海の中で生活できている」


 共生できなかったはずのもの同士が――。

 混ざることが、できなかったはずのものたちが。

 こうして有りえてしまうのは。

 奇跡が、体現できたことは――。


「ロマンチックだなと……そう思います」


 少年が、『綺麗』だと評したその景色を。

 ――見ているものは全く同じはずなのに。

 しかし少女は、まるで違う感想を抱いていた。

 ……自分には、想像だにしない考え方を。


「……ロマンチック、か……」


 「凄いな」……と、少年は素直に呟いた。

 いや……素直、というより。

 それこそ自然体で、内心をありのまま発露したように。

 もしも彼女だったら。

 ――自分よりも大人びた彼女だったなら。

 きっと、もっと違うことを。

 その素晴らしさを。

 的確に伝えられるような――“いい言い回し”を思いつくのだろうが。

 どうにも、自分にはできないようだ。

 できそうに、ない。


(……っ、なん、つーか……)


 こんなに、離れてるんだな……。

 ――街から地面へと、見る先を変える少年に。

 だが少女には、その意味が察せなかったようで。


「凄い……ですか?」


 訊いてくる。

 不思議そうに、首を傾げて。

 ……そんなにも。

 そんなにも、彼女にとってその内容は。

 当たり前な、ことなのだろうか?

 素で……浮かんでくることなのか?


(……ああ、やっぱり)


 到底――及ばない。


「うん。君の意見を聞いてからだと、とてもじゃないが胸を張れないけれど――俺、この景色を眼にしたときに、『すっげー綺麗』だなって思ったんだ。そうとしか、思わなかった」


 そんな風に。

 存在意義とか、役割とか、理由とか。

 何も思いつかなかったと……。

 そう、隠すことなく少年は暴露する。

 ――彼女の敬意も含めて。


「……なんか、恥ずいな。こんな語彙力ないことしか言えなくて」

「何を恥じるることがあるのですか。もとより私とは経験の数も、生きている環境も異なります。それに、今の勇者様を好む人は必ずいますよ」

「ん、んん……」


 少女から、微笑を向けられながら。

 そんな返しを、されてしまって。

 今度は――別の意味で頬を赤くする少年。


「そ、そりゃあ……理屈としては通ってるけど……あんまストレートに伝えることじゃないだろ。好まれるとか、そういう話は」


 ……嬉しいけどさ……。

 そう、少年は視線を泳がせながらぼやいた。

 その反応に。

 初々しいそれに。

 少女はほんのり、面白がって。

 ――そして、見守るように微笑むのだ。


「もう、大丈夫そうですね。他にはなにか、訊きたいことはありますか?」


 リラックスしたように。肩の力を抜くように。

 こちらが平常心を取り戻す前に、彼女が切り替えるものだから。

 大分、テンパってしまったけれど。


「あ、ああ……その」


 別に、変なことを訊くつもりも。

 頼むつもりも、要求するつもりもなくて。

 ――むしろ。

 至極真っ当な質問を、するつもりだったのだが。

 躓き、言葉尻を浮かせ、つっかえさせてから。

 それからようやく――彼は発する。


「君の、名前――」


 思えば、真っ先にするべきその内容。

 今になって、ようやく明かした。


「俺たち、まだ自己紹介してないだろ? 俺の名前は、ユーマっていうんだ。……君は?」


 ――そのセリフは。

 またも、虚を突かれたのか。

 少女は少しの間、放心する。

 ……だけど、少しの間だけ。

 すぐに順応して、すぐに対応して。

 「これは失礼しました」と――姿勢を整えるのだ。

 緩めていた姿勢を。

 少女としてでも、彼女としてでもなく――。

 一人の、“守護者”として。


「私はユエ。月の神より造られ、宝玉を託された守護者にございます」


 一見して、若く小さきその子供は。

 ――だが、その実力は稀代の魔術師にも引けを取らない彼女は。

 見入るほどに美しく。

 魅せられるほど優雅に。

 端然と一礼して――少年を迎え入れたのだ。


「お待ちしておりました。六代目の勇者、ユーマ様。ようこそ“月の宝玉が眠る都市”――海底都市に」

挿絵(By みてみん)

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