第七章~並木⑨
彼は後ろにいたこちらを振り向き、さらに続けた。
「並木朝幸警部補にも、辻畑の母の美恵子を五年前に車で撥ねた容疑がかかっている。他にも猪川理恵刺殺事件で白木場に情報提供した疑いがあり、話を聞く必要がある。これは任意同行でなく監察官による呼び出しだ。貴様に拒否権はない」
万事休すだ。並木は抵抗を諦めた。的場から聞いたバックドア云々も恐らく嘘で、実際は辻畑の携帯だけに仕込んだと思われる、そこで白木場だけでなく並木を騙し証拠を掴もうとしたとようやく悟った。茫然としながら白木場の様子を見ると、彼も観念したらしい。顎が胸につくほど項垂れていた。
辻畑の両隣にも捜査員が立ち、身柄を確保しようとしていた。この中で唯一逮捕状が出ている為、当然だ。しかし既に自白した状況を考えれば茶番にしか見えなかった。その証拠に手錠すらかけられていない。その姿を見て腹立たしくなり彼に向かって吼えた。
「騙しやがって。俺はあんたをずっと尊敬していたし、仲間だと思っていたのに」
だがそれ以上に激しく怒鳴られた。
「刑事のくせに人を殺しておきながら仲間だと。ふざけるな。同じ介護で苦しむ私を助けるつもりで母を排除したつもりだろうが冗談じゃない。お前は犯罪者仲間に引きずり込もうとしただけだ。殺人の依頼主となった奥さんが果たせない役割を背負うには、丁度いいと思ったんだろう。尊敬していただって。それも嘘だよ。私を利用しただけじゃないか」
図星だった。祖母が事故死した後砂羽の元に、度々脅迫とも取れるメッセージが送られてきた。その為、罪の意識に苛まれ苦悩し精神を病んだ。やがて一人で抱えきれなくなり秘密を打ち明けてくれた。それから並木が代わりになったが、できるなら殺人の実行犯でなく、一千万円に加えさらに一億円を支払うから勘弁して貰えないかと打診した。
けれど裕福な並木家ではその程度なら、痛くも痒くもないと相手は知っていたのだろう。要望は受け入れられず、最初は指定した人物に関しての情報提供を求められた。警察官という職業柄、様々な個人情報を入手できる。その特権を利用するよう求められたのだ。
そんな事情があったからこそ並木を運営側に取り込む為、砂羽の要望に沿って祖母を殺したと思われる。依頼主がどんな人物かを洗うのはそうした目的も含まれていたらしい。
京都の高校に合格し引っ越した日暮航が後に自殺したのは、同じく何度も連絡があり、その度に悪夢を呼び覚まされ罪の意識に苛まれたからに違いない。
砂羽が精神を患ったようにそうした事例は少なからずその後も起こった。辻畑から白木場が闇サイト運営者だと聞き手伝いをする誘いに乗ったのは、自分達が犯した過去の罪を隠蔽する為だけではない。砂羽を苦しめ追い込んだ主犯に復讐する目的もあったのだ。
その事を思い出し納得できないと考えた。逮捕されれば辻畑の母を殺した実行犯としてだけでなく、他の殺人事件を手伝った共同正犯に問われ死刑は免れない。
そこで並木は最後のあがきとして口を開いた。
「分かった。俺は署で全てを話す。死刑になっても構わない。だがその前に白木場の口から直接聞きたいことがある。それを耳にするまでは死んでも死にきれない」
「何だ。何を知りたい」
的場に尋ねられた為、顔を上げていた白木場に向かって言った。
「介護に苦しんでいたお前は、祖父が事故で死亡してくれたことで苦しみから解放され、さらに一千万円近い金額を受け取ったから闇サイトを始めた。そうだな」
これは辻畑の取材で彼が主犯と睨んだ件だ。その予想が正しいかの質問だったが、彼は目を伏せ答えなかった。しかしその態度で間違っていないと確信した。その為更に続けた。
「もしそうだとしても、こんなに長く事件を起こしてきたならとっくに気付いたはずだろう。確かに救われた奴もいただろうが、不幸になった者もいたことをどう思っているんだ」
これには的場も興味を持ったようだ。白木場に向かって言った。
「おい、どうなんだ。今回の事件でなく一般論として答えられるだろう。並木の妻のように精神を病み、日暮航のように自殺した者もいる。そういう事例を聞き、お前はどう思う」
その場の誰もが彼の言葉を待ち沈黙した。長い静寂の間を置き、彼は口を開いた。
「断っておくがこれは自白ではなく一般論だ。闇サイトによる殺人依頼事件は私が知る限り、闇サイト側から殺してやると言ったとは聞いていない。あくまで殺したいと思う人達がいたから依頼を受けた。そうじゃないのか。しかも依頼した人物全ての願いは叶えられておらず、一定の条件があったんだろう。それをクリアした者の、死んで欲しいと強く願う想いを犯人は叶えた。それだけのことだ。その後は全て自己責任じゃないのか」
そこで辻畑が口を挟んだ。
「ほう。それが本音か。つまりあくまで殺人依頼した人物に責任があるという訳か」
「私はそう思う」
「だったら依頼していないのに殺害された場合、お前が言う条件に当て嵌らない。しかしこの場にはそういう被害者が二人もいる。俺と並木だ。それについてはどう弁解する」
「何を言う。あなたは殺人を依頼しただろう。それなのに何故被害者だと言い張る」
「確かに囮捜査だったとはいえ、ある時期まで母が消えれればいいと本気で思ったのは確かだ。その気持ちを素直に書き込んだから、闇サイト側の目に留まったのだろう」
「そうだろう。なのに依頼していないなんて今更何を言い。罪を軽くするつもりなのか」
「そうじゃない。あの時の経緯は全て報告した。今更嘘など言わない。その上でもう一度聞く。何故アリバイを作るよう指示した日を外し、並木に母を殺させた。俺が日時を指定した時、既に和解済みで死んで欲しいとは思っていなかった。だから罠を張り実行犯をおびき出し逮捕するつもりだったのに、何故予定外の日に母を殺すよう指示したのか答えろ」




