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エピローグ②

 答えるかと思い尋ねたが、彼は黙って首を振った。そう簡単には全てを白状しないつもりらしい。岐阜の事件と違い単独犯だったからだろう。証拠を揃えるのは時間がかかる。   

 警察に楽はさせないと考えているようだ。これもパソコン等の分析データを待つしかない。他に白木場が口を割りそうな件は何かと頭に思い浮かべる。

 吾妻瞳の件は辻畑が自白している為、今更誤魔化しても無駄だと判断して口にしたのだろう。また彼女に対する怒りが強く、話さずにはいられなかったのかもしれない。

 辻畑の母を並木が殺した流れはほぼ確認できた。並木の祖母の事故も大まかには把握済みだし、詳細は今彼を聴取している捜査員が聞き出すはずだ。

 的場としては管轄内で起こり、闇サイトの一連の事件に紐づけするきっかけとなった、麦原陽一郎の案件を知りたかった。母親が自宅で首を絞め殺された事件だ。

 けれどあれは被害者本人が殺して欲しいと発言していた為、殺人の共同正犯でなく自殺ほう助罪にしか問えない可能性がある。それに事件から六年以上経っている為、白木場も細かくは覚えていないかもしれない。これもデータの結果が出た後の話になるだろう。

 そこで今、彼に聞くべきことは何かと考えた時、辻畑がかつて立てた推論の確認をしようと思った。さらに並木の口にした言葉が頭に浮かんだ。

 その為まずは全ての事件の動機を尋ねた。

「一連の事件を一つずつ確認するのは後にして、そもそも闇サイトを立ち上げたのは何故だ。お前が百歳を超えた祖父の介護で苦労していた件は、既に調べがついている。事故により死亡してくれたおかげで、救われた気持ちになったのも分からなくはない。だがそれで他にも苦しんでいる人を助ける為とはいえ、人殺しを続けようと思ったのは何故だ」

 黙秘を続けるかと思ったが、これには反応した。やはり彼の心の琴線に触れたようだ。

「救われた気持ちが分からなくはないだと。お前のような刑事ごときに分かってたまるか。辻畑や並木でさえ、私が味わった苦悩に比べれば大したことはない。それでも依頼に応じたのは、奴らが刑事だったからだよ。多くの人間を助けるには、警察権力を持つ協力者が必要だった。それだけだ」

「なるほど。介護の経験やDVを受けていない者には、口で説明しても理解できない苦労があるんだな。しかしお前がこれまでしてきた行為は、依頼主の苦痛を本当に取り除いていたのか。私にはそう思えない」

「どういう意味だ」

「並木や私がお前の部屋で言っただろう。救われた奴もいただろうが、不幸になった者もいる。並木の妻は精神を病み、日暮航は自殺した。それをどう思うかと尋ねた時、自己責任だと言ったな。闇サイト側から殺してやると言ったのではない。あくまで殺して欲しいと望んだ人達の中から、一定の条件を満たした者の願いを叶えただけ。そうだな」

「それがどうした」

「その条件は単に介護等で苦しむ人だけじゃなかった。被介護者が様々な依存症に罹っており、状況の改善には相当な苦労を要すると判断したケースに限っていたんじゃないか」

「何故そう思う」

 警戒心を露にしたその表情から、辻畑の推論は正しかったようだ。彼はそうした共通点を見出していた為、警察に先んじた取材が可能となり白木場まで辿り着いたといえる。 

 決して偶然の産物ではなかったらしい。的場はかつて聞いた説明をなぞりながら言った。

「お前の祖父は痴呆症で徘徊癖があり、かつ万引き癖があった。万引きも一種の依存症だ。そこから抜け出すのがいかに大変か身を持って知るお前は、他の被介護者の望みを叶える際の条件に付け加えた。余りに対象が多すぎたからだろう。その証拠に辻畑の母はギャンブル依存症で、神奈川の天堂夫妻や岐阜で殺された郷原はDVという一種の人間関係の共依存症だ。他に大阪の栗山や愛知で殺された日暮美香はゲーム依存症で、東京の麦原智代や愛知の猪川節子、尾梶の祖母はアルコール依存症だった。他の事件でも被害者は何らかの依存症だったと分かっている。つまり全て依存症という共通点があったんだ」

 図星だったのだろう。彼は絶句していた。そこで更に畳みかけた。

「結局全て自らが苦しんだ依存症への復讐だったんじゃないのか。殺す選択をした者に対し、自己責任だと突き放すのは百歩譲って理解するとしよう。しかし辻畑は違う。並木もそうだ。依頼したのは彼の妻で並木自身は祖母に死んで欲しいと願っていなかった。それはお前も同じだろう。自ら殺す選択をしなかった者が殺す選択をさせた。立場の大きく異なる者が、その者の視点になり代われるとは思えない。お前の気持ちなど分かるはずがないと、俺に言ったようにな。よく考えろ。明らかに矛盾が生じてはいないか」

 彼は口を噤んだ。黙秘ではなかった。反論できなかったのだろう。

「どうした。他にもあるぞ。さっきは百歩譲って理解すると言ったが、そんなものを認められる訳がない。お前は自分自身、殺すかどうかを選択させられた経験がないにも拘らず、他人に強いた。殺害を依頼してしまい、罪の意識に苛まれる苦しみを味わった経験のないお前がそうさせた罪はどうなる。それにどれだけ歳を重ねて知識や知能がある大人でも、介護等で心が弱った人間に選択を迫っておきながら自己責任だ、というのは奢りじゃないのか。ましてや未成年の子供に親等を殺すか選択を迫るのは虐待から救ったんじゃない。虐待以上の拷問を与えたと同じだ。日暮航が自殺したのは彼の心が弱かったからじゃない。お前が死に追い込んだんだ。お前がしてきた行為は全て、単なる自己満足に過ぎないんだよ。確かに救われたと思った奴はいるだろう。しかしその中には、お前が許せないと殺した猪川理恵のような奴も含まれている。一連の事件で多くの命を奪って来たお前は、こうした現実をどう説明するんだ。それでもまだ自己責任だというのか」

 白木場は項垂れたまま、その後一切口を開かなかった。それでも押収したパソコン等のデータ分析が進み、実行犯と依頼主となった者、情報提供者達の名前が次々と上がり逮捕された。その数は未成年を含め百人を超えた。

 その一件一件を裏取りし、白木場を再逮捕、再々逮捕としていき追及したが、彼はその頃には廃人のような姿となっていた。今さらながら罪の意識に苛まれたのかもしれない。

 それでも事件は立件され、間違いなく死刑の判決が下されるだろう程の罪に問われた。

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